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お守り

 家に帰ると、ルティナが土下座をしていた。

 こんなことをするような女性には見えなかったが。

 ロクサーヌが何かしたに違いない。

 何をしたのだろうか。


「こ、これは?」

「はい。ちゃんとお話したら、ルティナも分かってくれました」


 ロクサーヌが微笑む。

 O・HA・NA・SHIしたらしい。

 ちゃんと話したというか、とことん追い詰めたのではないだろうか。


「ロクサーヌ姉様のおかげで目が覚めました」


 ルティナの言葉には感情がこもってないような。


「それでいいのです」


 満足している場合じゃないぞ。

 本当に何をした、ロクサーヌ。


「きちんと筋を通して道理を説いたので、ルティナも分かってくれたようです」


 ロクサーヌに代わってセリーが説明した。

 どうやらセリーがロクサーヌの味方についたらしい。

 セリーのことだから、筋を通したというより、論理的にぐいぐい責め立てたのだろう。

 容赦なく厳しい。


「が、がんばる、です」

「大丈夫だと、思います。多分」


 ミリアとベスタも若干おびえているような。


「ま、まあ立て」

「はい。これからは心を入れ替えミチオ様に誠心誠意尽くさせていただきます。よろしくお願いいたしします」


 ルティナを立たせた。

 目も死んでいるような。

 壊れた人形みたいになっても困るが。


「よろしく頼むな。大丈夫か?」

「大丈夫で、ひっ」


 今のは完全にロクサーヌの影に反応して動じたよね?

 大丈夫ではなさそうだ。

 トラウマになったかもしれない。

 本当に何をしたのか。


「あー。ルティナは、今日のところは」

「迷宮に連れて行って大丈夫だと思います」


 ロクサーヌが進言してくる。


「そうなのか?」

「はい」

「情報を洩らすことがどんなに恐ろしい事態を招くか、ルティナも理解してくれました」


 セリーが何気に恐ろしいことをのたまった。

 何を吹き込んだのだろうか。


「き、気をつける、です」

「注意が必要だと思いました」


 ミリアとベスタまでがおびえているような気がするのだが。


「秘密を洩らしたりすることなどは絶対にありえません」


 ルティナの発言にも力がこもっている。

 ルティナにちゃんと感情があった。

 恐怖という名の感情か。


「大丈夫です。ご主人様に仇なす奴隷など存在するはずがありません」


 ロクサーヌを見るが、にっこりとうなずくだけだ。

 元々、ルティナは公爵を憎んでいたが俺に何かをするとは言ってなかったよね?


「ロクサーヌがそう言うのなら」

「はい。よかったですね、ルティナ」

「ありがとうございます」


 ルティナが頭を下げた。

 言わされている感がすごい。


「まあがんばってくれ」

「魔法使いになれれば迷宮で活躍を、ひっ。い、いえ。いついかなるときでもミチオ様のために精一杯がんばらせていただきます」


 ロクサーヌが軽く視線を送っただけで、ルティナが発言を訂正する。

 ロクサーヌのジョブは猛獣使いになったに違いない。

 なっていないが。

 この分なら迷宮に連れて行っても大丈夫そうか。


「じゃあまあ頼むな」

「はい」

「はいじゃありません」

「か、かしこまりました、ミチオ様」


 ルティナがまたもロクサーヌに言われてあわてて言葉を修正した。

 別にそのレベルでの隷従は必要ないのだが。

 ロクサーヌや他のみんなだって、はいとは答えるし。


「最初からその気構えがある者になら何も言いませんが、そうでない場合は形から入るべきです」


 ロクサーヌが理由を説明する。

 な、なるほど。

 結構反論しにくい。

 ま、いっか。


「迷宮に入るなら、何か防具を」

「物置で見繕ってきます。行きましょう、ルティナ」

「よろしくお願いします、ロクサーヌ姉様」


 ルティナは、ロクサーヌの後にぴたりとくっついて部屋を出て行った。

 完全に調教されているな。

 そのうち、さあ行きますよ、ミリアさん、ルティナさん、とか言いそうだ。


「何があった?」

「いえ特には。物事の理非曲直について理解してもらっただけです」


 ロクサーヌがいなくなったのでセリーに尋ねてみるも抽象的な答えしか返ってこない。

 ミリアを見ると、目をそらされた。

 やはりロクサーヌとセリーでえげつなく責め立てたのだろう。


 ロクサーヌはともかく、セリーまでが賛同したのか。

 あのままの状態では確かにやばかったのかもしれない。

 セリーもそこを危惧したのだろう。

 よかったとしておこう。


 しばらくたつとロクサーヌとルティナが戻ってくる。

 ルティナはきっちりと防具で固めていた。


「後は、身代わりのミサンガか。着けるから左の足首を出せ」


 身代わりのミサンガは、物置部屋ではなく俺のアイテムボックスに入っている。

 だからアイテムボックスの容量が圧迫されるのだが。

 高いものだし、しょうがない。


「ええっと。身代わりのミサンガですか?」

「そうだ」

「ええっと」


 ルティナが助けを求めるようにロクサーヌを見る。


「大丈夫です。ご主人様は仲間をとても大切になさってくださるのです。だから素晴らしいおかただと言いました」


 助けを求めるというよりは承諾を求めたのか。

 ロクサーヌにも促され、ルティナがおずおずとドレスの裾を持ち上げた。

 昨夜セルマー伯の居城から着の身着のままで着用してきた服だ。


 ドレスというか、豪華な寝巻きという感じなんだろう。

 連れ出された時間が時間なだけに。

 ルティナがドレスを持ち上げると、ロングスカートの裾から白いくるぶしが見える。

 おおっ。


 白い。

 真っ白で、細く、つややかな足だ。

 きめ細やかでなめらかなミルク色の肌。

 これはたまらん。


 美しい。

 美しく、妖艶だ。

 何かモノが違う気がする。


 単に貴族に生まれて優雅に育ったからというだけではないように思う。

 他とは隔絶した絶対的な美が、そこにはある。

 何ものにも汚されない純粋な白さがある。


 足首だけでこうなのに、もっと上の方まで見てしまったらどうなるのか。

 残念なことに、ロングスカートの裾はきっちりまとわりついて、覆ってしまっている。

 剥ぎ取って確認したい。

 俺のものにしたい。


 ものにしなければ。

 一刻も早くものにしなければ。

 なんとしてもものにしなければ。

 俺のものになることが確定していないだけに、余計にそう思う。


 ものにするぞ。ものにするぞ。ものにするぞ。

 ルティナを獲得できて、うれしいな。うれしいな。うれしいな。

 その予行演習として、真っ白な肌にミサンガを巻いていく。


「服も買わなきゃな。庶民が着る服になるが」


 ルティナのドレスも、別に変な格好というわけではない。

 迷宮でも動けなくはないだろう。

 前衛職ではないし。


 あれ。そういえば魔物を素手で倒させたりする必要もあるか。

 それは明日以降だな。

 今日のところは見学でいい。


「いいえ、わたくしは。ひっ」

「ありがたく受けておけば大丈夫です」

「は、はい」


 ルティナの華奢な足がビクッと震えた。

 ロクサーヌが諭したようだ。

 俺は黙ってミサンガを結ぶ。


 ルティナの力になってやることは難しい。

 世の中には触れてはいけない事柄というものが存在するのだ。

 その分、ルティナの足には触れておきたい。


 しっとりとなめらかで優しい触り心地の肌だ。

 ベッドの上でこの肌を抱きしめたらどんなにかいいことだろう。

 抱きしめたい。

 壊れるほどに抱きしめたい。


「ミサンガはこんなものか」

「ありがとうございます。後、あの……」

「ん?」

「これを」


 ルティナがためらいがちにドレスから何かを取り出した。

 ポケットみたいなのがあるようだ。 


「金貨?」


 出してきたのは金貨だった。

 別に何の変哲もない普通の金貨だ。

 受け取って見てみるが透かしは入っていない。

 当たり前だ。


「この服に縫い付けていました」


 着替えさせられたら持っているのがばれるということか。

 それなら先に出してしまえと。

 隠していて後で見つかったらロクサーヌやセリーからどのようなお小言を頂戴するか。

 怖い。


「ふーん。そうなのか」

「亡くなった母が、何があるか分からないから常に身に着けておくようにと」


 立派な教えだ。

 実際役立ちそうだし。

 金貨一枚くらいではしょうがないかもしれないが。

 かといって、何枚も持ち歩くわけにもいくまい。


「白金貨を入れておけば自分を買い戻せたかもね」

「ええっと」

「持ってないよね?」


 ここは身体検査をすべきだろうか。


「持ってないです。さすがに白金貨は見たことがありません」

「そうなんだ。まあ俺も一枚しか持ってないし」

「え?」

「見るか?」


 疑わしそうな返事が返ってきたので、見せることにする。

 ご主人様を疑うべからずとロクサーヌは教えなかったのか。

 白金貨をアイテムボックスから出し、ルティナに渡した。


 白金貨は一枚しかないのにアイテムボックスの一列を使ってしまう。

 これもアイテムボックスの容量を逼迫させる原因だ。

 金貨五十枚の倍の価値があるからしょうがない。


「これが白金貨ですか」

「金貨は持ってきちゃったことになるけど、いいんだろうか」

「あの男も大丈夫と言っていましたから、問題はないでしょう」


 確かに、公爵が帰っていいと言ったからな。

 あの場で身体検査するわけにもいかなかっただろうが。

 白金貨ならともかく、金貨一枚で伯爵家の財政が傾くはずもないし。


「お金に困って売られるのではない奴隷の場合には、肌着にお金を縫い付けておくこともあるそうです。そうしておけばお金は奴隷の持ち物になります」


 セリーによればこういうケースもないわけではないらしい。

 ルティナも盗賊のジョブを得てはいない。

 家の金ではなく自分の金を持ってきた扱いなんだろう。


「そうなんだ。じゃあ大事に持っとけ」

「え?」

「あー。金貨一枚裸で持つのは危ないか。俺のアイテムボックスで預かってもいいが」

「ええっと。取り上げないのですか?」


 金貨を返すと、ルティナが心配そうに尋ねてきた。


「さすがにそれはないよな」

「今回のようなケースがどうなのかは分かりませんが、通常、衣服の所有者が奴隷とは認められません。肌着は奴隷の持ち物として認められますが、衣服は奴隷商人が適切なものを用意して奴隷と一緒に売却されます。先ほどの場合でも、お金が奴隷の持ち物になるのは肌着に入れていたからです」


 セリーが冷静に解説をくれる。


「取り上げなくてもその金貨は俺のものということ?」

「そうなる公算が大きいと思います」


 ルティナの母の教えも少し足りなかったようだ。

 いや。母親が常に身に着けておけと言ったのなら、肌着に入れておかなかったルティナが悪い。


「黙ってりゃ分からなかったのに」

「先ほど、この服を取り上げるという話をしていましたので」


 取り上げるとは言っていない。


「毎日同じ服というわけにもいかないし、着替えがいるだろう」

「そ、そうですね」

「こっそり肌着に入れなおしておく手もある」

「ですが。ひっ」


 あー。確かに。

 後でばれたらロクサーヌからどうのような。


「ご主人様に対する信頼が足りないのです」


 ばれなくてもお小言はいただいたと。


「誰の所有物かよく分からないから、その金貨は改めてルティナのものでいい」


 宣言する。

 最初から金貨がルティナのものなら関係ないし、俺のものであってもこれで晴れてルティナのものとなる。

 肌着に金貨を隠したら、ルティナに盗賊のジョブがついたのだろうか。


 その前に、奴隷からものを取り上げたら、所有者に盗賊のジョブがつくのではないだろうか。

 どうせ俺は盗賊を持っているが。

 奴隷を所有するような人は、盗賊のジョブの一つや二つ持っているものなんだろうか。


 二つはないか。

 いや。盗賊と兇賊がある。


「よろしいのですか?」


 脳内で馬鹿な突っ込みを入れていると、ルティナが遠慮がちに尋ねてきた。


「大丈夫だ」

「はい。ありがとうございます」

「金貨は持っておくか?」

「母がくれたお守りですので」


 金貨を身に着けておけと訓戒したのではなく、実際に金貨をくれたのか。

 金貨は、セルマー伯爵家の財産でもなく、ルティナの個人的な持ち物だったらしい。

 取り上げたら確実に盗賊のジョブがつくところだった。

 元々持っているが。

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― 新着の感想 ―
ルティナは5番奴隷だもんな。ロクサーヌとしては立場を分からせなければいけないわけだ。セリーもそれに積極的に賛同したわけだ。しかしどういう「教育」をしたのかはわからないな。
[気になる点] オウムネタはあかんやろ。 不謹慎だ
[一言] さすが第一奴隷のロクサーヌ! 何があったのか知りたい(*゜∀゜*)
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