ベスタ
ベスタを落札して、奥の部屋に入る。
やはりギルド神殿のある部屋だ。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、ご主人様」
奴隷商人に続いてベスタが礼を述べた。
ベスタにとってありがたいことかどうかは、疑問の余地なしとしないが。
いや。ありがたいことだったと思わせるようにすればいいのだ。
「私どもは先ほどの部屋で待っております。入札を続けられるなら、戻っていただいてもかまいません」
「あー。一緒に行こう」
「かしこまりました」
他にも落札するなら、会場に戻って参加してもいいらしい。
魔法使いはともかく、お嬢様がいくらくらいかは見ておきたかった気もするが。
ただ、二人も連れて帰ったらロクサーヌが何と言うか。
あっちのお嬢様はどう見ても戦闘には向かないし。
隴を得て蜀を望む。
ベスタが手に入ったのだ。
それで満足しておくべきだろう。
「これからよろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「頼む」
斜め上に声をかける。
ベスタはやはり美人だ。
大きな赤い瞳。
引き締まった小高い鼻。
手足は、すらりとして細長い。
上から見られることくらいどってことはない。
目の前のスイカップにもよろしくと言いたい。
会議室に向かった。
しかしベスタが近くにいると異様な威圧感があるな。
圧迫されている感じだ。
俺の後ろに立つな。
会議室に入る。
ベスタは俺の横に立った。
「オークションで落札した奴隷に関しましては主催したギルドより千ナールの補填がございます。落札金額の六十四万ナールから千ナールを引きまして。このたびはせっかく落札いただいたのです。特別に四十四万七千三百ナールとさせていただきましょう」
おっと。
思わぬところで三割引が効いた。
オークションでは駄目かもしれないと思っていたが。
まあこの奴隷商人が実際に支払ったわけではないしな。
払うのは俺だ。
三割引のスキルをしっかりつけていた俺の勝利。
「悪いな」
奴隷商人の気が変わらないうちに支払いを済ませる。
白金貨を使うまでもなかった。
インテリジェンスカードの変更を行い、例の長口上を聞いたら、ベスタは俺のものだ。
「ありがとうございました。今後も何かありましたらよろしくお願いします」
奴隷商人に見送られ、ベスタと二人、部屋の外に出る。
奴隷商人は会議室に残った。
「商人はまだなんかあるのか」
「会合があると言っていました」
つぶやきにベスタが答える。
まだ用事があるらしい。
オークションは奴隷商人が一堂に会する機会だ。
終わった後で親しい商人仲間と情報交換くらいしてもおかしくはない。
「とりあえず、履けると思うからこれを履け」
硬革の靴をアイテムボックスから出した。
ベスタはやはり裸足だ。
戦闘奴隷とはいえ奴隷商人が装備品を用意することはないのだろう。
「はい。ありがとうございます。これからすぐ迷宮に入るのですか」
「行きはしないが」
「ではこの装備品は?」
「履いておけ」
ベスタは大柄だが、装備品には魔法がかかっているらしいので大丈夫だろう。
セリーが履いてもぴったりだしな。
「はい。ありがとうございます」
ベスタが頭を下げて靴を履く。
けつが俺の胸の位置まできそうだ。
何?
足が長いっていいたいわけ?
浣腸でも喰らわしてやりたくなったが、我慢した。
餓鬼か、俺は。
ベスタが足が長いと実際に自慢したわけではない。
大丈夫。
俺は大人だ。
大人には大人のやり方がある。
後でたっぷりとお仕置きを。
「では行くか」
「クーラタルには有名な迷宮があると聞きました。私なら大丈夫です」
「そのうち嫌でも入ってもらうことになる。それよりも、ちゃんとついてこいよ」
「はい」
ベスタをパーティーに加え、待合室に向かった。
会場に戻る手もあるかもしれないが、それはやめておく。
ベスタを連れて行くことはない。
お嬢様の入札も終わってしまったかもしれないし。
オークション自体はまだ続いているため、一階には人が少ない。
ただし待合室にはそれなりに人がいた。
全員冒険者だ。
参加費が必要だし主人だけ中に入ったということか。
冒険者といえば主人だとなんとなく思っていたが、冒険者の奴隷や使用人もいるのだろう。
冒険者の主人が魔法使いの奴隷を持つより、魔法使いの主人が冒険者の奴隷を持つことの方がありそうだ。
人がいるのでやめようかとも思ったが、ここで引き返すのも変に思われる。
呪文を適当に口にして、ワープした。
待合室の壁から、家に帰る。
ベスタも続いてやってきた。
ワープの壁は頭を下げなくてもそのまま通れるようだ。
「お。ちゃんと来たな」
「ええっと」
ベスタが微妙な表情をしている。
契約した後、ベスタにも俺のインテリジェンスカードを見せた。
ベスタは俺が探索者だと知っている。
考えてみれば、商人ギルドへ行ったときにワープを使ったのは考えなしだったな。
待合室にアランでもいたらどうするつもりだったんだろう。
アランならまだごまかせるが、ベスタを連れてきた奴隷商人がいたら落札できなくなるところだった。
まあ落札する前なら、たまたますれ違ったくらいで覚えてはいないか。
ワープに慣れると歩いていくのも面倒なんだよな。
迷宮の中では歩き回っているので運動不足になることはないし。
「ここが俺たちの家だ」
ちょうどそのとき、ガチャガチャと音がして玄関が開いた。
「ただいま帰りました」
ロクサーヌの声だ。
誰もいなかったのならベスタと二人しっぽりと楽しみたかった気もするが。
最中に帰ってこられてもそれはそれで困る。
「おかえり」
「あ。よかったです。ご主人様がいるような気がしたので、急いで帰ってきました」
ロクサーヌが小走りでやってきて俺を迎える。
犬か、おまえは。
犬か。
「紹介しよう。彼女はベスタ。今日から仲間になる」
荷物を置いたロクサーヌにベスタを紹介した。
ロクサーヌは買い物から帰ってきたところらしい。
「背が高いですね。頼りになりそうです」
ロクサーヌがベスタを見上げる。
「はい。戦闘でも役に立ちたいと思います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
「ベスタ、彼女はロクサーヌ。一番奴隷だ」
「一番奴隷ですか。すごいです」
すごいのだろうか。
よく分からん。
「俺の言うことは聞かなくてもいいけどロクサーヌの言うことはちゃんと聞くようにな」
「ええっと。はい」
「優しいご主人様ですので、誰も手を上げられたりしたことはありませんが、だからといって増長しては駄目ですよ」
「はい。大丈夫です」
鬼軍曹が厳しくしごくなら部隊長はニコニコしていればいい。
部隊運営を円滑に行うコツだ。
ロクサーヌが厳しく接してくれるなら、俺がベスタに怒る必要はない。
ロクサーヌには悪役を押しつけてしまうが。
ミリアにもロクサーヌは結構言ってくれているみたいだしな。
ますますロクサーヌに頭が上がらなくなるような気はしないでもない。
「まあ仲よくやってくれ」
「はい、ご主人様」
「かしこまりました、ご主人様」
仲よくならなかったら、胃が痛くなる。
俺の健康のためにも平穏にやってほしい。
「すごく大きくて綺麗ですね。さすがはご主人様が選んだかたです」
「ロクサーヌさんもすごく素敵です」
「ありがとうございます」
褒めあうくらいなら大丈夫か。
第一関門突破というところだろう。
「あの、ご主人様って探索者ですよね」
一息ついたところで、ベスタがひそひそとロクサーヌに問いかけた。
俺には直接訊かないのか。
「そうです」
「フィールドウォークを使ったみたいなのですが」
「ああ。……えっと。ご主人様はご主人様というジョブだと思ってください」
無茶振りを。
「そうなのですか」
「この程度で驚いていてはやっていけません。後、これらのことは他言無用です。内密にお願いしますね」
まあその辺もロクサーヌにまかせておけばいいだろう。
ベスタが俺とロクサーヌを交互に見下ろしてくる。
俺の方を見たときにうなずいてやった。
「は、はい」
「それでは、必要なものをそろえた方がいいでしょうから、三人で買い物に行きませんか」
「そうだな」
ロクサーヌの提案に乗る。
本音をいえば、このままベッドに直行したいところだが。
しかしお風呂に入れてからの方がいい。
セリーやミリアのいないところでというのも問題があるかもしれないし。
「分かりました」
「ベスタは、武器は何を使う」
「器用な方ではありませんので、得意とする武器はありません。竜人族の人はたいていどんな武器でも力任せに振り回すだけだそうです」
力任せか。
実際、物理的に上からこう言われるとそうなんだろうという気がしてきてしまう。
確かに力強そうだ。
「どんな武器でもか」
「階層や他の装備にもよりますが、竜人族は盾と剣を使うことが多いようです。竜人族は力が強いので、両手剣を片手で持って、片手に盾を装備することができます。盾を装備した方が守備力が上がりますから。それほど力が強い方ではありませんが私にもできます」
「なるほど。剣か」
あら。ベスタは力が強い方ではないらしい。
まあうちのパーティーでは前衛に攻撃力はいらない。
俺が倒した方が経験値や魔結晶の面でも有利だしな。
「あるいは、片手剣を持ってもう片方の手に大盾という大きな盾を持つこともできます」
「大盾というのは見たことがないな。ロクサーヌはあるか」
「竜人族のかたが特別大きな盾を持っているところなら見たことがあります。きっとあれが大盾だったのでしょう」
「大盾は竜人族以外の人はあまり使いませんので、広く出回ってはいないと思います」
クーラタルの防具屋では見たことがない。
多分置いていないと思う。
セリーが作れるだろうか。
聞いてみなければ分からない。
「竜人族の多く住む村にでも行けば手に入るか?」
「すみません。どこで手に入るか、そんな場所があるかどうかも知りません」
「そうなのか」
「私は両親がともに奴隷でしたので」
ベスタの発言に、思わず視線を泳がせてロクサーヌの方を見てしまった。
両親が奴隷だったのか。
が、ロクサーヌは別に驚いてもいないようだ。
まあロクサーヌだって奴隷なわけだし。
「……あー。そうか」
「竜人族がどうやって大盾を手に入れているかは知りません」
ベスタの方も、気にするでもなく淡々と話を続ける。
両親が奴隷であることくらい珍しくもないということだろうか。
そうかもしれないが。
そういえば、奴隷商人は十五歳になったから連れてきたのだと説明した。
十五歳になったから買い取ったとかではない。
両親が奴隷なら必然的に奴隷になるのだろうか。
そのくせ、ベスタは初年度奴隷だ。
納得いかん。
「まあしょうがない」
「種族固有ジョブである竜騎士になると、片手に両手剣、片手に大盾を持つことができるそうです。両手剣を二本持つ竜騎士もいるみたいです」
「二刀流か」
「はい。二刀流というそうです」
さすが中二感溢るるかっけージョブだ。
竜に乗るとか鉄砲を撃つとかではないらしい。
「防具の方はどうだ。力があるならチェインメイルで大丈夫か?」
「はい。大丈夫だと思います。それと、竜人族の女性ならプレートメイルも装備できるそうです。プレートメイルは形が崩れたりしないらしいです。ただしすごく重いので竜人族以外だと女の人はあまり使わないみたいです」
「まあ、装備に関してはセリーに聞いてみる必要もあるから、しばらくはあるものでいいだろう」
「はい」
ベスタは、ちょっと首をかしげたがうなずいた。
確かにセリーと言われても分からんわな。
「セリーはとても物知りなドワーフです。装備品のこともよく知っています。パーティーの戦い方や作戦のことなどについては、セリーにまかせておけば間違いありません」
と思ったら、ロクサーヌが説明してくれた。
ナイスフォロー。
「そうなのですか」
「じゃあイスに座って、足首を出せ」
「足ですか?」
疑問を述べはしたが、ベスタはおとなしくイスに座る。
靴を脱いで右足をイスにかけ、ズボンをめくって足首を出した。
イスに座ってもベスタは大きい。
これに抱きつくのかと思うとちょっとこっぱずかしい気はするな。
もちろん後でがっつりいかせてもらうが。
アイテムボックスから、身代わりのミサンガを出す。
スキルつきの装備品なので、物置部屋には置かずアイテムボックスに入れていた。
予備の一個にアイテムボックス一列を使うのはもったいなかったが。
これでまたゼロになる。
「セリーが作ってくれた装備品だ」
身代わりのミサンガをベスタの足首に巻いていく。
ベスタの足は、身体の割には特別に大きいわけではない。
足首も細くて引き締まっている。
足には鱗みたいなぶつぶつがあるが、硬くはない。
鱗があるのは下の方だけで、足首から上は普通の足と変わらない。
なめらかなおみ足だ。
色も他と一緒なので特に違和感はない。
健康的な小麦色が艶かしい。
買い物といわずこのままベッドに直行したい気分だ。