女王
ハルバーの二十一階層もなんとか戦えそうだ。
一階層ごとに少しずつ厳しくなってはいるが。
問題になるとすればやはり二十三階層からだろう。
昼すぎからは、地図を持ってクーラタルの二十階層にも赴く。
クーラタルの二十階層はラブシュラブもロートルトロールも火魔法が弱点なので楽だ。
ピッグホッグやマーブリームにはほとんど出会うことなく、ボス部屋まで到着した。
というか、マーブリームは出てきてさえいない。
十七階層には後で寄るから、問題はない。
ミリアも不満には思ってないだろう。
デュランダルを出し、待機部屋で待つ。
前のパーティーがいるらしく、ボス部屋への扉は閉じたままだった。
「ちょっと混んでるみたいだな」
「薬になるからだと思います」
セリーが教えてくれる。
そういえばここのボスは削り掛けを残すのか。
時間帯も悪い。
昼すぎというのは人が多そうな時間だ。
待っている間に、次のパーティーも待機部屋に入ってきた。
俺たちは一応ハルツ公爵の依頼で公領内の迷宮に入ることになっている。
人に会うのはあまりよろしくない。
言い訳はできるが。
いざとなればミリアの魚好きのせいにしよう。
ハルバーの二十二階層にはまだ入れないのにミリアが魚をほしがったので。
ひっでーな、俺。
しかも階層が合ってないし。
前のパーティーの戦闘が終わったのかボス部屋の扉が開いたので、そそくさと中に入る。
装備品が転がったりは、していなかった。
薬目当てでボスを狩るくらいなら、実力は十分なんだろう。
部屋の中央に煙が集まる。
魔物が二匹現れた。
ボスのラフシュラブとロートルトロールだ。
ベスタがロートルトロールの前に立ちふさがる。
ミリアが向かっていったラフシュラブに状態異常耐性ダウンをかけてから、俺もロートルトロールに斬りかかった。
ベスタが魔物の腕を避けたところに、スラッシュを叩き込む。
ロートルトロールの一撃をベスタがしっかりと見てかわす間に、横からさらにデュランダルを喰らわせた。
正面を受け持ってくれる前衛がいるとやはり楽ができる。
今回は指示が役に立った。
スラッシュを連発して、ロートルトロールを倒す。
続いて、ベスタと一緒にラフシュラブを囲みに加わった。
状態異常耐性ダウンをかけても、石化は発動していないようだ。
まあそんな簡単にはいかないよな。
ボスに向かってデュランダルを振りかざす。
正面はロクサーヌが陣取って楽なのだから、今回はラフシュラブの攻撃を受けないことを目標にしてみよう。
魔物の動きをよく見て。
枝が動いてロクサーヌを襲った。
ロクサーヌが軽く避ける。
かわしながらレイピアで突いた。
あの動きは、俺には無理だ。
枝が暴れまわるのでなかなか隙がないんだよな。
かわすだけならまだしも、攻撃するのは難しい。
攻撃を浴びないように。
魔物の動きをよく見て。
お。
動きが止まった。
「やった、です」
あ。石化だったのか。
ラフシュラブが固まっている。
色もやや白っぽくなったような気がした。
「おお。セリーの言ったとおり、ボスもちゃんと石化するんだな」
「そうですね。かなり稀だという話でしたが」
「さすがはミリアだな。えらいぞ」
「はい、です」
状態異常耐性ダウンのおかげだろうか。
とはいえ、ミリアを褒めておく。
硬直のエストックを持って戦ったのはミリアだしな。
石化したボスにはデュランダルをお見舞いした。
連続してスラッシュを打ちつける。
石化しているので反撃を喰らう可能性はゼロだ。
昔、剣道の稽古で面を連続して打ちつけたことがある。
あれとおんなじだ。
懐かしい。
怒涛の連続攻撃でボスを屠った。
多分クリティカルも出ただろうが、分からないほどの猛チャージだ。
ラフシュラブが煙になる。
石化した魔物が相手ならボスであってもただのサンドバッグだな。
抗麻痺丸を作ってから、二十一階層に移動した。
「クーラタル二十一階層の魔物は、ケトルマーメイドです」
「ケトルマーメイドか。一応、一度戦ってから、十七階層に行くか。ロクサーヌ、ケトルマーメイドがいるところへ」
「分かりました。こっちですね」
ロクサーヌの案内で進む。
ケトルマーメイドとは戦ったことがあるし、クリティカルと石化があるから、一回戦っただけで強さを判断することもできない。
戦ってみるのはあくまで一応だ。
何か想定外の危険が潜んでいる可能性もある。
試してみるのも悪いことではないだろう。
一度だけ戦って、十七階層に移動した。
想定外なんていうことはほとんどないから想定外なわけで。
尾頭付きを二個取るまでマーブリームを狩って、ハルバーの迷宮に戻る。
ハルバーの迷宮に戻ってから、状態異常耐性ダウンも試してみた。
ボスが石化したのは、状態異常耐性ダウンのおかげだろうか。
通常の魔物でもテストしてみる。
今回は石化も出たが、三匹に使って一匹だけ。
石化する元々の確率が小さいので、はっきりしたことはいえそうにない。
長期戦になることが前提のボス戦においてなら、状態異常耐性ダウンを使っておいても損はないだろう、というあたりか。
状態異常に対する耐性がダウンするなら賞金稼ぎの生死不問が効きやすくなるかも、と思って試してみたが、三匹に対して一度も発動しなかった。
試すのもMPを消費するので、実験は適当なところで切り上げる。
状態異常耐性ダウンは今後もボス戦で使ってみよう。
夕方まで、普通に探索を行った。
探索を終えると迷宮を出て、クーラタルの街で食材を買う。
「今日はちょっと作ってみたいものがあるので、夕食はみんなにまかせる。ベスタも俺を手伝わなくていい」
「分かりました」
まずは酒屋へ行った。
いつもは料理に使うワインしか買ったことがない酒屋だ。
ワイン以外は初めて買う。
「セリー、果実酒かなんかの甘いもので蒸留してある強い酒ってあるか?」
「あります。リキュールですね」
リキュールあんのか。
聞いてみるもんだな。
セリーのお勧めにしたがって、小さなかめに入ったリキュールを買った。
次は八百屋だ。
レモンを取って、セリーに尋ねてみる。
「これに似たような果物で、甘いものってないか」
「ガームですね。今の季節だと難しいのでは。冬に採れる果物です」
夏は駄目なのか。
冬に採れる柑橘類というと、みかんのようなものがあるのかもしれない。
あれ。
レモンの季節っていつだ?
「これは夏に採れるのか?」
「さあ。うちの方では冬にしかありませんでしたが」
「実は二つの品種があるんですよ。秋から冬にかけて採れるものと、少し北の方で作られる夏に採れる品種とがあります。ある程度長持ちしますし、うちでは両方仕入れられますから、ほぼ年中途切れることはありません」
「そうなんですか」
セリーも知らないようだったが、八百屋の店員が教えてくれた。
「この季節、果物はあまり多くないですね。キュピコくらいですか。そろそろ終わりですが。もう少したてばいろいろ入ってきます」
店員が指差した先に、見た目ニンジンのあれがあった。
キュピコだ。
とりあえずキュピコを使うことにして、買って帰る。
家に帰ると、クレープを作って焼いた。
一人当たり一枚、ではちょっと少ないだろうから二枚。
全員分で十枚。
大変だ。
これをベスタに焼いてもらう手もあったな。
次からはそうするか。
できたクレープを再度フライパンに載せ、砂糖とリキュール、カットしたキュピコを入れる。
七輪を用意して、フライパンを乗せた。
「えっと。それは昨日実験で作られたものですよね」
「夕食後のお楽しみだ」
ロクサーヌに笑顔で答える。
「あれはとても美味しかったですし、楽しみです」
ここまで作って失敗する可能性もあるが。
まあ大丈夫だろう。
「ベスタ、火をつけてくれ」
「はい」
夕食の途中、ベスタに火をつけてもらった。
「竜人族が吐く火って食べ物に使っても問題ないか?」
「食事を温められるほど持続しませんが。毒になるという話は聞いたことがありません」
「酒に火をつけることってできるか」
「はい。ある程度離れて吹きかければ問題ないと思います」
大丈夫のようだ。
これで勝つる。
夕食の終わりにかけて、クレープを温めた。
ベスタがスープの皿に匙を置くのを見て、フライパンの取っ手を握る。
「よし。ではそろそろいいかな。ベスタ、フライパンの中に火をかけてくれ」
準備してから頼んだ。
ベスタが少し離れたところから火を吐く。
フライパンの上に一瞬火が踊った。
黄色と青色の混じった炎がぐるりと巻き上がり、すぐに消える。
フランベってやつだ。
一度やってみたかったんだよな。
「な、何ですか、今のは」
「お酒に火をつけるのですか」
「すごい、です」
「わ。大丈夫ですか」
みんなの中二心も刺激できたらしい。
デザートの女王、クレープシュゼット。
フレンチレストランでシェフがこれを作る姿は中二心を刺激する。
子どものころにテレビで見て以来、憧れていた。
「大丈夫だ」
フライパンからクレープシュゼットを皿に取り分ける。
褐色になったソースもちゃんとできている。
アルコールを火で飛ばしながらカラメルを作るという仕掛けだ。
キュピコも燃えてしまったが、酢豚に入っているパイナップルを考えれば問題はないだろう。
見た目ニンジンだし。
皿に移して、順番に配った。
俺の次にロクサーヌの前に置いてやる。
「ありがとうございます」
「みんなで食べよう」
「はい」
全員に配った後、クレープをナイフで切って口に運んだ。
温かい。
そして、そしてなめらかで柔らかい。
優しい口当たりだ。
口当たりだけでなく、味の方も素晴らしい。
美味しくできている。
カラメルソースの軽い苦味がいいアクセントになっていた。
「やはりクレープはあったかいのがいいな」
「これはすごいです。くれーぷというのですか。知りませんでした。さすがご主人様です」
「私も知りませんでした。柔らかくて優しい味です」
「クレープ、です」
魚でなくても覚えてくれそうでなにより。
「これはすごいです。こんなに美味しいものをお作りになれるなんて、すごいです。こんなに美味しいものを食べられるなんてすごいです」
ベスタも美味しそうにほおばっている。
気に入ってくれたようだ。
気に入ったお礼は、たっぷりとしてもらおう。
夕食の後は色魔の出番である。
四人を相手だろうが色魔があればどうということはない。
さすが色魔だ。なんともないぜ。
剣士の後は色魔を鍛えるのもいいだろう。
いや。別に深い意味はない。
ないといったらない。
色魔のスキルの精力増強がレベル依存の可能性もあるよな。
現状別に困っているわけでもないので、それが理由ではない。
一度、四人全員を相手に二ラウンドをこなし、どこまでいけるか試してみるのもいいな。
限界を知るために。
まだまだ限界は先であることを知らしめるために。
そのときのためにも、色魔のレベルを上げておくのはいいことだ。
剣士は、そろそろLv30になるだろう。
デュランダルを出していないときにもつけているのは大きい。
まあ経験値が二十倍も違ってくるからな。
経験上、Lv30の上、Lv31になるには壁がある。
Lv40の上、Lv41になるときにも壁がある。
レベルが10ずつ上がっていくごとに難しくなるのだろう。
派生職はLv30だから、まだ割と出しやすい。
翌日、剣士はLv30に達したが、派生職はなかった。
他の条件が必要という可能性もあるが。
暗殺者だって、毒で魔物を倒さなければ、戦士Lv30だけでは出現しない。
剣士を育てたので、次は色魔を育てる。
剣士の次に色魔を育てることに深い意味は。
悶々としたりするから少し大変でもあるし。
ただ、大きなトラブルはなく、次の日には色魔がLv30に達した。
ルークから芋虫のモンスターカードを落札したという連絡があったので、受け取って身代わりのミサンガも作っている。
これで身代わりのミサンガの予備はできた。
次はミサンガ以外のアクセサリーに芋虫のモンスターカードを融合してみるのもいいだろう。
身代わりのスキルは使い捨てらしいので大変だが。
ミサンガは空きのスキルスロットが一つしかないので、枠がもったいない。
防御力にも期待できなさそうだし。
身代わりのミサンガはこれまで一度も壊れていない。
慎重に戦っていけば、そうそう壊れることもないだろう。
ちなみに、色魔にも派生職はなかった。
種族固有ジョブに派生職はやはりなしか。
次は商人を育ててみることにする。
商人に派生職があることは分かっている。
奴隷商人だ。
商人の上級職は豪商らしいし、奴隷商人は派生職だろう。