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牛と馬

前回のあらすじ:ハイヒールブーツに融合するモンスターカードが見つかった

「分かった。二枚とももらうとしよう」


 ルークが提示してきた二枚のモンスターカード、牛のモンスターカードとコボルトのモンスターカードを両方買うことにした。

 お金を払った後、ギルド神殿で種類を確認する。

 本当はいらないのだが、この確認もあまりサボるわけにはいかない。

 今回くらいだと普通の人ならやるだろうし。


 いや。やらないだろうか。

 どうせすぐ使ってしまうのだし。

 普通の基準が分からん。


「ひとつ提案があるのですが」


 モンスターカードの確認を終えると、ルークがなにやらもみ手で近寄ってきた。

 実際にもみ手だったわけではないが。

 表情からはそんな感じ。

 あくどいことを考えていそう。


「なんだ?」

「モンスターカードの融合に成功すれば、それを献上することになるんですよね」

「そうだな」

「でしたら、融合を私ども何人かの商人の前でやられてはいかがでしょう」


 まさかの公開融合の誘いだった。

 そういえば、ロッジにいるセバスチャンも公開で融合するやつもいるくらいだと教えてくれていた。

 やっぱそんな一大事なのか。


「そこまでするほどのことなのか?」

「それはもちろんでございます。そこまですれば、万に一つの問題も生じえないわけですから」


 それにしてはもみ手で寄ってくる理由が分からん。

 素直に尋ねてみるべきか。


「それをやることによってルークにはどのような利得がある?」

「これは手厳しい。なに、たいしたことではございません。人前で融合するといっても、開けっぴろげに喧伝してバカ正直に不特定多数に公開する必要はないのです。たまたまそこにいた何人かに声をかければ、それで十分でしょう」

「たまたまか」

「たまたまです」


 つまり、ルークが知り合いだけに声をかけると。

 ルークにとっては、それで十分に利があるのだろう。

 貴族が探りを入れるはずだとセバスチャンも言っていたし。


 情報を持っている者は強い。

 貴族が情報を得るためルークに頭を下げるまであるかもしれない。

 そこまでではなく、直接の利がなかったとしても、貴族に対して貸し一つとすることができる。

 あるいは、ルークが仲間に対して貸し一つとすることができる。


 いや。もう一つあるな。

 探りを入れてくる貴族は反ハルツ公爵派だ。

 そして、ハルツ公爵からオークションでの仲買を頼まれているルークは、ハルツ公爵派に属する。

 反ハルツ公爵派に流す情報をコントロールしたいということもあるのだろう。


 俺も当然ハルツ公爵派ということになるから、ハルツ公爵派のルークは俺に変なことはできない。

 ルークを信用すれば、だが。

 捨て駒にされる危険はある。

 また、実はルークがすでにハルツ公爵派を裏切って反ハルツ公爵派に寝返っている、という可能性もなきにしもあらず。


 まあそこまでは考えすぎか。

 裏切っていたからどうなるというのも少々想定しにくい。

 モンスターカードの融合を公開するにせよしないにせよ、こっちはセリーにやってもらうよりほかにないわけだし。

 公開融合に反ハルツ公爵派の面々だけを集めて口裏を合わせる、というのも難しいように思う。


 それに、仮にルークが裏切っていてハルツ公爵にまで迷惑がかかるようなことになったとしたら、罪をルークになすりつけることも可能だ。

 ルークの謀反に気づけなかったからと責められることはないだろう。

 あったとしてもそのときはそのときだ。


「モンスターカードの融合を人前でやっても大丈夫か?」

「そうですね。あまり多くなければ問題ありません。失敗してしまうかもしれませんが」


 一応セリーにも確認をとってみるが、大丈夫なようだ。


「もちろんそんな大ごとにするつもりはございません」


 ルークもこういっている。

 エナメルのハイヒールブーツには空きのスキルスロットがあるので、失敗することは多分ない。

 いや、他人が見ていると失敗するとか。


 そのときはそのときか。

 公開で融合して失敗すれば、もう皇帝に献上する必要は金輪際ない。

 セバスチャンもそのときには空きのスキルスロットが五個ついたやつを売ってくれるかもしれない。


 むしろ失敗してくれたほうがいいかもしれない。

 損して得とれというやつだ。

 成功するのが問題になるかもしれないし。


 一回だけなら大丈夫だが、何回も連続で公開してそのたびに成功というのでは目をつけられかねない。

 もっとも、空きのスキルスロットがついてない装備品に融合させれば失敗するはずだから、必要があれば失敗させることもできる。

 提案を断る理由は特にないか。


「そうだな。まあ、大ごとにしないのであれば」

「おおっ。それはそれは。ご英断ありがとうございます。では、声をかけてまいります。ほんの少しの間だけお待ちください」


 ルークは、俺の返事を聞くと、すぐに部屋を飛び出していった。

 急いだのは、こちらの気が変わらないうちに、ということだろうか。

 こういう態度を取られると不安になるな。

 もっと顧客の安心と信頼を重視した営業をしてほしい。


 やっぱり、提案を受けたのはまずかっただろうか。

 何か見落としがなかったかと考えるも、特に思い浮かばない。

 まあいまさらしょうがない。

 ルークがハルツ公爵派から寝返るのでなければ、問題は起こさないだろう。


「うーん。せめて早く終わらせるか。セリー、すぐにでもできるようにしておけ」

「はい」


 ルークから買ったばかりのモンスターカードと、エナメルのハイヒールブーツをアイテムボックスから出して、セリーに渡しておく。

 ルークが誰かを連れ帰ってきたらすぐに終わらせる。

 相手がこちらを確認する前に終わらせる。

 なんだったら、ルークがいない間に融合してしまった、でもいい。


 いや。駄目か。

 ちゃんと融合したという証言を得るために人前で融合しようというのに、席を離した隙に勝手にやってしまってはまずいよな。

 そんなことをする理由がない。


 ここはセリーが、空気を読んで勝手に融合してしまうところではないだろうか。

 それがご主人様に対する忠誠というものだろう。

 セリーが勝手にやってしまったのなら俺は言い訳が利く。

 ま、合理的に考えるセリーがそんなことをするはずもないとはいえ。


「お待たせしました」


 時間切れだ。


「いや」


 待ってないし。


「たまたま近くにいたお二方に声をかけさせていただきました」

「なにやらモンスターカードの融合を公開でやられるとか」

「たまたまそこにいたので、それならば是非拝見させていただこうと参上いたしました」


 ルークと連れられてきた二人の男が部屋に入ってくる。

 笑顔が気持ち悪い。

 たまたまを強調しているあたり、そうではないことを示している。


 自己紹介などはするつもりもないようだ。

 これからするのかもしれないが。

 それも面倒だな。


 さっさと融合してくれと指図しようとセリーを見ると、セリーはすでに準備を終え詠唱を始めていた。

 三人が部屋に入りきったのと同時くらいにスタートしたのだろう。

 セリー、マジ優秀。


「おお」


 ルークが連れてきた男の片方が声を上げる。

 ルークともう一人はそれほど驚いてはいない。

 驚いたほうの男は融合を見るのが初めてだったのだろう。


 ルークは融合を見た経験があるのか。

 お抱えの鍛冶師でもいるのかもしれない。

 それならこっちに何かを頼んでくることもないな。

 いいことだ。


 セリーの手元が光った。

 ゆっくりと消えていく。

 セリーの手に、ハイヒールブーツが残っていた。



駿馬のエナメルハイヒールブーツ 足装備

スキル 移動力増強



 なるほど。移動力を増強するから駿馬か。

 って、牛のモンスターカードを融合したのに馬になってるじゃないか。

 などと思わずノリツッコミをしそうになってしまった。


度度どどのいくさに身を預く、よろう鎧ぞ頼もしき、防具鑑定」


 ルークがなにやらつぶやいている。

 そうなんだよ。

 ルークは防具商人だから防具鑑定が使える。

 防具鑑定が使えないはずの俺がここで装備品の名前に突っ込むことはできない。


「無事成功したな」

「はい」


 しょうがないので成功したことだけを話題にしてセリーをほめた。


「確かに成功したようです。駿馬のエナメルハイヒールブーツで間違いありません」


 というのに、何故かルークが会話に乗ってきた。

 しかも装備品の名前つきで。

 さては誘い受けか。

 乗るしかない、このビックウェーブに。


「牛のモンスターカードなのに駿馬なのか?」

「コボルトのモンスターカードも使いましたので」


 俺の突っ込みに対し、セリーが冷静に突っ込み返してきた。

 なるほど。そういうもんか。

 ん?


 いやいや。

 ラバとかライガーとかレオポンとかじゃあるまいし、馬が牛とコボルトとの雑種ということはないだろう。

 あるいは、シュンメという種の生き物なんだろうか。

 それもないな。


 一瞬説得されそうになってしまった。

 しかしそれはない。

 セリー、恐ろしい子。


「馬だけどな」

「古来より、優れた馬は千里を走るといわれます。移動力を強化する装備品にふさわしい名前といえましょう」

「まあそれはそうだが」


 いかん。

 また説得されそうになった。


「牛はどこへ行ったんだ?」

「古来より、優れた馬は千里を走り、優れた牛は八百里を歩むといいます」

「へえ」


 聞いたことないけどね。

 というか、歩く時点で駄目なんじゃないかという気がするけどね。


「千里の馬は常にあれども、八百里の牛は常にはあらず、ということわざもあります」

「伯楽さんの立場は?」


 伯楽さんが泣いちゃうよ。


「ハクラク? とにかく、八百里の牛はそれほど貴重なのです」


 希少価値があるからいいというものでもあるまい。


「そ、そうか」

「なんにせよ、成功おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます。いいものを見させてもらいました」


 俺たちの攻防とは関係なく、ルークたち三人が祝辞を述べてきた。

 おっと。そうだった。

 本題はこっちだ。

 牛か馬かなどどうでもいいことだった。


 それは馬か鹿かがどうでもいいのと同じくらいどうでもいい。

 そんなのを気にするのは秦の高官くらいなものだろう。

 昔、秦の政治をほしいままにして滅亡への道を突き進んだ趙高は、始皇帝の後の第二代皇帝に珍しい馬を見つけたといって鹿を献上し、あれは鹿だと言った人を反対派として敵視し後に粛清したという。


 そんな卑劣な罠を仕掛けてくるとは。

 セリー、恐ろしい子。

 俺も殺されたくはない。

 ここはルークたちの祝辞に乗っておこう。


「ありがとう」

「今回融合に成功したことは、我々二人がきっちり証人とならせていただきます」

「ああ。頼む」


 そういえばそんな話だった。


「はい。おまかせください」

「それでは失礼いたします」


 二人は頭を下げすぐに会議室を出て行った。

 結構あっさりと。

 この機会に顔をつないでおこうとか、鍛冶師を引き抜こうとか、皇帝との関係を探り出そうとかいうつもりは全然ないようだ。


 まあ、ルークが用意した人員だしな。

 変なことをすればルークが困る。

 説明も多分ルークがしてあるのだろう。


「世話になったな」

「いえいえ。たいしたことはしておりません」


 ルークがたいしたことをしているのか、していないのか。

 俺からは何も見えないのが問題だ。

 まあ、影でこそこそ動いていたとしても、変なことにはならないだろう。

 何かことが起こったら、あいつは裏切りましたとハルツ公爵に申し立てればいい。


 そうしよう、そうしよう。

 早速今からでも行きたい気分だ。

 変なことは起こっていないが。


「では」


 ルークとはすぐに別れて、俺も部屋を出る。

 この後、ルークは多分さっきの二人と合流してあくどい会議だろう。

 だとしたらすぐに別れないほうがよかったかもしれないが、もうここまできたらどうでもいいやね。

 なるようにしかならん。


 俺はこの後迷宮に入って実力をつけておけばいい。

 力さえつけばどうにでもなる。

 この後といえば、そういえばできた装備品を皇帝に献上するのはどうやるのか。

 ロッジに行って聞いてみる必要もあるだろう。

本日『異世界迷宮でハーレムを8』が発売になりました。

私の大好きなベスタさんが登場する巻です。よろしくお願いします。

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セリーが鍛治師として優秀なのは良いけれど、なんだかルークの思惑にはまってしまっている感じがする。ロッジのセバスチャンの前でスキルの融合を行なっても良かったのでは、ないだろうか?
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