十九階層
昨夜は暑かったようだ。
朝起きたらベスタにへばりついていた。
冷えた身体が気持ちいい。
春過ぎて、夏来るらし。
薄暗い中、起き上がる。
ミリアは俺のシャツを取ってくれたりと大車輪だ。
多分ベスタが装備を着けるのも手伝ってやったのだろう。
ベスタが礼を述べていた。
「ミリア、ありがとな」
「はい、です」
俺も礼を言って、装備を整える。
全員の準備ができたのを確認して、ワープと念じた。
ベスタも大丈夫らしい。
迷宮に抜ける。
迷宮の中は特に暑いということはなかった。
温度は比較的一定に保たれているようだ。
ハルバーが北にあるから涼しいのかもしれないが。
加賀道夫 男 17歳
探索者Lv44 英雄Lv40 魔法使いLv42 僧侶Lv42 賞金稼ぎLv1
装備 ひもろぎのロッド 硬革の帽子 アルバ 竜革のグローブ 竜革の靴 身代わりのミサンガ
ロクサーヌ ♀ 16歳
騎士Lv24
装備 エストック 鋼鉄の盾 耐風のダマスカス鋼額金 竜革のジャケット 硬革のグローブ 柳の硬革靴 身代わりのミサンガ
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv33
装備 強権の鋼鉄槍 硬革の帽子 チェインメイル 防水の皮ミトン 硬革の靴 身代わりのミサンガ
ミリア ♀ 15歳
海女Lv33
装備 レイピア 鉄の盾 防毒の硬革帽子 チェインメイル 硬革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ
ベスタ ♀ 15歳
竜騎士Lv11
装備 鋼鉄の剣 鉄の剣 頑丈の硬革帽子 鋼鉄のプレートメイル 鋼鉄のガントレット 鋼鉄のデミグリーヴ 身代わりのミサンガ
ベスタの装備も変えたし、メッキをかけるのはやめにした。
錬金術師をはずして賞金稼ぎを育ててみることにする。
フォースジョブまでにすれば必要経験値二十分の一と獲得経験値二十倍をつけられるが、しょうがない。
僧侶ははずせない。
探索者、英雄、魔法使いは不可欠なので四つだとはずせるジョブがない。
料理人や戦士などをつけたい場合もあるので、当面はフィフスジョブまでつけることでいいだろう。
「ベスタも戦えるようだし、今日からしばらくは探索を中心にしよう。魔物の種類とか数とかは気にしなくてもいい」
ロクサーヌに指示を出した。
フィフスジョブまでつける代わりに、迷宮での活動パターンを変えてみる。
パーティーメンバーもそろってきたので、そろそろ一歩踏み出してもいいのではないだろうか。
俺のジョブのレベルは四十を超えたあたりからほとんど動かなくなっている。
セリーとミリアのレベルも、三十を超えてからは動きが鈍い。
適正な階層を過ぎつつあるということだろう。
俺とセリーたちとで異なるのは俺の方が必要な経験値が十分の一だから妥当だとして。
レベルが三十、四十ある人は、もっと上の階層で戦っているに違いない。
上へ行けば、経験値も多くなり、レベルも上がるはずだ。
もちろんこれまでもそれを分かった上で安全重視でやってきたのだが、もう少し積極的に動いてもいいように思う。
ボス戦ではほとんど囲むだけだし、雑魚戦では後ろから魔法を放つだけ。
前に出るときはデュランダルを出すからHP吸収でどうにでもなる。
ロクサーヌはもちろん、ミリアもそれほど攻撃を受けてはいない。
もっと上の階層で戦うのが適正なのだろう。
だからといって一足飛びに上がっていくことはしない。
今までどおり一階層ずつ上がっていく。
そのスピードをちょっと速くしましょう、ということだ。
迷宮の壁に沿って機械的に進む。
一応ロクサーヌが先導しているが、魔物は関係ない。
魔物に合わせて進む方向を変えたり、立ち寄ったりすることはない。
魔物とのエンカウントは減り、数の少ない魔物との遭遇も増えた。
一匹とか、二匹とか。
フライトラップが二匹にクラムシェル一匹の組み合わせとか。
こういうのは今までロクサーヌが避けていたのかと思うと感慨深い。
ファイヤーストームを放ちながらフライトラップが二匹にクラムシェル一匹
の団体を待ち受ける。
クラムシェルは火属性に耐性があるので後が大変だが、数の多いフライトラップの弱点である火魔法を使った方がいいだろう。
前衛と魔物がぶつかった。
ロクサーヌがエストック、ミリアがレイピアで突く。
ベスタも二刀で斬りつけた。
フライトラップの反撃をベスタが右の鋼鉄の剣で受け、その隙に左から鉄の剣を叩き込む。
魔物が左から攻撃してくると、今度は左の鉄の剣で受け、右から鋼鉄の剣でなぎ払った。
二刀流だとこういう戦い方になるのか。
恐ろしいな。
相手にすれば、どうすりゃいいのよという感じだ。
魔物の攻撃をしっかり受け流すのも大変なことではあろうが。
フライトラップを火魔法で片づけ、残ったクラムシェルを囲む。
横から攻撃するとさらにすさまじいことに。
ベスタは二本の剣を交互に打ち下ろした。
太鼓でも叩いているかのようだ。
クラムシェルが苦し紛れに体を振る。
横のベスタを攻撃しようとするが、ベスタが剣で受け止めた。
受け止めるというか、斬撃で相殺した感じだ。
かといって正面のロクサーヌを攻撃しても、軽くかわされてしまうし。
もはやクラムシェル一匹でどうにかなるものではない。
サンドボールを撃ちつけ、貝を倒す。
かたはすぐについた。
「長期戦になったがみんなたいしたものだな。これならもっと上の階層へ行っても大丈夫そうか」
「はい。このくらいの相手なら何の問題もありません」
ロクサーヌならそうだろう。
というか、ロクサーヌが大変だと感じるような敵には、ロクサーヌ以外全滅しそうだ。
「ベスタも問題なさそうだな」
「はい。大丈夫です」
「たいした攻撃だった」
「ありがとうございます」
装備を替え、メッキもしていないので、本来ならベスタにわざと攻撃を受けさせてみるべきかもしれないが、それはやっていない。
攻撃を受けるのは嫌なものだ。
無理強いはしない方がいいだろう。
昨日もやらせたしな。
昨日の感じからすれば、攻撃を浴びても大丈夫だと思う。
少なくとも一撃で死ぬことはない。
戦っていれば、そのうち攻撃を受けることもあるだろう。
と思っていたのに、ベスタが攻撃を受けることなく、その日のうちにハルバー十八階層のボス部屋に着いてしまった。
探索中心に切り替えたおかげか。
攻撃を受けなかったことは喜ぶべきだ。
デュランダルを出して、ボス部屋に入る。
ケトルマーメイドとアニマルトラップを倒した。
ボス戦では、デュランダルをベスタに渡して俺は砲台になるというのが一番攻撃力のある布陣かもしれないが。
俺ならラッシュを使えるから、そこまでの差はないだろう。
ベスタを戦士にするとしても、俺の場合詠唱省略がある。
それに、デュランダルを持っていれば何かあったとき柔軟に動ける。
考えてみれば、ボス戦ではデュランダルを出すから、楽で当然なんだよな。
デュランダルを出さずにボスと戦ったらどうなるのだろうか。
必ずしも苦戦はしないか。
ロクサーヌが回避し続ける限り。
要は勝てればいいのだ。
何も最大火力にしなければいけないわけではない。
攻撃力だけなら俺が魔法を撃ちながらデュランダルを使うという手もある。
現状、そこまでは必要ない。
「ハルバー十九階層の魔物はラブシュラブです」
「火属性が弱点だっけ」
「そうです」
セリーの話を聞いて十九階層に入る。
十八階層のフライトラップに続いて十九階層のラブシュラブも火魔法が弱点だ。
ハルバーの十九階層は割と戦いやすい階層だと見ていいだろう。
「ロクサーヌ、最初だけラブシュラブのいるところに連れて行ってくれるか」
「かしこまりました。こっちですね」
ロクサーヌの案内で進むと、ラブシュラブが三匹いた。
ラブシュラブだけなので、こんがりと焼き上げる。
「まあこんなもんか。戦えなくはないか」
「さすがはご主人様です」
いや。戦えるかどうかの判断基準は前衛が耐えられるかどうかにあるわけだが。
魔法による殲滅速度との兼ね合いはあるにしても。
階層が上がって、倒すのに必要な魔法の回数も増えている。
「少し早いが一度迷宮を出て、午後からクーラタルの十八階層も突破しておくか」
「かしこまりました。それがいいでしょう」
ロクサーヌの賛同も得て、休息を取った。
ベスタもまだ攻撃されていないし。
クーラタルの十八階層に賭ける。
「ロクサーヌ、途中マーブリームの多いところがあったら寄るようにしてくれ」
「分かりました」
ロクサーヌに地図を渡し、クーラタルの十八階層に入った。
賞金稼ぎLv25をはずして料理人をつける。
賞金稼ぎはさすがにすごい伸びだ。
「ミリア、赤身が今日だし、尾頭付きを使うのは明後日の夕食でどうだ」
「はい、です」
あまり甘やかしてもいけない。
連日の魚は避けるべきだろう。
クーラタル十八階層のボス部屋に向かった。
ロクサーヌの先導で進む。
マーブリームの多い団体と何度か戦った。
マーブリーム三匹ピッグホッグ二匹という団体とも当たる。
マーブリームの弱点である土属性にピッグホッグが耐性を持っていたりするが、ドロップアイテム重視だ。
サンドストームで迎え撃っているとマーブリーム三匹とピッグホッグ一匹が前に出た。
ピッグホッグ一匹は後ろに回るようだ。
ロクサーヌがエストックを突いて先制をかける。
ベスタも剣を振るった。
マーブリームが一匹ミリアに突撃するが、ミリアが盾で受け止める。
ピッグホッグの頭突きをベスタが鉄の剣で受け、同時に鋼鉄の剣で払った。
中央のマーブリーム二匹はロクサーヌに攻撃を仕掛けるが、ロクサーヌがきっちりとかわす。
左右からの同時攻撃を回避するとか。
ピッグホッグの下に黄色い魔法陣が浮かび、セリーが槍で取り消した。
すると後ろに回ったピッグホッグの下にも魔法陣が。
「来ます」
ピッグホッグが土を吐く。
ロクサーヌがあっさりかわし、セリーも回避した。
今回は問題なかったようだ。
サンドストームでマーブリーム三匹を倒す。
ウォーターストームに切り替え、残った二匹も片づけた。
多少時間はかかったが、大丈夫だ。
弱点と耐性が正反対の魔物の組み合わせても、問題なく戦える。
「尾頭付き、です」
ミリアが尾頭付きを持ってきた。
三匹のうち一匹が尾頭付きを残したらしい。
これで二個めだ。
「尾頭付きは今までどおり二個でいいか?」
「はい、です」
ミリアに訊くと元気に回答する。
返事だけはいいんだよな。
二個でいいだろうか。
ベスタも別にたくさん食べるわけでもないようだが。
取り分が減ったと恨みに思われても困る。
かといっていちいち増やしていくのも大変だ。
二個でいいか。
お姉ちゃんなんだし。
「二個めの尾頭付きが出たし、ここからはボス部屋まで一直線でいい」
「分かりました」
ロクサーヌに指示を出し、料理人もはずした。
ベスタは攻撃を受けていない。
ボス部屋までのわずかなチャンスに賭けたが、やはり受けなかった。
ボス戦でも喰らっていない。
元々ボス戦ではロクサーヌ以外が攻撃を受ける可能性はあまりない。
雑魚を最初にしとめる俺は別にして。
ちなみにロクサーヌが攻撃を浴びる可能性はもっとない。
「クーラタル十九階層の魔物はロートルトロールです。毒はありませんが攻撃されると麻痺することがあります。風属性に耐性があり、火魔法が弱点です」
ボスをさっさと倒し、セリーのブリーフィングを受けて十九階層に移動した。
「一度は戦ってみよう。ロクサーヌ、案内してくれ」
「こっちですね」
ロクサーヌの先導で進む。
灰色で毛むくじゃらの魔物が二匹現れた。
ロートルトロールLv19だ。
猿人。というよりは爺さんの浮浪者みたいな魔物である。
毛に覆われて目がどこにあるか分かりにくい。
しかも目つきが悪い。
人のよさそうな感じは微塵もない。
魔物だ。
ファイヤーストームと念じた。
ロートルトロールが大股でのそのそとやってくる。
結構でかい。
ベスタの背と同じくらいある。
前線に到達すると毛だらけの腕を振り上げ、叩き下ろしてきた。
ロクサーヌが軽くスウェーしてかわす。
もう一匹の方はミリアが対峙した。
ミリアもなんとかかわしている。
攻撃を受ける前に倒そうとファイヤーストームを重ねた。
ベスタは横に回り、二刀で斬りつける。
セリーも槍で突いた。
やがて火魔法に焼き尽くされ、ロートルトロールが倒れる。
「まあこんなもんか」
初めて戦った魔物だが、強敵というほどではない。
二十二階層までは基本的にこの程度なんだろう。
ぎりぎりの戦いになれば、レベルが1上がっただけでも苦しくなるのだろうが。
その意味では、まだ上の階層に進む余裕はあるということか。
「このくらいはなんともありません。さすがはご主人様です」
「ロートルトロールでも支障はなさそうです」
「はい、です」
「大丈夫だと思います」
ロクサーヌはともかく、セリーが支障なしと言うなら大丈夫だろう。
「ベスタは今日十八階層で攻撃を受けていないが、このまま十九階層で戦って大丈夫か」
「はい。昨日受けた感じではそこまで痛くなかったので、まだまだ大丈夫だと思います」
ベスタの方も大丈夫そうか。
本人が痛くないと言っているのだからいいだろう。
痛覚の異常という可能性もありそうだが。
いや。手当てをしたときにちゃんと認識して、一回でストップをかけてくるのだから、それはないか。
十九階層だからといって一撃でやられることはないと思う。
いざとなれば身代わりのミサンガも発動するはずだ。
このまま十九階層で戦っても大丈夫だろう。