ご主人様ですから
「作ったというのは?」
身代わりのミサンガを巻いていると、ベスタが上から訊いてきた。
「セリーは鍛冶師だからな」
「鍛冶師……様なのですか」
ベスタが変なことを言い出す。
様はないだろう、様は。
「そうだが、様はやめておけ」
「ええっと。よろしいのですか、ロクサーヌ様」
ベスタがロクサーヌの顔をうかがった。
さらに斜め上を。
「私のこともロクサーヌと呼んでください。セリーも私たちと同じくご主人様の奴隷ですので」
うん。
それが普通の反応だ。
ここでロクサーヌが、ロクサーヌ様セリー様とお呼び、とか言い出したら、お仕置きが必要になるところだった。
「奴隷、なのですか?」
「そうです」
「鍛冶師で奴隷ですか。竜人族をオークションで落とすようなところはきっとすごい場所に違いないからしっかり仕えるようにと言われて来ましたが。鍛冶師の奴隷もおられるなんて」
そういえば、鍛冶師を手に入れるのは大変という話だった。
鍛冶師の奴隷がいるのはそれだけすごいことなんだろう。
しかもオークションで高い金を出してベスタを落札している。
ロクサーヌはそのすごいところの一番奴隷というわけだ。
それは様にもなろう。
なるか?
この世界に一点豪華主義という発想はないのだろうか。
奴隷だけがやたらに立派という。
つまりうちのことだが。
装備品だのなんだのと相応のものをそろえる必要はあるから、普通奴隷だけというわけにはいかないか。
奴隷を使って迷宮でバリバリ活躍すれば、利益も相応に入ってくる。
確かにロクサーヌ様にもなるのかもしれない。
「まあそんなに堅苦しく考えるな」
身代わりのミサンガを着け終わって立ち上がった。
ベスタの肩を軽くたたく。
頭をなでるには少し違和感が。
俺より大きいし。
「はい。このミサンガは、そのセリーさんが作ってくれたから、そろえているのですね」
「別にそろえているわけではないが」
「では何か由来があるのでしょうか」
ベスタが重ねて問いただしてきた。
「これといった謂れもないし。万が一の用心にな」
「そうです、か」
「それは身代わりのミサンガです」
首をかしげたベスタにロクサーヌが教える。
なるほど。
ただのミサンガなんか装備してもしょうがないじゃないかということか。
セリーもミサンガの防御力には期待できないと言っていた。
「え?」
「ま、いいだろ。身を守るものだし」
「ええ? 身代わりのミサンガ、ですよね」
ベスタが驚いている。
「身代わりのミサンガだな」
「すごく貴重な装備品だと聞いたことがあるのですが。以前の主人がなんとか手に入れようと必死になっていたのを覚えています」
「貴重といえば貴重なの、か?」
「はい。私もご主人様のところに来るまでは見たことがありませんでした。普通は奴隷が着けるような装備品ではないと思います」
ロクサーヌの方を見ると、ロクサーヌが肯定した。
一応スキルつきの装備品だしな。
「だそうだ」
「そんな貴重なものを着けていただいてもよろしいのでしょうか」
「大丈夫だ」
「大丈夫ですか」
身代わりのミサンガがいくらぐらいするのか知らないが、ベスタより高いということはないだろう。
安い身代わりのミサンガで高いベスタが失われることを防げるのなら、装備させた方がいい。
それが論理的だ。
もしこの世界の人が奴隷だからという理由で身代わりのミサンガを着けさせないのだとしたら、それは既成概念にとらわれているといえる。
極めて論理的だ。
セリーならきっと賛同してくれるに違いない。
高いとか安いとか奴隷に対して言うことではないから、言わないが。
「大丈夫です。ご主人様ですから」
ロクサーヌも応援してくれる。
問題はないだろう。
「ではロクサーヌさんも?」
「はい。つけていただきました」
ロクサーヌがズボンの裾をまくった。
身代わりのミサンガが見える。
綺麗な足にミサンガを巻くと、アンクレットみたいで映えるな。
やっぱりベッドに直行すべきか。
「じゃあちょっと待ってろ」
「はい。あの、ありがとうございます」
ベスタが頭を下げた。
寝室へは行かず、物置部屋に向かう。
鉄の剣を取った。
「一応これでも下げておけ」
リビングに戻り、ベスタに渡す。
俺が普段腰に差している鋼鉄の剣は、迷宮で使うことはない。
両手剣を使うなら、ベスタには鋼鉄の剣を使ってもらうことになる。
ただ、ベスタに鋼鉄の剣を渡してしまうと、俺は普段鉄の剣を佩刀することになって、ベスタの方が装備がよくなる。
それはよくないだろう。
「はい。あの……」
ベスタが不安げにロクサーヌに顔を向けた。
俺の鋼鉄の剣より格下の鉄の剣だから何の問題もないと思うが。
「大丈夫ですよ。ご主人様ですから」
大丈夫らしい。
「じゃあ行くか」
買い物に出かける。
リビングの壁に向かい、ワープと念じた。
二回めだし、ベスタも問題ないだろう。
冒険者ギルドに抜ける。
「はい」
ロクサーヌとベスタもすぐについてきた。
ベスタは少し驚いた様子だったが、何も言わない。
えらい。
「どこから行く?」
「武器屋と防具屋に行かないのでしたら、雑貨屋から先に回って、後で服屋へ行けばいいと思います」
冒険者ギルドの外でロクサーヌに聞いた。
服屋が最後なのは、服屋では思う存分時間を使うという宣言だろうか。
まあいいだろう。
「服ならこれがありますが」
「替えの服もいるだろう」
遠慮するベスタを説き伏せる。
「大丈夫です。ご主人様ですから」
ロクサーヌは説得のしかたがおかしい。
まずは雑貨屋に行った。
こまごまとしたものを選ぶ。
その辺はロクサーヌにまかせておけば安心だ。
「リュックサックは、これでは小さいか」
「そうですね」
「そうですか?」
リュックサックは、俺たちが使っているような普通サイズのリュックサックではぱっつんぱっつんという感じだった。
大柄なベスタには合わない。
「こっちの大きいのにしておくか」
「それがいいですね」
「はい。大丈夫だと思います」
大きめのサイズのリュックサックを選ぶ。
大きくてたくさん入るということはいつか負担をかける可能性がなきにしもあらずだが。
そこは勘弁してもらおう。
結構な大きさだが、ベスタが背負うとすっきりとして見える。
セリーが背負ったら登山者かと思うところだな。
「これを頼む」
雑貨屋でリュックサックにコップにシュクレの枝などこまごましたものを購入した。
買ったばかりのリュックサックに全部入れる。
リュックサックをベスタに背負わせた。
「それから、これもお願いします」
支払いを済ませると、ロクサーヌが店員に何か差し出す。
「まだなんかあったのか」
「いえ。これは私が」
「そうか」
お金はロクサーヌが払った。
銀貨一枚らしい。
「このブラシは私からのプレゼントです」
「わ。ありがとうございます」
「お金を残しておいてよかったです。今日セリーとミリアの分も買いました」
ヘアブラシだったのか。
ロクサーヌが一度ベスタに見せ、ベスタのリュックサックに入れる。
続いて服屋に行った。
「彼女が着るようなサイズの服があるか」
「はい、ございます」
服屋の店員に尋ねると、奥に案内される。
ちゃんとあるらしい。
「こっちか」
「こちらの服なら、かなり大きいサイズになっておりますので着られると思います」
「あるのか」
「竜人族のお客様などもおられないではありませんので。どうしても数は少なくなってしまいますが」
奥のコーナーが全部かどうか分からないが、それなりの数はありそうだ。
ドワーフ向けに大人が着る子供服があるのと同じようなものか。
竜人族の男奴隷もがっしりしていたし、竜人族というのは背が高いのだろう。
「これだけあれば悪くないですね」
ロクサーヌが前に出てきた。
数が少ないと聞いて、ロクサーヌの目が光ったような気がする。
文字どおり全部ひっくり返すつもりか。
この世界に試着の慣習でもあったら、えらいことになるな。
「上下二、三着ずつくらいで頼む」
申し訳ないので、ちゃんと購入するということを店員にアピールした。
買えば文句はないだろう。
「分かりました。ほら、ベスタも」
「そんなによろしいのですか」
「大丈夫だ」
肩を押してベスタを送り出す。
ロクサーヌの奮闘が始まった。
ロクサーヌは、一着一着丹念に細かくチェックし、気に入るとベスタの身体に当てて確かめる。
「これなんかはどうでしょう」
「はい。いいですね」
「こっちもなかなかですか」
「わ。素敵です」
二人がワイワイ言いながら選んでいった。
俺はじっくりと見守る。
店員も基本は見ているだけだ。
ときおりアドバイスは送るが、遠巻きにしていた。
「こっちとこっちは決定として、後は、これなんかどうでしょう」
「はい。大丈夫だと思います」
「では、これをお願いできますか」
今回は俺が何もすることなく無事に決まったようだ。
いったん受け取って、俺が買う。
多分三割引で購入した。
服はベスタのリュックサックに詰める。
大きいサイズが早速役立った。
「ありがとうございます」
店から出るとベスタが頭を下げてくる。
「よかったですね」
「はい。あの。この服って新品ですよね」
「そうみたいですね」
「私、新品の服なんて着せてもらったことがありません」
「大丈夫です。ご主人様ですから」
ロクサーヌとベスタの会話を聞きながら歩く。
服は中古で売られていることが多いみたいだしな。
新品の服を着る人は少ないのかもしれない。
雑貨屋と服屋には行ったので、後は夕食の食材だ。
「ベスタは、料理はできるか」
「自分が食べる分くらいの簡単な煮炊きなら大丈夫です」
「簡単な煮炊きか」
自分が食べる分というのはどの程度のものなんだろう。
あまり自信はないと見た方がいいか。
たまごかけご飯とか。
「うちでは全員の食べる分をみんなで作ります」
「全員の分をですか。習ったわけではないのでそれほど上手ではないと思いますが」
「まあ一品作ってもらうか」
「ええっと。ご主人様が口になされるようなものは作れません。作れるのは、芋とくず野菜のスープとか、パンの耳の煮込みとか」
予想より斜め上の答えが返ってきた。
両親ともに奴隷だと、そんなものなんだろうか。
パンの耳の煮込みとか。
実はちょっとうまそうな気がしないでもない。
考えてみれば、これまでがうまくいきすぎだったか。
ロクサーヌも料理はこなすし、祖父が金持ちのセリー、魚を中心に食いしん坊万歳のミリアだ。
奴隷として売られるような娘を連れてきて料理しろといってもな。
「では料理のとき、ベスタは俺や他の誰かを手伝ってくれ」
「はい。それなら大丈夫だと思います」
「今日の夕食のスープはロクサーヌが頼む」
「かしこまりました」
ミリアがどれくらい釣ってくるか分からないし、釣った魚を食べるのかどうかも分からないが、その他は準備しておく。
ミリアなら、釣った魚は食べるというに違いない。
魚はミリアにまかせるとして、俺は肉料理でも作るか。
兎の肉でも焼けばいいだろう。
兎の肉ならアイテムボックスに入れられる。
量をミリアの釣果によってコントロールすればいい。
その他の野菜などの食材を買い込んだ。
「ベスタはやっぱりたくさん食べる方か?」
パン屋でパンを選びながら訊いてみる。
パンは少し多めに買っておいてもいいだろう。
「ごくつぶしとは私は言われたことがないので、大丈夫だと思います」
「そ、そうか」
私じゃない人は言われていたのだろうか。
両親が奴隷の人はやはり少し大変なようだ。
どこに地雷が埋まっているか、分かったもんじゃないな。
ま、ごくつぶしとかごきかぶりとか言われていなければ大丈夫だ。
ゴキブリ並みの生命力なら、むしろ褒め言葉だろう。
俺だってゴキブリと言われたことは……。
嫌なことを思い出した。
「このくらいあればいいでしょう」
ロクサーヌの進言のままにパンを購入する。
今までより一人分ちょっと増えたぐらいだ。
こんなものか。
「すごく柔らかくて美味しそうなパンです。あまったらいただけるのでしょうか」
パン屋から出ると、ベスタがロクサーヌに尋ねた。
「食事はみんなで一緒に取ります。遠慮せず食べてくださいね」
「わ。いいのですか」
「大丈夫です。ご主人様ですから」
ロクサーヌは本当に諭しているつもりがあるのだろうか。
フォローになってない気がする。
「迷宮に入ってもらう以上、体が資本だからな」
逃げるように冒険者ギルドに入り、壁から家にワープした。