神官
ミリアとベスタに続いて、ロクサーヌも滝に打たれだした。
白装束の三人が並ぶ姿はなかなかに艶っぽい。
水しぶきでよく見えないとはいえ。
最初に滝から出てきたのはミリアだ。
濡れた髪が美しい。
濡れた服から透ける肌も美しい。
が、巫女のジョブは獲得していなかった。
大体出てくるのが早い。
俺でさえ、もっと長く滝に打たれていたような気がする。
「もう一回」
やり直させる。
ミリアが滝の下に入った。
次に出てきたのもミリアだ。
一番最後に入って一番最初に出てくるとか。
「たいへん、です」
「ちゃんと精神を統一してみろ」
「する、です」
もう一度送り出した。
大丈夫なんだろうか。
最悪、ミリアは巫女のジョブなしか。
別にそれでもいいが。
次に出てきたのはベスタだ。
白装束の下に息づく胸が。
胸が。
濡れた薄手の絹が胸の前面にぴったりと張りついている。
大きな果実を優しく包んでいた。
淡い小麦色の肌が白装束の下にくっきりと映っている。
肌の色が濃い方が、白い上着に映えるのだろうか。
「何かよく分からないけど集中できたように思います」
確かに集中はできたのだろう。
巫女のジョブも獲得している。
俺は集中できないが。
いや、むしろ集中しているというべきか。
「そうか。ベスタはもう滝行の必要はないぞ。巫女のジョブを取得している」
パーティーメンバーのジョブが分かるというのは実に便利だ。
巫女を獲得すればすぐに分かる。
「ありがとうございます。魔物です」
ベスタが指差した。
俺はベスタの方しか見ていなかったが、ベスタは警戒していたようだ。
助かった。
デュランダルを持って襲いかかり、グラスビーを斬り捨てる。
装備品どころか服も着ていないが、一撃だからいいだろう。
靴はさっき履いた。
夏なので水に濡れていてもちょうどいいくらいだ。
ハチを倒して戻る。
ベスタが周囲を、俺がベスタやロクサーヌたちを見た。
「もう一度だ」
出てきたミリアを再び滝に戻す。
ちゃんと集中しているのだろうか。
ロクサーヌはなかなか出てこない。
パーティージョブ設定で見ても巫女のジョブを得ていない。
苦労しているようだ。
俺やベスタはすぐに巫女のジョブを獲得した。
向き不向きがあるのだろうか。
「ベスタは滝に打たれたとき、どうだった」
「気持ちよくリラックスして、意識がゆったりと遠のく感じでした」
そうだったか?
気持ちいいとか。
あれはあくまで滝だ。
打たせ湯じゃない。
竜騎士はこんなところまで打たれ強いのだろうか。
俺より身長が高いから、滝の勢いが弱いとか。
それはないだろうと思うが。
ベスタのことだからきっと何も考えてないに違いない。
普段から何も考えていない人の方が早く巫女を取得できるということはあるのかもしれない。
俺も神官のジョブを得たのは早い方だった。
俺も何も考えていないということか。
いや。セリーも巫女のジョブを取得している。
大丈夫だと思いたい。
「難しいです」
ロクサーヌが一度出てきた。
水に濡れて白装束が肌に張りついている。
ロクサーヌの白い肌にもよく合っていた。
白い絹の下にはさくらんぼさんが。
俺の意識などは完全にその一点に集中している。
これだけで神官のジョブを得られそうだ。
「滝に打たれていると、意識が水の流れだけに向かないか」
「うーん。水があっちにもこっちにもあって」
あっちにもこっちにもというのが分からん。
人の認知はそこまで分解能がよくないはずだ。
ロクサーヌは知覚が過敏すぎるのではないだろうか。
魔物の動きを捉えて回避するにはいいが、精神を統一するには不向きと。
「水全体を一つの流れとして捉えてみろ」
「やってみます」
適当なアドバイスを与えてロクサーヌを送り出す。
代わりにミリアが出てきた。
ミリアは集中力がなさすぎだ。
濡れた姿を見ることができて俺はいいが。
ミリアを戻してしばらくすると、ロクサーヌが出てくる。
巫女のジョブを得ていた。
「おお。やったな。巫女のジョブを獲得している」
「はい。ありがとうございます。なんとなく一つの流れというのが分かった気がします」
分かるのか。
俺は自分で言って分からないが。
分かるものなんだろうか。
まあさくらんぼさんも喜んでいるようだからいいだろう。
「ミリアはどうしたもんかな」
「一つの流れが分かればいいのですが」
ミリアが出てくるが、巫女のジョブは取得していない。
ロクサーヌは自分が分かったからといって無茶振りしすぎだ。
「ミリア、魚を取るとき、人の姿があると魚は逃げるだろう」
「はい、です」
「魚に逃げられないように、存在感を消すんだ。そのためには、滝に打たれて、滝と一つになる。滝に溶け込んだとき、魚が逃げなくなる」
「分かった、です」
俺も無茶を言って送り出す。
アドバイスできるとしたらこのくらいだ。
ミリアは、今度は割と長い時間滝に打たれてから、出てきた。
巫女のジョブも取得している。
「よし。ミリアもよくやった」
「魚、獲れる、です」
やはり魚をえさにしないと駄目なのか。
「これで全員ジョブを得られたな。よくやった」
セリーを呼び戻してから、全員に告げた。
「ありがとうございます」
「今回は取得できてよかったです」
「獲った、です」
「よかったと思います」
セリーが巫女のジョブを得たのは今回ではないが、いいだろう。
水に濡れた白装束の美女が四人並ぶと壮観だ。
セリーの服はやや乾いているとはいえ。
眼福眼福。
「今後も通常は今までどおり俺が回復役を務める。ただし、これから迷宮の上の階層に進んでいけば、戦闘が激しくなって俺だけでは回復が厳しくなる事態も考えられる。そのときに備えて、みんなにも巫女を経験してもらうことがあるかもしれない。回復役が複数いれば安心だしな」
「はい。やってみたいです」
ロクサーヌはやはり前向きだ。
ロクサーヌを巫女にしてもいいだろう。
「元々巫女になろうとしたこともあったので、巫女のジョブは魅力です。ただ、次の装備品を作っていくことを考えると、鍛冶師の経験も積んでおきたいのですが」
「セリーは鍛冶師、ミリアは暗殺者のジョブをメインでいくつもりだ」
「はい」
「やる、です」
そのやるは暗殺者をやるでいいのだろうか。
伝わっているのかどうか微妙に不安だ。
「私なら巫女でもいいと思います」
「ベスタの場合も二刀流との兼ね合いがあるからな。今のところは竜騎士をメインで行こうと考えている」
「はい」
やはり巫女にするならロクサーヌか。
現状Lv10くらいまでならあっという間に育つ。
いろいろと試してみればいいだろう。
「よし。ではいったん家に帰るか」
家に帰ることにする。
このまま川遊びをしても面白そうだが、ヘリコバクター・ピロリとかいるかもしれないし。
それに他の理由もある。
「この衣装も一回だけではもったいないですね」
「うまく乾いたら、寝間着として使えるだろう」
「そうですね」
ロクサーヌと話しながら、滝の裏に入った。
全員が荷物を持ったのを確認し、ワープで家に帰る。
家に帰った後、神官を試さずに色魔を役立てたのは当然といえよう。
我慢にも限度というものがある。
その後、短い時間だが迷宮に入った。
神官も試してみる。
僧侶をはずして神官をつけたが、出番はなかった。
時間が短すぎたか。
翌朝になって、初めて神官のスキルを使った。
シザーリザードに全体攻撃魔法を撃たれたので、全体手当てを使ってみる。
「ちゃんと回復できているか?」
「はい。大丈夫です」
魔物を倒した後で確認した。
ちゃんと全員回復できているようだ。
全体手当ては攻撃魔法の合間に一度で全員を回復できるから、便利は便利だな。
大体の感覚でしか分からないが、回復量は僧侶の手当てより少なめといったところか。
あるいは変わらないか。
神官はまだレベルが低いから、その関係もあるのかもしれない。
MP使用量は、多い。
それはしょうがない。
回復量がそれほど違わないのにパーティーメンバー全員を一度に回復できて消費MPまで変わらないとなったら、僧侶を選択する人はいなくなる。
MP効率が下がるのはやむをえない。
その後も、朝食や休憩をはさんで夕方までシザーリザードの相手をした。
一日迷宮に入ると、やはり何回かは全体攻撃魔法を浴びてしまう。
特に、魔物がたくさんいてシザーリザードが後列に回った場合が厄介だ。
向こうも魔法を使わなければこちらを攻撃できないし、セリーの槍も届かないのでしょうがない。
しかし、連発されても全体手当てがあれば安心だ。
二十三階層ではほぼ何の懸念もない。
上の階層へ行っても大丈夫だろう。
「ご主人様、ルーク氏から伝言です。芋虫のモンスターカードを落札したようです」
夕方、食材を買って家に帰ってくると、ルークからのメモが残っていた。
芋虫のモンスターカードを落札したらしい。
ひもろぎのイアリングにつければ、デュランダルで戦うときにいちいちアクセサリーを取り替える手間が省けるな。
これで現時点で迷宮二十三階層に入ることの懸案がすべて解決される。
「まだ間に合うか。商人ギルドへ行ってくる。みんなは夕食の準備を頼む」
「はい。分かりました。いってらっしゃいませ」
善は急げだ。
早く手に入れた方がいい。
風呂を入れるために少し早めに帰ってきたこともあり、商人ギルドに行くことにした。
ここのところ暑くなったし、遊び人のスキルで楽になったので、風呂は毎日のように入れている。
昨日は滝に打たれたので見送ったが、お湯でくつろぐのは別物だろう。
商人ギルドでルークを呼び出す。
ルークはすぐにやってきた。
会議室に行き、芋虫のモンスターカードを購入する。
ちゃんと本物のカードだ。
これをひもろぎのイアリングに融合させると、身代わりのミサンガの予備が二つになる。
そろそろ十分だろうか。
芋虫のモンスターカードの発注を取り消すべきか。
あるいは予備として一枚くらいはモンスターカードで持っておくか。
ただ、発注を取り消すとしてもそれは次回でいい。
今回買ったモンスターカードの融合が成功したといえば、理由になる。
何度か購入したし、そろそろ成功したと言い出してもいい頃合だろう。
「それと、ハルツ公の騎士団から、是非一度顔を出すようにとのことです」
ルークがモンスターカードの他にことづけを伝えてきた。
ハルツ公からの呼び出しか。
鏡が減ってきたのかもしれない。
「分かった。明日にでも行ってみよう」
「お願いいたします」
いずれにしても呼ばれた以上は行かないわけにいかない。
伝言を聞いて、家に帰った。
夕食の後、ひもろぎのイアリングと芋虫のモンスターカードを出してセリーに渡す。
「これを融合してもらえるか」
「今日手に入れた芋虫のモンスターカードですよね。イアリングでいいのですか。身代わりのスキルは発動すると装備品が壊れてしまいますが」
身代わりは、発動したときに身代わりになって装備品が壊れるので、安いミサンガにつけるのが一般的という話だった。
スキルをつけた装備品を一緒に壊してしまうのはもったいない。
しかし、装備品もたくさんは着けられないから、せっかくの枠を身代わりのミサンガで費やすのは惜しい。
今まで一度も発動したことはないし、かまわないだろう。
「壊れることはしょうがない」
「そういえばこの前はヤギのモンスターカードをイアリングに融合しました」
「それがこれだな」
「えっ……」
セリーが固まった。
「大丈夫だ」
「ええっと。融合に失敗すると、せっかくついたスキルも失われてしまいますが」
「問題ない」
スキルがついているかどうかは鑑定しないと分からないのだから、わざわざ言わなくてもよかったか。
プレッシャーを与えてしまった。
まあ空きのスキルスロットがあれば、ちゃんと融合できるだろう。
「は、はい。では、融合します」
何度かなだめると、ようやくセリーがひもろぎのイアリングとモンスターカードを手に持った。
スキル呪文を唱えると、手元が光る。
光が消え、ひもろぎのイアリングが残った。
ひもろぎのイアリング アクセサリー
スキル 知力二倍 身代わり 空き
スキルが二つついても、名称はひもろぎのイアリングで変わらないのか。
空きのスキルスロットもちゃんと一つ残っている。
「おお。できているじゃないか。さすがセリーだ」
「ありがとうございます」
空きのスキルスロットが複数あれば、やはり複数のスキルをつけることができるらしい。
セリーにはこれからさらに活躍の場が広がるだろう。