盗賊退治
スラムの中に盗賊がいた。
俺はすぐに物陰へ隠れ、こっそりと様子をうかがう。
気づいた直後に動いたし、こちらのことを気にしたやつはいないと思う。
盗賊は、三十八歳の男、盗賊Lv18だ。
ボロというほどでもない服を着て、路上生活者のように振舞っていた。
しかし様子がちょっとおかしい。
こっそり観察していると分かる。
男はときおり一定の方向をチラチラと見ていた。
今の俺も、第三者が見ていたらあんな感じだろうか。
俺の場合は隠れているからガン見だが。
盗賊は何をするでもなく路上に寝転がっているが、頻繁に体を動かし、そのたびごとに一定方向に鋭い視線を投げかけていた。
男が見ている方向には多分、娼館横の盗賊が出入りしていた建物がある。
そこを偵察していると考えていいだろう。
建物にいるのが町に残った方の盗賊だとすれば、それを探るのは追い出された方の盗賊だ。
この男も一味なのだろう。
内偵をしている割に、あまり上手ではない。
あれでは、よく見たらバレバレではないだろうか。
それとも路上生活者なんか誰も気にしないのか。
俺はその場に潜んで、盗賊の男を監視し続けた。
張り込みというのは膀胱が試されるものらしい。
盗賊が動いたのは、膀胱からの刺激が強くなりかけたころだった。
男が立ち上がり、こちらへやってくる。
隠れている俺の横を通り、道を歩いていった。
向こうへ行けば、スラムの出口だ。
奥の方に進まれなくてよかった。
男の向こうからも人がやってくる。
すれ違いざま、盗賊は反対側からやってきた人間を殴り飛ばした。
突然のことに、何が起きたのかと戸惑う。
殴られた男もそうだったのではないだろうか。
盗賊は、逃げ出すでもなく、結果を確認するでもなく、のんびりと歩き出した。
あるいは顔見知りだったのだろうか。
殴られた男は道の端でうつぶしている。
他に気にかける人間もいないようだ。
それがここの日常なんだろうか。
盗賊が見えなくなる前に、俺も動いた。
後ろからつけていく。
テレビで見た刑事ドラマのようだ。
異世界に来て刑事の真似事をするとは思わなかった。
俺自身が誰かに尾行されていないか、後ろに注意することも忘れてはいけない。
前を注視しながら、後ろにも気を配る。
これは結構難しい。
男も、ちらちらと後ろを気にしながら歩いていた。
俺は、ときには盗賊の左側、ときにはかなり後ろと位置を変えているので、気づかれてはいないと思う。
あまり後ろを気にしすぎると、動きが不自然になる。
盗賊の男はあまりこういうことに慣れていないようだ。
半分壊滅した盗賊団だから人材がいないのか。
あるいは、雨が続いたので盗賊もあせっているのかもしれない。
雨が上がったのであわてて敵の本拠地を確認しに来たのだとすれば、俺は運がよかった。
盗賊はベイルの町を突っ切ると、南門から外へ出る。
城壁の外には畑があり、さらにその外側に森があった。
人の多い町中ならともかく、町の外までつけていくことは無理だろう。
畑の草丈は高くない。そんなところを歩けばすぐに分かってしまう。
匍匐前進でもすれば隠れられるかもしれないが、それは別の意味で目立つ。
敵や魔物が来たときすぐに分かるように、城壁の外が畑になっているのだろうか。
盗賊が森の中へ消えるのを見届けると、俺は尾行を打ち切った。
盗賊たちは町の外にいるのだろうか。
町に残った盗賊のホームグラウンドであるスラムに身を潜めるのは難しいだろう。
スラムにいるよりは、町の外に隠れている可能性が高いと考えていい。
町の外に町を追い出された盗賊たちの隠れ家があり、男はそこへ帰ったと考えるのが妥当だろう。
一度東門に回って、膀胱を空にした後、町の外から南側へ行った。
周囲に気を配り、鑑定しながら進む。
キョロキョロしている俺の姿は、他人から見れば怪しいことこの上ないだろう。
まあしょうがない。
森の中を歩く人間は少ない。
盗賊が先に俺を見つけたら、俺のことを知っていようと知っていまいと関係なく警戒するはずだ。
敵とみなし、不意打ちを狙って攻撃してくる可能性も捨てきれない。
先に盗賊に見つけられたら、チャンスが一転してピンチになる。
なんとしても、こちらが先に見つけなければならないだろう。
音を立てないように、ゆっくりと歩いた。
雨上がりでぬかるんでいるところがあって、歩きにくい。
おまけに、町の南側というだけでは範囲が広すぎる。
夕方まで探したが、見つけることはできなかった。
日が暮れるころ、ワープで冒険者ギルドの壁に帰る。
夕食を取った後も、町の外へワープしてしばし監視した。
翌日も南側の森の探索を続ける。
しかし、一日中探し回っても、誰も見つけることができなかった。
夕食の後、再度町の外へ赴く。
明日が奴隷商人との約束の期日だ。
もう時間がない。
町に残っている方の盗賊を狙うべきだろうか。
しかし、スラムとはいえ街中にある盗賊の本拠地を攻撃するのは大変だろう。
俺とは無関係の、放っておけば襲われる可能性もあまりない盗賊にこちらから手を出すのも気が進まない。
俺が狙われるおそれのある町から追い出された方の盗賊をターゲットにすべきだ。
これなら正当防衛が成り立つ。
成り立たないかもしれないが、襲われてから反応する正当防衛と襲われる脅威があるときに行われる予防攻撃との差は、現実には常に曖昧なものだ。
などと屁理屈をこねていると、視界の隅にちらりと光が見えた。
見つけた。
昨日と同じ、Lv18の盗賊だ。
光源はゆっくりと動いている。
これから出かけるところなのか、あるいは隠れ家に帰るところなのか。
日はすでに暮れている。
辺りは真っ暗で、足元もおぼつかない。
暗いおかげでこちらが目立つことはないが、木の根っこにでも引っかかったらおおごとだ。
転んで大きな音を立てれば、すべてが台なしだろう。
光の動きを見極め、盗賊の後ろにワープした。
暗い壁を抜けると、カンテラの光に男の姿が浮かび上がる。
盗賊は、カンテラをぶら下げ、足元に光を当てながらゆっくりと森の中を歩いていた。
カンテラの明かりが周囲をぼんやりと照らしている。
こちらの足元の状況もかろうじて分かった。
明かりを持った男の後からついていっているのだから、先々の状況はばっちりだ。
この距離まで近づけば、もう盗賊を見失う危険はないだろう。
転ばないように小股で、盗賊の動きにあわせてゆっくりと、音を立てないよう慎重に尾行する。
やがて、男は山腹の小さな崖に行き着いた。
崖の中ほどに岩穴がある。
岩穴の入り口には扉が張られ、堅く閉ざされていた。
男が扉をノックする。
ややあって扉が開き、誰かが顔を見せた。
三十一歳、男、盗賊Lv24。
あそこが隠れ家か。
Lv24の盗賊は何事か話すと、扉を大きく開け、Lv18の盗賊を迎え入れた。
盗賊Lv18が岩穴の中に入る。
盗賊Lv24は、男を迎え入れた後、念入りに周囲をうかがい、左右を確認した。
その注意深さから判断しても、この岩穴が盗賊たちの隠れ家と見て間違いないだろう。
ついに見つけた。
あそこに町を追い出された盗賊たちが潜んでいる。
あの岩穴に攻め込めば一網打尽だろう。
Lv24の盗賊が扉を閉じると、周囲は真っ暗になった。
周囲を一通り確認する。
明かりもなく、何の気配もない。鑑定しても何も浮かんでこなかった。
誰もいないようだ。
俺はワープと念じて、ベイル亭の外壁に戻る。
本当なら、中の人数や盗賊のレベル、普段の行動を日数をかけて確認したいが、そんな時間はない。
いちかばちか、今夜のうちに攻め込むしかないだろう。
この真夜中に盗賊たちが拠点を移動するとは考えにくい。
もちろん、追われている身だから、敵に捕捉でもされれば分からないが。
岩穴の周囲には何の気配もなかった。
まだ俺以外の誰かには見つかっていないと考えてもいいはずだ。
今すぐ踏み込むのは、向こうも起きているから、危険である。
人間の弱点は夜になると寝ることだ。
旅亭の男のように半分ずつ眠れたら、危険を察知できるのに。
盗賊たちの一日の行動がどうなっているのかは分からない。
しかし、明け方には寝ているのではないだろうか。
交代で寝ずの番を立てているとしても、半分以上は。
今襲撃するより、もっと遅い時間に攻撃をしかけた方がいい。
たとえその間に逃げられる可能性があるとしても。
こっちは一人しかいないのだから、見張っているわけにはいかない。
しっかりと寝て、体調を整える必要がある。
俺は部屋に戻り、ベッドの上に横たわった。
盗賊を見つけた興奮からか、どうにも目がさえてしまう。
これから人殺しをするのだと考えると、いろいろと思うところもある。
それでも、俺はいつしか眠りに落ちていった。
目が覚めたのは早い時間だ。
感覚で分かる。おそらく、長い時間ぐっすりとは寝られなかっただろう。
寝過ごしてしまわないように気を張っていたのかもしれない。
デュランダルを出して腰に差し、リュックサックを背負ってから外套を羽織った。
レベルアップのことを気にする必要はないから、戦うには当然デュランダルを使うべきだ。
銅の剣とシミターはアイテムボックスにしまってある。
何かのときに二本めの剣が必要になるかもしれないが、腰に差していては邪魔になるかもしれない。
両者の可能性や損得を勘定するに、邪魔なものを持ち歩かない方がいいだろう。
二本めの剣を必要とする状況がデュランダルが使えなくなるような事態を意味しているのなら、おそらくはその時点で負けが決定だ。
時間的な余裕があるならアイテムボックスから取り出すこともできる。
デュランダルをつけて宿を出入りするのは初めてだが、外套を羽織っているので外からは見えないだろう。
加賀道夫 男 17歳
探索者Lv26 英雄Lv23 魔法使いLv25 戦士Lv16
装備 デュランダル 皮の鎧 サンダルブーツ
皮のミトンもはずしている。
斬り合いになったときには着けていた方がいいが、何かのときに指を自由に動かせた方がいいかもしれない。
どこかにつかまる、よじ登る、何かをつかむ、操作する。
人間の手は便利なものだ。
ジョブはもっと増やした方がいいのかもしれないが、よく分からない。
そうではないかもしれない。
普段あまり使っていないレベルの低いジョブを加えることにどこまで意味があるだろうか。
設定したジョブの平均レベルがステータスに反映されるような可能性もある。
現状でも魔法が使えていざというときのラッシュとオーバーホエルミングもあるのだから、この四つで十分だろう。
村を襲った盗賊と戦ったときにはデュランダル以外何もない状態で戦闘をこなした。それなりに戦えるはずだ。
準備を整えて宿屋を出た。
旅亭の男との会話は、いつもどおりだっただろうか。
緊張でどこか不自然だった可能性はある。
この世界のルールに従えばおそらく犯罪をしに行くわけではないから、あまり気にすることはない。
宿の外へ出て、大きく深呼吸した。
人を殺しにいくことについてモヤモヤとした感情が浮かぶが、封印する。
俺はすでに最初の村で盗賊を二十人近くも屠っている。
まさにいまさら、というところだろう。
一度外套を脱ぎ、裏返しにして羽織りなおした。
外套は返り血対策だ。
フードもしっかりとかぶる。
デュランダルを抜き、宿の外壁の方を向いて、ワープと念じた。
岩穴のあった森の奥を思い起こす。
出たところは真っ暗だった。
火もないし、鑑定しても誰もいない。
周囲に誰もいないことを確認して、今度は岩穴の中にワープする。
盗賊の男が入っていくときに見た、扉の内側だ。
見ただけだが、見たのだからワープできるだろう。
再びワープで出た場所も真っ暗だった。
明かりもないし、物音もしない。星もないのでさらに暗い。
いや。落ち着いて耳をすませると、静かな寝息が聞こえてきた。
誰かいる。
周囲を鑑定した。
鑑定は便利だ。
光がなくても使える。
岩穴の中に盗賊が四人いた。
Lv18、Lv24、Lv29、Lv35。
おあつらえ向きだ。
極端にレベルの高い者もいない。
このくらいのレベルなら、十分に戦えるし、懸賞金にも期待できる。
下っ端は、すでにやられたか、逃げ出したかしたのだろう。
不寝番も立てずに眠りこけているらしい。
危機意識なさすぎじゃないだろうか。
あるいは他の場所に誰かいるのか。
だとするなら、早めに片付けた方がいい。
真っ暗な岩穴だが、四人の居場所だけは分かる。
岩穴がどういう構造になっているのかは分からない。
奥に二人、Lv35とLv29。その手前に一人、Lv24。入り口に近いところに一人いた。
俺がワープで出たのは、Lv18とLv24がいる場所の中間辺りだ。
敵を片側に集めた方がいいので、まずは盗賊Lv18のところに行く。
足元がどうなっているか分からないのでゆっくりとすり足で移動した。
盗賊Lv18は地面に直接寝ているようだ。
起こさないように、軽く足でつついて位置を確認する。
こっちが下半身だ。
頭の方に移動した。
しゃがんで首を確かめ、デュランダルを向こう側の首筋にあてがう。
手前に寄せながら、思いっきり引き上げた。
盗賊Lv18は声も出さない。
これで首の動脈を何本か断ち切ったはずだ。
思った以上に巧くいったので、続いてLv24のところにすり足で移動する。
途中振り返って確認すると、盗賊Lv18の鑑定結果は出なくなっていた。
盗賊Lv24は、板か何かで作られた粗末なベッドの上に寝ているようだ。
足元に五センチか十センチくらいの段差がある。
多分中は空洞だろう。
盗賊Lv18のときと同様に首の位置を確かめると、デュランダルを向こう側に当てた。
ものの試しに、ファイヤーストームと念じてみる。
魔法は発動しなかった。
やはり、ストームは魔物に対してのみ効果があるらしい。
段差があるので、今度はデュランダルを斜め下方に強く引きつけた。
「ぐっ……」
Lv24の男がうめく。
引き上げるのは障害物がなくなったときにデュランダルの刃がこっちにきそうで怖いが、下におろすのならその心配がない。
そのために強くやりすぎてしまったようだ。
Lv24はこれで片付いただろうが、まだあと二人いる。
今の声で起きてしまったかもしれない。
俺はあわてて振り返ると、盗賊Lv35に向かってファイヤーボールと念じた。
頭上に火の球ができる。
周囲が明るくなった。
目がくらむほどではないので、対応できる。
岩穴の中は、殺風景な土の床と壁が広がっていた。
家財道具などは置いていない。
板なのか木箱なのか、盗賊は何かを台にしてベッド代わりにしていた。
「うぎゃあ」
火の球が盗賊Lv35に当たり、盗賊が大声を上げた。
その声を聞きながら、デュランダルをかまえLv29の盗賊に向かって走る。
盗賊Lv29は突然の大声に何事かと頭を持ち上げた。
デュランダルで首を断ち切り、その頭を刎ね飛ばす。
盗賊の頭がベッドの向こうに転がった。
盗賊Lv35に視線をやると、男は地面の上で転がり悶えている。
自然にベッドから落ちたものか、火を消すためにわざとやっているのか。
あまりに勢いよく転がるために、うかつに近づけない。
火が消え、再び真っ暗闇になった。
真っ暗でも鑑定で男のいる位置は分かる。
男は銅の剣を装備したようだ。ベッドの下にでも隠してあったのだろう。
何が起こったのか分からないくらいにあわててもいいと思うが、そう都合よくはいかないらしい。
襲撃される可能性くらいは想定していたということか。
位置が分かるとはいえ、鑑定結果だけを頼りに飛び込むことは難しい。
ファイヤーウォールと念じて、男が寝ていたベッドの辺りを思い起こした。
火の壁が出現する。
俺のいる場所から見て、盗賊Lv35がいる位置のさらに向こう側だ。
周囲が突然明るくなって、盗賊が後ろを振り返った。
後ろから光を当てられれば、誰でもそうするだろう。
普通は背後に誰かいるというサインだからだ。
真っ暗な間に俺がそこへ移動したということも考えられる。
しかし、今の場合はそうではない。
盗賊が振り返ったのは、盗賊にとって隙にしかならなかった。
俺は大きく踏み込み、デュランダルを左からスイングした。
デュランダルが男の胴に喰い込む。
そのまま右に移動しながら引き斬ると、盗賊が崩れ落ちた。