魔結晶
その後、ロクサーヌに迷宮のことなどを聞いた。
迷宮というのは生き物であると考えられているらしい。
何それ?
各地に迷宮があるのは、あちこちに迷宮がいるからだとか。
「うーん。ウスバカゲロウの幼虫がいるみたいなもんか」
「ウスバカ?」
「いや、気にするな」
迷宮は、アリではなく人間を呼び寄せる。
魔物を使って人間を消化吸収し、生きていく。
そして増殖していくと。
迷宮は迷宮という生き物が魔法で作り出した空間である。
迷宮がある場所の地下を掘っても何も出てこないらしい。
だから、下ではなく上に広がっているのか。
迷宮を殺すには迷宮の最上層へ行ってボスを倒すしかない。
人が住んでいる場所にできた迷宮の駆除は領主の責任において行う。
「逆に、迷宮のせいで人が住めなくなっている地域の迷宮を倒すと、その地域の領主として叙されます」
ロクサーヌがいやに熱心に説明してきた。
「なるほど。よく分かった。ありがとう」
「どういたしまして」
受講はとりあえずここまでにしよう。
意識を部屋に帰ってきた目的に戻す。
アイテムボックスから、リーフを取り出した。
「ロクサーヌ、リュックサックを用意して」
「はい?」
「リーフって、毒消し丸になるだけか?」
一応訊いてみる。
「え? そうですね。そう聞いています。ギルドに売ると、薬師や薬草採取士の人に分配されて毒消し丸が作られるそうです」
「やはりそうか」
俺はリーフを手のひらの上に乗せ、ロクサーヌの目の前に持ち上げた。
生薬生成と念じる。
リーフが毒消し丸十個に変じ、俺の手のひらからこぼれ落ちた。
「え? こ、これは……。あの、す、すごいです」
ロクサーヌが素直に尊敬の視線を向けてくる。
やっぱりやりたくなるよね。
なにしろいちいち驚いてくれるから。
「内密にな」
「はい。……ご主人様、すごすぎです」
種明かしをすれば別にたいしたことじゃない。
ジョブを変更すればロクサーヌにも可能なのだし。
ロクサーヌのまなざしがこそばゆい。
毒消し丸を作って、五十九個をロクサーヌのリュックサックに入れる。
一個はアイテムボックスに入れた。
すでに二十六個の在庫はあるが、一つ空きが増えている。
「毒を使う魔物って多いのか」
「そうですね。かなり多いと聞いています」
「やはり毒消し丸は必須か」
「魔物の攻撃が当たらなければどうということはありません」
それはロクサーヌだけだ。
そのうち刻が見えるとか言い出しそうだ。
毒消し丸を作った後、探索者ギルドに赴いた。
買取を済ませ、ロクサーヌに言われた魔結晶を買い求める。
「魔結晶を二つくれ」
「黒魔結晶でよろしいですか」
おい、ロクサーヌ。聞いてないぞ。
「えっと。魔力を使った残りだ」
「それでは黒魔結晶です。少々お待ちください」
ロクサーヌは、毒消し丸をリュックサックから出した後、張り紙のあるボードのところへ行っていた。
なにやら熱心に読んでいる。
文字が読めるというのは便利だ。
黒魔結晶二つを二十ナールで購入した。
探索者ギルドの職員にもやはり三割引は効かないらしい。
魔結晶一つと銅貨十枚をはっきり分かるよう慎重に交換していた。
魔結晶は鶏卵くらいの大きさの丸っこい小石だ。
黒魔結晶の名のとおり、色は黒い。
迷宮の中で見たことはないと思う。
この大きさだと見逃している可能性もあるが。
ただし、鑑定はできる。
名称は黒魔結晶ではなく魔結晶だった。
「滋養丸の上位の傷薬は何になる」
「滋養剤です」
「いくらだ」
「一つ六百ナールです」
いきなり高い。
「滋養剤の上位の傷薬は」
「滋養錠です」
「いくらだ」
「一つ六千ナールです」
さらに十倍とか。
さすがに考えてしまう値段だが、滋養剤を二つ、滋養錠を一つ買った。
大ケガは、しないことを望もう。
「黒魔結晶だそうだ」
ロクサーヌのところへ行って、黒魔結晶を見せる。
「魔結晶は蓄えている魔力によって色が変わります。魔物を十匹ほど倒すと赤、百匹ほど倒すと紫に変化します。千匹で青、一万匹で緑、以下、十万で黄色、百万で白に変わるそうです」
色が変わるのか。
「魔力のない今は黒いから、黒魔結晶か」
「魔結晶は色によって値段が変わります。色の変わったときが売却のチャンスです。白になるまでためる人は少なく、普通は黄色か緑に変わったときに売却するそうです」
百匹分の魔力をためても九百匹分の魔力をためても同じ紫魔結晶だから値段は変わらないと。
しかし、魔物十万で黄色、白にするには百万も倒す必要があるとなると、ためるのも大変だ。
一日百匹程度として、黄色で三年、白にするには三十年かかる。
ロクサーヌの言うとおり、売る機会は本当に人生で何度かだろう。
「分かった。では迷宮に行くか」
ギルドの外に出た。
宿屋でいろいろ話したとはいえ、日は頭上に達していない。まだ昼前だ。
明るい日差しの中、俺はちらちらと後ろを振り返りながら歩く。
いや、ロクサーヌの胸元が。
後ろをついてくるロクサーヌの胸が歩くたび揺れるような気がした。
だぼだぼのチュニックに皮のジャケットを羽織っているので分かりにくいが、身体の動きに合わせて揺れているような気がする。
気がするではない。多分揺れている。
薄暗い迷宮の中では分からなかったが、確実だ。
錯覚とか思い込みとかではない。
おそらくはリュックサックの肩紐が両側から寄せて上げる効果を。
ただでさえ大きな甘い果実がところせましと暴れて。
こ、これは目に毒だ。
ロクサーヌに目が合うと、ニッコリと微笑まれた。
完全にばれてます。
毒消し丸生成などで得た尊敬がすべて台無しだ。
背後からのいたたまれなくなるような視線を浴びながら、迷宮に急ぐ。
揺れを確認するには横を歩かせればいいが、この世界では男女が横に並んで歩いている姿は見かけない。
後ろをついてくるなら周囲の男の目からロクサーヌの胸の揺れを隠すことにもなるし。
「やはり一階層は混んでいるようです」
迷宮に入ると、周囲のにおいを確認したロクサーヌが開口一番告げた。
視線のことはスルーしてくれるようだ。
「混んでる?」
「はい。ベイルの町外れにある迷宮一階層の探索終了宣言が出ていました」
なにやらよく分からないが、探索者ギルドに書いてあったのだろう。
人がいるというならここではあまり聞かない方がいいか。
「上へ行った方がいいか?」
「はい。私は三階層まで行ったことがあります。三階層までなら戦えると思います」
「じゃあ二階層から行ってみるか」
後ろの黒い壁に戻り、二階層に抜ける。
「二階層はそれほど混んでいないようです。魔物は右ですね」
「そうか。魔結晶というのは持っているだけでいいのか?」
アイテムボックスから装備品と魔結晶を出して、ロクサーヌに渡した。
「はい。リュックサックに入れておけば大丈夫です。アイテムボックスの中では魔力がたまりません」
リュックサックを下ろして、黒魔結晶を入れる。
装備を整え、右側の洞窟へ出た。
「魔物はなるだけ魔法で倒す。指示があるまで勝手に飛び出さないように」
「かしこまりました」
「それで、探索終了宣言って何だ?」
ロクサーヌに注意を与えてから、質問する。
「一階層のすべての探索を終えたという宣言です」
「探索を終えると人が増えるのか?」
「探索が終了しないと、魔物の大量にいる部屋があるかもしれません」
そういえば、そんな部屋があった。
一階層にニードルウッドが十匹以上もいた小部屋があり、苦戦した。
「あれは探索が終了するとなくなるのか」
「探索が完了したなら、魔物がいる部屋も探索されたということです」
「ふうむ」
「えっと。魔物が湧いたとき、ここのような洞窟に出てくれば、魔物はやがてどこかに移動します。小部屋の中には魔物が湧く小部屋もありますが、魔物が小部屋に湧くと、魔物はどこへも移動できません。長い時間がたつと、小部屋の中に大量の魔物が残ることになります」
首をかしげる俺に、ロクサーヌが説明してくれる。
なるほど。あの魔物部屋はそうしてできたのか。
「探索を終了したので魔物が大量にいる部屋もなくなったということか」
「はい。何日か人が来なかったくらいでは、そこまで大量の魔物はたまりません。魔物が大量にいる部屋は極めて危険な罠です。探索終了宣言が出たからといって安心できるものではありませんが、やはり一番危ないのは迷宮が見つかったばかりで誰も入っていない状態のときでしょう」
全体攻撃魔法を使える今となっては魔物が大量にいる部屋はおいしいのだが、今後は望み薄ということか。
上に行けばまだ残っているかもしれないが。
魔法を使えないときに当たったのは、運がいいのか悪いのか。
「分かった。それで人が増えたと」
「魔物です」
ロクサーヌが会話を中断して警告した。
前方に魔物が現れる。
ニードルウッドLv2だ。
知力上昇に99ポイント振ったファイヤーボールを放つ。
しかし、一発では倒せなかった。
二発めを撃って倒す。
魔物もレベルが上がると結構強くなるようだ。
ロクサーヌからブランチを受け取りつつ、リュックサックの中を確認した。
魔結晶の色は黒のままだ。
次のテストは、この魔結晶である。
ボーナススキルの中に、結晶化促進というスキルがあった。
今までは意味が分からなかったが、結晶化とは魔力の結晶化ということだろう。それを促進してくれるのだ。
キャラクター再設定と念じ、結晶化促進にチェックを入れる。
スキルが結晶化促進四倍になった。
知力上昇に振ったボーナスポイントをはずして、結晶化促進につぎ込む。
結晶化促進は八倍、十六倍、三十二倍と進み、結晶化促進六十四倍で打ち止めとなった。
次に現れたニードルウッドLv2を知力上昇に1ポイントも振っていない魔法二発で倒す。
振っても振らなくても魔法二発なのか。
恩恵が感じられない。
魔結晶を確認した。
赤っぽくなっている。
これが赤魔結晶か。
もう一匹倒して、再度確認した。
色は紫っぽい。
「百匹倒すと、紫だっけ?」
「そうです」
六十四倍だから二匹倒せば百二十八匹倒したことになる。
スキルが有効なのは間違いない。
「ロクサーヌ、見るか?」
返事を待たずにリュックサックから紫魔結晶を取り出した。
どうせいつかは見られる。
失った尊敬も回復したい。
「え? それは? 何で、ですか?」
「うむ。内密にな」
「は、はい。……ご主人様、すごいです」
ロクサーヌに少しだけ見せて、リュックサックに戻す。
やはりいちいち驚いてくれた。
そろそろ全部内密にでごまかすのはつらいような気もするのだが、ロクサーヌが納得してくれるうちはこれでいいだろう。
「魔結晶って、いくらで売れるか知ってるか」
「緑が一万ナール、黄色だと十万ナールのはずです」
緑魔結晶になるのに一万匹狩る必要があるとすると、一匹一ナールか。
六十四倍で六十四ナール。ドロップアイテムより効率がいい。
お金を稼ぎたいなら結晶化促進、強くなりたいなら経験値スキル、今強い敵と戦うならデュランダルにボーナスポイントを振れということだろう。
よくできてやがる。
「それでは、これより最後の実験を行う。いや、実験は今後とも適宜行っていくが、当面は多分これが最後だ」
ロクサーヌに宣言した。
「えっと。そういえば、何の実験を行っていたのでしょう」
「まあいろいろだ。今回はロクサーヌにも協力してもらう」
「は、はい」
パーティージョブ設定で、ロクサーヌのジョブを僧侶にする。
続いて、自分にも僧侶のジョブをつけた。
加賀道夫 男 17歳
探索者Lv27 英雄Lv24 魔法使いLv26 商人Lv22 僧侶Lv1
装備 ワンド 皮の帽子 皮の鎧 皮のグローブ 皮の靴
ロクサーヌ ♀ 16歳
僧侶Lv1
装備 シミター 木の盾 皮の帽子 皮のジャケット 皮のミトン サンダルブーツ
手当てを何回か使ったが、俺もロクサーヌも僧侶はほぼまっさらだ。
この状態で、経験値を稼ぐ。
複数のジョブをつけたときに経験値が分割されているかどうか、俺とロクサーヌの僧侶レベルを比較すれば分かるだろう。
必要経験値の減少スキルは使わず、獲得経験値二十倍をつける。
俺のレベルアップが早ければ、獲得経験値の上昇スキルはは俺の経験値だけに作用している。
俺とロクサーヌのレベルアップが同時ならば、獲得経験値の上昇はパーティーで効いている。
ロクサーヌのレベルアップが早ければ、複数のジョブを持ったときに経験値が分割して配分されている。
そう判断していいだろう。
「何か身体に変わったところはないか」
「いいえ。特には」
俺も英雄をはずしたときに体が重くなったとは感じなかった。
自覚はないのだろう。
「本当は一階層で試したかったのだが、しょうがない。危険があるかもしれないので、実験が終わるまでロクサーヌは戦わないように」
「危険なのですか」
「実験そのものに危険はない。そうだな。言ってみれば、戦闘能力に少し制限を加える実験だ。普段どおりには戦えなくなるかもしれない」
獣戦士Lv6と僧侶Lv1でどこまで違うかは分からないが、用心にこしたことはないだろう。
「今までそんな実験をしていたのですか。それなら、私も戦った方がいいのではないですか」
「そのうちに試してもらうかもしれないが、今はいい」
ロクサーヌのジョブを変えるとどうなるかは、この実験の本義ではない。
やってもらうにしても、最初は一階層でやるべきだろう。
僧侶Lv1だからといって一撃でやられることはないと思うが、あえて試してみる必要もない。
その後、二階層で狩を行う。
レベルが上がったのは俺とロクサーヌで同時だった。
獲得経験値の上昇スキルはパーティー全体に作用している。
そして、おそらくフィフスジョブでも経験値は分割されない。
可能性としては、経験値がジョブの数に分配される、俺の五つとロクサーヌの一つで六分の一ずつ入っているということも考えられるが。
次に、必要経験値減少のスキルもつけて試してみる。
俺の僧侶だけがあっという間にLv3に上がった。
まあそれはそうだろう。
僧侶Lv2に上がるのに二十匹以上狩る必要があった。
必要経験値十分の一をつければ、三匹でまかなえる計算だ。
ロクサーヌのレベルは上がらなかったので、必要経験値減少のスキルはやはり俺にだけ効果があるようだ。
当面、デュランダルを使わないときのボーナスポイントは、
必要経験値十分の一で31、
獲得経験値十倍で31、
結晶化促進三十二倍で31、
フィフスジョブで15、
MP回復速度三倍で7、
詠唱省略で3、
パーティージョブ設定で3、
ワープ、鑑定、パーティー項目解除、キャラクター再設定で4を割り振っておけばいいだろう。