全滅
セリーは鍛冶師になるのを諦めたらしい。
なんとか励ましたいが、どうすべきか。
「奴隷になってしまったので、いまさら鍛冶師になったとしても問題を引き起こすだけですし」
そうなんだよなあ。
奴隷である鍛冶師はいろいろ面倒なことになると思われているわけで。
俺が積極的に鍛冶師になることを勧めたら、不信感をもたれてしまう。
「ま、まあ心配するな。そのうちなんとかなるだろう」
などと無責任なことしか言えない。
セリーが鍛冶師にならないと困るのは俺だ。
要するに俺のわがままなので、希望を押しつけるわけにもいかない。
「ご主人様が大丈夫だとおっしゃるなら大丈夫でしょう。問題ありませんよ」
「はい」
ロクサーヌも励ました。
その信頼はどこから来るのだろうか。
もちろん、なんとかするつもりではあるが。
「では。一応六階層でも戦えるようだし、次は七階層に移動する。魔物の殲滅は俺が行うので、セリーはあまり攻撃のことは考えず、回避と防御を優先して戦うように。後はロクサーヌと巧く連携してくれ」
村人Lv4でも六階層で一撃死するほどではないようだ。
それを確認して、七階層に移った。
七階層からは普通に迷宮を攻略していくことになる。
ボーナスポイントの設定は、獲得経験値の増大をコンセプトにした。
パーティーメンバーが増えたから、経験値は分散されるだろう。
今はセリーのレベルを速やかに上げていった方がいい。
その分結晶化促進は控えめになるが、早急にお金が必要というわけでもないのでかまわないだろう。
必要経験値十分の一で31、獲得経験値二十倍で63、結晶化促進十六倍で15、フィフスジョブで15、詠唱省略で3、MP回復速度上昇、鑑定、ジョブ設定、キャラクター再設定で4の計131だ。
フィフスジョブまでなので色魔ははずす。
クーラタル迷宮七階層の魔物スローラビットに対するときは料理人をつけたいところだが、今のところはまだ錬金術師のメッキが必要だろう。
「セリー、もう少し壁側に寄っても大丈夫です」
「はい」
ロクサーヌとセリーの連携を確かめながら攻略を進めた。
魔物が三匹出てきたときは、ロクサーヌが二匹、セリーが一匹を請け負う。
俺は楽チンというわけだ。
八階層で四匹出てくると、そうもいっていられないだろうが。
魔物が一匹か二匹のときには、正面をロクサーヌが担当してセリーは横から殴る。
このときには槍の方がいいのだろうが、持ち替えるのも大変なので棍棒のままだ。
「ある程度、形は見えてきたか」
「はい。後は連携を深めていけば大丈夫だと思います。よろしくお願いしますね、セリー」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
実際問題、後衛職は前衛職に比べてむちゃくちゃ楽だ。
切った張ったの最前線にいるのだ。
かかる負荷は段違いで前衛の方が大きい。
ミスをして敵の攻撃を受ければ痛い。
下手をすれば死ぬ可能性もある。
パーティーを支える重圧や責任感もあるだろう。
前衛職は大変だ。
後ろにいればそんな負担とは無縁である。
後衛職で全滅の危険がそれほどないなら、俺はこのまま迷宮の最上階にだって行けるだろう。
まあ敵が強くなれば全体攻撃魔法を使ってくる魔物も現れるだろうが。
前衛を雇いたいといったら、それは奴隷商人だって怖そうなおあにいさんを集めるわけだ。
ロクサーヌにはどれだけ感謝をしてもし足りない。
「ロクサーヌ、ありがとうな」
「はい……?」
「そういえば、セリーは使える魔法の種類って分かるか」
分かっていなさそうなロクサーヌは放置して、セリーに尋ねる。
「魔法職のことは詳しくありませんが、基本は三種類ずつ、全体攻撃魔法、単体攻撃魔法、防御魔法の三つがあるはずです」
ストーム、ボール、ウォールの三つということらしい。
見つけられていなかった第四の魔法はないか。
「ご主人様、そろそろ日も昇るころでしょう」
その後も狩りを続けていると、ロクサーヌが教えてくれた。
ロクサーヌは腹時計まで正確だ。
俺は、時計のある生活に慣れすぎてしまったせいか、まだ時々分からなくなることがある。
今日みたいに階層を移動したりすると、特に。
早朝の探索はここまでにする。
パーティージョブ設定をつけて、セリーのジョブを確認した。
村人Lv5、探索者Lv10、薬草採取士Lv1、戦士Lv1、商人Lv1、巫女Lv1、剣士Lv1、僧侶Lv1。
村人がLv5までアップしている。
しかし鍛冶師はない。
村人Lv5が条件ではなかったか。
戦士Lv1以降の増えているジョブが村人Lv5を条件とするジョブだろう。
「巫女なんてジョブもあるのか」
いかん。
思わず口に出してしまった。
「……」
セリーの視線がなんとなく物悲しい。
ロクサーヌの視線は、むしろなまあたたかい。
俺はかわいそうな子か。
またやってしまった。
同じ過ちを何度も。
周りから見れば、俺はわけの分からないことをつぶやく変人だ。
とりあえずワープと念じ、クーラタルの冒険者ギルドまで逃げる。
朝食のパンを買って冒険者ギルドから家にワープしても、空気は重かった。
「あれ? セリーの頭って、そんな風だった?」
家に帰り、装備品を受け取る。
帽子を取ると、セリーの髪は妙にしんなりとしていた。
もっとモコモコしていたような気がするのだが。
今朝は軽そうだ。
「そうですね。昨日はもう少しボリュームがあったように思います」
ロクサーヌがセリーの頭に手を伸ばす。
「そうですか?」
「あ。すごく柔らかいです」
「ありがとうございます」
「ご主人様、すごく柔らかいですよ」
それは昨夜髪の毛を洗ったときに気づいた。
「触ってもいいか」
「はい。どうぞ」
セリーの了承を得て、まずはロクサーヌの頭からなでる。
同じ過ちは二度繰り返さないのが俺よ。
順番は大切だ。
「あ」
頭に手をやると、ロクサーヌがうれしそうにはにかんだ。
可愛い。
ロクサーヌから触ってよかった。
気を遣った以上の利益があった。
右手でイヌミミをなでつつ、左手をセリーの頭の上に乗せる。
確かに、柔らかくて軽い。
ふわっふわだ。
「おー。ほんとだ。すごく柔らかい。いい髪だな」
「あ、ありがとうございます」
昨日はもう少し硬かったような気がするが。
髪の毛を洗って軽くなったのだろうか。
もしそうなら、どれだけほこりを溜め込んでいたのだろう。
生まれてこのかた頭なんて洗ったことがなかったのかもしれないが。
思えばロクサーヌの耳もふわふわのパフパフになったような気がする。
朝食の前に、イヌミミとセリーの髪をしばし堪能した。
「そういえば、巫女というジョブがあるのだな」
朝食のときに、巫女の話を持ち出す。
時間を置いたからもう大丈夫だろう。
「……」
と思ったのに、セリーが悲しげにうつむいた。
「いや。さっき急に思い出したので」
「私のことを何か聞いたのですか?」
「いやいや。別にそんなことは」
「……」
「いやいやいや」
そこまで?
「私は鍛冶師になれなかったので、巫女になろうとしたことがあるのです」
聞き取れないくらいの小さな声でセリーが説明した。
顔を上げようとはしない。
なるほど。
いいたいことは分かった。
さっきまで巫女のジョブは持っていなかった。
巫女になれたはずはない。
鍛冶師にもなれず、それならばとなろうとした巫女にもなれなかった、ということか。
ショックは大きいだろう。
第一志望第二志望の大学にともに不合格になったようなものだ。
「ま、まあ悲観することはない」
単に村人のレベルが足りなかっただけだし。
「はい。私は探索者としてしっかり働きますから。大丈夫です」
セリーはそう言って、吹っ切ったように顔を上げる。
実はすでに探索者でもないのだが。
前向きなのは評価できる。
巫女 Lv1
効果 MP小上昇 知力微上昇
スキル 全体手当て
「あれ? 巫女のスキルって」
「……」
「……何か知っているか?」
やばい。
また地雷を踏むところだった。
巫女のスキルには見覚えがある。
ただし、ただの手当てではなく全体手当てだ。
パーティーメンバー全体を回復させるのだろう。
「回復魔法です」
「僧侶の女性版といったところか」
巫女というからには女性専用のジョブなのだろう。
男性用のジョブが別にあってもおかしくはない。
「巫女の男性版は神官になります」
と思ったが、考えてみれば女性であるロクサーヌも僧侶を持っている。
セリーも僧侶と巫女を獲得していた。
全体回復が巫女と神官、単体回復が僧侶か。
多分、全体だからMPの消費が多いとか回復量が少ないとかのデメリットもあるのだろう。
今のところは敵の攻撃を連発で浴びることもないし、僧侶だけでも十分か。
「男性が神官で女性が巫女と。巫女にはどうやったらなれる?」
「わ、私はなれませんでしたので」
まあ確かに。
「えっと。何かなるためにやったこととかないか」
「私が行った聖職ギルドでは、ギルドの持つ聖地で滝に打たれる修行をやっていました」
「滝行か」
「滝に打たれながら精神を統一していくと、何かひらめく瞬間があるそうです。実は私にもそうじゃないかというひらめきはあったのですが……」
セリーが視線をはずした。
いや。結果的に巫女のジョブは獲得したのだから、セリーが得たひらめきは勘違いではなかったはずだ。
「大丈夫ですよ。巫女には希望者の半数もなれないと聞きました。巫女になれなくたって、迷宮で活動するのに支障はありません」
「そのとおりだ。まったく何の問題もない」
「はい」
ロクサーヌの助けも借りて慰める。
「しかし希望者には村人Lv5以上とかの条件をつければいいのに」
「はい?」
「いや。だって」
滝行をしたとき巫女になれなくて、村人Lv5に上がったときに巫女のジョブを得たのは、巫女の獲得条件に精神統一の他、村人Lv5以上というものもあったからだろう。
予め村人Lv5以上という制約を課しておけば、セリーのような悲劇はなくなる。
「……」
「ご主人様。探索者のご主人様は知らないかもしれませんが、レベルというものがあるのは探索者だけです」
セリーが黙ってしまったので困ったようにロクサーヌを見ると、ロクサーヌが教えてくれた。
「え? そうなの?」
「はい」
「探索者は経験を積むと利用できるアイテムボックスがだんだん大きくなっていきます。これをレベルといっています。他のジョブにはそういう指標はありませんので。村人のときにはなかったと思いますが」
俺の場合、村人のときも村人Lv1からだったが。
考えてみれば、レベルが分かるのは鑑定かジョブ設定のときだけだ。
これは他の人には使えない。
インテリジェンスカードにも、ファーストジョブは出てくるがレベルまでは表示されない。
この世界ではレベルは知られていないということか。
「なるほど。そうだったのか」
「だ、大丈夫です。そんなこと知らなくても、ご主人様が迷宮で活躍するのに何の支障もありません」
「そのとおりです。まったく何の問題もありません」
妙に慰められてしまった。
俺は今までもレベルがどうとか言っていたような気がする。
イタい子だったのか。
「ものを知らなくてもご主人様はご主人様です」
「頭がよすぎると誤解されることもあります。昔の偉い学者さんの一人も、樽に住んでいたそうです」
それは慰めているのかと。
「で、では。気を取り直して、これからは迷宮七階層の探索を進めよう」
くっそー。
俺は頭が残念な子だったのか。
ベイルの迷宮七階層の探索は、順調に進んだ。
今までは八階層に進める自信がなく無意識のうちに手控えていたのかもしれない。
午前中の探索でほぼあたりをつけ、午後一番でボス部屋に到着した。
午後はセリーの買い物をしようと思っていたが、せっかくなので探索を進める。
今日のうちに七階層をクリアしておけば、明日の早朝クーラタルでも八階層に行けるだろう。
ボス部屋隣の待機部屋には、人が何人かいた。
前のパーティーが戦闘中のようだ。
人の少ないベイルの迷宮でも、ないわけではない。
ボス戦は時間がかかる。
昼間なので人も多いだろうし。
待機部屋にいたのは男が六人、一つのパーティーだろうか。
彼らを鑑定しようとして、男たちの視線に気づいた。
明らかにロクサーヌの方を見てやがる。
下卑た視線の先には、もちろん豊かなふくらみが。
こ、こいつら。
全員この場でデュランダルの錆にすべきか。
しかし俺が暴発するより先に、ボス部屋での戦闘が終わった。
ボス部屋への扉が開く。
男たちは、最後にジロリとロクサーヌを見ると、ボス部屋に入っていった。
「くっそ」
「皆さん、全員やっぱりです」
俺とセリーが落ち込んだ。
見るならロクサーヌだけでなくセリーの胸も見てやれよ。
後でフォローするのは俺なんだぞ。
「なんかいやらしい視線でした」
ロクサーヌが口にする。
さすがにあれを気づかないということはないか。
つまり、俺の視線にも気づいているということだ。
「まあ気にするな」
「はい」
デュランダルを出し、いざというときの用心に滋養丸をロクサーヌとセリーにそれぞれ渡した。
セリーには銅の槍も渡す。
「ここでは槍の方がいいだろう」
「えっと。このまま戦うのですか?」
「そのつもりだ」
「エスケープゴートのボスはパーンになります。魔法を使う半人半獣の魔物です。魔法はかなりの威力がありますし、至近距離で放たれたのではロクサーヌさんでも回避できません。パーンは、打たれ弱い面はあるものの魔法が強力なため、低階層の中では強いボスに分類されます。先ほどのパーティーもおそらくは腕試しでしょう。パーンには詠唱遅延のスキルがついた武器などの装備を整えてから戦うのが常道です」
うなずくと、セリーが講釈してきた。
なるほど。
戦う前に魔物の情報を集めておくことは有効だ。
ものすごく役立つ。
階層こそ異なるとはいえ迷宮が違っても出てくる魔物は同じなのだから、ベイル迷宮の魔物も知られていないわけではないだろう。
今まで何の情報も集めていなかった俺たちってどうよ。
しかしまあしょうがない。
俺の情報をさらけ出すわけにはいかない。
敵の位置を知るためにレーダーを使えば、こちらの位置も逆探知が可能だ。
右も左も分からない状態では、闇雲に情報を集めることだけが正解ではないといえるだろう。
「素晴らしい。魔物のことまで知っているとは。やはりセリーは役に立つな」
「あ、ありがとうございます」
「これからはよろしく頼むな」
これからはセリーに訊くか、知らなければセリーに情報を集めさせればいいだろう。
「はい」
「しかし大丈夫だ。詠唱中断のついた武器もある」
デュランダルを見せる。
「その剣にはMP吸収のスキルがついているのではありませんでしたか」
「詠唱中断もついている」
「……」
答えると、何故かひかれた。
怯えたような、汚いものを見るような、明らかにひいた目線でセリーが俺を見てくる。
その視線はやめて。
クセになったらどうするの。
「だ、駄目なのか?」
「えっと。複数のスキルをつけることが不可能でないことは知っていますが。なんといえばいいか、その……」
「珍しいのか」
「モンスターカードの融合に失敗したとき、装備品は分解されてしまいます。素材は残りますが、スキルのついた装備品であっても最初のモンスターカードは残りません」
一度成功してスキルのついた装備品に、さらにモンスターカードを融合しようとして失敗すれば、最初の成功までが失われてしまう、ということか。
モンスターカードの融合は失敗することが多い。
せっかくスキルのついた装備品にそんなリスクを負わせることはない。
装備品に複数のスキルをつけようとする人は多くない、ということだろう。
そんなことをするのは、よほどのチャレンジャーか、余裕ある人の酔狂か。
でなければ、ただの馬鹿、ということになる。
あの目はそういう意味か。
セリーには俺に鍛冶師のつてがあるということを否定していないから、俺がやらせたと考えているのだろう。
「えー……おっと。扉が開いたな。では行くぞ」
おりよく、ボス部屋への扉が開いたので、逃げることにする。
ボス部屋に逃げ込むというのは初めての経験だ。
なかなか経験できる人はいまい。
「かしこまりました」
「はい」
開いた扉からボス部屋に突入した。
「うわっ」
中に入って驚く。
ボス部屋の中は装備品が散乱していた。
一面に、剣や鎧などが転がっている。
籠手や靴も含めれば、二十以上もあるだろうか。
装備品の中、獣のような毛の生えた二本足を持つ人間が一人立っていた。
人間?
ジロリとこちらをにらむ。
人間といっても、仮面でもかぶっているかのような不気味な顔だ。
頭には禍々しい二本のツノが生えている。
パーン Lv7
まさに半人半獣、山羊の足と山羊のツノを持った魔物である。
ボスが先にいて、装備品が転がっている。
それが意味するのは、先にボス部屋に入っていったあの男たちがこのパーンによって全滅させられたという事実だ。