三十四階層
前回のあらすじ:ランドドラゴンはトカゲだった
現れたでかいトカゲの正面にロクサーヌが立ちはだかる。
そして、催眠のレイピアをトカゲの目の前で煽るように動かした。
煽るようにというか、実際煽っているのだろう。
ボスを引きつけるのがロクサーヌの役目だ。
オオトカゲの前だというのに、恐れてもいない。
むしろ楽しげにレイピアの切っ先を回している。
ドラゴンではなくトンボでも捕っているかのような気楽さだ。
さすがはロクサーヌ。
まあ俺だって恐怖は感じていないくらいだからな。
こちらの世界に生まれ育ったロクサーヌならこれくらいは当然だろう。
ミリアもベスタも恐れることなくそれぞれドライブドラゴンの前に立つ。
俺も冷静に魔物へ雷魔法をお見舞いした。
オーバードライブをかけて二連打。
続いてミリアが相手をする方のドライブドラゴンに状態異常耐性ダウンをかける。
ランドドラゴンは、正面に立つロクサーヌにいきなり接近した。
かなりの加速で一気に進む。
あごを開いて恐ろしい歯を見せ、噛みつこうと閉じ合わせる。
ロクサーヌは上体をひねってあっさりとかわし、魔物の目元にレイピアを突き立てた。
反撃も恐ろしいほどに冷静だ。
目に行くとか。
もっとも、ドラゴンの方にそれほどダメージを受けた感じはない。
まぶたを閉じて防御したのか、魔物だけに強化されているのか、目は形だけなのか。
少なくとも弱点ではなさそうだ。
そもそも魔物なんだし目から視覚情報を得ているかどうかも定かではない。
それならば耳はどうなのか、ドラゴンなら目の他にピット器官もあるのか。ニートアントは複眼なのか、ノンレムゴーレムの目は見えるのか、などと疑惑が広がってしまう。
ニードルウッドやハーフハーブに至っては植物系だし。
「確かに、動きは少しすばやいようです」
ロクサーヌは評価まで恐ろしく冷徹に下している。
少しなのかよ。
結構いきなり接近してきたように見えたが。
動きを見逃すまいとランドドラゴンに注意を向けたが、ボスは直後の雷魔法で麻痺してしまった。
ベスタの正面のドライブドラゴンと一緒に。
ミリアの正面のドライブドラゴンだけが動いている。
状態異常耐性ダウンが本当に効いているのかどうかが疑問になる結果だな。
まあ確率的な事象だから、たまにはこういうことも起こるだろう。
今まではちゃんと先に麻痺することが多かった。
ドライブドラゴンには状態異常耐性ダウンが効かないということはないはずだ。
「やった、です」
すぐに石化してしまったし。
ミリアはその後、ボスももう一匹のドライブドラゴンも立て続けに石化してしまった。
ボス戦とミリアとの相性は相変わらず素晴らしい。
こうかはばつぐんだ。
これならランドドラゴン戦も安泰だろう。
一応三十四階層の様子も見てみるが、今日は三十三階層でボス戦を繰り返すのがいいかもしれない。
ドライブドラゴンとコボルトケンプファーは強さがあんまり変わらないらしいし。
石化して動かなくなった魔物を魔法で安全に倒す。
セリー、ミリアとルティナは休息。
ロクサーヌとベスタは、並んで剣を振り、石化したボス相手に試し切りみたいなことを行っている。
「まだまだたいした敵ではなかったですね」
「このくらいなら大丈夫だと思います」
「もっと速く動いてくれると楽しめるのですが」
俺は何も聞いていない。
ここでは何もなかったんだ。いいね?
ランドドラゴンを倒すと、煙の消えた後に赤っぽいドロップアイテムが残った。
肉か。
鑑定してみると竜肉と出る。
ランドドラゴンは食材を残すのか。
「竜の肉か」
「竜肉ですね。そのまま食べられます。ドラゴンの力が籠もっているとされて腐ることがないので、探索者や冒険者でない人でも遠くに出かけるときに持って出たりします。また竜皮と同様、スープに入れると味がアップします」
セリーの説明を聞くとまんまビーフジャーキーっぽいな。
いや、ビーフじゃないか。
ドラゴンジャーキーだ。
「そのままでいいのか。じゃあちょっと食べてみるか?」
思わずロクサーヌの方を見てしまった。
別に狼人族だからといってビーフジャーキーが好物ということはないだろう。
ないかもしれない。ないよね?
猫人族のミリアは魚が大好きだが。
特にロクサーヌが飛びついてくる様子は見られない。
やっぱりないか。
少しだけ切り取って、ロクサーヌに回してやる。
竜肉はジャーキーのように簡単に裂けた。
本当にドラゴンジャーキーなのね。
口に入れてみると、味も、まさに乾燥肉だな。
濃厚な肉の味がして、うまい。
口当たりよく、最初は歯ごたえがあるが、二、三度噛むとほぐれ、溶けていく。
「こうして魔物を倒してすぐに食べるのもいいですよね」
ロクサーヌにも気に入ってもらえたようだ。
全員に回った後、ルティナから受け取り、一口分切り取って再度ロクサーヌに渡した。
結構癖になる味だ。
やめられないとまらない。
そういや、スナック菓子もたまには食べてみたいな。
懐かしい。
ポテトチップスやえび煎餅なら工夫と研究でいけそうな気もするが、別にそこまでして食べたいわけでもないんだよな。
なければないで。
基本的に、俺にはあんまり日本の食べ物で食べたいと思うものがない。
高くてうまいものは、思い出して食べたいと思うほどに食べたことがないし、安いものは、そればっかり食べてきたのでもう十分だし。
キャビアやフォアグラはもちろん、寿司やウナギなんかはほとんど食べたことがないので、そもそも食べたいという感覚がない。
マツタケとか明太子とか一度は食べてみたかったが。
うまいのかね。
桃は何度か食べたことがあり、美味しかったのでまた食べてはみたいが、そこまでこだわるほど何度も食べたことはない。
メロンなんかは超高級食材過ぎて。
カップ麺は、一時期夕食がそればっかりだったこともあって、食べ飽きた。
もう一生食べなくていいや。
コメなんかもたまには食べたくなるが、あれはあんまり強烈な味でもないしな。
淡白なコメの味は、食べたくてしょうがないということにはならないと思う。
海外へ行くと米と味噌が恋しくなるというが、俺には信じがたい。
大体いまどきの日本人が味噌なんか食わねえよ。
後はカレー。
カレーかあ。
いつか食べたいと思う日が来るかもしれないが。
その程度だよな。
そう考えると、俺はこの世界で生きていくのに適した人間であるような気もする。
「少し食べちゃってアイテムボックスには入らないから、残りはロクサーヌが持て。ああいや……」
「もうほとんどありませんね」
そんなことを考えながら食べていたら、竜肉はあっという間になくなってしまった。
そりゃ六人で食べていたらなくなるよな。
大きくはなかったし。
「まあ全部食っちまえ」
「はい、です」
「小さいのですぐになくなってしまうと思います」
「諸侯会議の途中につまむのもいいかもしれません」
最後は、残ったひとかけらをミリアが半分にしてベスタに渡し、ベスタはそれをさらに半分にしてルティナに渡していた。
「なくなってもドライブドラゴンをまた狩ればいいか。竜肉はいくらでも手に入る。今日はドライブドラゴン戦を繰り返すことにしよう」
「そうですね。分かりました」
ドサクサにまぎれて、ロクサーヌから承諾をいただく。
今日はもう三十三階層のボス戦を繰り返すことにすればいいだろう。
その方があんまり被害を受けることがないし。
魔法のキャンセルや回避に失敗して攻撃を喰らった場合には、おそらくボスの方がダメージはでかいのだろうけど。
「ドライブドラゴンをたくさん倒せば、竜革も残ることでしょう。今の私ではまだ竜革の装備品を作成できませんが」
セリーによればドライブドラゴンは竜革も残すらしい。
レアドロップが竜革なのか。
まだ竜革を使った防具は一部しか装備できていない。
自分たちで調達できる素材が装備に追いついたな。
ドライブドラゴンが竜革を残すなら、素材を集めておく意味でもボス戦を繰り返さなくてはならない。
早く教えてくれよ、とは思ったが、セリーとしては自分で扱えないことに忸怩たる思いもあるのだろう。
ドライブドラゴンは、三十三階層のボスだから、さらに三十三階層上の六十六階層では雑魚敵として大量に出てくる。
竜革を集めて竜革の装備品を作るような人は、六十六階層で戦えるくらいの力がある人なのかもしれない。
「素材は溜めておけばいい。そのうち使えるようになるだろう」
「はい」
「一応、三十四階層も見てはみよう。そういえばセリー、コボルトケンプファーの弱点属性は何だ?」
コボルトケンプファーと戦ったときにはまだセリーはいなかったし、デュランダルで倒したから弱点や耐性のある属性を知らない。
三十四階層からはセリーに頼ることが少なくなると思っていたが、しばらくはそうでもないようだ。
「コボルトケンプファーは四属性全部が弱点です」
それは単に魔法に弱いだけでは。
と思ったが、突っ込むことはせず三十四階層へと移動する。
「じゃあ、ロクサーヌ。頼む」
「はい。こっちですね」
ロクサーヌの案内で三十四階層を進むと、いた。
コボルトケンプファーだ。
本当に出てくるんだ。
別に信じていないわけではなかったが。
やっぱり一階層ボスのコボルトケンプファーが三十三階層上となる三十四階層の魔物になるのか。
一度は戦ったことのある魔物だから、戦いやすいだろう。
それは今後とも続く。
ただしLvは34。
三十四階層だから当然だ。
バーンストームとサンダーストームの二連撃を放った。
ドライブドラゴンも出てくるから、遊び人のスキルは変更していない。
この団体も、コボルトケンプファーとドライブドラゴンが二匹ずつだ。
あ、なるほど。
コボルトケンプファーは四属性全部が弱点でも雷魔法に対しては弱くないのか。
魔法に弱いわけではなく、たまたま四属性が全部弱点だと。
属性剣のスキルもあるのだから、それを使えば属性が弱点かどうか分かる。
コボルトケンプファーは別に魔法に弱いわけではないらしい。
一階層のボスだった魔物はしかし、最初の雷によって二匹とも麻痺してしまった。
あら。
残っているドライブドラゴンのために次はサンダーストームを連打してみるが、こちらは一匹だけ麻痺せずに残る。
やっぱり魔法に弱いだけじゃないのかと。
コボルトケンプファーは結局、二匹とも麻痺が解けて動き出すことなく倒れた。
石化したドライブドラゴンより早く煙になってたしな。
実は魔法に弱いんじゃ。
「三十四階層でも無事戦えそうだな」
「そうですね。ご主人様と一緒ならまだまだ上の階層に行けそうです」
ロクサーヌはまだ上へ行く気満々なのか。
俺なんかはいつとまるかビクビクしているというのに。
魔物のグループが三十三階層までと三十四階層からでは異なるから、三十四階層というのは一つの試練かと思っていた。
コボルトケンプファーはそこまでの難敵でもないようだ。
「ドライブドラゴンの方が大変だという人もいますから」
なるほど、セリーの言うとおりか。
一階層から十一階層までに出てくる魔物のうちでコボルトは際立って弱かった。
当然、そのボスのコボルトケンプファーも弱い。
奴はボスの中でも最弱。
二十三階層から三十三階層までの魔物グループで最強のドライブドラゴンは、三十四階層から四十四階層までの魔物グループで一番弱いコボルトケンプファーとはいい勝負なのだろう。
下の階層の魔物ごときに負けるとはボスの面汚しよ。
「やる、です」
「大丈夫だと思います」
「諸侯会議に列するにはこんなところで留まってはいきません」
クーラタルの三十三階層と三十四階層ではそこまでの違いはなかったのだろう。
壁があるとすればもう少し上か。
ただし、こういうのはあまり予想するのもよくない。
思わぬところで壁が来て対処できなくなったりするからだ。
「三十三階層に戻ろう」
いずれにしても今日のところは問題ない。
三十三階層で戦えばいい。
明日着る服については明日心配すればいいだろう。
明日は明日の風が吹く。
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お待たせして申し訳ありません。
よろしくお願いします。