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条件

 

 オークション会場で聖槍を見たとき、思わず声を上げてしまった。

 空きのスキルスロットが五個並んでいたからだ。


 来たよ来たよ来たよ。

 空きのスキルスロット五つつきの聖槍が。

 五個も並ぶと壮観だ。


 いや。まさかバラダム家が何か偽装したとか。

 あるいはオークション会場だと空きのスキルスロットが増えて見えるとか。

 そんなわけはないよな。

 鑑定のできる人間はまずいないだろうから、偽装して誰をだますのかという話だ。


「それでは、聖槍の入札を開始します。最低入札価格は十五万ナールです。どうぞ」


 オークションが開始される。

 最低入札価格は十五万ナールなのか。

 この数字は高いのか安いのか。

 会場に微妙な空気が流れた。


 しばらくたつと、空気がさらに重くなる。

 誰も入札しにいかない。

 他の仲買人がいかないのは当然だが、コボルトのモンスターカードを買っていた仲買人まで、入札しようとはしなかった。


「高いのか?」


 ルークに訊いてみる。

 高ければ流される可能性もあるらしい。

 誰も声を上げなかったら俺が行ってみるとか。

 仲買人は競わない取り決めらしいが、誰も買わないのならいいのではないだろうか。


「そうではないでしょう」


 ルークが否定した。


「十五万ナールです。どなたもいらっしゃいませんか」

「十五万」


 司会者がしつこく確認し、出品者の表情が変わったころ、ようやく一人が入札する。

 ぎりぎりまでじらす作戦だったのか。

 確かに、嬉々として飛びつくほど安かったら他の仲買人が誰も買いにいかないのは変になる。

 高いがしょうがないという演出か。


 出品者がほっとした表情を見せた。

 しかし、その後が続かない。

 取り決めどおりなら、そういうことになる。


 十五万ナールはそれなりに安い価格だったのだろう。

 本当は俺が手を上げたいぐらいだが、我慢する。

 仲買人全部を敵に回すことはできない。


「十五万、現在十五万です。他にありませんか……ありませんね……それでは、十五万ナールでの落札とさせていただきます」


 そのまま、十五万ナールでの落札が決まった。

 出品者が肩を落とす。


「聖槍とMP吸収のスキルがついたスタッフではどちらが高い?」


 聖槍を抱えた出品者がステージの袖に消えるのを見届け、小声でルークに問いかけた。

 モンスターカードの融合が十回に一回成功するとして、はさみ式食虫植物とコボルトのモンスターカード十枚ずつの値段、それにプラススタッフの価格をあわせれば、MP吸収のついたスタッフでも十五万ナールくらいはいくのではないだろうか。


「もちろん普通ならば聖槍の方が高くなります」

「今回の聖槍とならどうだ」

「MP吸収のスキルがついたスタッフでしょう。今回は相当に特別ですので」

「そうか。では頼みがある」


 やはり十五万ナールはかなり安い値段のようだ。

 それならばと思い切ってルークに持ちかける。


「何でしょうか」

「今の落札者に取引を持ちかけてきてほしい。MP吸収のスキルがついたスタッフと落札した聖槍とを交換しないかと」

「まさか。お持ちなのですか?」

「用意できる」


 はさみ式食虫植物のモンスターカードとコボルトのモンスターカード、それに空きのスキルスロットがついたスタッフはすでに手元にある。

 MP吸収のスキルがついたスタッフを作ることが可能だ。


 懸念としては、違う聖槍と取り替えられることだが。

 まあ持っていなかったから入札したと考えるのが妥当だろう。

 取り替えられていた場合には、あれは母の形見だとでも言い訳するしかあるまい。


「さようでございますか」

「俺の方はあの聖槍とMP吸収のスキルがついたスタッフとを一対一の交換でいい。普通は聖槍の方が高いなら、それで十分利があるだろう。向こうにどういう話を持っていくかはルークにまかせる。手数料はそこから取ってくれ」


 今回、聖槍は安く落札されたらしい。

 例えば、聖槍プラス一万ナールでMP吸収がついたスタッフと交換しよう、と持ちかけることも可能だろう。

 その辺の裁量は、仲買人のルークにまかせる。

 利益がなければルークも動かない。


「よろしいのですか」

「うまくできるかどうかはそちらの腕次第だ。俺の方は一対一の交換でいい」

「なるほど。聖槍はいい武器ですが、それを今回はかなり安く入手しました。スタッフも杖としては十分なものでしょう。もしMP吸収のついた武器がどうしてもほしいのなら、融合に成功するかどうか分からない聖槍よりすでにスキルがついているスタッフを選びますか。今回の落札価格から考えて……」


 ルークがつぶやきながら見通しを計算する。

 落札者の狙いが聖槍でなくあくまでMP吸収のついた武器にあるのなら、この取引に乗ってくるだろう。

 あの聖槍には空きのスキルスロットがあるから、実は断って自分で作ってもMP吸収のついた聖槍が手に入るが。

 それは向こうには分からないはずだ。


「どうだ?」

「かしこまりました。それでは、後ほど話をしてまいりましょう。落札者も仲買人です。お客様に話を通さなければならないので、返事はすぐには出ないと思います」

「返答が来たら連絡をくれ。今日のところは帰る。オークションの体験見学もできて参考になった。礼を言おう」

「こちらこそありがとうございます」


 ルークと別れ、会場を出た。

 受付で入札に参加した証明のパピルスを渡し、外に抜ける。

 待合室の壁から家に戻った。


「お帰りなさいませ」

「悪い。時間をくったな」

「いえ。お気になさらず」


 商人ギルドで思わぬ時間を取られてしまったが、気分を入れ替えて迷宮に入る。

 ハルバーの十七階層で狩を行った。


 探索は結構順調に進んでいる。

 ハルバーの十七階層では、一番多く出てくるケトルマーメイドと二番めに多く出てくるクラムシェルがそろって土魔法を弱点とする。

 割と楽な部類に入る階層だろう。

 クーラタルの十六階層ほどではないにしても。


 白魔結晶ができたのでボーナススキルの割り振りは元に戻していた。

 経験値アップ系の構成だ。

 そのおかげか、この日の戦闘でついにロクサーヌが戦士Lv30になった。


 パーティージョブ設定でロクサーヌのジョブを見る。

 ちゃんと騎士のジョブも取得していた。

 やはり騎士は戦士Lv30が条件のようだ。

 それはいいのだが。


 戦士Lv30、獣戦士Lv32、村長Lv1、僧侶Lv2、村人Lv8、農夫Lv1、剣士Lv1、探索者Lv1、薬草採取士Lv1、商人Lv1、暗殺者Lv1、騎士Lv1。


 この暗殺者というおどろおどろしいジョブは何だ?

 見たことないぞ。

 ロクサーヌは実は暗殺に手を染めていたとか。


 ロクサーヌのことだからありえなくはないというのが怖い。

 どんな猛者でも仕留めそうだ。

 ロクサーヌ、恐ろしい子。


「えっと。何でしょう?」


 いや待て。

 暗殺なら俺も寝ている盗賊を倒した。

 ロクサーヌの暗殺者がこのタイミングで増えたのは、騎士と同様に戦士Lv30が条件の一つなんだろう。

 戦士Lv30の俺は暗殺者になっていないのだから、暗殺者の条件は暗殺を行うことではない。


「いったん家に帰って休息するか」

「はい。分かりました」


 あわててごまかし、一度家に帰る。

 暗殺者になる条件は何だろうか。

 今はそれよりも村長が先だ。

 俺はアイテムボックスの中身を全部取り出した。


「何かあるのですか?」


 セリーが白い目で見てくる。

 いや。別に白い目ではない。

 被害妄想だ。


「ちょっとした実験だ。なんならセリーもやってみるか?」

「アイテムボックスのアイテムを全部出せばいいのですね」


 セリーがあっさり受諾した。

 そんな簡単に引き受けるのか。

 やはり白い目は被害妄想だ。

 まあ別に変なことをしようというのでもないし。


「ちょっと待ってろ」


 芋虫のモンスターカードがあったのを思い出し、ミサンガを取りに行く。

 ときおりセリーに作らせて、空きのスキルスロットがあるものを別に取っておいた。

 物置部屋から持ってきて、モンスターカードと一緒にセリーに渡す。


「融合するんですね」

「頼む。それとロクサーヌ、俺に向かって、任命と言ってみろ」

「任命ですか?」

「そうだ」


 パーティージョブ設定でロクサーヌのジョブを騎士Lv1にしてから頼んだ。

 論より証拠。

 とりあえずやらせてみるのが手っ取り早いだろう。

 任命と念じればスキル呪文が浮かんでくるはずだ。


「任命。……え?」


 俺に向かって任命と言ったロクサーヌの表情が変わる。

 うまくいったようだ。


「ロクサーヌは今騎士になった。それは騎士のスキルだ」

「えっと。騎士ですか」

「村長に任命するスキルですよね」


 当惑するロクサーヌを尻目に、セリーがあっさりとモンスターカード融合を成功させ、身代わりのミサンガを渡してきた。

 やはりセリーは任命のスキルも知っているらしい。


「そうだ。ありがとう。さすがはセリーだな」

「しかし騎士になるためには戦士の修行を何年も積まなければならないと思うのですが。ロクサーヌさんが戦士になってから少ししか経っていません」

「そこはご主人様ですから」

「ご主人様、です」


 ロクサーヌとミリアがセリーの疑問をシャットアウトする。

 セリーは疑わしげな目で俺を見てくるが。


「いや。むしろロクサーヌだからでは」

「なるほど。ロクサーヌさんなら」


 そこは納得するんだ。

 まあ分かるけど。


「さすがお姉ちゃん、です」

「えっと。ご主人様を任命すればいいのですね」

「頼む」

「世界を統治する皇帝の掟?……」


 ロクサーヌが呪文を口にした。

 うまくいかないようだ。

 ブラヒム語は難しいらしい。


「じゃあまず俺がやってみるから、聞いてみろ」

「はい。お願いします」

天地あめつちべるすめらぎの、断り攻めてしろしめせ、任命」


 セリーに向かって任命してみる。

 騎士のジョブを就け、詠唱省略をはずせば、俺にも呪文が分かる。

 セリーのジョブが村長Lv1になった。


「さすがはご主人様です。私もやってみますね。天地あめつちべるすめらぎの、断り攻めてしろしめせ、任命」


 ロクサーヌが俺に続く。

 鑑定すると、俺のファーストジョブが村長Lv1になっていた。

 やっぱり任命はファーストジョブにするのか。

 探索者がファーストジョブの場合アイテムボックスを空にしておく必要があるようだ。


「おお。よくやった、ロクサーヌ」

「ありがとうございます」

「えっと。騎士が勝手に村長を任命することは禁止されているはずですが。私も村長になったのですか?」


 セリーが口を挟む。

 禁止なのか。

 まあ当然か。

 好き勝手に任命されて村長を増殖されても困る。


「いや。もう村長ではない」


 鍛冶師に戻したし。


「大丈夫です。内密にすれば誰にも分かりません。ミリアもいいですね」

「内密、です」


 ファーストジョブを村長にしなければ、ばれることはない。

 あまり使えるジョブでもないように思うし、ファーストジョブにすることはないだろう。

 使えないジョブなのは任命すれば誰でもなれるせいか。


「まあそうですけど」

「それよりセリー、暗殺者というジョブを知ってるか」


 あきれているセリーに尋ねた。

 村長より暗殺者の方が使えそうだ。


「かなり珍しいジョブですね。確か毒に関係しているとか。毒付与のスキルがついた武器なんかを使うと活躍するそうです」


 毒か。

 確かに、ロクサーヌは毒で魔物を倒したことがあると言っていた。

 俺はまだ毒を使ったことはない。

 条件が毒なら戦士Lv30を持っている俺に暗殺者のジョブがないのも納得だ。


 パーティージョブ設定でロクサーヌが持つ暗殺者を確認する。



暗殺者 Lv1

効果 知力小上昇 精神小上昇

スキル 状態異常確率アップ 状態異常耐性アップ



 状態異常がかかわるジョブだから、毒という線は有望だろう。

 効果は二つだが、どちらも小上昇というのも面白い。

 知力と精神が状態異常に関係するパラメーターなのか。


 もちろん知力は魔法にも関係する。

 知力で魔法の威力が高まることは実験で確認済みだ。

 それが上がるのはおいしい。

 パーティーメンバーに対して有効だから、誰かにつけさせる手はある。


 状態異常に対する耐性アップも魅力だ。

 状態異常確率アップと状態異常耐性アップの二つのスキルがあるから、状態異常確率アップの方は攻撃に関係するスキルだろうか。

 毒付与のスキルがついた武器を使うと言っていたから、単独では使えないのかもしれない。


 状態異常耐性アップの方も、対応する装備品がないと駄目かもしれないが。

 防毒の硬革帽子はすでにある。

 これからそろえていくとすれば、有用なジョブになるだろう。


「よし。実験をしよう」

「えっと。実験ですか」

「毒で魔物を倒す実験だ。セリー、ハルバーの十階層の魔物がニートアントだったか」

「そうです」


 アイテムをアイテムボックスに戻し、ハルバーの十階層に移動した。



加賀道夫 男 17歳

探索者Lv43 英雄Lv40 魔法使いLv42 僧侶Lv42 錬金術師Lv33

装備 ひもろぎのロッド 硬革の帽子 アルバ 竜革のグローブ 竜革の靴 身代わりのミサンガ


ロクサーヌ ♀ 16歳

騎士Lv1

装備 エストック 鋼鉄の盾 ダマスカス鋼の額金 竜革のジャケット 硬革のグローブ 柳の硬革靴 身代わりのミサンガ


セリー ♀ 16歳

鍛冶師Lv33

装備 強権の鋼鉄槍 防毒の硬革帽子 チェインメイル 防水の皮ミトン 硬革の靴 身代わりのミサンガ


ミリア ♀ 15歳

海女Lv32

装備 レイピア 鉄の盾 頑丈の硬革帽子 チェインメイル 硬革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ



 ロクサーヌのジョブは騎士Lv1にしてある。

 ロクサーヌは攻撃を受けることがあまりない。

 暗殺者の状態異常耐性アップには出番がないだろう。

 長期戦になることを想定して、俺のジョブに錬金術師もつけた。


「ロクサーヌは騎士になったばかりだから、気をつけるように。では、ニートアントのたくさんいるところに案内してくれ」

「分かりました」


 ロクサーヌには言わずもがなの注意を与え、ニートアントを狩る。

 まずは毒針を集めた。


「毒で魔物を倒すのに、毒持ちのニートアントでも大丈夫だろうか?」

「大丈夫です」

「問題ありません」


 ニートアントでもいけるのか。

 経験者のロクサーヌとセリーが言うのだから大丈夫だろう。

 ニートアントはスキル攻撃も持っているので、長時間の戦闘は避けたいが。


 わざわざ他の階層に移動するのもめんどくさい。

 どれだけ毒針があれば成功するかも定かではない。

 ハルバーの十階層にはエスケープゴートも出てくるが、逃げ出すエスケープゴートを毒にするのは大変だ。

 毒にする相手はニートアントでいい。


 毒針を集める間に知力上昇のパラメーターを調整し、ニートアントを水魔法一発で倒せる数値を把握した。

 水魔法が弱点とはいえ十階層の魔物を魔法一発で倒せるようになったのか。

 俺も着実に強くなってはいるようだ。

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