混雑
「そうだったのですか。さすがはご主人様です」
俺のジョブが遊び人であると明かすと、ロクサーヌが胸を張った。
「遊び人ですか。なるほど。それが能力の一部ですか」
セリーは遊び人が俺の能力の一部に過ぎないと正確に理解しているようだ。
魔法を二発放てるのは、遊び人の能力ではないしな。
「すごい、です」
「さすがだと思います」
「食い道楽の遊び人ですか」
そうじゃねえよ。
ルティナには突っ込みたかったが、スルーした。
「薬草採取士のスキルをセットすれば、生薬生成もできる。こんな風にな」
アイテムボックスから麻黄を取り出して、万能丸を生成する。
ルティナに見せつけた。
「本当です」
調子に乗って緑豆も取り出す。
生薬生成と念じると、緑豆は……微動だにしなかった。
だ、駄目なのか。
「緑豆からの生薬生成はできないみたいだ。セリーの言ったとおり大変なんだろう」
遊び人でも緑豆を生薬生成することはできなかった。
まだまだレベルが足りないのか。
ひょっとしてLv50が必要なのか。
あるいは遊び人では駄目で、薬草採取士でないといけないのか。
遊び人と薬草採取士を両方つけているから、ではないと思う。
ファーストジョブの遊び人の生薬生成が優先されるはずだし。
オーバードライブに乗せればできるだろうか。
試しに、薬草採取士をはずしてみる。
オーバードライブと念じてから、生薬生成を行った。
駄目だ。
薬は生成されない。
緑豆は緑豆のままだった。
「かなり難しいらしいので、しょうがありません」
セリーの言葉がやけに嬉しそうに聞こえる。
くそっ。
せっかくいろいろやってみたのに。
生薬生成もしていないように今まで振舞ってきたが、全部無駄だった。
気を取りなおして、朝食の後はクーラタルの三十一階層に入る。
遊び人のスキルは、なんとか間に合った。
雷魔法に戻している。
そのために朝食をゆっくり食べていたので、落ち込んだと勘違いされたかもしれない。
「ノンレムゴーレムのボスはなんだ?」
「クーラタルの迷宮三十一階層のボスは、レムゴーレムになります。弱点となる魔法属性はありません。ノンレムゴーレム同様土属性に耐性のある岩人形ですが、体の一部が金属でできており、ノンレムゴーレムより攻撃力や耐久性が上がっています」
待機部屋でセリーに教えてもらう。
レムゴーレムはボスだけにノンレムゴーレムの強化版というところだろう。
というか、レムに意味があんのかね。
「レムゴーレムか」
「ボス部屋に出てくるとき、ノンレムゴーレムやレムゴーレムは眠っていることがあるそうです。レムゴーレムが寝ているときにはボスを後回しにする作戦も有効だそうです」
意味あった。
睡眠していることもあるのか。
さすがはレムゴーレムだ。
レム睡眠かどうかは知らないが。
「全体攻撃魔法を使うから後回しはめんどくさくなるだけだろう。おそらくそこまでの敵でもないだろうし、寝ていようがいまいが一気に片づける。ロクサーヌ、頼むぞ」
「おまかせください」
ロクサーヌから頼もしい返事がきた。
ボスの正面はロクサーヌが受け持つ。
眠っていようが起きていようがロクサーヌにとってたいした差はないだろう。
違うか。
結局ボスを倒すときには攻撃して起こすのだから、ロクサーヌの負担は増えない。
ボスが眠っている間はロクサーヌが他の魔物を相手取るとすれば、むしろ負担は減ることになる。
ミリアがスタンバイしている状態でスタートしたら石化が少しは早くなるかもしれないから、ボスが眠っていて楽ができるとしたらそれくらいか。
まあそんなことはどうでもいい。
初めてのボスであるレムゴーレム戦に向けて気を引き締める。
しかし、ボス部屋の扉はなかなか開かなかった。
「前のパーティーは時間がかかっているようですね。おそらくパーティーメンバーに魔法使いがいないのでしょう。レムゴーレムは、魔法使いのいないパーティーでも比較的楽に倒せる最後のボスになります」
セリーが解説してくれる。
「寝ているからか」
「はい。眠っていない魔物から集中攻撃して倒すそうです。もちろん場合によっては出てきた魔物全部が寝ていないこともあるので、三匹を相手にできる実力は必要です。ただ、ボス部屋なら時間をかけても他の魔物の乱入がないので、安全に戦えます」
ボスを倒すほどの実力があるならもっと上の階層に行けるだろうが、魔法使いのいないパーティーが実力相応の階層でちまちま戦っていたのでは、複数の団体が現れたとき一気に形勢逆転となる。
そんな危険を冒すなら、レムゴーレムを相手にしていた方がいいということか。
「なるほどね」
時間も悪かった。
すでに日は昇ってほとんどの人が活動している時間だ。
朝食をゆっくり取ったことがあだになった。
しばし待つ。
扉が開くまでに次のパーティーまでやってきた。
鑑定したところ魔法使いがいなかったので、こいつらも時間かかるだろう。
扉が開いたので中に飛び込む。
せめて前のパーティーが全滅していないかと思ったが、装備品は残されていなかった。
時間はかかっても倒せるだけの実力は持っていたようだ。
煙が集まり、魔物が姿を現す。
眠っているかどうかなど確認せず、雷魔法を叩き込んだ。
雷魔法とミリアの石化で戦うのだし、一匹ずつ相手にすることはない。
全体攻撃魔法でまとめて処理する。
現れたのはノンレムゴーレムが二匹とレムゴーレムだ。
すぐに雷で叩き起こしたので寝ていたかどうかは分からなかった。
レムゴーレムは、ノンレムゴーレムより一回り大きそうだが、見た目にあまり違いはない。
いわれてみれば少し大きいかな、という程度だ。
鑑定がなければ両者の違いをどうやって見分けるのか。
やはり、レムゴーレムは眠っているときにまぶたがぴくぴくと動くのだろうか。
「やった、です」
まあ石化してしまえば眼球だって動くはずもなし。
ボス部屋での戦いはミリアの三タテで幕を閉じた。
後は魔法とデュランダルで片づけるだけの作業だ。
三十二階層へ入るのは初めてなので少しMPも回復しておく。
ノンレムゴーレムを魔法で消した後、ボスだけはデュランダルで倒した。
レムゴーレムが煙と化す。
「あら。岩か」
レムゴーレムのドロップは岩だった。
ノンレムゴーレムと一緒なのか。
使えない。
「レムゴーレムは、岩とダマスカス鋼を残します。今回は残念でした」
セリーが拾いながら教えてくれた。
ダマスカス鋼を残すこともあるのか。
確かに全部ノンレムゴーレムと一緒ってことはないわな。
「ダマスカス鋼か。残ったらセリーが鍛冶できるか?」
「ダマスカス鋼を加工する前に、硬革と鉄鋼と竜革の経験が必要です」
「結構先は遠いな」
「ええっと。まだまだです」
ダマスカス鋼が今すぐ必要ということはないか。
「ひょっとして、ダマスカス鋼を求めてレムゴーレムのボスと戦う人が多い、ということは?」
「落とす確率がいいわけでもないので、特別に稼げるということはないでしょう。ダマスカス鋼の加工ができる鍛冶師なら、もっと上の階層で戦えると思いますし」
そっちもないのか。
ボスのレムゴーレム戦に人が集まるのは、単純に魔法使いなしでも戦いやすいということが理由らしい。
さらにいえば、魔法使いがいないので戦闘時間が延びてますます混雑すると。
今待機部屋にいるパーティーにも魔法使いはいなかった。
俺たちの前に戦っていたパーティーも、おそらくはここに戻ってまたボス戦を繰り返すのだろう。
これからの時間はここのボス部屋がすくことはないか。
ダマスカス鋼が必要になったら、早朝にでも来るしかない。
「三十二階層の魔物は何だ?」
「クーラタルの迷宮三十二階層の魔物は、ロックバードです。体が岩石でできた鳥で、その岩をこちらに飛ばしてくることもあります。弱点属性はありません。土属性の魔法も使い、土属性には耐性があります」
弱点属性なしか。
またしても雷魔法に頼ることになりそうだ。
まあどの属性を使うかいちいち考えなくていいというメリットはある。
「強そうだな」
「ドライブドラゴンほどではありませんが、弱点属性がないので三十三階層までに出てくる魔物の中では強敵とされています」
そういえば三十三階層のドライブドラゴンも弱点属性はないから、遊び人のスキルはまだまだ雷魔法だ。
「それなら、今日のところはずっとロックバードを相手にするという手はあるかな。このボス部屋は混むだろうし」
セリーに同意を求める。
セリーに話しかけたのに、セリーは何も言わずにロクサーヌを見た。
やはりロクサーヌの承諾を得なければいけないのか。
俺もロクサーヌの方を向く。
「ロックバードを倒して、三十二階層のボス戦ですね」
ロクサーヌを見ると、うなずかれた。
おまえは何を言っているんだ。
「いや、ボス部屋へ行くのは明日だ。あまり急激に進むのはよくない。ロックバードに慣れる必要もある。俺はおまえたちの誰一人として失いたくないのだ」
ここは少々卑怯な手を使って切り抜けよう。
真っ先にやられるとしたら俺のような気もするが。
「そこまで私たちのことを考えてくださるのですか」
ロクサーヌは陥落と。
「それでしたら三十二階層でいいでしょう」
「三十二、です」
「それでいいと思います」
「わたくしなら大丈夫ですが、それでもいいでしょう」
全員の了承も得た。
このメンバーの中で誰かがやられるとしたら、俺かルティナになるだろう。
ロクサーヌやベスタがやられるところは想像できない。
ミリアは、可能性としては考えられるが、硬直のエストックを持っているから石化した魔物の影にでもうまく隠れるはずだ。
となれば、最初にやられるのは後衛の三人。
セリーはルティナよりレベルが高いから、俺とルティナのどっちかということになる。
パーティーメンバーの中から死者が出るような状況を考えるに、俺の回復魔法が間に合っているうちは倒されることはないはずだ。
一撃死でもない限り。
俺の回復魔法が間に合わなくなる状況で一番考えられるのはMPの枯渇だから、そのとき俺はデュランダルを出して前線に立っている可能性が高い。
後衛のルティナより前衛の俺の方が危ないだろう。
やはりメンバーの中で真っ先にくたばるのは俺か。
気を引き締めなおして三十二階層へ赴いた。
「では、ロクサーヌ。最初は少なめのところで」
「はい。こちらですね」
ロクサーヌの先導で進む。
出会ったのはロックバード二匹だった。
ロックバードは、結構大きな鳥だ。
ハクチョウくらいはあるのではないだろうか。
ハクチョウといっても直接見たことはあまりないから、自信はないが。
よく見かけるハトやカラスなんかよりは大きい。
茶褐色をしているから、名前のとおり岩でできているのだろう。
セリーの情報に間違いはない。
頻繁に羽ばたいてはいないが、翼を広げて空中に位置している。
滑空している感じか。
サンダーストームの二連打を浴びると、二匹とも墜落した。
麻痺すると飛べなくなるのは、鳥の魔物でも一緒か。
まあ当然か。
あるいは当然ではないのか。
何が常識なのかよく分からない。
少なくともそのまま下に落ちたところを見ると滑空ではなかった。
いずれにしても麻痺している隙に倒したい。
前衛陣が襲いかかる。
セリーとルティナも加わった。
ルティナは、相手が少ないので魔法は使わず、杖で殴っている。
結局、ロックバード二匹を動き出す前に始末した。
一匹はミリアが石化させている。
今回は運がよかったこともあるが、そこまでの難敵でもないようだ。
ロックバードが煙となって消えた。
残ったのは、羽だ。
鑑定すると羽毛と出る。
これがロックバードのドロップアイテムらしい。
「はい、です」
「羽毛か。何に使うんだ」
「インクをつければ、パピルスに文字が書けます」
ミリアとベスタから羽毛を受け取り尋ねると、セリーが教えてくれた。
そのままペンとして使うらしい。
「羽根ペンか」
「後、軸を取り去って布に詰め、掛け布団として使うこともできます」
「羽毛布団か」
「高価なアイテムを使う上に軸を取り除く手間隙がかかるので、羽毛を使った布団は相当な高級品です。軸を取り除かず潰したり、他のものを混ぜて入れたりする粗悪品も多いと聞きます」
「悪徳商法か」
悪質な業者というのはどこの世界にもいるようだ。
こっちではクーリングオフもないだろうし。