作法
迷宮での戦闘を終える。
今日の仕事はここまでだ。
この後は買い物をして家に帰り、家に帰って夕食をすませたらさらにその後は……分かるな。
ぐひひひ。
ちなみに帝都の服屋にはまだ行かない。
行けばロクサーヌたちも手ぶらで帰すわけにはいかないし、連日はやめておいた方がいい。
帝都の服屋だから買うのはネグリジェのキャミソールでいいが。
ルティナの寝間着は、伯爵のところから着てきた服で間に合っているみたいだ。
しばらくはいいだろう。
それに、ルティナはまだまだ味わい始めたばかり。
変化をつけるのは味に飽きてからでいい。
ルティナは俺から逃げられはしない。
楽しみは追々でいい。
ゆっくり、じっくり味わえばいいだろう。
時間はたっぷりとある。
「ザブトンも出たことだし、今日の夕食はシンプルに肉を焼こう」
五人を前に宣言した。
ザブトン、ロース、三角バラの食べ比べだ。
もうルティナに食い道楽と思われてもいい。
どうせルティナは俺からは逃げられない。
俺という触手に捕まっている。
飛騨山中に篭ること十余年、あみ出したるこの技。
もがけばもがくほど身体に食い込んでいくわ。
この世界には醤油もウスターソースもないし俺では複雑なソースは作れないが、塩とコショウは魔物がドロップするため自由に使える。
シンプルにステーキでいいだろう。
「はい。楽しみです」
「結構量はあると思うので、後は野菜スープでも作ってくれ」
「分かりました」
スープだけ頼んで、買い物に出かける。
パンに野菜、卵を購入して家に帰った。
夏の暑さは峠を越えたと思う。
多分一番暑い時期は過ぎたのではないか。
「今日は肉ばかりだし、明日の夕食には白身でも揚げよう」
だからといって急に涼しくなるわけもないが、油で揚げる料理を再開してもいいころあいだ。
「おお。はい、です」
「ミリアとベスタはこの卵でマヨネーズを作ってくれ」
「まよねーず、です」
「はい。できると思います」
ミリアとベスタに卵とオリーブオイルを渡した。
一人でマヨネーズを作るのは大変だが、二人がかりなら大丈夫だろう。
「まよ、まよね、ですか?」
「マヨネーズという調味料ですね。まったりとした美味しいソースです」
「わたくしは聞いたことはありませんが、そういうソースがあるのですか」
「ねっとりとしていますがそこまでしつこくなく、豊かな味わいで魚や野菜を引き立たせます」
セリーとルティナが会話している。
マヨネーズはブラヒム語に変換されない。
似たような調味料はないのだろう。
「それは楽しみです。食い道楽というのも悪くないかもしれません」
いいところに気がついた。
ルティナよ、そのとおりだ。
「肉も焼いといてくれ」
「分かりました」
ザブトン、ロース、三角バラを出してロクサーヌとセリーに託す。
「俺は風呂を入れてくる。ルティナも一緒に来てくれるか」
「はい。わたくしも手伝います」
「頼む」
ルティナと二人で風呂場に向かった。
「本当に毎日お入れになるのですね」
「夏の間は汗もかくしな」
ルティナに手伝ってもらえるようになって楽になったし、夏が終わっても風呂は毎日入れていい。
どのみち風呂を入れなかったとしても五人の身体は毎日俺が磨き上げるが。
「大きな湯船に寝転がるのも気持ちいいものですね。まさに栄華の極みです。わたくしにふさわしい。わたくしもお風呂が大好きになりました。ありがとうございます」
ルティナは風呂も好きになってくれたらしい。
いい傾向だ。
好きになった理由はともかく。
「気に入ってくれて、なによりだ」
「ミチオ様と一緒なのが少し恥ずかしいですが、侍女と一緒に入ると思えば」
俺は侍女扱いか。
もっと素直になれ。
そんなことを言っても下の口は喜んでおるわ。
ルティナと一緒に風呂を入れる。
オーバードライブは使わない。
戦闘と違って時間が問題になることはないし、ゆっくり入れればいいだろう。
威力が二倍になっても水の量が二倍になるとは限らないし。
バーンウォールの火力は上がるだろうが。
ゆっくり入れたおかげか、ルティナは今日は最後まで手伝った。
MPも増えているのだろう。
「よし。ここまでにするか」
「はい。何故か、今日はわたくしも最後まで手伝えました」
「気分が悪くなったりはしていないな」
「大丈夫です。昨日よりも風呂を入れるのが早かったのでしょうか。ミチオ様は戦闘時間も短縮させましたし」
ルティナは少し不思議がっている。
最後まで手伝えたのは、魔法使いのレベルアップのおかげだと思う。
俺の勇者のレベルアップも効いているはずだ。
「魔法を使うのに慣れたのだろう」
「確かにそれはあるでしょう。さすがはわたくし。いえ、しかし」
素直に喜んでおけばいいものを。
それ以上は突っ込むことなく、キッチンに行った。
「まよねーず、です」
「よし。じゃあ明日まで置いておこう」
キッチンに戻ると、ミリアがマヨネーズを渡してくる。
ベスタと二人できっちり作ったようだ。
「こちらの方も進んでいます」
肉はロクサーヌが焼いていた。
うまそうな匂いが漂ってくる。
「あー。これがザブトンか」
焼く前の肉を見ると、種類によって結構色が違った。
色が違うというか、サシが入っている。
アイテムとしての見た目はロースとザブトンとであまり違いはないが、切り口を見るとはっきり違う。
白く、綺麗なサシが入っているのがザブトンだろう。
「ザブトンだとお分かりになるのですか?」
「まあここまで違うとな」
「白くてちょっと気持ち悪いですよね」
「いやいや。そこが美味しいところだから」
ロクサーヌはサシを知らないらしい。
知らなければ気味が悪いのだろうか。
綺麗な霜降りだと思うけどね。
「そうなのですか?」
「へえ。そういうものなんですか」
セリーですら知らなかったようだ。
大丈夫だろうか。
この世界だとサシが入っている方が味が落ちるとか?
ザブトンの方がレアドロップなのだからそれはないか。
「ザブトンは領民からの献上品で何度かいただいたことがあります。確かに美味しい食材でした」
ルティナもうまいと言うのだからうまいだろう。
献上品というのは、どうか知らないが。
収奪品の間違いでは。
「ロクサーヌ、肉汁をもらえるか」
「はい」
「ベスタはこの野菜をみじん切りにしてくれ。ルティナは、氷を砕くのを頼む」
キッチンでは、俺はソースを作った。
普段なら牛肉は塩コショウで焼くだけで十分だが、今回はザブトン、ロース、三角バラの食べ比べなので量が多い。
シンプルに焼いただけでは物足りない部分も出てくるだろう。
焼いて出た肉汁にワインときざんだ野菜を入れて煮込めば、簡単なソースの出来上がりだ。
ドミグラスソースのようなものは作り方も知らないし無理だが、味の目先を変えるくらいならこれで十分だろう。
別皿に用意して、好みでかければいい。
デザートを作れなかったので、氷も出してせめて飲み物を冷やしておく。
肉を焼くだけなので、夕食はすぐに完成した。
時間をかけると先に焼いたものが冷めてしまう。
本当は鉄板でも用意して焼きながら食べるのがいいのだろうが。
ただ、俺が焼いてロクサーヌたちに食べさせるのも変な気がする。
誰かが焼いて他のみんなが食うというのもかわいそうだし。
まあてんぷらは俺が揚げたから、駄目ということもないか。
食卓に運んで肉を食べる。
肉はどれも旨かった。
「ロースでも十分に美味しいですね」
ただし、食べ比べとしては微妙か。
ロクサーヌの言うとおり、ロースでも十分うまいから。
単に肉をいろいろたくさん食べた、という感じになってしまった。
ロースと比べると、ザブトンは柔らかく、一段上の味だ。
三角バラは、柔らかくはないが濃厚な肉の味がする。
かといってロースが不味いわけでもなく。
ロースはロースで十分いける。
「確かに味が違うのは分かりますが、どれも美味しいです」
セリーも同意見のようだ。
「おいしい、です」
「こんなにいろいろたくさん食べれるのはすごいと思います」
「ソースをかけると食感が変わりますね。しゃきしゃきとした野菜の歯ごたえが素晴らしいです。わたくしはこのソースがすごいと思います。こういうのは食べたことがありません」
ルティナは、ソースを気に入ってくれたらしい。
気に入ったならばお礼が必要だ。
もちろんお礼はお風呂でたっぷりと。
「よし。では片づけたら風呂に入るか」
風呂場に行き、順番にもみしだいた。
ルティナのお礼も、思う存分いただく。
二日めということもあり、昨日より遠慮なくいただいた。
ルティナの胸は、白くてもちもちしている感じがたまらなくいい。
大きさは、もちろんベスタが一番でもみ応えもすごいが。
いや。大きさの比較はタブーだ。
誰かの目が光ってにらみつけてきたような気がする。
「次はご主人様の体を洗わせていただきますね」
ここはロクサーヌの提案に甘えておこう。
五人に体を洗ってもらった。
ロクサーヌやミリアが泡立てた石鹸のついた胸をこすりつけてくる。
ベスタの大きな肉塊がマッサージするように背中をこすり上げた。
これはたまらん。
比較しないからセリーも来なさい。
ルティナも、昨日よりやや積極的に洗ってくれた。
いい傾向だ。
なめらかなもちもちの肌で洗われる。
心も体も洗われた。
その後、湯船でゆったりと至福のひと時を過ごす。
湯船はいい塩梅に狭い。
俺にとって至福のときだ。
ルティナにとっては雌伏のときかもしれないが、気持ちよさそうに寝転がっていたし、問題ないだろう。
「風呂から上がったら、今日は着替える前に全員でキッチンに行く」
「分かりました」
宣言して風呂から上がり、キッチンに移動した。
俺は男らしく体を拭いただけで全裸。
ロクサーヌたちは体を拭いたタオル代わりの布を巻いている。
そのくらいはまあしょうがないだろう。
「ではこれより、我が一族に伝わる伝統の作法を教える」
「一族の伝統ですか。ありがとうございます」
ロクサーヌに礼を言われるほどのものではないが。
「まずは足の間隔をやや広めに開けてしっかりと立つ。片手でカップを持ち、持っていない方の手は腰に当てる。ひじは必ず横に伸ばすこと。ひじを上げてカップを口に持っていき、顔を斜め上に向けてそのまま一気に飲み干すべし。これが、風呂上りに飲み物を飲むときの作法である」
口で説明した後、実際に氷で冷やした酪を飲んだ。
酪はボスタウルスのドロップなので今日一日で結構手に入れている。
あまり飲むようなことはしないと言っていたが、うちでならいいだろう。
食い道楽なのだ。
さっぱりとした酸味のある濃厚なミルクが喉を降りていく。
酪はヨーグルトとバターミルクの中間にあるような飲み物か。
牛乳より濃厚だがべったりはしておらず、コクがあってうまい。
しかも、風呂上りに冷たい飲み物は格別だ。
これが酪か。
お風呂で火照った熱い肉体に冷たい酪がしみこんだ。
「私たちもよろしいのでしょうか」
「当然だ。いってみろ」
酪は、ドロップアイテムのオリーブオイルと同様、透明な薄い膜に入っている。
刺激を与えると簡単に一部が破けて、カップに注げる。
ロクサーヌたちもカップに用意し、酪を飲んだ。
仁王立ちになって腰に手を当てている姿が素晴らしい。
胸を誇らしげに突き出している。
布を巻いているのが残念だ。
正面からもみしだきたい。
「はー。冷たくて美味しいです」
はー、ではなく、カァーなら百点だったぞ、ロクサーヌ。
この飲み方はもう少し親父臭さがほしい。
「冷たいのど越しが最高です。一気に飲めてしまいますね」
セリーももっと胸を張れ。
「つめたい、です」
「確かに、すごいと思います」
大柄なベスタなら親父臭くなるかと期待したが、反応はかわいらしかった。
こちらの勝手な期待か。
大柄なだけに、ごくごくと飲み干す感じじゃなく、軽く二、三口で飲んでしまったし。
「火照った体が冷えて、いい感じで眠れそうです」
ルティナよ、もちろんそんなわけにはいかない。
この後には軽い運動が待っている。
軽いといっても俺はルティナたちの五倍だ。