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思惑

 どうも公爵は俺がカシアを好いていることを知っているような気がする。

 思えば、最近の公爵はやたらとカシアとの仲を見せつけるようにもしていた。

 やっぱりばれているのだろうか。


「彼女は貴族の子どもだから魔法使いになるための試練はクリアしている。大いに役立つはずだ。魔法使いを得れば、ミチオ殿が迷宮を倒す日も近づくだろう」


 冷や汗を流しながら考え込んでいると、公爵がルティナを得る利益を言い立ててくる。

 ルティナを受け入れるべきか俺が悩んでいると思ったのだろう。

 そうそう。今はルティナのことの方が肝要だ。

 ルティナを俺の奴隷にできるのか。


 もちろん、ルティナはほしい。

 いただきたい。

 ものにしたい。

 パーティーの戦力としてではなく。


 俺のパーティーに魔法使いが入ってどのくらい戦力の増強になるかは不明だ。

 すでに俺がいるのだし。

 逆にいえば、魔法使いが入れば戦力の増強になると思っているということは、公爵は俺が魔法を使えることを知らない。

 公爵が俺が魔法を使っているところを見たわけではなさそうなのは幸いだ。


「公爵が自分で持った方が」


 とりあえず、公爵が何故俺にそこまでの便宜を図るのか分からないので、探りを入れてみた。

 まずいえることは、ルティナを奴隷にしなければいけないとしても手放す必要まではない。

 しかも赤の他人である俺に渡すことはない。


「伯爵を打倒した上に、その娘を奴隷に落として余に持てと?」


 聞いてみたら疑問系で返された。

 倒した人の娘を奴隷として所有する。

 確かに人聞きが悪そうだ。

 公爵のまとめで別に間違ってもいない。


「それはまずいかも」

「まずいなんてものではなかろう。少なくとも余や余の一族が所有することは認められん。カシアも含めてだ」


 カシアも駄目なのか。

 カシアが異を唱えないところを見ると、そのとおりなんだろう。


「だとしても別に俺でなくても」

「貴族の娘として当然彼女にも婚約者がいるが、それに預けるわけにもいかん。昨日まで婚約者だった者を奴隷にすれば、どのような噂が立つか」


 いろいろ酷そうだ。

 倒した相手の娘を奴隷として持つことと元婚約者を奴隷として持つこととどっちがましなのか。

 純愛ということでいけるかもしれないが。


「婚約者がいるなら、何か言ってくるのでは」

「セルマー伯爵家が一族の中から適当な人物を見繕って婚約者とすればよい。向こうとしても廃除された先代の娘よりその方がよかろう。おそらくまだ会ったこともあるまいし」


 会ったこともないのか。

 純愛路線は無理だ。

 貴族の婚約だとそんなものなんだろうか。

 何も言ってはこないかもしれない。


「他に誰か」

「婚約者がいる以上、おいそれと他人に譲ることもできん。下手な相手では婚約者が面子を失ってしまう。まず貴族やその一族は論外だ。貴族に渡せない以上、その領内に住む有力者などの普通の平民というわけにもいかん」


 ルティナの婚約者からしてみれば、元の婚約者が知り合いの貴族の奴隷になったのではまずいこともあるだろう。

 公爵の立場では、ルティナを自分では所有できず、誰かに渡すとしても難しい問題であるということは分かった。

 しかし俺は普通の平民ではないのだろうか。


「そうですね。確かに、ミチオ様にもらっていただくというのは悪い選択ではないのかもしれません」


 カシアが言葉をはさんでくる。

 ありなのか。

 カシアのお墨付きをいただいた。


「であろう。普通の平民では貴族に対して分が悪い。その点、騎士団などに所属していない冒険者なら問題は少ない。領外に自由に逃げればいいからな。さらにいえば、ミチオ殿は自由民であろう」

「はい」

「自由民には皇帝直訴権がある。名ばかりの権利だが、尊重はされる。彼女を奴隷に持ったミチオ殿に貴族がちょっかいをかけてきたとしても、皇帝直訴権を行使すればいい」

「皇帝直訴権」


 そんな権利があるのか。

 佐倉惣五郎みたいになりそうで嫌だが。

 藩の苛政を将軍に直訴して処刑されたとかいう。

 まあ、権利というのだから訴えただけで処刑されたりはしないだろう。


 俺が自由民だと公爵が知っているのは何故か。

 そんなことまで調べたのか。

 セルマー伯の配下の騎士にはインテリジェンスカードを見せているし、調べられないことではない。

 あるいは、ゴスラーの前で決闘しているからそう判断しただけかもしれない。


「実際に皇帝のところにそんな訴訟が持ち込まれても、見知らぬ自由民が相手なら普通は貴族に有利な裁定が下るだろうが」


 俺と皇帝は知らない仲ではない。

 それを公爵も知っている。

 一般には知られていないから、罠にはめようということか。


「つまり、貴族が何か言ってくる可能性があると」

「正当化する口実として必要なだけだ。実際に言ってくることはあるまい。それはこのハルツ公爵家に喧嘩を売るに等しい」

「なるほど」


 そりゃそうだよな。

 判断は公爵が下したのだから、それに文句をつけることになる。

 元々ハルツ公爵に敵対する勢力なら関係はないが。


 そのときには、俺の持つ皇帝直訴権がブレーキになる。

 あの変態皇帝がどの程度顔見知りのことを考えてくれるかは、ことが起こってしまったときに試されることになるだろう。

 話が無駄に大きくなってきたな。


「彼女を預ける条件として、ミチオ殿には是非早いうちに迷宮を倒し、貴族となっていただきたい。普通、成り立ての貴族というのは苦労するものだ。右も左も分からぬからな。貴族の娘であった彼女がいれば、そんなことにはならないだろう。なんなら、面倒ごとは全部彼女に押しつけてもいい」


 さらに公爵が変な条件をつけてきた。

 相変わらずの貴族推しか。

 めんどくさい。

 いや。押しつければいいのか。


「わたくしにとっては父の仇です。自派に取り込もうとしても、そうはいきません」


 ルティナが口を開く。

 押しつけるわけにはいかないようだ。

 いや。ルティナはすでに押しつけられる気満々なんだろうか。


「それでもいいのです、ルティナ。自由に生きなさい」

「姉様」

「そこは余にとっても痛いところだ。だが、致命的に敵対したりエルフにとって不利益になることをしたりはすまい」


 公爵も下心のあることを否定はしないようだ。

 俺を貴族にして自派に取り組むと。


「何もそこまでしなくても」

「ミチオ殿は諸侯会議というのを知っていよう」


 そういうのがあるという話は聞いた。

 会議があるから、自派の人数は多い方がいいということか。

 多数決で物事が決まるなら、それは人数は多い方がいいに決まっている。

 議会政治というのはどこの世界でも似通った部分があるらしい。


「政治は力、力は数ということか」

「ほう。分かっているではないか」


 政治は力、力は数、数は金、というオチがつくのだが。

 ただし、日本と違ってこの世界では金でなびくことは少ないかもしれない。

 金のかかる選挙とかないし。


「しかし俺が思惑通りに動くかどうか」

「余が帝国解放会に推薦した人物が迷宮を倒して貴族になったのなら、その貴族は誰の目から見ても余の陣営下にある」


 うへえ。

 ちょっと脅してみたら脅しで返された。

 帝国解放会の推薦人は後見人ということになるらしい。

 見込みのありそうな人物がいたら、帝国解放会に推薦してやり、帝国解放会のサポートを受けてその人が迷宮を倒せば、自分に賛成票を投じるだけの陣笠議員の出来上がりと。


 公爵はそんなことを見越して、俺を帝国解放会に推薦したのか。

 意外に政治家だ。


 第一に、仮に貴族となったとして俺の自由な行動はかなり制限される。

 俺がどんな行動を取ったとしても、それは公爵の命令で動いているものと理解されるだろう。

 誰が見ても馬鹿な行動をしたときには、他人の振りをすることもできる。


 第二に、俺やルティナは公爵に反旗を翻すような行動を取ることができない。

 そのような行動を取った場合、俺は周囲から裏切り者として扱われる。

 合従連衡が議会政治の常だとしても、一度裏切った人間が信頼されることはおそらくないだろう。


 俺が独自路線を進むとしたら、何年か時間をかけゆっくりと公爵から離れていくしかない。

 そのくらいのリスクは、ハルツ公爵派に属するほとんどの貴族にある。

 公爵としてもその程度は許容範囲なんだろう。


 どうせ最初はいろいろと公爵の手助けが必要となるはずだ。

 その間にハルツ公爵派のやり方を教えハルツ公爵派の考え方をすり込めばいい。

 いくらでもコントロールできるだろう。


「その前に迷宮を倒すことができるかどうか」

「パーティーに魔法使いが加わるのだ。問題はなかろう。もちろん、なにも今すぐにというのではない」


 公爵はやはり俺が魔法を使うのを見たわけではないようだ。

 すでに魔法を使える人間が俺のパーティーにいる以上、魔法使いが入っても公爵が思うほどの強化にはならない。

 最低でも五十階層まで行けるようにならなければいけない。

 結構大変なことだ。


 本音を言えば、貴族になどなりたくはない。

 貴族なんかになっても面倒が増えるだけだ。

 俺の出生地などが探られる危険性もある。

 厄介なことになるのはごめんだ。


 しかし、ルティナはほしい。

 カシアに似たところのあるこの美しいエルフをものにできるなら、したい。

 凛として気品のあるこの女性は、いただきたい。

 ルティナならご飯三杯は堅い。


 今、そのチャンスが目の前にぶら下がっている。

 悪魔に魂を売るべきかどうか。

 いや。悪魔でもないのか。


 どうせ俺は貴族になどなりたくはないのだから、なってしまったら陣笠議員でかまわないとはいえる。

 公爵派と目されて俺が困るわけでもない。

 面倒ごとはルティナに押しつければいい。

 派閥の長自らの認可つきだ。


「わたくしからもお願いいたします。どうかルティナをもらってあげてください」


 カシアからも了承がきた。

 これはもうもらうしか。

 今まで俺がカシアからの頼みを断ったことがあっただろうか。


 問題点があるとすれば、ルティナを通じてカシアや公爵に俺の情報が流れる可能性のあることだ。

 ルティナは公爵に反抗心を持っているようだから、大丈夫かもしれない。

 大丈夫でなかったとしても、パーティーに加えないで家においておく手もある。

 どうせレベルも低いのだし。


 ルティナの活躍の場は家の中だ。

 家の中でこそ、大活躍が期待できる。

 大活躍をお願いしたい。


「ま、まあ」


 ここは受けるより他にあるまい。

 情報がカシアや公爵に洩れるようなら、公爵の口をふさぐという選択肢もある。

 カシアを殺すことはありえない。

 カシアの口は別のものでふさごう。


「おお。さすがミチオ殿だ。余が見込んだだけのことはある」


 見込まれたかったわけじゃない。


「これでわたくしも安心しました」


 というか、ルティナを俺の持ち奴隷にしてカシアに感謝されるのは実は微妙じゃね?

 嫉妬をしてくれとはいわないが。

 こんな反応でいいのだろうか。


「さよう。ミチオ殿には、少なくとも二年は、彼女の所有者のままでいてもらいたい」

「二年?」

「二年というか、二年めの税金を払うまでな」


 あー。そうか。

 そうだったのか。

 確かにそのとおりだ。

 何を勘違いしていたのだろう、俺は。


 奴隷にするといっても、別に性奴隷に落とすわけじゃない。

 俺の好き勝手にしていいわけではない。

 渡すといっても、俺のものにするのとは違う。

 一時預かりみたいなものだ。


 身柄を預けるから保護してくれというところだろう。

 継嫡家名をはずすことが目的だから、奴隷にしてすぐに解放すればいい。

 それはカシアも簡単に差し出すわけだ。


 二年めの税金というのは、最初の年は初年度奴隷だから税額が違う。

 奴隷としての税金を納めろということだろう。

 形の上でそれが必要なんだろうか。


「すぐに解放すればいいのでは」

「それでは出来レースと見られてしまう」

「見られたらまずいと?」

「貴族の責務を怠っている他の貴族に対するメッセージもある。ここしばらく、とりわけエルフの貴族の間に緊張感が抜けていた面があることは否定できない。セルマー伯が迷宮の討伐を進めずに放っておけたのもそのような雰囲気の中であればこそだ」


 一罰百戒ということか。


「それで、一万ナールの税金を払うまでは解放するなと」

「奴隷として渡した以上、解放するかどうかはミチオ殿の好きにすればよい。別に余の方から解放してくれと頼むことはない」

「解放しなくてもよいと」

「もちろんだ。そこは厳しく願いたい。手に余るようなら、第三者に転売してもらってもかまわん」


 すぐに解放しろという話でもないらしい。

 ルティナを俺の好きにしていいのかどうかは、よく分からん。

 まさかそう尋ねるわけにもいかないしな。

 まあ、既成事実を積み上げる作戦は有効だろう。

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― 新着の感想 ―
公爵は道夫を物凄く買っているのだな。しかし討ち入り中にこんな話をしていても良いものか疑問がないわけでもない。
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