トロ
夕方、遊び人のスキルの実験を行った。
今回試すのはクリティカル発生だ。
博徒のクリティカル発生とスキルは重複するだろうか。
重複するのなら、発生率が二倍になるだろうか。
クリティカル率上昇のボーナススキルはどう作用するのだろう。
片方にしか乗らないのか、両方に乗るのか。
いろいろと疑問は多い。
魔法を連続で使えても、MPはその分消費してしまう。
クリティカルなら、同じ一回分のMP使用量でダメージを大きくできるだろう。
確認はしていないのでクリティカル発生時にMP使用量が増えている可能性もあるが。
ただ、普通の物理攻撃でもクリティカルは発生し、MPは使用しないので、魔法だからといってMP使用量が増えることはないと思う。
遊び人のスキルに魔法をつけて魔法を増やすよりも、遊び人のスキルにクリティカルをつけてダメージを増やした方が得かもしれない。
理屈の上ではそういう可能性がある。
いろいろ試してみるべきだろう。
スキル設定で遊び人のスキルに博徒のクリティカル発生をつけた。
「今日も最後に実験を行う。魔法が連続で使えなくなるので、戦闘時間は長くなるが」
「問題ありません」
「魔物の数が多いところに案内してもらえるか」
「分かりました。こっちですね」
ロクサーヌの案内で進む。
さすがロクサーヌは心強い。
現れたマーブリームの団体にサンドストームをぶち込んだ。
全体土魔法を単発で放ちながら、時間をかけて魔物を倒す。
実験が不首尾に終わったことは、すぐに分かった。
失敗だ。
やる前に気づくべきだった。
クリティカルが発生したかどうかは、魔物を倒すのに使った魔法の数でしか判定できない。
するとどうなるか。
クリティカルの発生率が二倍になったとしても、魔法の数は一発か二発しか減らない。
八発で倒れるものが七発で倒れるようになったとしても、一回二回の試行では誤差の範囲にまぎれてしまうだろう。
何百回も試行を行って統計を取れば有意な差が出てくるだろうが。
そこまではやる気がない。
「あー。よし、クーラタルの迷宮に移動するか」
「何か分かったのでしょうか?」
実験とは常に失敗するものだ。
真に偉大な科学者とは、失敗した実験から何かを学ぶことができる者のことをいうのだよ、セリー君。
今回の実験で分かったことといえば、たとえクリティカルの発生率が二倍になったとしてもMP使用量はそんなに減らないということだな。
クリティカルの発生率が二倍になったとして減らせる魔法の回数はせいぜいが一、二発だ。
それなら、遊び人のスキルには素直に魔法をつけた方がよい。
それが分かったのだから、むしろ実験は成功したといえるのではなかろうか。
成功だ。
成功なんだよ。
大成功といっていい。
「尾頭付き、です」
ミリアが尾頭付きを持ってきた。
マーブリームのうちの一匹が尾頭付きを残したようだ。
これだけでも成功といえるだろう。
結局、クリティカル発生が重複するかどうかはクーラタルの十一階層で調べた。
十一階層の魔物は、デュランダルを使っても一撃で倒すことはできない。
クリティカルが発生すれば、一撃で倒せる。
分かってしまえば簡単なことだ。
これなら一回の攻撃ごとにクリティカルが発生したかどうか判断できる。
最初から十一階層で調べるべきだった。
十一階層で一撃で倒せた魔物は半分くらいか。
そんなに数をこなしたわけではないが、クリティカル発生のスキルは遊び人と博徒で重複すると考えていいだろう。
クリティカル率上昇も多分両方に乗ると考えていいのではないだろうか。
遊び人のスキルは、結構いろいろな可能性があるな。
使い方によってはかなりのことができそうだ。
空きスキルが一つしかないというのは本当に惜しい。
実験を終えて家に帰る。
家の玄関にルークからのメモが入っていた。
今日のうちに向こうと話をしたのだろう。
「ご主人様、ルーク氏からの伝言です。一度来てほしいと書かれています」
「まあそんなところだろうな」
呼び出した理由は、書いてなくても分かる。
急ぐことでもないし、明日の朝でいいだろう。
などとのんびりしていたら、翌朝、ついにハルバーの迷宮二十二階層のボス部屋に達した。
強化は間に合わなかったか。
イアリングは買っただけで着けていないし、コボルトのモンスターカードもない。
現有戦力での戦いになるが、問題はないだろう。
ひもろぎのロッドもまだ手放してはいないし。
「やる、です」
若干一名やる気だし。
料理人はつけず、遊び人を戦士に替えて戦う。
何度戦ってもトロが残らなかったら、料理人はそのときに考えよう。
料理人のスキルを遊び人につけて重複するかどうかは試していないが、最悪その可能性に賭ける手もある。
「頼むぞ」
待機部屋からボス部屋に移動した。
ボスのブラックダイヤツナに状態異常耐性ダウンをかけてから、マーブリームに挑む。
マーブリームの正面はベスタが取るので、俺はこそこそと後ろからデュランダルで斬りつけた。
卑怯ではない。
作戦だ。
魔物の攻撃は正面のベスタに集中するので、俺は安泰だろう。
尻尾の動きに注意していれば安心だ。
マーブリームをラッシュで叩いていると、後ろで音がした。
「やった、です」
何ごとかと思ったら、ブラックダイヤツナが石化して床に落ちたのか。
マーブリームを倒す前に石化したらしい。
石化する確率に本人のやる気が関係するのかと疑いたくなるな。
偶然だろうが。
「そちらへ行きます」
ロクサーヌたちも合流し、全員でマーブリームを囲む。
俺たち全員に囲まれてしまっては、マーブリームに勝てるチャンスはない。
あっさりと倒した。
俺は、戦士を料理人につけ替えてから、石化したブラックダイヤツナのところに行く。
マーブリームは白身しか残さなかった。
ブラックダイヤツナはどうか。
ボスマグロの真上からデュランダルを押し当てる。
石化していると本当にマグロだな。
動きゃしない。
そんなのの相手は嫌だ。
小刻みにピストンしてそのマグロを突いた。
何度も上下させ、激しく突く。
強く。激しく。
情熱のほとばしるままに。
ええか。
ええのんか。
やはりマグロは駄目だな。
答えやしない。
ピストン運動は相手とのコミュニケーションだ。
魔法を使う手もあるが、遊び人を戻すと料理人をどうするかという問題が発生する。
デュランダルで倒すのがいいだろう。
あ。攻撃を受ける心配はないのだから、僧侶をはずすこともできたか。
まあいいや。
石化した相手ならデュランダルを使った方が早く倒せる。
どうせ何周もするのだし。
ブラックダイヤツナが煙になり、デュランダルが床を叩いた。
倒したか。
煙が消えて、アイテムが残る。
「トロ、です」
ミリアが叫んで素早く飛びついた。
今までに見たどの魔物の動きよりも速そうだ。
トロを残す確率にミリアのやる気が関係するのかと疑いたくなるな。
偶然ではなく、料理人をつけたおかげもあるが。
ミリアが白身とトロを持ってくる。
一人で両方持たなくても。
確かにトロが残ったようだ。
そういえば、ミリアにトロのブラヒム語を教えただろうか。
いつの間にか覚えていた。
さすがに魚関連の言葉は覚えるのが早い。
「トロは明日の夕食にしよう。調理はミリアにまかせる。やはり二個あった方がいいよな」
「はい、です」
元から何周もするつもりだったし、一回戦うだけでは覚悟が無駄になる。
もう一つトロが残るまで、粘ってみるのがいいだろう。
ボスと魔法で戦うこともやってみたいし。
「ハルバーの二十三階層の魔物はなんだ?」
ボス部屋から出て、セリーに質問した。
ブラックダイヤツナとの戦いを繰り返すとしても、一度二十三階層に抜けた方がいい。
「シザーリザードです。火魔法に耐性があり、火魔法を放ってきます。弱点は土属性です。まれにですが、革を残すことがあります」
「革か」
「装備品の素材ですね。後、二十三階層から上の魔物は全体攻撃魔法を使ってくることがあります。回避できませんから、大変です。一撃で死ぬことはない、と思いたいです」
セリーが不気味なご託宣を告げる。
全体攻撃魔法か。
こっちが使うファイヤーストームなども必中だし、魔物が使うのもそうなんだろう。
「大丈夫か?」
「ご主人様なら問題のあるはずがありません」
「私はまだ迷宮に入るようになって少ししか経っていません。普通の庶民でこんなに早く二十三階層に入ったという話は聞いたことがありませんので、少し心配です。竜騎士がいるパーティーは安定度が増すといわれていますが、ベスタもこの間から迷宮に入るようになったばかりですし」
セリーが不安の理由を述べる。
普通の人の場合、二十三階層に上がるまでには何年も修行するのだろう。
あまり早すぎるのも心配になるようだ。
なにしろ俺たちには獲得経験値二十倍の恩恵がある。
ベスタも迷宮に入るようになってまだ半月だ。
それでも竜騎士Lv29に達している。
「まあ戦ってみなければ始まらないだろう。最悪の場合でも、身代わりのミサンガがある。運がよければ身代わりになってくれるはずだ」
「そ、そうですね。身代わりのミサンガがありました」
身代わりのミサンガを盾にセリーを説得した。
セリーが自分で作った装備品だしな。
俺の勘では、そこまで危険があるとも思えない。
二十二階層と二十三階層の間でそんなに違いがあるなら、もっと声高に注意されるだろう。
セリーだけでなく、ギルドなどでも警戒を呼びかけるはずだ。
あるいは、二十二階層と二十三階層の死亡率の差が叫ばれてもいい。
二十二階層の魔物の打撃は、致命的ということもなかった。
一階層上がっただけで一撃で死ぬほどになるとは思えない。
物理的な攻撃と全体攻撃魔法との違いはあるとしても。
そうでなければ、二十三階層は死屍累々ということになるだろう。
これは、デュランダルを出してMPを回復するときにちょくちょく攻撃を浴びている俺だから分かることだ。
悪かったな。
「みんなもいいか?」
「もちろんご主人様についていきます」
「はい、です」
「大丈夫だと思います」
三人は大丈夫そうだ。
迷宮に入るようになって半月のベスタは、もう少し危機意識を持ってもいいと思うが。
ただ、ベスタも二十二階層で魔物の打撃を浴びたことがあった。
あのときもケロッとしていたよな。
手当て一回でもういらないと言われたのだ。
レベルも上がって順当に強くなっているのだろう。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
二十二階層を抜けて、二十三階層に移る。
二十三階層といっても、今までどおりの入り口の小部屋だ。
後ろに黒い壁があって、三方向に洞窟が伸びている。
「ロクサーヌ、シザーリザードのにおいが分かるか」
「遭遇したことはありませんが、かいだことのないにおいがあります。多分それですね」
「近くに戦えそうなのがいるか? 数の少ないところで」
「近くにはなさそうですね。かいだことのないにおいだけの群れもありますが、数は少し多そうです」
さすがロクサーヌは役に立つ。
全体攻撃魔法を使ってくるようだし、最初から数の多いところは危険だろう。
シザーリザード五匹の団体で全部がいきなり全体攻撃魔法を撃ってくるとか。
目も当てられん。
あれ。
そういえば、魔法の詠唱は重複すると駄目らしいが、魔物はどうなるのだろう。
魔物の場合、詠唱ではなく魔法陣だから関係ないのか。
スキルを連発されてセリーのキャンセルが間に合わなかったこともあったし。
汚いな魔物さすがきたない。
とにかく、いきなり五匹は避けるべきだ。
寿命がストレスでマッハになってしまう。
「じゃあ二十二階層に戻ってボス戦を繰り返すか」
「はい、です」
二十二階層に戻り、ブラックダイヤツナを倒した。
今回は石化も発生せず、トロも残らない。
料理人もつけられなかったし、しょうがない。
「ロクサーヌ、シザーリザードの数が少なくて戦えそうなところが近くにあるか?」
ボスを倒して再び二十三階層に入り、ロクサーヌに訊く。
「いえ。先ほどと同じですね。誰も通った人はいないようです。近くに数の少なそうなところはありません」
あー。
どこかのパーティーが通って場を乱さないと、魔物の配置は同じなのか。
誰かが倒せば、違った組み合わせで湧くだろうが。
ハルバーの迷宮自体人が多くなさそうだし、二十三階層ともなればなおさらだ。
あるいは、時間がたてば魔物も移動していくだろうが、そんなに時間もかかっていない。
もう少し時間を使って、様子を見るか。




