トロを求めて
「なかなか全体攻撃魔法を撃ってこないな。仕方がないから、シザーリザードの多いところに案内してもらえるか」
「そうですね。その方がいいでしょう」
ロクサーヌへの指示を変更する。
このままではMPが先に尽きる。
石化したシザーリザードをデュランダルを出して片づけたりもしているが。
ロクサーヌの案内で進んだ。
導いたところに、シザーリザードが四匹いる。
げ。
いきなり難易度上げすぎでは。
四人が走り出した。
俺はその場でサンドストームを念じる。
魔法を二発発動させてから、追いかけた。
シザーリザードもこちらに接近する。
魔物と前衛陣が相対した。
トカゲ四匹が所狭しと並ぶ。
後ろに回るやつはいないようだ。
後ろに回れば確実に魔法を使ってきそうだが、連発されるのも怖い。
シザーリザードがそろってはさみを振り下ろした。
ロクサーヌがかわし、ミリアが盾で受け、ベスタは剣で弾く。
特にロクサーヌはトカゲ二匹の攻撃を器用にかわしていた。
攻撃を当てられないシザーリザードの方がかわいそうになってくるな。
四匹いるせいか、セリーも槍で攻撃する。
セリーが追いついたので魔法を連発で喰らうことはない。
俺はサンドストームを二発ずつ重ね撃った。
着実にシザーリザードを削っていく。
「来ます」
「やった、です」
ロクサーヌとミリアが同時に叫んだ。
一匹のシザーリザードの足元に赤い魔法陣が浮かんでいる。
もう一匹のシザーリザードが固まったまま動かなくなった。
いよいよ魔法のお目見えか。
魔法陣が消え、トカゲが火の球を吐き出す。
単体攻撃魔法かよ。
シザーリザードの魔法は、必ずしも全体攻撃魔法だけというわけではないようだ。
ロクサーヌがあっさり避け……ずに、火の球を受けた。
なんで?
「あまりたいしたことはないようです、ねっと」
わざと受けたらしい。
続くシザーリザードの攻撃は、軽くかわしている。
魔法を重ねていくと、石化したトカゲが煙になった。
遅れて、他のシザーリザードも倒れる。
「大丈夫だったか?」
「問題ありません。この程度なら手当ても必要ないくらいです」
手当てをしながら尋ねると、ロクサーヌが答えた。
大丈夫なのか。
魔法使いの場合、単体攻撃魔法と全体攻撃魔法に威力の違いはないと思う。
魔物も一緒なんだろうか。
単体攻撃魔法をロクサーヌがわざと受けてくれたが、どう判断すればいいものか。
魔物だから何種類か魔法を持っている可能性もある。
今までの魔物はそんなことはなかったが。
シザーリザードは、少なくとも単体攻撃魔法と全体攻撃魔法の二種類は持っている。
「はい、です」
ミリアが革を持ってきた。
革が残ったのは初めてだ。
ここまで倒して一個か。
レア食材ではないから、料理人をつけても増えないだろう。
「革だ、革」
「革、です」
魚の皮ではないから、明日には忘れているに違いない。
「これで次の装備品が作れるな」
「そ、そうですね。普通は鍛冶師になってから何年もかかるそうですが」
「セリーなら問題ないだろう。駄目なら駄目なときだ」
「はい」
セリーを安心させてやる。
それよりも不安なのはシザーリザードの魔法だ。
常識人のセリーの意見を聞いた方がいい。
「問題はシザーリザードの魔法だが、大丈夫だと思うか?」
「少なくとも一撃でやられる心配はなくなったと見ていいと思います。最悪のケースを想定しても何発かは耐えられるでしょう。そんなに頻繁に魔法を使ってくることもないようです。これで戦えるめどが立ちました」
セリーはロクサーヌによる評価に信を置いているようだ。
セリーが大丈夫というのなら大丈夫か。
全体攻撃魔法は、必中で、全部の敵に攻撃できる。
その上で威力まで高いとなったら、反則だよな。
単体攻撃魔法と全体攻撃魔法の威力に大差はないと考えてもいいだろう。
おまけに、シザーリザードはなかなか全体攻撃魔法を使ってこないしな。
いつまでも待ち続けるわけにはいかない。
二十三階層はオッケーということにしておこう。
「じゃあ二十二階層に戻るか」
「はい、です」
全体攻撃魔法を待つまでもないと決めたらだらだらしてもしょうがない。
二十二階層ボス部屋近くの小部屋にダンジョンウォークで移動し、ボス部屋を目指した。
途中、錬金術師をはずして博徒をつける。
ブラックダイヤツナに対しては、博徒の状態異常耐性ダウンをかけ、石化に成功したら料理人をつけてから倒す手が有効だ。
ボス戦はMPを回復しがてらデュランダルで戦った。
マーブリームはベスタが、ブラックダイヤツナはセリーがとどめを刺す。
トロは残らなかった。
もう一周か。
「発生した場所で戦う場合、槍を届かせるのは難しいですね。ロクサーヌさんとベスタは、少し魔物を引きつけるようにしてもらえますか」
「分かりました。そうしましょう」
「はい。できると思います」
セリーは二匹に対して詠唱中断を行う予行演習をしていたようだ。
周回することも無駄ではないな。
二十三階層からのボス戦ではベスタはデュランダルを持つことになるだろう。
セリーが見なければいけない二匹を担当するのはロクサーヌとミリアになる。
練習を行うなら、ロクサーヌとミリアにやらせた方がいいが。
しかしミリアにはブラックダイヤツナを石化する大切な役目がある。
まだ暗殺者になっていないので硬直のエストックをロクサーヌに持たせてもいいが、役目は固定した方がいいだろう。
交代させることはない。
次のボス戦では、現れた魔物にすぐに斬りかからず、少し近づけて受けた。
ロクサーヌがブラックダイヤツナの、ベスタがロートルトロールの正面に立って待ち受ける。
セリーが二人の後ろに立った。
俺とミリアは、魔物が近づいてから散開して後ろに回る。
今回は俺がデュランダルでロートルトロールにとどめを刺した。
経験値的に少しおいしい、はずだ。
「やった、です」
直後にミリアの石化も発動した。
ブラックダイヤツナがマグロになっている。
料理人をつけて倒すが、残ったのは赤身だ。
もう一周か。
「大体、今ぐらいの位置なら大丈夫です。ロクサーヌさん、頼みますね」
「はい」
「二十三階層が三匹出てくるなら、セリーが監視する魔物の相手はロクサーヌとミリアになるぞ」
「待ち受ける間隔だけですから、ロクサーヌさんにまかせておけば問題ありません」
一応忠告したが、問題はないようだ。
これで周回する意義はトロだけか。
「大体感じはつかめたので大丈夫でしょう。ミリアも、いいですね」
「はい、です」
「じゃあもう一度移動するか」
トロを求めて再度ボス戦を行う。
次のブラックダイヤツナは、石化せずにセリーが倒した。
魔物が床に落ちて横になる。
「やった、です」
あれ?
石化が発動したのか。
と思ったが、マグロは煙になる。
ミリアが小走りで壁の方に移動した。
「どうした」
「魔結晶、です」
魔結晶ができていたらしい。
赤身はほっておいて魔結晶を取りにいくのか。
赤身よりも魚貯金の方が重要らしい。
まあ魔結晶はミリアが見つけないことにはなかなか見つからないからな。
赤身はミリアでなくても誰かが拾う。
赤身だったのでもう一周することが決定した。
ミリアが笑顔で黒魔結晶を渡してくるので「よくやった」とだけ褒めておく。
別に今までだって魔結晶を見つけたら翌日の食事は魚とか決まっていたわけではない。
というか明日の夕食はトロだ。
そのためにも、トロを求めて周回を重ねる。
あまりに出ないようなら遊び人のスキルに料理人のレア食材ドロップ率アップをセットすることも考えた方がいいだろう。
クリティカル発生が重なったのだから、レア食材ドロップ率アップも重なる公算が大きい。
遊び人のスキルを変えると戻すのに時間が必要だという問題もあるが、手間取るようならタイムアップで朝食時間にかかるし。
結局、トロが出たのは次の次にミリアの石化が発動したときだった。
マグロを突き殺すと、煙となってトロが残る。
料理人をつけているおかげだろう。
料理人のレア食材ドロップ率アップは役に立つ。
「よし。これで明日の夕食は万全だな」
「はい、です」
ボス戦の周回も終わった。
ミリアには名残惜しいだろうが、トロを手に入れて今は嬉しそうだ。
トロを受け取り、アイテムボックスに入れる。
「まだ時間は大丈夫か?」
「そうですね。もう日が昇ったころだと思います」
「じゃあここまでにしておくか」
「分かりました」
ロクサーヌに時間を尋ね、探索を終了した。
遊び人のスキルは、変えても変えなくても一緒だったか。
まあしょうがない。
変えておけばテストになったかもしれないが、一回二回の試行ではレア食材ドロップ率アップの効果が重なるかどうかは判断できないしな。
元々むちゃくちゃ大きくアップするわけでもない。
わざわざ実験してみるほどのことでもないだろう。
迷宮から冒険者ギルドの壁にワープする。
食材を買って帰り、朝食を取った。
「革は一個しかないが、次の装備を作れるか?」
食事の終わりかけ、セリーに尋ねる。
「は、はい。次の装備品は革のミトンになります。革が一個と、皮が一個必要です」
「二種類の素材を使うのか」
「そうです」
重ね合わせるのか、それとも必要なところを革で補強するのか。
外側を革で内側を皮にするのかもしれない。
あるいは、手に着ける装備品だから、甲の部分が革で、手のひらの部分が皮とか。
「皮もあるから、食べ終わったらそれを作ってみろ」
「は、はい」
「本格的に二十三階層を探索するようになれば革もいっぱい手に入るだろう。次の装備品は夕方だな」
「ええっと。は、はい」
セリーは心配なようだが、俺は何も心配していない。
鍛冶師もLv34まで上がってきているし。
セリーは今までも新しい装備品を作るたびごとに心配してきた。
少しは学習してもいいのではないだろうか。
「これまでも問題なかったろう」
「革の装備品を作れるようになれば、鍛冶師としては見習い卒業です。作れるのは十年以上鍛冶師の経験を積んだドワーフばかりです」
「セリーなら大丈夫だろう。それに、できなければ少したってから再チャレンジすればいい」
「そ、そうですね」
セリーが納得する。
再チャレンジといっても、鍛冶師Lv35になったときにやらせるとすればそんなに時間はかからない。
少なくとも年単位で時間がかかることはない。
そのときがまた大変だな。
できれば一発で成功してほしい。
そんなセリーだが、あっさりと革のミトンの作製を成功させた。
防具製造を終えると、セリーの手に革のミトンが残る。
思ったとおり問題はないようだ。
「さすがはセリーだ。やはり心配するまでもなかったな」
「で、できました」
セリーが革のミトンを渡してきた。
緊張したのかぐったりしている。
「すごいです、セリー」
「さすが、です」
「すごいと思います」
食事の片づけにいかず残っていた三人もセリーを褒めた。
「では、俺は商人ギルドに行ってくるから、後を頼む」
「はい。いってらっしゃいませ」
少し様子を見たが、セリーも別にMPの使いすぎではないようだ。
後をロクサーヌにまかせ、商人ギルドにワープする。
待合室でルークを呼び出すと、仲買人はすぐにやってきた。
この間の武器商人の男も一緒だ。
話はちゃんと通ったらしい。
「ひもろぎのロッドをお持ちだとか」
会議室に移ると、挨拶ももどかしいとばかりに切り出してくる。
「あるぞ。これだ」
「拝見させていただきます」
アイテムボックスからひもろぎのロッドを出して渡すと、すぐに武器鑑定を行った。
「どうですか」
「はい。間違いございません」
ルークに訊かれて答えている。
間違いのあろうはずはない。
「ひもろぎのロッドでもいいのか?」
「もちろん十分でございます。よくこれだけの品を。いろいろとお持ちなのですね」
武器商人が興味深げに探りを入れてきた。
吸精のスタッフに続いてひもろぎのロッドを渡したからな。
打出の小槌みたいに思われても困るが、セリーもいるしある程度は得意先になってくれてもいい。
その辺の兼ね合いが難しい。
「迷宮に入ってやっていこうと思えば、このくらいはな」
「それにしても、でございます。人間族のかたですよね。まだかなりお若く見えますが」
「いろいろあってな。俺は遠くから来た。それより、取引の話だが」
やや強引に話を打ち切る。
あまりべらべら話すことではない。
適当なことを言って後で辻褄があわなくなっても困るし。
遠くから来た、といえば問題が少ないだろう。
ロクサーヌたちにも、俺はカッシームより遠くから来たといってあるから、矛盾はない。
ベイルの近くの村の出身、とか言うと、かえって危ない。
この世界、地方の若者が憧れで都会に出るような社会ではない。
故郷を出て遠くに移動するのは、相応の事情があった、ということだ。
探索者になるだけならわざわざクーラタルまで来なくていいし、近くに迷宮が生まれて廃村になるようなことも普通にあるらしい。
俺の事情までは穿鑿してこないだろう。