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再訪


 一度ベイルの迷宮で探索をした後、ベイルの町の冒険者ギルドに出た。

 迷宮に入ったのはアイテムを溜め込むためだ。


 ギルドでの売却には三割アップが有効なので、十万ナールの黄魔結晶は十三万ナールで売れるだろう。

 さすがに何もなく三万ナールも増えると、ギルドの職員が不審に思う可能性があるのではないだろうか。

 金貨が十三枚だろうから見ればすぐに分かる。

 なるべく不審を抱かれないようにするには、たくさんのアイテムを一気に売り払うのが得策だろう。


 あとは売る場所も考えなければならない。

 今回は初めて魔結晶を売却するので問題はないが、次からは魔結晶のできるスピードに不審を持たれる可能性もある。

 俺には結晶化促進三十二倍のスキルがあるから、他人の三十二倍の速さで魔力がたまる。

 人の多いところでドサクサにまぎれて売ってしまうのがいいだろう。


「魔結晶って冒険者ギルドでも売れるのか」

「はい。どこのギルドでも可能だと思います」


 ロクサーヌに確認する。

 冒険者ギルドに売れるのなら、帝都およびクーラタルにある探索者ギルドと冒険者ギルドだけで四箇所の売却先ができる。

 四箇所のローテーションでもそれなりに少なく見せることができるだろう。

 ときおりは他の町も織り交ぜてやれば完璧だ。


 ベイルの冒険者ギルドのカウンターでトレーの上に黄魔結晶を置いた。

 黄魔結晶を覆い隠すように、他のドロップアイテムを盛りつける。


「買取を頼む」

「かしこまりました」


 受付のアラサー女性がトレーを持って奥に消えた。

 少しどきどきしながら待つ。


 戻ってきたのは、いつもと同じくらいの時間だろうか。いつもより時間がかかっただろうか。

 トレーの上に金貨が十三枚あるのをいち早く目で数える。

 受付の女性が不審に思っている様子はない。

 大丈夫そうだ。


 金貨をアイテムボックスにすばやく入れた。

 銀貨と銅貨は巾着袋に入れ、カウンターから離れる。


「では行くか」

「はい」


 カウンターの職員は基本的に買取金額を云々することはないようだ。

 探索者や冒険者にとっては収入源だから、あまり触れないようにしているのだろう。

 詮索されれば生活レベルなども分かってしまう。

 触れないだけで、実際にはきっちり把握されているのかもしれないが。


 外に出て、しばらくぶりにベイルの町を歩いた。

 特に変わったところはないようだ。


「店主にお会いしたい」


 奴隷商人の商館に着き、出てきた男に告げる。

 店主の名前は、忘れた。


「こちらへどうぞ」


 一度引っ込んだ男が案内する。

 奥の部屋に通された。


 あれ?

 いきなり奥の部屋に通されたのは、盗みを働いて奴隷に落とされた村の人を売りに来た最初のときだけだ。

 ロクサーヌを売りに来たと思われてないか。


 ちらりとロクサーヌの方を見るが、表情に変化はない。

 昔自分がいた奴隷商館でも大丈夫のようだ。

 俺は座ったが、ロクサーヌは控えて立っている。


 どうなんだろうか。

 こういうときは横に座らせない方がいいのだろうか。


「立ってる?」

「はい。その方がいいと思います」


 何も知らない俺よりもロクサーヌの判断の方が妥当だろう。

 俺はうなずいてそのままにさせた。


「ようこそいらっしゃいました、ミチオ様」


 すぐに奴隷商人が部屋に来る。

 鑑定で名前を確認した。

 そうだ。アランだった。


「急にきてすまないな、アラン殿」

「いえいえ。いつでもお越しください。さあ、どうぞ」


 立って挨拶すると、あらためてソファーを勧められる。

 使用人がハーブティーを二つ持ってきて、俺と奴隷商人の前に置いた。

 ロクサーヌの分はないらしい。

 奴隷だと分かっているからなのか、売りに来たと思われているのか。


「ロクサーヌは非常によくやってくれている。よい戦士を紹介してくれたと感謝しているところだ」


 とりあえず、売りに来たのではないと釘を刺しておく。

 変な風に思われて、変な対応をされても困る。


「さようでございますか。私どもとしても面目をほどこせます」

「店主が勧めてくれたとおりだった」

「何か不都合な点はございませんでしょうか」

「何もないな」


 どうせ本人がいるのだから、めったなことは言えない。

 それは奴隷商人もよく分かっているだろう。


「ようございました」

「ロクサーヌもよく働いてくれるのでな。そろそろ次のパーティーメンバーをと考えている」

「なによりのことでございます」

「少し尋ねたいが、鍛冶師の奴隷を買うことはできるか」


 こちらの手をさらすみたいで問題かもしれないが、しょうがない。

 素直に訊いてみる。

 雑談の中で巧く聞き出すとか、俺には無理だ。


「鍛冶師をですか?」

「そうだ」

「そうですね……。不可能ではありませんが、なかなか難しくはございます」


 店主は少しだけ考えて答えた。

 やはり特定のジョブとなると難しいのだろう。


「そんなものか」

「モンスターカードの融合は失敗することが多いのはご存知でしょうか」

「知っている」

「奴隷の鍛冶師であってもそれは変わりません。失敗が続くとやがて所有者は奴隷を疑うようになります。専用の鍛冶師を抱えたがる貴族のかたなどは多いのですが、あまり双方が幸福な結果に終わった話はないようです」


 直接依頼するのと同じ問題があるわけか。

 奴隷がモンスターカードをちょろまかしても捌けるかどうかは不明だが。

 まあ、命令してやらせたのに失敗続きでは怒りたくもなるだろう。


「なるほど」

「ドワーフの方でもそれが分かっておりますから、奴隷になる際には鍛冶師のジョブを変更してからなることが行われています」

「となると、鍛冶師の奴隷はいないのか」

「まったくいないわけではございませんが、価格の方がどうしても高くなってしまいます」


 なり手が少ないから値段が上がるということか。

 しかし高い金を出して買ったのに失敗続きではますます腹が立つだろう。

 なんか、負のスパイラルに入っているような気がする。


 評判が悪いからなり手が減る。

 供給が少ないから値段が上がる。

 安ければあきらめもつくが、せっかく高い金を出して買ったのにうまくいかなければもっと腹が立つ。

 怒りにまかせて鍛冶師である奴隷につらくあたるから、悪い評判が広まってさらになり手が減ってしまう。


「まあそこまでして鍛冶師がほしいわけではない。鍛冶師でない他のドワーフはどうだろう。前衛として役に立ちそうだが」


 鍛冶師の奴隷を買うのは難しいらしい。

 しかし、元々それでもよかった。

 ジョブを指定してこのジョブの奴隷をといって求めれば、鍛冶師でなくとも高くなるだろう。


 俺の場合、パーティージョブ設定が使えるのだから、ジョブを指定することに意味はない。

 鍛冶師のジョブを獲得できるドワーフであれば、問題ないはずだ。


「ドワーフは力強さを持つ種族ですから、前衛として役に立ちましょう」

「やはりそうか」


 この手の話も多少はロクサーヌから聞いた。

 あくまで雑談に留まる範囲で。

 ドワーフの奴隷が買えそうかとか、深い部分は尋ねていない。

 そういうことをロクサーヌに訊くのはちょっと憚られる。


 ドワーフや、ロクサーヌのような獣人、竜人は力が強く前衛に向くそうだ。

 というか、人間が非力すぎじゃね?


「しかしながら、残念なことに当館には現在ドワーフが一人しかおりません。彼女は性格的にあまり荒事には向いていないかと思います」

「残念だな」


 彼女ということは女性だが、ここで飛びつくわけにはいかないだろう。

 足元を見られる。

 平静に。


「もしもドワーフがよろしければ、他の店に紹介状を書くこともできます。それを持って、他の店をあたってみてはいかがでしょうか」

「そんなことをしてもらってよいのか?」

「かまいません」

「商売敵なのに」


 俺はいらない客なんだろうか。

 あの客は安く買い叩くからいらない、とか。

 具体的には三割引きで。


「この商売、買っていただくお客様にはあまりこと欠きません。むしろ大変なのは仕入れでございます。私どもも独自の仕入れルートを持っております。ベイル一帯と、南側にかけての平原が私どもの商圏です。仕入れる地域が異なる店は必ずしも商売敵ではありません。必要なときには融通しあうこともございます」

「そういうものなのか」


 商売するものがものだけに、特別な事情があるようだ。


「帝都にある私どもと仲のよい商館を紹介いたしましょう。今の時期ですと、数がそろっていることはないかと思いますが」

「そうなのか?」

「春は農繁期でもありますから」


 忙しいなら需要があるのでは、と思ったが、そうでもないのか。

 忙しい間は働き手を売りに出したりはしないだろう。

 口減らしに売るとしたら、農作業が一段落ついてからだ。


 買う側にしても、忙しいからとあわてて買うようでは駄目に違いない。

 必要なだけの奴隷は前もって準備しておかなければならない。

 その程度の才覚もないようでは、奴隷を買えるほどの身分になることは難しいだろう。


「なるほど、な」


 勝手に解釈して独りで納得する。

 違っていたとしても不都合はない。

 問題は、供給がないから相場が高いのか、取引が活発でないから相場が安いのかだ。


「紹介させていただく帝都の商館も間違いのない商売をする店でございます。満足のいただける取引ができるかと思います」

「そう願いたい」

「その前に、一応、うちにいるドワーフと、他に前衛を務めることのできる者もおりますれば、ご覧いただけますでしょうか」

「そうだな。そうしよう」


 自然な形で向こうの提案に乗った。

 上出来だ。

 がっつくよりいいだろう。

 奴隷商人も商売だから、できれば見て買ってほしいと考えているはずだ。


「ミチオ様には一度見ていただいた者もおります。その者たちは除外いたしましょうか」

「そうしてもらおうか」


 ロクサーヌを紹介されたときに、女性の奴隷はあらかた見たのだった。

 あの中に特によいと思える人材はいなかった。


「そうすると、男性ばかりになってしまいますが」

「やむをえないだろう」


 しょうがない。

 やっぱり前衛はおっさんでしょうがないのか。

 まあ、どうしてもドワーフがいいといって断ることもできる。


「ありがとうございます」

「ん? ドワーフには会っていないと思うが」


 言ってから、しまったと反省した。

 ドワーフが女性であることに注目していたのがばれてしまう。


「彼女は最近来たばかりですので」

「そうか」

「いえ。ここへ来てから日も浅いですが、物覚えもよく、すでにブラヒム語も習得しております。教育の行き届かないところはないと思います」


 しかし、あわてたのは奴隷商人の方だった。

 少しあせったようにあたふたとフォローする。

 なるほど。まだ教育ができていないだろうと言えば、ウィークポイントにはなるわけか。

 彼女の売り材料を知ることができたので、プラマイゼロだ。


 ロクサーヌはブラヒム語と主人に対する礼儀作法をここで教わったらしい。

 それができていない奴隷は困る。


 奴隷商人は準備をしてくると言って消えた。

 ロクサーヌを座らせ、手をつけなかったハーブティーを渡す。

 飲まなかったのはたまたまで、ロクサーヌを引き取りに来たときのように変な薬が入っているのを疑ったわけではない。


 結果からいえば、あの奴隷商人のお薦めは正解だった。

 信用できる商人だと考えてもいいだろう。


「前衛について何か希望はあるか」

「ご主人様のお好きなようになされればよいと思います」


 好きにしろというのが一番困るのだが。

 ロクサーヌといろいろ話していると、奴隷商人が戻ってきた。


「ではまず男性の候補者から見ていただきたいと思います。失礼ながら、彼女にはここで待っていてもらえますか。男性ばかりですので」

「そうだな。ロクサーヌのような美人が現れたら、どうなるか分からないな」

「……あ、あの」

「ロクサーヌは待っていてくれ」

「かしこまりました」


 男の奴隷の前に彼女を連れて行ったのでは刺激が大きすぎるのだろう。

 奴隷身分に落とされて。商館に長いこと閉じ込められて。突然ロクサーヌのような美人が目の前に現れたら、俺なら謀叛を考える。

 殿中でござる。


 奴隷商人に案内されて、二階に上った。

 部屋に入る。



 ……えっと。



 ここはどこの組事務所でしょうか?


 思わずそう尋ねたくなるようなつらがまえの面々が。

 確かに前衛向きではあるのでしょうが。


 怖い。

 というか、無理。

 こいつらに命令していうことをきかせるとか、難易度高すぎだろう。


 中に入った俺をジロリと睨みつけるその視線だけで殺されそうだ。

 今この場で反乱を起こしかねないと思うのだが、大丈夫なんだろうか。

 ロクサーヌを連れてこなくてよかった、というかむしろ、護衛に必要だったかもしれない。


 飛びかかれば俺の腰に差した銅の剣をすぐにも抜けるだろう。

 置いてくればよかった。

 殿中でござる。

 ご乱心なさるな、殿中でござる。


 吟味もそこそこに逃げ出した。

 圧迫面接というのは聞いたことがあるが、試験官が圧迫される面接というのは初めてだ。

 俺のことを買うよな、と凄まれたら思わずうなずきそうだ。


 部屋の中にいた何人かは候補者ではなく、店側のボディーガードだったようだが、何の慰めにもなりゃしない。

 取り締まる側のマル暴の刑事も暴力団員と変わらない凶暴な顔つきになる、という話を聞いたことがあるが、それと同じ感じだろう。


 奴隷を持つということを、俺はなめていた。

 俺があんな奴隷を持ったら、数日のうちに下克上が発生するに違いない。

 奴隷を持つものにも才覚が必要なのだ。


「いかがでしたしょうか」


 部屋の外に出ると、奴隷商人が訊いてくる。

 いかがもくそもあるかと言いたい。


 無理だから。

 不可能だから。

 ありえないから。


「彼らを使うには、俺自身の才覚が足らぬようだ」


 謙遜ではなく本気でそう思う。


「個別に話を聞きたい奴隷がいれば、呼び出しますが」


 呼び出さなくていい。

 この商人はやり手のように見えて何も考えていないに違いない。


 よく確認すれば、ひょっとしたら気のよさそうな人もいたのかもしれない。

 しかし、暴力団の組事務所に連れて行かれて、居並ぶ組員の中から怖くなさそうな鉄砲玉を選べと言われても無理な相談だ。

 怖くなさそうなやつがいたとしても、前衛としてどうかという問題がある。

 俺が前衛の務まる人物をと注文したから、こうなったのだろうし。


 前衛として有用なら目をつぶるべきなのか。

 前途は多難なようだ。

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[良い点] 後半の前衛探しの心情がすごく笑えて好きw
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