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二回戦

 

「よろしいのですか」


 ロクサーヌが数歩下がり、女と距離を取って振り返った。

 小さく首を振る俺を見て、いいたいことは察したようだ。


「かまわない」

「このままだと、引き分けということになりますが」

「大丈夫だ……よな?」


 隣のセリーに確認する。


「あまりよくはありませんがそれでいいのであれば」


 セリーの答えを聞いて首をかしげながらも、ロクサーヌを招き寄せた。

 このままロクサーヌに手を下させるよりはいい。


「あれを使え」


 向こうのパーティーメンバーから声が飛ぶ。

 発言したのはサボーのようだ。


「そんな」

「大丈夫だ。見ていたが、あいつは身代わりのミサンガを渡していない。今なら、ただの引き分けでなく名誉ある引き分けに持ち込める」

「で、ですが……」


 サボーは何を言っているのだろう。

 名誉ある引き分けって何だ?


「よくがんばったな」

「はい」

「さすがはロクサーヌさんです」

「すごい、です」


 まだ何かしてくるみたいなので、怠りなく注意は払いながらロクサーヌを迎えた。

 地面にへたり込んでしまった対戦相手はそれ以上動かない。

 どう見ても勝負ありというところだろう。

 これで終わりだ。


「ご主人様の戦いぶりを常に身近で見ていたので私も少しは強くなれたのではないかと考えていましたが、思った以上でした」

「そ、そうか」

「ご主人様の薫陶の賜物です」


 そういうことは全然ないに違いない。


「相手は降参をしていないので勝負なしということになるがよろしいか」


 ゴスラーがこちらに寄ってきて問いかけた。


「はい」


 俺を見たロクサーヌにうなずいてやると、ロクサーヌが答える。


「そちらもそれでよろしいか」


 ゴスラーが相手方の陣営に行き、尋ねた。

 サボーが前に出る。


「仕方がない」

「それでは、この決闘は引き分けとする」


 サボーの返答を待って、ゴスラーが宣言した。

 サボーはそのまま中に入ってくる。

 座ったままの女に近づいた。


「バラダム家の面汚しが」


 サボーが剣を振るう。

 女の首を刎ね飛ばした。


「あ」


 うっそーん。

 思わず声が漏れてしまった。


「こいつにはもしものときのために自爆玉を渡しておいた。まさか本当に遅れをとるとは思わなかったが。その程度の覚悟もないやつなど、我がバラダム家には必要ない」


 転がる女の首を無視して、サボーがこちらに向かって言い放つ。

 自爆玉は自分の命と引き換えに敵に大ダメージを与えるアイテムだ。

 名誉ある引き分けとは、ダブルノックアウトのことだったのか。


「何をする」


 ゴスラーが詰め寄った。


「これはバラダム家内部の問題だ。この女も当然我がバラダム家の家父長権の下にある。今の処置になんら問題はない」

「分かった。一応、インテリジェンスカードの確認はさせてもらう」


 分かっちゃったよ、ゴスラー。

 ゴスラーがあっさり引き下がった。

 目の前で殺人が行われても、お家内部の問題だといわれれば手出しできないらしい。


「だが引き分けなのは都合がいい。おまえたちは我がバラダム家に恥辱を与えた。決闘で敗れ、とどめを刺されないなどこの上もない不名誉だ。この汚辱をすすぐため、俺はそこの女に決闘を申し込む」


 ゴスラーにインテリジェンスカードを見せながら、サボーがロクサーヌを指差す。


「決闘に負けた側からの再戦要求は拒否できます。そうしないとドロ沼になりますから。しかし今回は引き分けなので」


 セリーが教えてくれた。

 だから引き分けはあまりよくないのか。

 引き分けには再戦があるということね。

 全然よくなかった。


「逃げるのは?」

「笑いものにされてもよいのであれば」

「やらせてください」


 笑いものにされてすむなら逃げた方がいいのでは。

 と俺は思うが、ロクサーヌは納得しないだろう。


「俺は規定どおりドープ薬を五十個しか服用していない。覚悟があるなら受けるがよい」

「ドープ薬は大量に服用しても強くなれないので使用は五十個まで、という説もあります」


 サボーの言葉をセリーが解説する。

 やはりドープ薬はレベルアップするだけでパラメーターはアップしない説が有望のようだ。

 レベルが五十上がったとして、Lv49までは自分で上げたのか。


 あれ?

 ロクサーヌの方が強くね?

 Lv99ならともかく、Lv49だとロクサーヌの方が強そうに思える。

 獣戦士Lv6でLv29の攻撃をかすらせもしなかったのなら、獣戦士Lv32の今だとLv49の攻撃はシャットアウトだろう。


「まあ俺が行くけどさ」

「いえ。私が。サボーの強さはよく知られています。危険です」

「ロクサーヌがやるとあっさり勝っちゃいそうだし」


 実際には苦しいだろうか。

 Lv49じゃなくもっと上まで育ててドープ薬が無駄になった可能性もある。

 それでもなんとかしそうなのがロクサーヌではあるが。


「何だと。貴様言うにこと欠いて」

「サボーは相当に強いはずです。狼人族の間では暴れ者として有名です。ご主人様を危険にさらすわけにはいきません。もし万が一のことがあれば」

「大丈夫だ、ロクサーヌ。おまえのご主人様はそこまで弱くない」

「は、はい」


 吠えている人は無視してロクサーヌを説得した。

 ロクサーヌを失うわけにはいかない。

 危険は冒せない。


 あの女を殺すぐらいだ。

 もし勝てるなら、サボーはロクサーヌを殺すことに躊躇などしないだろう。

 確実に勝てる俺が出るしかない。


「ただ向こうも少しは強いみたいだからな。手加減は難しい。殺してしまうことになるが、問題ないか」

「はい」

「大丈夫です」


 ロクサーヌとセリーから了承を受けた。

 問題ないのか。


「決闘を受けるか」

「俺が出ることに問題はあるか」

「決闘を申し込まれた側は代理の者を立てることができる。代理が誰であっても拒否はできない」


 こっちに来たゴスラーと会話する。


「さすがに手加減はできないので殺すことになるが」

「決闘でどのような決着がつこうともそれは勝負の常」

「さっきから何を言っている。どんなに強い代理の者だろうと俺が負けるわけがない」


 サボーが怒鳴った。


「代理というより、道場主と戦いたいならまず師範代を破ってから、という感じか」

「わけの分からんことを」

「ロクサーヌと違って俺では手加減ができないから、死にたくないならやめた方がいいぞ」

「戯言を」


 さすがにやめた方がいいといわれたくらいではやめないか。

 脅しではないのだが。


「あまり私を怒らせない方がいい」

「それはこっちのセリフだ」

「昨夜あんまり寝てないんだよね。やべー、今日本調子じゃないかも。マジ寝てないからつれーわー」

「さっさと始めるがいい」


 駄目か。


「では、異議がないのであれば決闘を認める。始めてよいか」

「おう」


 サボーが吠え、俺がうなずく。

 デュランダルは出さない。

 出したところで、正面から行って勝てるかどうかは分からない。

 それ以外での決着を図った方がいい。


 いざとなったら、オーバーホエルミングを使って強壮剤を大量補給だ。

 向こうも自爆玉を使おうとしたみたいだし、アイテムの使用はありだろう。

 そしてMP全解放を連発する。

 これなら勝てる。


「両者前へ」


 ゴスラーが決闘を開始させた。

 サボーが突っ込んでくる。

 問答無用か。

 Lv99デスと念じ、サボーを指定した。


 表面上変化はない。

 サボーはなおも接近する。

 鑑定すると、サボーの装備から身代わりのミサンガが消えていた。

 Lv99デスはちゃんと有効だったようだ。


 前に出ながら、再度Lv99デスと念じる。

 サボーが剣を振り下ろしてきた。

 オーバーホエルミングと念じる。

 ゆっくりとふところに潜り込んだ。


 このオーバーホエルミングは、速く動くためではない。

 確実に剣を避けるために使った。

 だから俺の動きはゆっくりでいい。


 力がすでに失われたサボーの腕を取る。

 剣に当たらないよう注意しながら、腕を引き込んだ。

 足をかける。

 強く払うことはせず、重心を少しだけずらせた。


 オーバーホエルミングの効果が切れる。

 サボーが地面に転がった。


「えっと……」

「まだ始まったばかりですが」


 すぐ戻った俺にロクサーヌとセリーが声をかけてくる。

 ロクサーヌですら状況を把握できていないようだ。


「終わりだ」

「す、すごいです。近づいて腕を取り足をかけたのは見えましたが、何をしたのかは分かりませんでした」


 それで全部見えてるんだけどね。

 実際には何もしていないから。

 ロクサーヌにはやはり見えていたらしい。


「剣も抜かずにあっという間に倒すなんて……」

「すごい、です」


 セリーとミリアもほめてくれる。


「確かに事切れている」


 サボーの状態をゴスラーが確認した。

 ゴスラーにも俺が何をしたかは分からないだろう。

 Lv99デスは、Lv99の相手に問答無用で死を与える呪文のようだ。

 MP全解放みたいな爆発じゃなくてよかった。


「サボーはとてつもなく強いと聞いています。今まで誰もバラダム家には逆らえませんでした。それをあっさり倒すなんて。さすがご主人様です」

「いや、どうなんだろ。ロクサーヌの方が強いんじゃないか」


 サボーがどれだけ強いかは結局分からずじまいだ。

 分からなくてよかったともいえるが。


「そんな……あのサボーが」

「確かにお嬢様と戦ったあの女性も強かったが、まさかサボーを上回るなんて」


 サボーのパーティーメンバーも驚いてる。

 向こうのメンバーで残ったのは四人になってしまった。


「この決闘はハルツ公騎士団のゴスラーが確かに見届けた。両者死力を尽くした、正当な決闘であると証言する。報復などのないように」


 ゴスラーがサボーのパーティーメンバーに訓示している。

 俺も何か声をかけるべきか。

 アフターフォローは大切だ。

 復讐にでも来られたらたまったものではない。


「決闘上のことなのでやむをえぬ仕儀となった。遺恨のないように願いたい」

「は、はい。それは分かっております。サボーを倒されるようなかたと諍いを起こすつもりはありません。それで、装備品のことですが」

「装備品か」


 いきなり斬り込んでくる可能性も考えたが、そこまでの恨みはなさそうか。

 仕返しよりも装備品を気にするくらいなら大丈夫だ。


「決闘に負けた人の装備品は本来勝利者のものです。しかし受け取らないことが多いです。装備品目当てに決闘を挑む者もいますので。特に強い憎悪がある場合には、装備品の中から一つだけ奪うことも行われています」


 セリーを見ると、教えてくれた。


 装備品は勝利者のもの。

 だから装備品目当てに決闘をふっかけるやつもいる。

 自分はそうでないと示すために装備品は受け取らない、ということか。

 いろいろとややこしいことになっているようだ。


「ロクサーヌ、どうする」

「私は特に怨みはありませんので」

「装備品は必要ない」


 ロクサーヌの回答を聞いて向こうのパーティメンバーに告げる。

 サボーはスキルつきの装備品もしていたが、しょうがない。

 装備品をものにしたら復讐されるかもしれないし。


「ありがとうございます。……装備品とインテリジェンスカードを持って帰りますので、遺体の処分はおまかせします」

「分かった」

「お願いします」


 パーティーメンバーは、俺に礼を述べた後、ゴスラーに頼んだ。

 遺体はいらないのか。

 考えてみれば、迷宮で死んだら骨も残らない。

 そういうのにこだわる観念は薄れていくだろう。


 しかしインテリジェンスカードは持ち帰ると。

 亡くなった証拠として遺髪よりも確実ではある。


 騎士のスキルの任命で村長Lv1にして倒すという手も考えたが、使わなくてよかった。

 インテリジェンスカードを確認してジョブが村長になっていたら、何をされたかおそらく想像はつく。

 そんな戦い方は、騎士の風上にも置けない、かもしれない。


「では、こちらへ」


 ゴスラーが俺たちを誘った。

 途中で残りの作業を騎士団員に命じ、城内に入っていく。


「ご主人様、私のためにすみませんでした」


 ロビーに着くと、ロクサーヌが謝ってきた。


「いや。引き分けにしろといったのは俺だしな」

「ですが」

「大丈夫だ」

「はい」


 今日のことは、俺よりもロクサーヌの方がショックなんじゃないだろうか。

 俺のことなんか気遣う必要はない。


「ミチオ殿、驚きました。相手に何をしたのか、私にも分かりません。相手の身代わりのミサンガが切れていました。なので最低でも二回以上攻撃したはずです。並みの冒険者でないとは思っていましたが、これほどとは」


 ゴスラーが呆れている。

 並みの冒険者どころか、冒険者ですらないわけだが。

 せめて相手をほめておくか。


「難敵だった。手を抜いていたら、危なかったかもしれん」

「ロクサーヌと申すそちらの女性も圧倒的な実力を見せつけました。向こうのパーティーメンバーが来る前に、今日のところは一足先にお帰りください。私はたまたまいましたが、公爵は外に出ております。詳しい話は次回にでも」


 次に来るのが嫌になった。

 しょうがない。

 家に帰る。


「ロクサーヌ、大丈夫か」


 家に着くと、すぐロクサーヌに声をかけた。

 一番ショックなのはロクサーヌだろう。


「はい。私なら大丈夫です。えっと。あの女が言ったこと、気にしないでもらえますか」

「軟弱男だったか。別に気にしていない」


 事実のような気もするし。


「いえ。あの。私が男を手玉に取ったとか」

「そっちはもっと気にしていない」


 そう言って笑いかける。

 言いがかりというか、ロクサーヌを見る男の目が違ったのは事実だろうし。


 ロクサーヌも微笑んだ。

 表情をうかがう。

 大丈夫そうか。



 そうでもないと気づいたのは、夜、ベッドに入ってからだった。


「私、叔母の家族に迷惑をかけたかもしれません」


 四人で横たわっていると、ロクサーヌがポツリとつぶやいた。

 ロクサーヌは叔母の家に厄介になっていたのだ。

 あの女が収入が行かないようにした家とは、叔母の家ということになる。


 やはりショックがあったのか。

 おかまいなくハッスルしている場合じゃなかった。


「今日のことは忘れろ」

「叔父は私に性奴隷になることを了承させ、代わりに狼人族には売らないという条件を奴隷商人につけました。酷い叔父だと思いましたが、それは私を守るためだったかもしれません」


 あの女がロクサーヌにあくまで嫌がらせをするなら、奴隷になったロクサーヌを買い取ることも考えただろう。

 ロクサーヌの叔父は仕方なくロクサーヌを売ったが、布石は打っておいたということか。

 奴隷商人のアランが言っていた事情とはこのことかもしれない。

 狼人族に売れないという条件があるのなら、誰が買うかも分からないオークションには出せない。


「細かいことを言い出したら、俺があの女に感謝しないといけなくなる。あの女のおかげでこうしてロクサーヌを手に入れることができたのだしな。だから、細かいことはあまり気にするな」

「はい。ありがとうございます」

「俺とロクサーヌが幸せになればいい。それがあの女に対する最高の復讐だ」


 スペインかどっかのことわざだ。

 幸福に暮らすことが最高の復讐である、と。


 ロクサーヌを片手で軽く抱き寄せる。

 ロクサーヌが無言で頭を預けてきた。

 肩にロクサーヌの頭が乗っかる。

 確かな重みを感じながら、眠りについた。

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[良い点] きっちり相手を殺した主人公は評価できる
[良い点] 任命の悪用すごい発想です [気になる点] 是非復活更新を
[良い点] >幸福に暮らすことが最高の復讐である いい言葉だ。 ロクサーヌには忠犬みというかワンコみというかそういうのも感じるところも好き。幸せになってほしい。
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