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全体手当て

 

 次にロクサーヌが案内したところには、シザーリザード二匹、マーブリーム二匹、ロートルトロール一匹の団体がいた。

 最初は慎重に、と言ったら、本当に最初だけなのな。

 二回めからはおかまいなしか。

 あるいは、最初にシザーリザード二匹が相手だったのも偶然だったのかもしれない。


 四人が走り出す。

 サンドストームを二回念じてから俺も続いた。

 俺も神官のジョブを得るくらいには精神統一の修行を行ったはずだが、魔法が撃ちやすくなった感じはない。

 魔物の攻撃を避けながら呪文を詠唱するなどできる気がしない。


 走りながら念じるだけでも難しい。

 立ち止まっては魔法を念じ、駆け出す。

 前衛の三人が魔物と対した。

 セリーがその後ろに控える。


 シザーリザードは二匹とも前に出てきているので、これで全体攻撃魔法を撃たれる可能性はかなり小さくなった。

 キャンセルが間に合わずに発動されることも少しは考えられるが、連発される恐れはまずない。

 シザーリザードが二匹だけというのもよかったのだろう。


 シザーリザードが五匹いたらセリーの槍の射程圏内に入る前に全体攻撃魔法を使われていたかもしれない。

 しかも、五匹いれば何匹かは後ろに回る。

 二列めに回られればかなりの確率で全体攻撃魔法を放ってくる。

 シザーリザードが後ろからこちらを攻撃するには魔法を使うしかないし。


 そう考えると、一つ二つ階層を上がるだけで結構大変になるな。

 二十三階層の場合、全体攻撃魔法を使ってくるのはシザーリザードだけだ。

 二十二階層の魔物のマーブリームや二十一階層の魔物のロートルトロールもかなり出てくる。


 二十四階層へ上がれば二十四階層の魔物とシザーリザードが全体攻撃魔法を撃ってくることになる。

 二十五階層へ行けば二十五階層の魔物と二十四階層の魔物に加えてシザーリザードが全体攻撃魔法を使う。

 かなり全体攻撃魔法を浴びることを覚悟しなければならない。

 上に進むのは大変そうだ。


 いっそのこと、二十三階層で探索をストップするのも手か。

 別にどうしても上の階層に行かなければいけない理由があるのでもない。

 お金に関しても、二十三階層で結構稼げる。

 奴隷を次々に買い替えていくようなことでもしなければ十分だ。


 強さに関しても、ロクサーヌに因縁を吹っかけてきた相手を倒せるほどにはすでに強くなった。

 二十三階層でLv50までは問題ないだろうから、冒険者のジョブもそのうち獲得できる。

 二十三階層のままで困ることはないだろう。


 大体、なんで俺は上の階層に進もうとしているのか。

 そこに山があるから、というのは確かに名言だ。

 真実を含んでいる。


 今俺が上の階層に行こうとしているのは、そこに迷宮があるからだ。

 好奇心や向上心とは少し異なる、そこにあるのだから行ってみたいという気持ちが、俺を迷宮探索に向かわせている。

 しかし上の階層が大変なら上がっていくのをやめてもいい。

 行かなければいけない理由があるのではない。


 何も問題がないのなら上の階層に進んだ方がいいことは事実だ。

 単純に上の階層の方がより金を稼げる。

 上の階層の方がより強く、より早く強くなれることも依然として真実である。

 チャンスがあるなら上がっていった方がいいだろう。


 それでも、慎重に進んだ方がいい。

 無理をする必要はない。

 上の階層に行けばリスクは確実に増大する。

 現階層で余裕を持って戦えているかどうか冷静に判断してから、上の階層に進むべきだろう。


 ロクサーヌが先頭で突っ込み、シザーリザードの正面に立ちはだかった。

 もう一匹のシザーリザードの前にミリアが張りつく。

 ベスタはロートルトロールの相手をするらしい。


 巫女Lv1のロクサーヌはともかく、ミリアがシザーリザードの相手をするのは妥当な判断だ。

 使用する魔法属性の関係でロートルトロールも最後まで残るが、ロートルトロールよりシザーリザードの方が攻撃力がある。

 強い魔物から石化していってもらった方がいい。


 トカゲのはさみが振り下ろされた。

 ロクサーヌが軽くかわしながら、マーブリームをレイピアで突く。

 前列に来たマーブリームまで引き受けるつもりなのか。


 シザーリザードとマーブリームがほぼ同時にロクサーヌに攻撃をしかけた。

 ロクサーヌが二匹の攻撃を器用に回避する。

 あそこまで完璧だと文句も言えない。


「やった、です」


 ミリアの前のシザーリザードが石化した。

 これで前列は一対一だ。

 と思ったのに、ミリアは石化したシザーリザードの横を抜けて前に進む。

 二列めのマーブリームを攻撃するらしい。


「来ます」


 そのマーブリームの足元に魔法陣が浮かんだ。

 マーブリームなら全体攻撃魔法はない。

 とりあえずロクサーヌの後ろからは離れる。

 ロクサーヌの後ろは危険だ。


 マーブリームが水を吐いた。

 水は、ロクサーヌの方へは行かず、ミリアを襲う。

 攻撃するために近づきすぎたようだ。

 近すぎて避けることができず、ミリアが水を浴びた。


「大丈夫か?」

「はい」


 一応声をかけるが、大丈夫そうか。

 マーブリームの魔法の一発くらい、今のミリアなら問題ないだろう。


「私が全体手当てを使ってもいいですか」


 ロクサーヌが聞いてきた。


「そうだな。試しに使ってみろ」

「はい。あやまちあらば安らけく、巫女の祝の呪いの、全体手当て」


 ロクサーヌがあっさりと全体手当てを使う。

 ロクサーヌはシザーリザードとマーブリームの攻撃を回避しながら、呪文を唱えた。

 二匹に攻撃されても全然問題ないらしい。


 ダメージを受けたのはミリアしかいないから全体手当ては無駄が多いが、あくまでテストだ。

 ロクサーヌの全体手当ては一回だけにさせて、まずマーブリームを倒す。

 続いて石化したシザーリザード。

 シザーリザードとロートルトロールが最後に煙になった。


「魔物二匹が相手でも大丈夫そうだな」

「そうですね。魔物の攻撃を一つの流れとして捉えれば、問題ありません。私に才能があれば、もっと簡単なのですが」


 ロクサーヌが答える。

 MPの方が大丈夫ではないようだ。

 さすがに巫女Lv1ではなんとか使えるというレベルだったか。


 魔物を倒して、ロクサーヌは巫女Lv2になっている。

 それでもレベルが上がったときにMPが回復したりはしないはずだ。

 俺のときはずっとそうだった。


「最初は大変かもしれないが、ロクサーヌなら慣れてくれば大丈夫だ」

「はい。ありがとうございます」


 ロクサーヌに才能がないというのなら才能のあるやつは誰もいない。

 というか、変な能力に目覚めてしまったようだし。


「MPの方は大丈夫か?」

「スキルを使う魔力のことですよね。少しきついかもしれません」

「回復職はMPの管理が一番重要な仕事になる。いざというときに使えませんでは困るからな。全体手当ては、無理のない範囲で使っていってくれ」

「分かりました」


 とりあえずロクサーヌには強壮丸を一つ飲ませた。

 俺は僧侶をつけてミリアに手当てをかける。

 ミリアを回復して、探索を再開した。



 ロクサーヌの巫女のレベルは、すぐに上がっていった。

 順調だ。

 魔物との戦闘のたびに、とはいわないが、それに近い感じがある。


 ロクサーヌが巫女Lv5になったとき、俺の錬金術師をはずした。

 メッキももういらないだろう。

 元々あまり心配はしていなかったが、ここまでロクサーヌは攻撃を受けていない。

 やはりロクサーヌに懸念は不要のようだ。


 全体攻撃魔法もなかなか喰らわなかった。

 運がよかったのか、ミリアの石化のおかげか。


 ミリアも暗殺者Lv30になって、石化の発動が増えてきた。

 一つの戦闘で一匹は石化している。

 ミリアはたいがいシザーリザードを相手にするので、石化するのもシザーリザードだ。

 石化してしまえば全体攻撃魔法は撃てない。


 ミリア自身はきっとマーブリームの相手がしたいのではないかと思う。

 文句も言わずトカゲと戦ってくれているのはありがたいことだ。

 シザーリザードとマーブリームでは一段強さが違うので、石化するならシザーリザードの方がいい。


 もっとも、相手をしたいと本当に思っているかどうかは分からない。

 マーブリームのいる階層には入りたがったが。

 あれは単にドロップアイテムが目当てだったかもしれない。

 そう考える方が順当そうだ。


 夕方まで探索を行った。

 少し早めに切り上げ、風呂を入れる。

 全員で風呂に入り出てくると、ロクサーヌたちはいつものキャミソールではなく白装束を着だした。

 滝行で使った衣装だ。


「白装束か」

「はい。うまく乾いてくれましたので、寝間着として使ってみようかと思います」


 型崩れしたりシミができたりすることなく、乾いたようだ。

 寝間着として再利用してくれるならそれにこしたことはない。

 結構高かったし。

 もったいない。


 とはいえ、薄暗い寝室で使われても微妙かもしれない。

 透けるわけでもないし。

 肌触りなら絹のネグリジェも一緒だろう。


 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


 白装束はいい。

 素晴らしくいい。

 寝間着としていい。


 いい。

 いい。

 これはいい。


 前合わせの服の懐からそっと手を差し入れる。

 この征服感。

 この背徳感。


 ひっそりと閉じられた白い衣装をはだけさせる。

 この悩ましさ。

 このしどけなさ。


 薄地の絹の下で自在に手を泳ぎまわらせる。

 このなめらかさ。

 この柔らかさ。


 絹の下でありえないほどの重量感をこの手に。

 果実をこの手に。

 丘をこの手に。

 山をこの手につかむ。


 今なら色魔も必要ない。

 戦え。

 戦うのだ。


 獣だ。

 おまえは獣になるのだ。


 立て。

 立つんだ。

 白く燃え尽きるまで。



 昼になってきつく暑くなったころ、白き灰がちの体でボーデに赴いた。

 もちろん今夜も戦う所存だ。

 ボーデでは城ではなく冒険者ギルドに出て、コハク商の事務所に入る。


「いらっしゃいませ」


 中に進むと、ネコミミのおっさん商人が迎えた。

 おっさんも元気でいるらしい。

 鏡の仕事がなくなると、コハクの方も店じまいにせざるをえないな。

 ペルマスクへは、セリーにうまく言っておいてもらおう。


「コハクの原石をまた融通してもらえるか」

「はい。すぐにご用意できます」

「それと、彼女に合うコハクのネックレスがあったらほしい」

「かしこまりました」


 ベスタを横に立たせると、おっさん商人は頭を下げて奥に入っていく。


「ネックレス、ですか?」

「ベスタもパーティーの中でよくやってくれるからな。褒美だ。ロクサーヌたちもみんな持っている」

「はい。ありがとうございます」


 普段着でいいと言っていたが、ハルツ公の夕食会に出るのならネックレスくらいはしてもいいだろう。

 ベスタだけなしというわけにもいかない。

 奥に進んでイスに座った。

 おっさん商人が出てくる。


「コハクの原石は八個ほどございます」

「全部もらおう」

「それと、そちらのお客様に合うネックレスですが、このようなものはいかがでございしょう」


 商人がコハクのネックレスを出してきた。

 粒の大きいコハクが数珠繋ぎになったネックレスだ。

 かなりよさそうな品には見える。


「悪くなさそうだな」

「綺麗です」


 ロクサーヌも認めている。


「大粒のコハクがそろった出来のよいネックレスでございます。色合いは、コハクとしてはやや薄い面もございますが、こちらのお客様にはかえってお似合いになられるかと」


 淡い小麦色のベスタの肌にはこのくらいのコハクがいいのか。

 そういうものかもしれない。


「そうだな」

「はい。綺麗ですね」

「ええっと」


 ネックレスをベスタに近づけた。

 ベスタの肌とちょうど同じくらいの濃さか。

 それもまた映えるだろう。

 ロクサーヌもうなずいた。


「こちらといたしましても手放すのが惜しいくらいの品物ですが、特別のお客様でございますので。五万ナールでいかがでしょう」


 コハク商なのに手放すが惜しいも何もないもんだ。

 まあ悪い品ではないのだろう。

 問題は値段か。

 五万ナールだとロクサーヌのネックレスと同額だ。


「綺麗でいいネックレスです」

「似合っていると思います」

「きれい、です」


 三人とも気にした様子はないようか。

 三人が文句を言わなければ問題はない。


「ベスタはこれでいいか?」

「よろしいのでしょうか。かなり高いものですが」

「大丈夫だ。じゃあこのネックレスにしよう」

「は、はい。ありがとうございます」


 ネックレスを一度商人に戻す。

 おっさんがネックレスをタルエムの小箱に入れた。

 三割引で原石とネックレスを購入する。


「一度家に帰るが、それまでベスタが持て」

「はい」


 小箱はベスタに渡した。

 原石は俺が持つ。


「ペルマスクに行かれるのでしたら私が持ちますが」

「いや。行くのは明日だ」


 セリーに持たせてもいいが、俺のリュックサックに入れた。

 ペルマスクへ行くのは明日にする予定だ。

 それまでロクサーヌの巫女のレベルを上げておきたい。

 ぎりぎりまで上げるのがいいだろう。

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