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塩釜

 

 扉が開いたので、ボス部屋に入った。

 ボスが残ったりはしていなかったので、前のパーティーも時間はかかったが無事ボスを倒せたらしい。

 扉が閉まり、部屋の真ん中に煙が二つ集まる。


 魔物が二体現れた。

 煙がやけに空中に集まると思っていたら、雑魚はビッチバタフライだ。

 そしてボスのブラックダイヤツナも空中を泳いでいる。


 マーブリームみたいに足があるわけではない。

 完全に魚だ。

 魚が空を泳いでいる。

 魔物だしそれもありなんだろう。


「いつものとおり、雑魚は俺が片づける」

「仕えし司大君に、まつろうものの身を守れ、防御」


 ロクサーヌが防御のスキル呪文を唱える。

 セリーやミリアに少し遅れ、ボスに向かっていった。


 俺はビッチバタフライに近づき、デュランダルを叩き込む。

 ラッシュを連発して蝶を墜落させた。

 ボスの囲みに加わる。


 ブラックダイヤツナは、軽く一メートル以上はある魚だ。

 名前的にマグロらしい。

 全身真っ黒で強そうだ。

 名前も強そうな感じがする。


 ブラックダイヤツナの突撃をロクサーヌがかわした。

 結構速い。

 突き刺さるように進んでいく。

 俺では回避できる自信がないな。


 まあロクサーヌが相手をしているので安心だ。

 俺は横に回ってデュランダルを叩き込む。

 マグロが尾びれを振り、後ろにいるミリアを攻撃した。

 あんな手も使ってくるのか。


 ミリアは半歩下がり、きっちりと攻撃を避ける。

 ミリアを攻撃して隙を見せた魚にセリーが槍を突き入れた。

 俺もデュランダルで斬りつける。


 ブラックダイヤツナは、前後は攻撃できても横への攻撃手段はあまりないようだ。

 あるいは尾びれが九十度曲がるかもしれないが。

 注意して様子は確認しながらも、近接してデュランダルを振るう。


 マグロがロクサーヌに向かって突進した。

 ロクサーヌがぴくりと反応すると、突進が止まる。

 ロクサーヌが息を吐きかまえなおそうとしたところに、再度突進。

 フェイントまで使ってくるのか。


 ロクサーヌが上体をそらして避けた。

 かわしながらエストックで斬り上げる。

 フェイントを使ったのに完全に見切られているな。

 ご愁傷様だ。


 ロクサーヌにかわされて魔物が止まったところにラッシュを叩き込む。

 ブラックダイヤツナが大きく痙攣し、空中から落ちた。

 そのまま床に横たわる。

 確かにマグロになった。


 やがて煙となって消えていく。

 後にはドロップアイテムとして赤身が残った。

 マーブリームは白身だったが、マグロだけに赤身なのか。

 ミリアがすぐに飛びつき、少し残念そうに持ってくる。


「はい、です」

「赤身はだめなのか?」

「マーブリームと同様ブラックダイヤツナにもかなりまれに残る食材があります。トロというそうです」


 その理由をセリーが説明してくれた。

 マグロだけにトロがレア食材なのか。


「なるほど。トロはどうやって食べるんだ」

「煮る、です。焼く、です」


 煮てよし焼いてよしということか。

 刺身はやはりないようだ。


「今回は尾頭付きがあるからな。明日の夕食は尾頭付きにしよう」

「はい、です」


 ミリアが明るく答える。

 あっさりと騙されてくれたな。

 朝三暮四の猿並みだ。

 えさの量を減らすためにこれからは朝に三つ暮れに四つだと宣告したら文句を言ったのに、それなら朝に四つ暮れに三つにしようと言ったら喜んだという。


「ハルバーの迷宮なら人も少ないだろうから、ハルバーでブラックダイヤツナを倒すときにはトロが出るまで粘ってもいい。そのときにはミリアが調理してくれ」

「はい、です」


 ミリアがさらに明るく答えた。

 完全に騙されていたわけではなかったのか。

 俺が話題を変えたのに乗っかっただけのようだ。


 騙された振りをしてくれたらしい。

 朝三暮四とか思って悪かった。


 今現在俺は探索者Lv43だ。

 探索者Lv44になれば、デュランダルに63、必要経験値十分の一に31、獲得経験値十倍に31使い、詠唱短縮とキャラクター再設定に振っても、ボーナスポイントが15あまるから、フィフスジョブまで取得できる。

 フィフスジョブまであればボス戦でも問題なく料理人がつけられるだろう。


 ハルバーの迷宮でブラックダイヤツナと戦うころには探索者Lv44になっているはずだ。

 そのときにはミリアの要望に応えてやれる。

 詠唱短縮なのでラッシュラッシュとうるさいかもしれないが。


「クーラタル十八階層の魔物はピッグホッグです」


 ボス部屋を抜けて十八階層に移動すると、セリーが教えてくれた。


「ピッグホッグって土魔法に耐性がなかったっけ」

「そうです」


 十七階層の魔物のマーブリームは土魔法が弱点で水魔法に耐性があるのに、ピッグホッグは水魔法が弱点で土魔法に耐性がある。

 ちょうど真逆だ。

 両方出てくれば困ったことになる。


「ロクサーヌ、ピッグホッグとマーブリームが両方いるところに案内してくれ。一応一度は戦っておこう。後は、すぐにハルバーへ移動だ」

「かしこまりました」


 クーラタルの十八階層では、十八階層の魔物であるピッグホッグが一番多く、十七階層の魔物であるマーブリームが二番めに多く出てくるだろう。

 その両者の弱点と耐性が正反対ということは、クーラタルの十八階層は結構面倒な階層だということになる。


 幸い、ピッグホッグとはすでに戦ったことがある。

 メテオクラッシュの効き目が悪いことも確認済みだ。

 一回だけ戦ってみて、すぐにハルバーの迷宮へ行けばいいだろう。


 どうせ探索を行うのはハルバーの十八階層だから、クーラタルは関係ない。

 クーラタルの十八階層にはボス部屋を突破して十九階層へ抜けるときに来るだけでいい。

 ピッグホッグは食材の豚バラ肉を残すから、ときどきは補充に来たいが。

 それくらいはしょうがない。


 ロクサーヌの案内で洞窟を進んだ。

 ピッグホッグ二匹を水魔法七発で倒した後、マーブリームをサンドボール六発で仕留める。


「うーん。やっぱり大変か」

「このくらいならたいしたことはありません」


 大変といっても実際のところ俺は後ろから魔法を放っているだけだ。

 戦闘時間が延びた分の負担は前衛陣、とりわけロクサーヌにかかることになる。

 そのロクサーヌがいいと言っているのだからいいか。


「では、ハルバーに行こう」


 クーラタルでの戦いは一度で切り上げ、ハルバーの十八階層へ移動した。



 翌日もハルバーの十八階層で探索を行う。

 この日は早めに探索を終えた。

 料理のためだ。


「スープともう一品を俺とミリアで作るから、ロクサーヌとセリーも二人で一品くらいなんか頼む」

「分かりました」

「尾頭付きを使うのでしょうから、野菜炒めがいいのではないでしょうか」


 セリーはちゃんと栄養バランスも考えているらしい。

 さすがだ。


「えらいな」

「そうですね。では私とセリーで野菜炒めを作ります」

「分かった。ミリアはこっちの手伝いを頼むな」

「はい、です」


 ミリアが嫌な顔もせずに引き受ける。


「ミリアもえらいな」


 まあマヨネーズのように重労働というわけではない。

 今回は火の番だ。


 家に帰ると、塩を卵と混ぜ平鍋に敷きつめた。

 その塩は、コボルトソルトをミリアにミルで削ってもらったが、さして重労働ではない。

 塩の上に香草で巻いた尾頭付きを置き、さらに塩で完全に覆う。

 尾頭付きの塩釜焼きだ。


 平鍋には余裕があったので、尾頭付き一尾の他に豚バラ肉も入れた。

 尾頭付きのもう一尾は潮汁にする。


「こんな調理方法は見たことがないです。さすがご主人様です」

「私も初めて見ました」

「すごい、です」


 塩釜焼きに三人が驚いている。

 見たことはないのだろう。

 日本でだってメジャーとはいえない調理方法だしな。


「まずは三十分ちょっと火にかける。火を止めて一時間くらい蒸らしたら完成だ。ミリアは火の様子を見ていてくれ」

「はい、です」


 平鍋に火をかけると、後はミリアにまかせた。

 せっかくなので焼けるのを待つ間に俺は風呂を沸かす。

 風呂を入れた後、尾頭付きの潮汁を作った。

 ドロップアイテムの食材を使うと灰汁がほとんど出ないので楽だ。


「よし。そろそろいいだろう」


 潮汁は鍋ごと食卓に持っていき、キッチンに戻ると塩釜の前で宣言する。

 割れたりせず、塩釜焼きはうまくできたようだ。

 これなら美味しく焼けたのではないだろうか。


 塩釜にナイフを突き立てる。

 堅っ。


「私がやります」


 セリーが代わってくれた。

 セリーがナイフを突き立てると、塩釜がぱっくりと割れる。

 中からよく焼けた尾頭付きが出てきた。


「おおっ」

「すごい、です」


 かなりいい焼け具合だ。

 これは巧くいっただろう。

 塩が鍋に焼きついて後始末が非常に大変なような気もするが、見なかったことにする。


 尾頭付きと豚バラ肉を皿に載せ、食卓に運んだ。

 まずは潮汁を取り分ける。

 俺から順番に四つそそいだ。

 ミリアの皿には尾頭付きをたっぷり入れてやる。


「ほれ」

「ありがとう、です」

「では食べるか」

「はい、です」


 尾頭付きの塩釜焼きにナイフを入れた。

 バターを切るようにナイフが入っていく。

 柔らかく焼けたようだ。


 スプーンに載せて、一口。

 ホクホクとした鯛の身が口の中で弾けた。

 これは旨い。

 塩もほどよく効いている。


「旨いな。ロクサーヌもいってみろ」


 塩釜焼きを載せた皿をロクサーヌに回し、次は潮汁に手をつける。

 煮込んだ尾頭付きはしっとりと水分を含み、口の中でとろけた。

 こっちも相当な旨さだ。


「美味しいです」

「スープも旨い。尾頭付きを入れるのは正解だったな」

「正解、です」


 塩釜焼きがロクサーヌからセリーへと回る間、ミリアも潮汁を食べる。

 尾頭付きにかぶりついていた。

 その後、回ってきた塩釜焼きにミリアが取りつく。

 いや。一心不乱に取り憑いた。


「明日は休日だけどどうする? セリーはやっぱり図書館か? 図書館も休みだろうか」


 ミリアの勢いが少し落ち着くのを待って、問いかける。

 明日は季節と季節の間の休日だ。


「お休みをいただけるのですか?」

「休日じゃないのか?」

「暦の上ではそうですが」


 名前だけだったのか。

 買うときに聞いてみたが、パン屋と八百屋も明日は営業するということだった。

 いや。ギルドは休みだ。

 奴隷には休みなどないということだろうか。


「世間一般的に」

「お店なんかは普通にやっていると思います。図書館は年中無休です。迷宮にも休みなんてありませんし」

「それもそうか」


 迷宮に休日があってもいいじゃないか。

 芸術は爆発だ。


「休みになるのは、騎士団ですね。ギルドもカウンター業務などは休みになります。農作業も休みにする人はいました」

「明日はオークションがある。参加費がかかるので俺だけだが行ってこようと思っている。パーティーメンバーの充実を図るのは当然のことだからな」


 パーティーメンバーを増やすのはどうしても言い訳がましくなってしまう。

 それに、三人を連れて行ってあの女は反対とか滅びればいいのですとか言われても困る。


「そうですね」

「朝は迷宮に入って、その後は休みにしよう」


 ロクサーヌがうなずくのを見て、提案した。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます。では、私は図書館でいいですか?」

「セリーは図書館だな」


 図書館にどれくらいの量の蔵書があるのかは知らないが、一日二日で読みきれるということはないだろう。


「私は、買い物などをしてのんびりすごしたいと思います」

「ロクサーヌもいつもどおりと。ミリアはどうする。どっか行きたいところとかあるか」

「海、です」


 即答かよ。

 海といっても泳ぐ目的ではないだろう。

 入ることは入るつもりかもしれないが。


「大丈夫か」

「大丈夫、です」


 ミリアが大丈夫だと言ってもまったく安心できない。


「釣る以外で魚を獲ることは問題視される危険が大きいと思います」


 セリーも俺と同意見のようだ。


「やっぱそうだよな。しかし、釣りがあるのか」

「はい。釣りは貴族や引退生活者の趣味として認知されています。貴族や有力者がやるため、釣りで魚を獲ることは漁業権の例外として認められています」

「海釣りもあるのだろうか」

「祖父が海に行くと言っていたので、あると思います。帝都に釣具屋があるはずです」


 そういえばセリーの祖父は金持ちだった。

 換金目的や自分で食べるために釣りをする人はいないということだろうか。

 よく分からないが。


「じゃあ、ミリアは釣りでもやってみるか。釣りだ。釣り」

「はい、です。釣り、です」


 ミリアが答える。

 ミリアは釣りでいいか。

 喜ぶことは喜ぶだろう。

 釣りを理解しているのかどうかは、やや疑問だが。

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― 新着の感想 ―
芸術は爆発だ!岡本太郎さんの名言だ。ところどころ出てくる言葉も妙に刺さる。作者の情報を知らないが、アラ還に違いない。 主人公は古文や漢文が好きな文系の高校生だな。
[良い点] いつも思うんだけど、夜は早そうとはいえ、早朝からフルで一日動いて働いて、をほぼ休日無しで毎日やってても疲れがほぼ溜まらないって、若いっていいなあ……。
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