魔物部屋
また突き当たりか。
迷宮を探索していると、何度も行き止まりにぶち当たった。
今度は丁字路を左に曲がったところ、その先がほんの二メートルほどで壁になっている。
どうもこの迷宮には突き当りが多いらしい。
さっきから繰り返し行き止まっていた。
さすがは迷宮か。
ひょっとして、同じところをグルグル回ってないか。
と思ったが、この突き当たりは初めてだ。
二メートルほどなので、行き止まりまではっきり見える。
洞窟の壁が大きく立ちはだかっていた。
道と同じような洞窟の壁だ。
いや。
微妙な違和感がある。
何かずれているような。
確かめようと、突き当たりに近づいた。
薄暗い中、目を凝らす。
突然、ガラガラと音がした。
壁が崩れる。
崩れるというか、落ちた。そのまま下にスライドした。
壁が下がり、道が開かれる。
壁のあった向こう側に、小部屋が現れた。
隠し部屋か。
もしかして、今までの突き当りにもあったのだろうか。
気づかなかった。
全部回りなおすか。
小部屋の中には先客がいた。
騎士が六人。
四人は座り込み、二人は大の字に寝ている。
座っている中に、懸賞金を投げてよこした美人騎士がいた。
俺が中に入っていくとちらりとこちらを見るが、すぐに興味なさそうに視線を戻す。
座っていた男が一人、こっちに近づいてきた。
騎士団の建物にいた見習い騎士だ。
町の騎士団の面々なのか。
「ここは大丈夫みたいです」
「そうか」
何が大丈夫なのか。
「一人ですか」
「そうだ」
見れば分かるだろう。
こんな見習い騎士じゃなくて、美人騎士と話したかった。
美人にはどこまでも縁がないということか。
「こんな迷宮じゃあ金も稼げないでしょうに、大変ですね」
「そうだな」
「二階層に行くなら、入り口から右側らしいですよ」
そうか。
とばかり返すのも悪いので、話題を振ってみる。
「ここはニードルウッドばかりだな」
「一階層ですからね」
あれ。
何かおかしなことを言ったみたいだ。
これ以上ぼろを出す前に、立ち去ることにする。
「うむ。邪魔して悪かったな」
「いえいえ。気をつけて」
入ってきた場所から小部屋の外に出た。
前に立つと扉が開き、通りすぎると閉じられる。
自動ドアみたいな感じだ。
突き当たりに見えても、こうなっている場合もあるのか。
今まで見た突き当たりも、もう一度試してみるか。
道を戻りながら、見習い騎士との会話のことを考える。
大丈夫だと言っていたのは、きっとあの小部屋には魔物が出ないという意味なんだろう。寝転がっていたし。
後、この迷宮では金は稼げないと。
二階層に行くには、最初の小部屋を右か。
突き当りをチェックした。
一つめは何もない。
二つめは、壁がスライドして小部屋が現れた。
やっぱりこうなっている可能性があるのか。
などと考えながら、部屋の中に足を踏み入れようとすると……。
いた。
茶色い体に緑の頭。
右足を踏み込み、右上から袈裟切りにする。
いや、一匹だけではない。
ひしめいている。
ニードルウッドの茂み、というか林、というか森だ。
右から来る一撃を、右手右足を引くことでかわした。
右肘を上げ、左から来る攻撃をデュランダルで受ける。剣を返し、脳天からまき割りにした。
ダンジョンウォーク、と念じてみるが、黒い壁は現れない。
そんなことだろうとは思った。
多分、エンカウントしている間は駄目なのだろう。
敵が一匹のときに試しておけよ、というのは正論だが、いまさら遅い。
敵は十数匹、いや数十匹か。とにかくすごくたくさん。
俺は小部屋の入り口に陣取っているので、囲まれていないのが幸いだ。
逃げるか。
無理だろう。
どのみち追いつかれるなら、ここで戦った方がましだ。
右にいたニードルウッドを斬り捨てる。
その隙を突いて、左にいたニードルウッドから攻撃を受けてしまった。
左肩に痛みが走る。
小部屋の入り口は結構広く開いていた。
俺一人でいつまでも塞ぐのは無理だろう。
後ろに回られてしまったら、三百六十度全方位から攻撃を受けることになる。
せめて壁を背中にするか。
左側の魔物は無視して、右に移動する。
オーバーホエルミングと念じた。
動きたくねぇなぁ、と湧き上がる思いを抑えつけ、左足を踏み込んで右手前のニードルウッドにデュランダルを叩き込む。続いて、右足を前に出しながら斬り上げ、その奥の魔物をなぎ払おう、としたところで時間遅延の効果が切れた。
そのままスイングして奥の魔物を倒す。
もう一歩移動して、右にいたニードルウッドに痛撃を浴びせた。
これで小部屋の中に移動したことになる。
壁を背にすれば、攻撃を受ける範囲は百八十度だ。
部屋の四隅にまで移動できれば攻撃される範囲を九十度に狭められるが、今はそこまで移動するのは無理だろう。
俺が急に移動したことで一瞬だけ左側にいた魔物の動きが鈍る。
その隙に、手前にいたニードルウッドを伐り倒した。
魔物がすぐにスペースを詰めてくる。
足を引き、壁を背にしてデュランダルをかまえなおした。
左から振り下ろされた枝を剣で防ぐ。
と、あいた右肩に右から打撃が加えられた。
ぐっ。
手首を返して、右のニードルウッドをなで斬りにする。
と、あいた左肩に。
ぐわっ。
左の魔物を袈裟がけにする。
と、右の脇腹に。
いってえ。
攻撃を受けてしまった。
一対一でない以上、しょうがない。
デュランダルをスイングして、右にいたニードルウッドを上下に切断する。
俺にはデュランダルがある。
デュランダルで吸収するHPが攻撃を浴びて失うHPよりも少なくなければ、問題ない。
今のところどっちが多いのか。大体の感覚でしか分からないのが難点だ。
デュランダルにはMP吸収もある。
俺はオーバーホエルミングと念じた。
何もしたくないという気持ちを抑えつけ、手前に迫ってきていた魔物を二匹屠る。
効果が切れると、速やかに壁に戻った。
後ろに回りこまれてはたまらない。
振り払われた木の枝を体を引いて避け、右にいたニードルウッドを斬る。
できれば、もっと右に流れて、部屋の角にまで移動したい。
オーバーホエルミングで消費したMPをデュランダルで吸収するのに、ニードルウッド数匹では足りないようだ。
負の感情をなるべく抑えるには、MPが満杯になってから使った方がいい。
かといって出し惜しみしていたらジリ貧に追い込まれるおそれもある。
感覚的にMPが十分になったら、積極的に使った方がいいだろう。
躁鬱のエレベーターは嫌だが、そんなことを言っている場合ではない。
左からかけられた攻撃をデュランダルで受け、枝ごとニードルウッドをなぎ倒す。
と、あいた右肩に打撃を浴びた。
一進一退の攻防が再び始まる。
感覚的には、攻撃を浴びて失ったHPはデュランダルによるHP吸収で十分にカバーできているようだ。
とはいえ安心はできない。
数発も連続して攻撃されたら、たちまち瀕死に追い込まれるだろう。
今は危ういバランスを保っているにすぎない。
自分の死を意識する。
異世界とはいえ、ここは現実だ。
ここで魔物に倒されることは絶対の死を意味するだろう。
うむ。
死が身近にある。あまりにも身近にあった。
恐ろしいが、おびえるほどではない。
震えがくることはないが、かといって笑い飛ばすほどでもない。
あるいは戦闘中だからだろうか。
俺は、感じた死の印象だけを、冷徹に見つめていた。
ニードルウッドを切り裂き、はいつくばらせる。
横から攻撃を浴び、叩かれる。
魔物との攻防は一進一退だ。
振ってくる枝を避け、お返しにデュランダルを叩き込んだ。
なるべく右の魔物を蹴散らすようにしながら、部屋の隅を目指す。
いつの間にか、部屋の右隅と俺との間にいるニードルウッドが二匹に減っていた。
ここはチャンスだ。
俺はホーバーホエルミングと念じた。
まず邪魔な手前の一匹を屠り、続いて右の一匹を斬り飛ばす。その時点で効果が切れるが、デュランダルを上段に振り上げ、残った右のニードルウッドの頭上から斬り下ろした。
ようやく俺の動きに追いついてきた魔物の攻撃を避けながら、隅に陣取る。
これで攻撃を受ける角度は九十度。
デュランダルを正眼にかまえ、魔物を見据えた。
敵が数を減らしている。
落ち着いて見渡したことで、初めて気がついた。
冷徹に死を見つめているように感じたが、全然冷静ではなかったらしい。
残りはあと数匹だ。
無理に隅を確保する必要はなかったか。
もっと落ち着いて、敵の状態を常に把握しておくべきだった。
手に汗もかいているようだ。
気をつけなければ。デュランダルがすっぽ抜けたら、多分そこで終わる。
右の手と左の手を順番に離し、ズボンで汗をぬぐった。
その間に何度か攻撃を浴びてしまうが、やむをえない。
デュランダルを握り締め、右に駆ける。
一番右側にいたニードルウッドに抜き胴を喰らわせた。
この残り数なら、激しく動いても大丈夫だろう。
前に進みながら右に振り上げたデュランダルを揺り戻し、後ろの魔物を袈裟切りにする。
左から突き出された枝を払い、あいた肩口にデュランダルを振り下ろした。
続いて右のニードルウッドに斬りかかる。避けられたところをもう一歩踏み込んで斬り上げた。
正面の魔物と打ち合う。
枝を払ったところで、左からニードルウッドが打ち込んできた。一度身を引き、かわす。
すれ違いざま胴をなぎ払った。
デュランダルを上段にかまえ、正面のニードルウッドの頭上から落とす。
残り一匹。
魔物に逃げるつもりはないようだ。
打ち込んできた枝を小さく払い、反動でデュランダルを持ち上げると、左足を大きく踏み込んでニードルウッドの肩口から剣を振り下ろした。
「ふう……」
音を出して空気を吹き出す。
最後に倒した魔物も煙となって消えた。
深呼吸して息を整える。
小部屋を見渡した。
大きさは四、五メートル四方ほど。出入り口のある小部屋と同じくらいだ。
魔物が残したブランチがいくつも転がっていた。
ブランチの他にも何かある。
リーフ
ただの木の葉っぱだ。
三枚ある。
葉っぱの方がレアドロップなのか。
他のものはない。
部屋の中に宝箱があるとか伝説の剣があるとかいうわけではないようだった。
散らかったブランチをリュックサックに入れながらもう一度確認するが、やはり何もない。
魔物がいるだけの部屋だったのだろうか。
思わせぶりな。
デュランダルがなければ確実に殺されていた。
迷宮は思ったよりも恐ろしいところだ。
さっきの騎士六人のパーティーとか、この部屋に対応できるのだろうか。
しかも、部屋の中に何かあるわけでもない。
木の枝と葉っぱとか。あまり金にはならなそうな。
見習い騎士が金を稼げないといったのはこのせいか。
二階層に行けば、他の魔物もいるみたいだが。
ブランチをすべて集め、小部屋を見渡して何もないことを確認すると、腕を見て鑑定と念じた。
加賀道夫 男 17歳
村人Lv6 英雄Lv3 探索者Lv4
装備 デュランダル 皮の鎧 サンダルブーツ
一気にレベルが上がっている。
探索者にいたっては三つアップだ。
最後の方にオーバーホエルミングを使ったとき、気持ちがあまり落ち込まなかったように感じたのはレベルが上がったからだろうか。
回復したという実感がないので、レベルアップ時にHPやMPが回復しているということはなさそうだ。
HPとMPはデュランダルで回復しているだろう。
もう少し迷宮を歩いてみるか。
いや。まだはもうなりだ。
まだいけると考えるのは、もう駄目なときだろう。
疲労が残っているはずだ。
デュランダルでは精神的な疲れまでは取りきれないに違いない。
俺は宿に帰ることにした。
ダンジョンウォークと念じて、出入り口のある小部屋を思い浮かべ、現れた黒い壁に突入する。
最初の小部屋に出た。奥にある黒い壁に入る。
一瞬の間真っ暗な領域を通って、迷宮の外に出た。
日が傾きかけている。
ほんの一時間くらいだと思ったが、感じたよりも長い時間、ダンジョンにこもっていたらしい。
ずっと気を張っていたからだろう。
あまり長時間になりすぎないように注意した方がいい。
やはり、まだはもうなりだ。
キャラクター再設定を呼び出し、デュランダルを消して三十パーセント値引を取得した。
ポイントが2ポイントあまっている。
村人がLv6になったからな。
何をつけるべきか。
考えるのは宿に戻ってからにしよう。
アイテムボックスと念じて、シミターを取り出す。
あれ?
シミターを入れた箱の左右に、何か入れられそうなスペースがあるような。
こんなんだっただろうか。
まあこれも宿に戻ってからだ。
シミターを腰に差し、ベイルの町に戻った。