千尋
「そう、ですか」
俺と同じ魔法の使い方ができないと知って、ルティナが落ち込んだ。
魔法使いだけでは二つ魔法を撃てないから、しょうがない。
諦めてもらうしかない。
フォローのしようもないし。
「魔法が使えるだけでそれなりに役に立つので大丈夫です」
ロクサーヌ先生、それなりではフォローになってません。
「ま、まあ大丈夫だろう。ロクサーヌは次を頼む」
ロクサーヌには仕事を振っておいた。
仕事で忙しければ変なフォローもしないだろう。
次にロクサーヌが先導したのは、タルタートルが二匹とグミスライムが一匹の団体だ。
三匹なのでやはり雷魔法で仕留める。
三匹とも遭遇した直後にあっさりと麻痺してしまったため、ミリアは一匹しか石化させられなかった。
遊び人の効果を知力大上昇にしたためか、階層が上がっても使用する魔法の回数は増えていない。
いや。ここはむしろ減らなくてよかったと安堵すべきだろう。
次に出会ったタルタートル三匹とグミスライム二匹の団体には雷魔法と氷魔法を使う。
魔物にもそろそろ全体攻撃魔法を撃たせていいころだ。
「やった、です」
しかし、魔法を喰らうことはなく、ミリアの大活躍で終わってしまった。
三匹も石化させている。
ミリアが三匹めを石化させると、次の雷魔法で魔物は全滅した。
雷魔法を減らせば魔物も活躍するかと思いきや、途中で止まらないのでミリアの獲物が増えただけだったか。
「この氷片が舞っているのは、ひょっとして氷魔法ですか?」
戦闘終了後にルティナが尋ねてくる。
そういえば氷魔法を見せたのは初めてか。
「そのとおり。これならルティナもそのうち使える」
「氷魔法といえば魔道士しか使えないそうですが」
「そうそう。だからルティナでもなんとかなる」
「え?」
使えると言うと驚かれた。
いや。魔法使いから魔道士になれば使えるはずだ。
俺は間違ってない。
「使えるだろう。大丈夫だ」
「そんな先の話ですか」
「ご主人様が大丈夫だとおっしゃられておられるのですから、大丈夫ですよ」
ロクサーヌ、もっと言ってやって。
「は、はい。ロクサーヌ姉様」
「まあそのうちだ」
俺の獲得経験値二十倍があるから魔道士になるのはルティナが思っているより早い。
というか実際もう魔法使いLv5に上がっているわけですよ。
「ええっと。もしかしたら、あのピカピカと光る魔法は」
「雷魔法だな」
「や、やはりそうですか。ではそのうちなんとかなるというのも……」
そのうちというのがいつなのか分かったのだろう。
だいぶ先だと思ってか落ち込んでいる。
ピカピカ光る魔法もそのうち使えるからとルティナには言ってある。
魔道士が雷魔法を使えるということをルティナは知っているらしい。
氷魔法について知っていたから、雷魔法も知っていて不思議ではない。
目にしたことがあるかどうかは別にして。
言われないとあれが雷魔法だと思わないものだろうか。
「ひょっとして、雷を見たことがない?」
「もっと大きな音のする魔法だと思っていました」
音か。
そういえばサンダーは雷鳴で稲妻はライトニングだという話を聞いたことがある。
雷鳴を伴った方がサンダーストームに相応しいかもしれない。
ブラヒム語だと関係ないかもしれないが。
伯爵令嬢だから雷を見たことがないということも普通にありそうだ。
城の中に籠もっていれば音だけが響くだろう。
ルティナも雷を見たことがないという質問を否定はしていない。
「ゴロゴロと鳴り響くにはもっと規模の大きい雷じゃないと駄目だろうな」
「そうですか」
「そうなのですか? 魔法なのだから音だけ再現すればいいのでは」
うかつなことを口走ったため、セリーが食いついてきた。
やばかったか。
俺の浅学がばれる。
うっかりものも言えないこんな世の中じゃ。
「魔物にダメージを与えているのは雷本体だろう。音まで再現させる必要性は薄い」
音を使った攻撃もあるにはあるが、雷魔法の主体は稲妻の方だろう。
麻痺するのは電気のおかげだろうし。
「音は付属品に過ぎないと」
「付属品というか、まあ雷が通った結果として鳴るわけだし」
「結果として鳴っているのですか?」
「雷魔法の雷でも、よく聞けばパチパチくらいの音は出てるんじゃないか。自然の雷ほどの規模になれば、バリバリという音になる、のだろう」
「そういうものですか」
よかった。
セリーはなんとかそれなりには納得してくれたらしい。
「なんかお二人ともすごいのですね」
ルティナの方も、うまく話題がそれた。
セリーのおかげだ。
「ああいうときの二人はほっておけば大丈夫です」
聞こえているぞ、ロクサーヌ。
「分かりました、ロクサーヌ姉様」
「ほっておく、です」
「大丈夫だと思います」
ミリアとベスタもなにげにひどいな。
その後、二つの団体を雷魔法で滅し、続いてタルタートルが四匹とクラムシェル一匹の団体も攻撃する。
タルタートルが四匹なのでダートストームを使った。
あ。
全体攻撃魔法は撃たれなかったが、魔物は早く倒れてしまった。
二十三階層でグミスライムに風魔法を使ったときより早い。
あのときも今回もルティナは魔法を使っていない。
つまり俺の魔法の威力が上がった。
遊び人の知力大上昇のおかげだろう。
勇者やルティナの魔法使いのレベルが上がったおかげもあるだろうが、影響が一番大きいのは遊び人の効果のはずだ。
雷魔法二発では二十三階層と二十四階層で回数は変わらないが、雷魔法と相手の弱点をついた属性魔法だと回数が減るらしい。
倒すのに必要なダメージが魔法0.1発分でも0.9発分でも、魔法の回数は切り上げられて一回になるから、一発分の幅は広い。
そういうこともあるのだろう。
こっそりとセリーの様子をうかがうが、気にしている様子はないようだ。
気づいてないのか。
それともそこまで突っ込む気になれないのか。
そういえば、俺が魔法の威力を変えられることはセリーも知っている。
ジョブ取得のために低階層で魔物の半数を魔法一回で倒せるよう調整したからな。
今回もやっていると思っているのかもしれない。
ルティナのレベルが上がって魔法の回数が減ることは気にしなくてもよかったか。
そうなんだよ。
実験の一環だ。
あくまで実験なのである。
これでいこう。
魔法の威力が変わるのはしょうがない。
覚悟を決めてこのまま狩を続ける。
開き直ったともいう。
ルティナはすぐに魔法使いLv7になった。
さすがに二十四階層だとレベルアップも早い。
全体攻撃魔法はまだ撃たれていない。
「この階層でもなかなか全体攻撃魔法は使ってこないな。どうだ、少しは慣れただろうし、もう一つ上の階層に行ってみるか?」
ルティナに提案する。
「そうですね。少し慣れてきたようには思います。魔法を撃つことによる息苦しさがなくなってきました。わたくしにもやれるようです。上の階層へ行ってもよろしいでしょう」
それは単にレベルが上がっただけでは。
まあいいけど。
「……」
「ひっ。い、いえ。上の階層へ行きたいです」
ロクサーヌがひとにらみしたら、ルティナが言い直した。
上の階層へ行ってもよろしいは駄目らしい。
よろしいが駄目だったのか、行ってもいいが駄目だったのか。
人に言われたからでなく自分で責任を持てということかもしれない。
「そうです」
訂正したのでロクサーヌがうなずいている。
無理強いはよくないが。
危険を感じたら積極的に反対してほしいものではある。
まあ行ってもいいと言うのだからいいだろう。
二十五階層に移動した。
「クーラタル二十五階層の魔物は……ケープカープだっけ、ブラックフロッグだっけ?」
「ブラックフロッグです」
「弱点は、確か……火属性だったよな?」
「はい」
セリーにフォローしてもらいながら解説する。
情けない。
いや。どっちがどっちか混乱しただけだ。
二十五階層がブラックフロッグなら、二十六階層の魔物はケープカープだろう。多分。
「だからブラックフロッグとグミスライムが多ければファイヤーストーム、タルタートルが上回っている場合のみサンドストームを使う。うちのパーティーでは階層の魔物やその弱点を調べたりするのはセリーの役目だ。セリーはいろいろ物知りだし頭がいい。次からはセリーに説明してもらう」
この際だから解説をセリーに丸投げした。
これ以上恥をかかないために。
違う。適材適所というやつだ。
二十六階層の魔物はケープカープだと分かっている。
おそらくだが。
二十七階層から上もさすがに分かる。
現在進行形で戦っている魔物たちだし。
「はい」
「分かりました。ファイヤーストームですね」
セリーもルティナも分かってくれたようだ。
「ではロクサーヌ、最初だけ少ないところで頼む」
「はい。こっちですね」
ロクサーヌの先導で進んだ。
いたのはブラックフロッグが二匹にタルタートル一匹の団体だ。
黒っぽいカエルだからルティナにもそれと分かるだろう。
五人が走り出す。
俺はサンダーストームを二回念じてから追いかけた。
数も少ないし雷魔法でいい。
ルティナは魔法を撃たないのか。
温存したのだろうか。
まあ相手も少ないし。
俺なら、なにはともあれファイヤーストームを使ってみると思う。
さすがは伯爵令嬢だけに上品に生きてきたのだろうか。
がっついていない。
「やった、です」
二匹と少なかったせいか、今回は両方ともミリアが石化させた。
さすがだ。
がっついているな。
硬直のエストックは血に飢えている。
次の団体には、ルティナが魔法を使った。
ファイヤーストームも問題なく撃てるようだ。
二十五階層で狩を続けていく。
「二十三、二十四、二十五階層と使用する魔法の回数が増えていないようですが」
ほぼ俺の雷魔法だけで魔物を倒したとき、セリーが訊いてきた。
さすがにミリアも毎回毎回魔物全部を石化できるわけではない。
やべ。
と思ったが、責めるような冷たい目線ではない。
純粋に疑問を持ったという感じか。
「少し実験をな。しばらくはこれで」
そう。実験だ。
俺の魔法の威力が変わったとしても何の問題もない。
実験なのだ。
ルティナのレベルが上がって魔法の回数が少なくなったときは実験終了ということにすればいい。
完璧じゃないか。
「そうですか」
セリーはあっさりと引き下がった。
実験の重要性を理解しているのだろう。
しかし、ロクサーヌがあきれた表情で俺を見ている。
またですか、という感じで。
ロクサーヌよ、心の声が漏れているぞ。
「ロクサーヌ、次を」
実験の重要性を理解しないロクサーヌに先導を依頼した。
狩を続ける。
ルティナが魔法使いLv10になるまで続行する。
魔法使いLv10になっても続行した。
魔法使いがLv4のとき二十四階層、Lv7で二十五階層へ上がったのだから、Lv10では二十六階層に上がってもいい。
ただ、ここまでまだ全体攻撃魔法を受けていない。
あまり上の階層に行ってからというのもよくないだろう。
二十五階層なら少しだけ粘れば使ってくるはずだ。
もしルティナのレベルが上がって使う魔法の回数が変化しても、そのときは実験終了という大義名分がある。
むしろ減ってくれてもいいくらいだ。
バッチ来い。
「来ます」
ロクサーヌが警告した。
ブラックフロッグの白い腹の下に青い魔法陣が浮かんでいる。
回数が減るのではなく、全体攻撃魔法が先に来た。
周囲に水が舞う。
体をぎゅっと引き絞られたかのような軽い痛みが走った。
痛みは痛みだが、軽い。
しかも一瞬だ。
耐えられないほどではない。
ダメージも大きくはないだろう。
二十五階層だと全体攻撃魔法もこの程度だったか。
あるいは勇者の体力大上昇が効いているのかもしれない。
反撃のバーンストームでカエルはたちまちに沈んだ。
「魔物の攻撃はどうだった。大丈夫そうか?」
ルティナに確認する。
「はい。これくらいなら十分に戦えそうです」
「よかった。大丈夫なのか」
ルティナにも大きなダメージはなかったようだ。
まあメッキもかけてあるし。
ルティナは自信も取り戻したらしい。
「さすがわたくし」などとつぶやいていた。
「全体手当てをするほどではないと思いますが、どうしますか?」
ロクサーヌが尋ねてくる。
俺は回復が必要なほどのダメージは受けていない。
ロクサーヌもそうだったのだろう。
ルティナだけを回復するなら、全体手当てではなく僧侶の手当てでいい。
「一応やっといてくれるか。今日は初めてだし、いいだろう」
「分かりました」
今は僧侶をはずしているので、ジョブを付け替えて手当てをするのも面倒だ。
ロクサーヌに全体手当てを使ってもらった。
「み、皆様は回復が必要ないほどなのですか」
「まあそんなもんだろう」
ルティナにはメッキをかけなおしておく。
「竜騎士のいるパーティーですから」
「確かに竜騎士がいるとパーティーが安定するという話を聞きました。ダメージが軽いものになるとか。では、わたくしのダメージが小さかったのも」
セリーも、せっかく自信を取り戻したルティナを谷底に突き落とすような発言はやめなさい。
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