火の鳥
前回のあらすじ:羽毛布団を作り始めた
次の日は早朝から三十二階層のボスに挑む。
先頭を進むロクサーヌの足取りが軽い。
「うーん。あっちへ行けば魔物が近いですが、ノンレムゴーレムまでいますし、あんまり数はいませんね。さっさとボス部屋に向かいましょう」
途中魔物の数が少ない団体には見向きもせず進む。
ロクサーヌはすぐにパーティーをボス部屋へと案内した。
一日待たせたせいか、やる気は満々のようだ。
「ロックバードのボスはファイヤーバードです。ロックバード同様に弱点となる属性はありませんが、火魔法を使い、火属性に耐性があります。耐性のある属性が異なるので注意が必要です」
待機部屋でセリーからブリーフィングを受け、ボス部屋に足を踏み入れる。
ロックバードのボスは、ロックバードとは耐性が違うらしい。
珍しいパターンだな。
大抵は同じことが多いのに。
ボス部屋に入った。
中央に煙が集まり、魔物が姿を現す。
ファイヤーバードは、赤い炎に覆われた鳥だった。
おお。
火の鳥だ。
フェニックスだ。
紛れもなくファイヤーバードだ。
燃えている。
燃え上がっている。
すべてを焼き尽くす灼熱の炎。
逃れうるもののない業火による蹂躙。
このボス部屋はあますところなく焼かれるであろう。
そしてゴモラもまた。
ファイヤーバードがその恐ろしげな炎の頭部を振り込む。
見るものを塩柱に変えてしまいそうな圧倒的な一撃。
を、ロクサーヌが軽くスウェーして回避した。
かわしちゃうのね。
三十二階層のボスの攻撃でも、やはりロクサーヌには通用しないか。
次の刺突も首を振って避ける。
避け幅は、いつもより若干大きいだろうか。
炎が揺らめいている分を勘案しているのかもしれない。
いつもより余計にかわしております。
ロクサーヌが肉体労働担当。
ギャラは同じでございます。
などという文句が脳裏をよぎった。
まあ一つの財布に入るわけだし。
頭脳労働担当の俺は魔法をぶっ放す。
ロックバードを一匹石化させてミリアも攻撃に加わった。
ノルマ分の一回の魔法を撃ち終わったルティナも杖で物理攻撃に参加する。
どうやら熱くはないらしい。
まあ水魔法や氷魔法が弱点というわけでもなし。
あ。麻痺だ。
ファイヤーバードの動きが止まり、落下した。
ミリアが攻撃を続行しているから、睡眠や石化ではなく麻痺だろう。
見た目だけでは、石化と麻痺と睡眠の区別はつきにくい。
しかも、麻痺しても炎は普通に揺らめいているような気が。
「やった、です」
今度は石化の合図だ。
見た目ではやはり分かりにくい。
炎もゆらゆらとしているような気がする。
別に触ってみたりするつもりはないので、魔法で片づける。
ベスタが相手をしていたロックバードは、なんとかミリアが石化させる前に倒した。
ボス戦ではミリアが大活躍だ。
逆にいえば、ミリアが活躍できるなら三十二階層のボス戦も安泰だろう。
魔物がアイテムを残して消える。
ロックバードは羽毛を残し、ファイヤーバードも何かのアイテムを残した。
皮っぽい。
鑑定してみると、オストリッチと出た。
オストリッチ……。
ダチョウかよ。
火の鳥と聞くと威厳がありそうだが、中の鳥はダチョウかと思うとがっかりだな。
まあ宙に浮いていただけでもよしとしよう。
中の鳥などいない。
「これは防具にでもなるのか?」
「オストリッチですね。防具にはなりません。柔らかすぎるようです。丈夫なのでカバンなどに利用されます」
セリーに聞いてみたが、防具の素材にはならないようだ。
オストリッチの鎧とかは見たこともないしな。
「軽くて綺麗な模様が入るので、貴族の女性にも人気です。諸侯会議に出席なさるようなときにはオストリッチのブリーフケースなど持っておくとよろしいでしょう」
ルティナが余計な情報まで伝えてくる。
諸侯会議を諦めるつもりはないようだ。
そして、貴族というのはやはりめんどくさいと。
冒険者用のリュックサックでは馬鹿にされたりするのだろうか。
『リュックサックを背負って諸侯会議に来るなど、どこの田舎貴族だ』
『剣だけは分不相応に立派なものを持っておるではないか。使えもしまいに』
『お。抜くのか、抜けるのか。剣を抜けば領地も爵位も没収、自身は死罪ぞ』
『抜かぬのか。この腰抜けが』
『貴様のような礼儀知らずの田舎貴族など迷宮にこもっておればよい。井戸の中のフナのようにな』
『鮒じゃ、鮒じゃ、鮒貴族じゃ』
なんか考えただけで腹立つな。
いかん。落ち着け。
皇帝やハルツ公爵は迷宮を倒すことを貴族の存在意義としていた。
迷宮に入る装束を馬鹿にすることはないだろう。
むしろブランドバックなど文弱と考えるかもしれない。
貴族なら迷宮に入ってなんぼだ。
その責務を忘れ華美に走った成れの果てが、セルマー伯というところだろう。
「むしろオリハルコンのアタッシェケースなどあれば、いざというときに盾代わりに使えそうだが」
「オリハルコンは鍛冶師がスキルを使ったりしなければ扱えません。溶かして加工とかはできないようです。オリハルコンのアタッシェケースというのは、防具にも武器にも存在しないと思います」
言い返そうとしたらセリーに論破されてしまった。
確かにオリハルコンのアタッシェケースなんかあってもな。
「三十三階層は、ドライブドラゴンか」
話題を変えよう。
「そうです」
三十四階層から上の魔物はボスが順次に出てくるのだから、セリーの活躍の場は減る。
俺を論破することも減るだろう。
そのまま三十三階層になだれ込んだ。
ドライブドラゴンとはすでに戦っているし、三十二階層までの魔物をねじり伏せ自力で三十三階層に来たのだから、恐れることはない。
ドラゴンなど恐るるに足らず。
と思っていたら、戦闘時間が極度に長くなってしまった。
倍くらい長くなっている。
ここまで強くなるのか。
まあドラゴンと戦ったことがあるとはいっても一階層だし。
そういえば、ドライブドラゴンは二十三階層から三十三階層までに出てくる魔物の中で極端に強いという話だった。
ドライブドラゴンは全属性耐性持ちだが、雷魔法を使っているので属性の問題ではないと思う。
強い。確かに強い。
ドラゴン、畏るべし。
その分、三十四階層の魔物が急激に強くなったりしないということだろうから、よしとしておこう。
「さすがにドライブドラゴン相手だと戦闘が長引くな。大丈夫か?」
「ミリアもベスタもよくやってくれるので問題はないと思います」
確認するとロクサーヌから返事が返ってくる。
前衛陣は問題なしか。
というか、ロクサーヌ自身は問題ないことが前提なのね。
「だいじょうぶ、です」
「問題ないと思います」
大丈夫そうか。
「元々、もっと長い時間戦っていたのですから、このくらいは問題ないでしょう」
セリーの言うとおり、一番戦闘時間が長かったときよりはこれでも短いんだよな。
魔道士のジョブを得たり遊び人と魔道士で二発撃ったりオーバードライブでかさ上げしたり装備品やレベルアップなどで強くなったりと、いろいろあった。
俺たちも強くなったもんだ。
「これくらいで音を上げるようではご主人様のパーティーメンバーにふさわしくありません。いえ、それ以前に迷宮に入るのにふさわしくありません」
ロクサーヌにはあまりハードルを上げすぎないようにしてほしいが。
「迷宮での戦いは過酷だと聞いておりましたが、この程度ではまだまだなのでしょうか」
「ご主人様のおかげで戦闘時間が短いのですから、この階層では回避などする前に終わってしまいます」
「ええっと。まあやはり普通はもっと大変だと思います」
ルティナの疑問にはセリーがフォローした。
あまりロクサーヌの発言に惑わされないようにしてほしい。
三十二階層に戻って、ボス戦を繰り返す。
ファイヤーバードも問題ない。
なにしろこっちにはミリアの石化があるからな。
ミリアさまさまだ。
ドライブドラゴンと比べるとファイヤーバードの方が楽なような気さえしてくる。
ボスなのに。
実際には、戦闘時間だけを見ればファイヤーバードの方が長い。
単体で見れば、ファイヤーバードはドライブドラゴンよりも確かに上だろう。
ただし、ファイヤーバードは三十二階層のボスなので、一匹しか出てこない。
お供が二匹ついてくるがそれはものの数ではない。
ボス一匹なら正面をロクサーヌに任せておけるし、ボスなので接近する途中で全体攻撃魔法を撃たれることもなく、セリーが詠唱中断をいつでも叩き込める。
加えて一匹しかいなければミリアの石化で即終了する。
対して、ドライブドラゴンは最大で六匹出てくる可能性がある。
ファイヤーバード一匹とドライブドラゴン六匹なら、多分ドライブドラゴン六匹の方が手ごわいだろう。
六匹相手ではさすがに全部ミリア頼みというわけにはいかない。
三匹は前衛が抑えるとして、四匹以上いればドライブドラゴンの方が上かもしれない。
もちろん、ボス戦を放棄して三十三階層で戦う、などという選択はしない。
ドライブドラゴンには全体攻撃魔法を撃たれる恐れもある。
相当連発されなければ死ぬことはないだろうが、それでも撃たれれば痛い。
痛みはいかんともしがたいのだ。
「ドライブドラゴン相手にはルティナの魔法四回で俺の魔法を一発減らせるようだな。三十三階層では魔法四回で頼めるか」
「分かりました」
少し戦ってみてから、ルティナに指示を出した。
ドライブドラゴン戦は戦闘時間が長引くので、ルティナは今までよりも多く魔法を撃てる。
四発でも五発でも大丈夫だ。
その中で、ドライブドラゴンに使う俺の魔法を減らせるのはルティナが四回撃ったときだった。
俺の魔法一回に対しルティナの魔法四回というのはずいぶん差がついてしまっているように見えるが、今回はしょうがない。
ドライブドラゴンは四属性に対する耐性を持っている。
四属性しか使えない魔法使いのルティナではダメージを与えにくい。
一方で雷魔法のダメージは、多分普通に通るのだろう。
雷魔法は魔道士にならないと使えない。
だから三十三階層は魔法四回で何の問題もない。
もっとも、その四回の魔法でロックバードLv33に使う魔法の数もギリギリ減ってしまうのが厄介な問題ではある。
別に今回は嘘はついていないし、偶数回数から奇数回数への減少だからいいのだが。
あんまり適当なことばっかりやっていると、いずれどこかでつじつまが合わなくなって気づかれそうだ。
今回魔法を四回使ってもらうのだし、これを契機に上の階層でも魔法四回くらいまではありということにしておこう。
その後は三十二階層と三十三階層を行き来しながら狩を行った。
さすがに魔法四回は負担になるのか、ルティナの支援はときたまだ。
それはしょうがない。
いざとなればMP回復薬を使わせることもできるが、そこまでの苦戦でもないし。
三十三階層ではドライブドラゴン二匹、ロックバード三匹、ノンレムゴーレム一匹の団体とも戦った。
初めての六匹の魔物の集団だ。
ここまで出会わなかったから、三十二階層から最大六匹になることがあるとはいえまだまだ割合としては少ないのだろう。
ドライブドラゴンの数は多くなかったし、六匹でも問題なく打ち負かした。
ロクサーヌにはロックバードの多いところに案内するよう頼んでいる。
今回はそれが功を奏した。
羽毛布団の効用は意外なところで大きいようだ。
「うーん。三十二階層でボス戦を繰り返すよりも、三十三階層を探索した方がいいのかもしれませんね」
が、六匹の団体を片づけると、セリーが進言してくる。
気づいてしまったか。
せっかく黙っていたのに。
やはり気づくか。
そりゃまあ気づくよな。
さすがはセリーだ。
「ドライブドラゴンを主体に狩るならそうだろうが、ロックバードを狙いたいからな」
間髪入れずに、その作戦を採用しなかった理由を述べた。
すでに検討済みだと匂わせながら。
そのくらいは俺も考えたのだ。
つまり言い訳も準備できている。
「それもそうですか」
「なるほど。ドライブドラゴンを相手にした方がよい経験を積めますか」
セリーが変なことを言うから、ロクサーヌ先生がやる気を出してしまったではないか。
「この階層はロックバード主体でやりたい。経験は上の階層へ行けばいくらでも積める」
「まあそうですか」
「上へ行って苦労しないためにも、ここでがんばっておく手はありそうです」
ロクサーヌを説得したら、今度はセリーが正論を。
二人をそろって納得させるのは難しい。
「ロックバードに関しては、出てきた魔物をドライブドラゴンだろうとロックバードだろうとえり好みせずに倒していけばいいわけですか」
そんな子どもの偏食をたしなめる母親みたいなことは言わんでよろしい。
「そうするとやはり三十三階層で戦った方が」
セリーはセリーで冷静に考えているし。
「ルティナ、魔法を使うのはドライブドラゴンが四匹以上だったときとして、使えそうになったら私に教えてもらえますか」
「はい。ロクサーヌ姉様」
「普段はロックバード主体、ルティナが魔法で戦えそうになったらドライブドラゴン主体で戦っていくのがよいと思います」
ロクサーヌが勝手に話をまとめて俺に持ってきた。
三十二階層のボスとは短い付き合いだったようだ。