残念な人魚
ボーデの冒険者ギルドから、ザビルの迷宮にワープする。
気分が落ち込んだが、魔物を狩ってMPを回復させた。
ザビルの迷宮を中継してさらにペルマスクへと飛ぶ。
ペルマスクの冒険者ギルドに出た。
「ミリアはペルマスク初めてだよな」
ミリアが初めてのペルマスクを興味深そうに見回している。
ネコミミが警戒するようにぴんと立っていた。
可愛い。
「白い、です」
「建物が白くて綺麗だな」
ミリアの頭に手を乗せる。
頭をなでながら、ネコミミに軽く触れた。
「海、です」
「そういえば、ペルマスクは島だって言ってたか」
波の音か、潮の香りでもするのだろうか。
さすがは海女だけに分かるのかもしれない。
あるいは魚のにおいでもするのか。
「××××××××××」
「はい、です」
ロクサーヌが何ごとかミリアをたしなめる。
魚ではなく鏡を買いに来たのだとでも言ったのだろう。
「では頼むな」
「分かりました」
「おまかせください」
「はい、です」
三人を送り出した。
俺は一度ザビルの迷宮に戻って、MPを回復させる。
ワープの魔法は、やはりパーティーメンバーが増えることによってMP消費が増加するようだ。
近場では知覚できるほどの差はなかったが、ペルマスクまで来るとさすがにはっきりと分かる。
帰りはどうするか。
ペルマスクから直接家まで飛んだのでは、ひどいことになりそうだ。
中継地点を挟むべきだろう。
鏡を持たせているから乱戦は避けたいので、回復薬を使うか。
クーラタルへ戻って、時間をつぶした。
回復薬を使うのならクーラタルの十三階層へ行って強壮丸を補充するのがいいだろうが、それは怖いのでやらない。
安全な三階層でボスのスパイススパイダーを狩る。
デュランダルを出せば危険はほとんどないはずだ。
スパイススパイダーのドロップアイテムであるペッパーは、豊かな食生活のためには欠かせない。
探せばもっといい狩場はあるだろうが、そこまですることもないだろう。
しばらく時間をつぶしてから再度ペルマスクにワープする。
ペルマスクの冒険者ギルドに出ると、三人はすでに帰っていた。
「悪い。待たせたか?」
「いえ。来たばかりなので大丈夫です」
鏡も一人一枚ちゃんと持っている。
無事入手できたようだ。
一度ザビルの迷宮に移動した。
「薬で回復して家まで帰る。鏡もあるし、魔物は探さなくていい」
「分かりました」
獲物を探そうとするロクサーヌをとめる。
ザビルからはクーラタルの家まで一気に飛んだ。
気分はそれほどは落ち込んでいない。
やはり中継を置いたのは正解だった。
これくらいなら十分許容範囲だろう。
無能な俺にしてはよくがんばった。
「コハクの原石は約束どおりの価格で売れました。鏡の値段も約束どおりです」
いったん物置部屋へ鏡を置きにいった後、セリーがお金を渡しながら説明してくる。
コハクの原石が売れないことも考えられるから、鏡の代価はきっちり渡しておいた。
「よかった。まあセリーがしっかり交渉してきたのだから心配はしていなかったが」
「それと、コハクのネックレスの注文が二個入っています」
「二個もか」
注文が入るのはうれしい。
コハクのネックレスはかなり利幅がある。
二個も売れたらウハウハだ。
白魔結晶にはもう期待しなくてもよくなる。
「親方の奥さんがコハクのネックレスをつけて何かの会合に出たらしいです。そこで注目を集めたようですね」
歩く広告塔だ。
品質のいいネックレスを売ったからな。
いい品を安く売れば、注目を浴びて注文も集まると。
「計画通り」
セリーが少し冷たい目で見てきたような気がしたが、計画通りだ。
結果よければすべてよしという計画である。
「一個は、参事委員会の代表を務めたこともあるかたの奥方様からの注文です。お金に糸目はつけないので、最高級のものがほしいそうです。ずいぶん羽振りのいいかたらしいので、本当に品質のよいものを高く売ればいいでしょう。親方の奥さんの話を聞くに金貨三十五枚くらいは出しそうです」
購入予定金額まで探り出してくるとは。
セリーマジ優秀。
「分かった」
「もう一個は、親方の奥さんとは仲のよいご婦人の注文です。こちらは親方の奥さんと同じ金貨二十五枚くらいのネックレスをご所望です。親方の奥さんに売ったネックレスより心もち劣るくらいのネックレスを用意すればいいと思います」
「同じ値段なのに悪いのを用意するのか?」
「親方の奥さんには特別にこの値段だと言って売っています。それに、同じ品質では親方の奥さんもいい気がしないでしょう。ほんの少し、心もち劣るくらいがちょうどよいのです。はっきり落ちるようではいけません」
なるほど。
そういうものか。
さすがはセリーだ。
「それを探すのも結構難しそうだが」
紹介者である親方の奥さんの自尊心をくすぐり、買い手側も満足させなければいけない。
難しい注文ではあるだろう。
「大丈夫です。質のよいコハクのネックレスはどれも一品モノです。色や大きさが少しずつ異なります。まったく同じものはありません。説明などどうにでもできるでしょう」
「そ、そうか」
ブラックなセリーが。
頼もしい。
コハクのネックレスを買いに行くのは鏡を売り切ってからでいいだろう。
その間に売れてなくなってしまう品があるかもしれないが、入荷する品もあるかもしれない。
差し引きトントンだ。
二個買えば三割引が効くから、一度に買った方がいい。
コハクの原石が入荷することにはあまり期待できない。
その後は夕方まで狩を行い、迷宮から出た。
買い物をしながら夕食の相談をする。
「夕食は私とミリアでポトフを作っていいですか」
「ポトフか。旨そうだな」
「ではスープはいらないですね。私が炒め物を作ります」
「分かった。試してみたい料理があるので、俺も一品作る」
ロクサーヌが作るポトフは、肉と野菜を柔らかく煮込んだもので、結構旨い。
ポトフがあるならちょうどいい。
試してみたかったお吸い物を作るチャンスだ。
初めてだし、巧くいかないかもしれない。
失敗に終わっても、ポトフがあれば大丈夫だろう。
何かあってもポトフには煮込んだスープがつく。
家に帰り、お吸い物を作った。
湯を沸かし、塩だけで蛤を煮込む。
潮汁だ。
本当なら昆布で出汁を取るのだろうが。
代わりに何を使えばいいか分からん。
塩と蛤の出汁だけで作る。
沸騰させないように弱火でとろとろと煮込んだ。
「うーん。まあここまでできれば上等か」
塩味だけだが、さっぱりしていてなかなかのものだ。
悪くはない。
ドロップ食材を使っているせいか、灰汁もあまり出なかった。
お椀がないので、カップに注ぐ。
食卓に出した。
「十分美味しいです。さすがご主人様です」
「食べたことのない味です」
「はまぐりおいしい、です」
塩味だけのスープだが、評判も悪くなさそうか。
「どうだ、ミリア。この中に魚も一緒に煮込んだら、旨くなると思わないか?」
蛤だけでなく、他の魚介類を一緒に煮込むのもいいだろう。
それでこその潮汁だ。
ミリアのネコミミがピクリと反応した。
俺の発言を聞き漏らさないようにこちらを向く。
「はい、です。おいしい、です」
ミリアがロクサーヌの通訳なしで答えた。
尾頭付きでやってみるのも旨そうだ。
今度作ってみよう。
翌日から鏡を売る。
朝、公爵のところに行く……前に十六階層のボスにたどり着いた。
前と後ろだけに扉のある部屋。
待機部屋だ。
「クラムシェルのボスはオイスターシェルです。貝殻がごつごつしているので攻撃力がクラムシェルよりも格段に大きくなっています」
何も言わないでもセリーが説明してくれる。
頼もしい。
セリーの話を聞きながら、デュランダルを準備した。
ボス部屋に突入する。
煙が集まり、魔物が二匹現れた。
クラムシェルとオイスターシェルだ。
オイスターシェルもやはり二枚貝の魔物だった。
クラムシェルよりも一回り大きい。
貝殻は確かにごつごつしている。
あれに当てられたら痛そうだ。
ロクサーヌが真っ先にオイスターシェルに駆け寄った。
セリーとミリアもオイスターシェルを取り囲む。
俺はクラムシェルの相手をした。
一度追い越して、反対側からクラムシェルに対峙する。
クラムシェルは水を放ってくることがある。
三人のいる方向には向かせない方がいいだろう。
デュランダルで攻撃して、魔物の注意を俺に引きつけた。
ボス戦なので、フォースジョブをつけ、探索者に英雄、僧侶と戦士をつけている。
本当なら、これに魔法使いと錬金術師のメッキ、騎士の防御も使って戦いたいところだ。
そういう意味でいうと、まだまだ余裕はあるということか。
上の階層へ行って厳しい戦いになっても大丈夫か。
いや。それも本末転倒か。
迷宮に入るのは、経験値を得て強くなり、お金を稼ぐことが目的だ。
ボーナスポイントは経験値アップや結晶化促進のスキルに振りたい。
その余裕がないような相手と無理をして戦う必要はない。
ラッシュをクラムシェルにお見舞いする。
貝殻が動いた。
クラムシェルが口を大きく開き、挟み込もうとしてくる。
後ろに下がり、今回もなんとか避けた。
ロクサーヌによれば、水を放つときの貝殻の開き方と挟み込もうとするときの貝殻の開き方は違うらしいが。
俺には全然違いが分からん。
ラッシュを連発してけりをつける。
オイスターシェルの囲みに加わった。
ここまでくれば、基本的にはロクサーヌが正面で相手をしているので、横から削るだけだ。
ミリアが横から、セリーも一歩離れたところから攻撃している。
オイスターシェルのごつごつした貝殻が動いた。
ロクサーヌを挟み込もうとする。
ロクサーヌが半歩引いてかわした。
続く突進も盾で受ける。
やはりロクサーヌが相手をしていれば安泰だ。
貝の動きが止められたところを後ろから叩く。
ラッシュと念じて、デュランダルを打ち込んだ。
オイスターシェルの体が揺れる。
横に転がった。
魔物から煙が吹き出してくる。
今回も俺がとどめを刺せたようだ。
考えてみれば、全員で囲んで倒すボスはいつまでも俺がとどめを刺せるとは限らんな。
クラムシェルだって全員で囲んだら最後はセリーが倒した。
それと一緒のことだ。
HPの総量は必ずしもあまり関係がない。
俺が一撃で削ることのできる魔物のHPと、その間にロクサーヌたち三人が削ることができるHPとの比率が重要だ。
極めて単純化して考えると、三人でデュランダルの半分のダメージを与えることができるとすると俺が倒せる確率は三分の二、三人の合計でデュランダルと同じダメージを与えることができるようになれば、俺が倒せる確率は半分になる。
そのうち、ボス戦では経験値アップや結晶化促進のスキルを使わないようになるかもしれない。
そうなったときのことを思えば、余裕があるのはいいことか。
煙が消えてアイテムが残る。
オイスターシェルのドロップアイテムはボレーだった。
鳥のえさかよ。
まあオイスターだから牡蠣なんだろうが。
「カキでも残ればよかったのに」
「牡蠣も、蛤と同様残りにくいアイテムです。残らなくてもしょうがないでしょう」
セリーが教えてくれる。
カキあるのか。
ボレーが通常ドロップ、カキがレアドロップということだろう。
料理人をつけておけばよかった。
つけていなかったし、しょうがない。
それに、蛤と一緒で四個必要だとすれば、四人分出すのに何十周とする必要がある。
そこまでするのは大変だろう。
ボレーを手に入れ、十七階層に足を踏み入れた。
「セリー、ハルバー十七階層の魔物は何だ」
「ケトルマーメイドです。水魔法が得意で、たまに使ってきます。耐性も水魔法に対して持っています。弱点は土魔法です。攻撃を受けると毒にかかることがあります」
「属性はクラムシェルと一緒か。ありがたいな。ではロクサーヌ、頼む」
「えっと。近いところにいるのは、多分ケトルマーメイドとクラムシェルの組み合わせです。数は多くないと思います。そこでもいいですか?」
ロクサーヌが尋ねてくる。
階層が上がって、一つの団体の魔物の数も増えてきているようだ。
その階層の魔物一匹という条件は段々厳しくなっていくのか。
「分かった。これからもその辺はロクサーヌが自由に判断してくれていい」
「ありがとうございます」
ロクサーヌが案内する。
案内された先にはケトルマーメイドとクラムシェルが一匹ずついた。
サンドストームと念じる。
ケトルマーメイドは、一言でいえば残念な人魚だった。
人魚といっても、顔が美人で胸があって、ということは全然ない。
口が長くて顔はひょっとこみたいになっている。
だから、やかんなのか。
首から下はすぐ魚になっていた。
人魚、というよりは人面魚。
顔はひょっとこ。
歩くでもなく泳ぐでもなくこちらに向かってくる。
気持ち悪い。
しかも毒持ち。
土魔法をこれでもかとお見舞いした。
ケトルマーメイドもクラムシェルも土魔法七発で倒れる。
戦闘時間の方は順調に延びているようだ。
本作品の書籍版が12月21日に発売されます。『異世界迷宮でハーレムを』主婦の友社ヒーロー文庫です。
一冊に収めるためにイベントなどを一部変えています。興味のあるかたは、書店などで手に取っていただければ幸いです。
なお、書籍化に伴う削除やダイジェスト化は当面予定していません。