勇者
「やった、です」
一匹だけのグミスライムはミリアがあっさりと石化させた。
全体攻撃魔法も喰らってはいない。
さすがに一匹だけではな。
残ったクラムシェルは魔法で一掃する。
「魔物を見つけたらすぐに向かいます。上の階層ではこの戦い方が基本です」
「はい、ロクサーヌ姉様」
「二十三階層でも全体攻撃魔法を放ってこない魔物だけのときはその限りではありませんが、今はそこまで考えなくていいです」
石化したグミスライムを俺がデュランダルで片づけている間、ロクサーヌがルティナに講義した。
二十三階層でも魔物がクラムシェルやケトルマーメイドだけのときは近づいて迎撃する必要はないが、そんな意地悪はしないということだろう。
ロクサーヌなら相手を選べる。
優しい。
「……」
講義が終わるとルティナがなにやら言いたそうに俺を見る。
しかし何も言わなかった。
聞いてこないなら聞いてこないでいいだろう。
「ではロクサーヌ、次を頼む。次からはグミスライムの多いところでいい」
「あ。はい。すみません」
「いや、最初だから助かった」
グミスライムが一匹だったのは、やはりロクサーヌの配慮だったらしい。
ロクサーヌの半分は優しさでできています。
ルティナに全体攻撃魔法の洗礼を受けさせないまま上の階層へ行くのも怖い。
できれば二十三階層で全体攻撃魔法を経験させておくべきだろう。
レベルが上がれば二十三階層である必要はないが。
俺の半分も優しさでできています。
全体攻撃魔法を受けさせる時点で優しくはないか。
しかも全体攻撃魔法なので俺も一緒に浴びてしまうという。
しょうがない。
迷宮に入るなら、いつかは喰らう。
次の魔物は、グミスライム三匹だった。
ルティナを含めて五人が走り出す。
というか、見学なんだから別にルティナは走らなくてよくね?
と思ったが、やらせておくことも大切か。
最後尾だとかえって危険もあるし。
反対側から魔物に挟み撃ちされた場合とか。
俺もサンダーストームを二回念じてから追いかけた。
全体攻撃魔法を撃たせる必要があるのだから雷魔法ではない方がいいかもしれないが、なるべくならルティナのレベルが上がってから撃たれた方がいい。
Lv5まで上がるとLv1に戻るが。
そこはなるようにしかならん。
今回は一匹しか脱落しなかったので、グミスライム二匹と前衛陣が対峙する。
ロクサーヌとベスタが魔物の正面に立ち、ミリアが横から斬り込んだ。
グミスライムは、麻痺、睡眠、石化とめまぐるしく状態を変化させる。
最後は俺の魔法でとどめを刺された。
こうしてみると、うちのパーティーも状態異常に頼った戦い方をしているよな。
「な、なんか皆様すごいのですね」
ルティナも衝撃を受けていた。
この衝撃はロクサーヌとミリアに対してだろう。
ロクサーヌに対してはしょうがない。
「まあ参考にできるところだけ、参考にな」
あれを参考にするのは無理だ。
「わたくしでお役に立てるのでしょうか。急に自信がなくなってきました」
「装備の違いもあるし、大丈夫だ」
「ご主人様のおっしゃるとおりです。できることを精一杯やればいいのです」
ロクサーヌのはフォローになっているのだろうか。
無茶振りになっているような気がする。
「いずれにしても自分のできることをするしかありません。大丈夫でしょう」
「やる、です」
「大丈夫だと思います」
セリーやミリアのフォローもフォローになってない。
特にベスタのは客観的に見るとすごい投げやりのような。
「そ、そうですよね。わたくしも魔法使いになれば」
「まあそのうちな。あせらなくていいから」
「はい。ありがとうございます」
ルティナもレベルが上がれば大丈夫だろう。
今回の戦闘で早くも村人Lv3に上がっている。
村人Lv5まではすぐだ。
その後も、ルティナに見学をさせながら二十三階層で戦った。
全体攻撃魔法なかなか撃ってこない。
一方で、ルティナはだんだんと物静かになっていっているような。
見学となるとどうしてもロクサーヌの戦闘ぶりに目がいってしまうし、あれと比較するのも駄目なんだろう。
ロクサーヌはありえない確率で魔物の攻撃を避け続けている。
今日はここまで一度も攻撃を受けていない。
回避確率は、下手をすれば百五十パーセントくらいある。
一回の回避で二匹からの攻撃をかわす確率が五十パーセントの意味。
正面にずらりと魔物が並べばロクサーヌだってたまには攻撃を受けるはずだが、二十三階層ではそれも難しい。
雷魔法で脱落していく上に、クラムシェルやケトルマーメイドは戦闘時間が短いし。
たとえグミスライムが五匹でも二十三階層ではロクサーヌに回避を稼がれるだけだという気もするが。
「やった、です」
ミリアはミリアでグミスライムをびしばし石化させていくし、両手剣二刀を振り回す大柄なベスタは見た目からして頼もしいし。
ルティナの元気がなくなっていくのもしょうがないだろう。
無理にでも戦わせた方がよかったか。
見学だからどうしても参照するわけで。
「……大丈夫でしょうか」
「最初は難しく見えるかもしれませんが、たいした敵ではないので慣れればルティナにもやれるはずです。ご主人様のために一緒にがんばりましょう」
「はい、ロクサーヌ姉様」
ルティナがひそかにこぼした弱音を聞き逃さず、ロクサーヌが励ました。
どこの自己啓発セミナーか、という感じだな。
弱点を責め立てて依存させるという。
俺もいっておくか。
「あれは無理なので、誰もあそこまでは求めないから」
ロクサーヌの戦闘中にこっそりと助言しておいた。
「そうなのですか?」
「あれは規格外だから。俺だって足元にも及ばないし」
下手をしたらこのパーティーメンバーの中で一番戦闘が駄目なのが俺だ。
下手をしなくてもそうか。
石化したグミスライムからだけでMP回復が間に合っているからばれていないだけで。
下の階層で俺がデュランダルで斬り込むところを見せたら驚くで。
この程度でよかったのかと。
あまり行かないようにしよう。
「分かりました」
「直接戦闘なら俺レベルで十分だ。できることをやってくれればいいから」
「はい。ありがとうございます、ミチオ様。がんばります」
完全に、弱みにつけこんでの洗脳だ。
えげつないな。
多少の罪悪感はあるが、仕方ない。
いい方向に転がってくれることを願おう。
ルティナのレベルは、村人Lv4になった。
村人Lv5までこのまま二十三階層でいいだろう。
早く村人Lv5にならないかと待ち受ける。
おお。
何度もパーティージョブ設定を繰り返していたら、ついにその瞬間を捉えてしまった。
俺の英雄がLv50になる瞬間を。
英雄かよ。
別に見なくてもいい瞬間を。
いや。英雄がLv50になったことでジョブが増えた。
勇者だ。
いつの間にか増えていたとならなかったのでよかったとしよう。
別に分かりそうなもんだが。
英雄の上位職が勇者なのか。
冒険者が探索者Lv50で取れるように、英雄Lv50で取得と。
勇者 Lv1
効果 HP大上昇 MP大上昇 腕力大上昇 体力大上昇
知力大上昇 精神大上昇 器用大上昇 敏捷大上昇
スキル オーバードライブ アイテムボックス操作
さすがは英雄の上位職なだけあって、効果の方も半端ない。
大上昇の大盤振る舞いだ。
これは期待できそうな。
スキルの方も、何故かアイテムボックス操作が入っている。
何故だろうか。
なんで勇者がアイテムボックス使えるんだよ。
勇者に一言いいたい。
お前アイテムボックスを馬鹿にしてないか。
冒険者はなぁ、老体に鞭打ってアイテムボックス使ってんだよ。
いや、使うからいいんだよ。使うだろ実際。
冒険者のアイテムボックスでは足りなくなってきたところだから、ありがたい。
勇者は素晴らしいジョブだ。
勇者のスキルがオーバードライブと初級火魔法だったら、えらいことになるところだったな。
オーバードライブの方は、名前的にもきっとオーバーホエルミングの上位互換スキルだろう。
セブンスジョブまで取得して、勇者Lv1をセットする。
将来的に英雄ははずすことになるだろうが、勇者のレベルが低いうちはつけておいた方がいい。
だからつけられるジョブの数を拡張して、英雄はつけたままにする。
「やった、です」
おりよく、直後の戦闘でミリアがグミスライムを石化させた。
デュランダルの出番だ。
アイテムをしまい、聖剣を出す。
ちなみに、勇者のアイテムボックスには複数ものが入るようだ。
容量がレベル依存の探索者仕様でなく、五十種類×五十個の冒険者仕様らしい。
数えたわけではないが、多分そんなところだろう。
とすると、勇者は探索者Lv50か冒険者が取得の前提条件になっているのか。
他にもそういう条件があるのなら厄介だな。
僧侶の上位職を得るのに剣士を鍛える必要があるとか。
まあそれは今悩んでもしょうがない。
デュランダルを持ち、オーバードライブと念じてから石化した魔物にぶち当てる。
グミスライムが一撃で倒れた。
おおっと。
一撃か。
魔物が煙となって消える。
多分攻撃力が上がっているのだと思う。
オーバードライブは、一瞬だけスピードが上がり、その間の攻撃力も増すスキルか。
スピードも、オーバーホエルミングと同じように上がっていると思う。
動かない魔物が相手だったので明確ではないが。
速くなったよね?
ロクサーヌたちを見るが、別に驚いていない。
速いように感じたのは俺の錯覚か。
いや。オーバーホエルミングは知っているからか。
いつものあれというところだろう。
「え? 今のスピードは……」
ルティナはちゃんと驚いていた。
オーバーホエルミングと同様、スピードも上がっているようだ。
攻撃力が増すなら、オーバードライブはオーバーホエルミングの完全上位互換と考えていいだろう。
消費MPが増えているかもしれないが。
「まあこんなもんか」
「規格外……」
そういやルティナに俺レベルで十分と言ったんだ。
「ご主人様ですから当然のことです」
ロクサーヌ先生にフォローしていただきました。
フォローになっているかはともかく。
次の戦闘で、魔法攻撃力が上がっているかどうかも試す。
オーバードライブと念じるとこっちにくる魔物の動きと走っていく五人の動きがゆっくりになったので、スピードが上がっているのは間違いない。
魔法の攻撃力も上がっていた。
ただし、魔法の発動速度は上がっていない。
オーバードライブによって魔法を四発叩き込むというようなことはできないようだ。
そこまでできれば最強だったのに。
魔法攻撃力を上げるためにオーバードライブを使うのは微妙か。
「いいえ。わたくしも魔法使いになれば」
戦闘の合間にルティナがつぶやく。
前向きだな。
ロクサーヌのもちゃんとフォローになっていたのかもしれない。
そして、ルティナにもレベルアップのときが来た。
村人Lv5だ。
魔法使いのジョブも取得している。
ルティナは魔法使いと森林保護官の二つのジョブを得ていた。
森林保護官のジョブは公爵も持っていたから、エルフの種族固有ジョブだろう。
スキルや効果に特別のものはないように思う。
こっちにすることはないか。
「ルティナ、ブリーズストームと念じてみろ」
ルティナのジョブを魔法使いLv1にセットして、ルティナに命じた。
クーラタルの二十三階層はちょっと面倒だ。
クラムシェルとケトルマーメイドは土魔法が弱点だが、グミスライムは土属性のみ弱点でない。
クラムシェルは火属性、ケトルマーメイドは水属性に耐性があるから、ここでは風魔法を使うことが多いだろう。
クラムシェルやケトルマーメイドは俺の魔法で倒していけばいい。
ルティナの魔法は、グミスライムに照準を合わせるべきだ。
「ええっと。こ、これは」
怪訝そうだったルティナの目が見開かれる。
ちゃんといったらしい。
「ルティナもいよいよ魔法使いですか?」
「そうだ」
聞いてきたセリーに答える。
「よかったですね、ルティナ」
「早かったです」
「さすが、です」
「すごいと思います」
四人が祝福した。
「は、はい。ありがとうございます、皆様方。ただ、魔法使いになるにはギルドに行かないといけないと聞いていたのですが」
「ご主人様ならなんでもないことです」
「わたくしはパーティーを組むこともほとんどしていないので、魔法使いになるにも相当に時間がかかると思っていたのですが」
「ご主人様なら」
「時間が早かったのは、それだけルティナが優秀でもあるのだろう」
待て待て。
とりあえずロクサーヌの発言はつぶした。
何でも俺のせいにしようとするんじゃない。
獲得経験値二十倍のおかげではあっても。
「やはりわたくしにも力が。はい。ありがとうございます。これであのピカピカ光る魔法が使えるのですね」
ピカピカ光るというのは、雷魔法のことだろう。
「あー。それは現状、ルティナには難しいかな」
「そうなのですか?」
「今度グミスライムが複数匹出てきたら、今頭に浮かんだ呪文を唱えてみるがいい」
「あれ。そういえば今まで呪文がなかったような」
やばいところに気づかれてしまった。
「んー。それもルティナには無理かな」
「そ、そうなのですか……」
いや。魔法が使えるだけでもたいしたものだといっておこう。