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尾頭付き

 

 ハルバーの十四階層は結構中途半端だ。

 もう少し戦闘時間が短ければさくさくと進めるし、もう少し戦闘時間が長ければ緊張感を持って臨める。

 あっさりと戦闘が終わるほど軽い敵ではなく、かといって気合を入れて戦うほどの難敵でもなく。


 こういう相手のときはむしろ危ない。

 それなりには戦闘時間もかかるから、気を抜けば、連続で攻撃を浴びてたちまちピンチに追い込まれることもあるだろう。

 と、分かってはいても、ついだらけてしまう。


「ミリア」

「はい、です」


 ロクサーヌの叱責に気を引き締めた。

 怒られているのはミリアだが。

 ミリアの独断専行は、かなり収まってきているようだが、たまには出る。

 緩みがちになる気持ちは分かる。


 十四階層はどうも間延びした感じがあるんだよな。

 最後に一匹残ってもロクサーヌが相手であれば攻撃はまったく受けないし。

 まあ地道にがんばるしかあるまい。


 結局、ハルバーの十四階層を突破するよりも先に、ボーデの迷宮の探索の方が進んでしまった。


「探索はどこまで進んでいる」

「十二階層に入りました」


 昼に立ち寄ると、入り口の探索者が答える。


「十二階層の魔物は」

「マーブリームです」

「マーブリーム、です」


 探索者の答えを何故かミリアが復唱した。

 真剣なまなざしで俺の方を見てくる。


 真剣な、というより、きらきらと輝いた目だ。

 何か訴えようとしている。

 なんだろう。


「マーブリームは魚人の魔物です。白身を残します」


 その理由をセリーが教えてくれた。

 魚か。

 ミリアがなおも俺を見る。

 キラキラというより食欲に濁ったギラギラしたまなざしだったのか。


「で、では十二階層へ案内を頼めるか」


 しょうがない。

 リュックサックからハルツ公のエンブレムが入ったワッペンを取り出した。

 入り口の探索者に見せ、パーティーに加入させる。


「はい。ついてきてください」


 探索者に続いて、ボーデの迷宮に入った。

 何の変哲もない入り口の小部屋だ。

 どの迷宮でもどの階層でも変わりはない。

 探索者は俺たちを運ぶと、すぐに帰っていった。


「マーブリームは、水魔法を使った遠距離攻撃を得意とする魔物です。水魔法には耐性があります。土魔法が弱点です」

「土魔法か。初めての魔物だし、少ないところから頼む」


 セリーから説明を受け、ロクサーヌに案内を依頼する。

 マーブリームは、魚の体から長い二本足をはやした魔物だった。

 魚人というか、頭だけを見れば魚そのものだ。

 いや。頭なのか体なのかは知らないが。


 そこからひょろ長い足がはえていて気持ち悪い。

 まあ魚人といえば確かに魚人なんだろう。

 しかしむしろ、火星人のできそこないみたいな感じだ。


 サンドボールを喰らわせる。

 四発で倒した。

 マーブリームが煙となって消える。

 白身が残った。


「はい、です」


 ミリアが飛びつき、嬉しそうに持ってくる。

 そして、俺の目を覗き込んだ。

 何を訴えているのか、これは俺にも分かる。


「今夜の夕食だな」

「はい、です」


 ミリアが頭を下げた。

 すでにものはあるのだし、明後日まで待てというのも酷だろう。

 様子を見る限り明後日でも大丈夫そうだったが。


 入り口近くでもう少し狩を行う。

 ボーデの十二階層はまだ探索が始まったばかり。

 奥へは行かない方がいい。


 探索が行き届かない階層には魔物が大量にいる部屋というトラップがある。

 そんなところに足を踏み入れて無事でいられる保証はない。


 メテオクラッシュも使ってみた。

 赤熱した隕石が流れ、魔物を粉砕する。

 一撃か。

 マーブリームはメテオクラッシュ一発で倒せるようだ。


 マーブリームも弱点は火魔法ではない。

 どの魔物が一発で倒せてどの魔物が一発では倒せないのか。

 ますます分からんな。


「メテオクラッシュが効くということは、奥に行っても大丈夫だということだよな」

「そうですね」

「問題ないと思います」

「魔物がいるところじゃなくて、探索をしてみるか」


 ロクサーヌに命じて、探索に切り替えた。

 ハルバーの十四階層はなんかすっきりしない。

 ここらでどでかい花火を打ち上げるのもいいだろう。


 メテオクラッシュは全体攻撃魔法だ。

 魔物が大量にいる小部屋に当たればまとめて粉砕できる。

 一撃で倒せるのなら、どれだけ大量に魔物が出てきても問題はないだろう。

 十四階層で溜まった鬱憤を晴らすため、派手にいきたい。


 メテオクラッシュにチェックを入れたまま、十二階層を奥へ奥へと突き進む。

 ときおり出会う魔物を蹴散らしながら、魔物がいる部屋を探した。

 あまりサンドストームは使いすぎないよう、頻繁にデュランダルで回復する。


 迷宮では何が起こるか分からない。

 ひょっとしたらメテオクラッシュ一発で倒せないこともあるかもしれない。

 いざというときのために、MPには余裕を持たせておくべきだろう。


 と、いう風にこっちから探しているときに限ってなかなか見つからないのは世の常だ。

 あちこち探し回る。

 そしてついに見つけた。

 扉が開いて入ろうとした小部屋に魚人が。


 大漁だ。

 豊漁だ。

 魚群に突入だ。


 カモメが鳴いていないのだけが残念である。

 すべて一撃でいただく所存だ。

 メテオクラッシュと念じる。


 MPが一気に吸い取られるのが分かった。

 体の中から何かが抜け去る。

 人生の闇が襲ってきた。


 む、無念だ。

 俺はなんと愚かだったのだろう。

 なんと浅はかだったのだろう。


 無能な俺には想像もつかなかった。

 愚鈍で非才で能無しの俺は気づかなかった。

 全体攻撃魔法は魔物の数に応じて消費MPが増えるらしい。


 でなければ、嫌がらせか。

 ボーナス呪文なんか使うなということだろうか。

 世界が俺に敵対している。


 鬱だ。

 欝だ。

 林四郎だ。

 鬱という漢字が書けない人は林四郎と書いてごまかすのだ。


 林

 四

 郎

 と書いて

 欝

 である。


「さすがご主人様です」

「あれだけ大量にいた魔物が一撃です」

「すごい、です」


 魔物は倒せたようだが、聞いちゃいない。

 ストレス発散のつもりがかえってストレスを抱え込んでしまった。

 鬱憤を 晴らすつもりが 憂鬱だ


 アイテムボックスを開く。

 強壮丸をいくつか丸飲みした。

 MPを回復して、立ち直る。


 全体攻撃魔法にこんな罠があったとは。

 四、五匹程度しか相手にしてこなかったので、今まで分からなかった。

 一匹の増量分はそれほど多くないのだろう。

 しかし小部屋の中がいっぱいになるほどひしめいていれば。


 小部屋には残ったアイテムが大量に散らばっている。

 ボーデ十一階層の魔物であるニードルウッドもかなりいたようだ。

 ブランチやリーフも落ちていた。

 それに白身がたくさん。


 ミリアが嬉しそうに何か持ってくる。


「尾頭付きですね」

「尾頭付き?」

「マーブリームがきわめてまれに残すアイテムです」


 セリーが教えてくれた。

 レア食材ということらしい。


 ミリアから丸ごと一匹の魚を渡される。

 丸ごとだから確かに尾頭付きではある。

 鑑定でも尾頭付きと出た。


「じゃあこれも今夜の食材ということで」

「食べる、です」

「貴重な食材なので高く売れると思いますが、よろしいのですか」

「尾頭付きは貴重なので、特別な日などに使う食材です」


 ロクサーヌとセリーが教えてくれる。

 この世界でも目出度い日に食べるらしい。

 あれだけ魔物がいて白身も大量に残っているのに尾頭付きは一個しかない。

 かなり残りにくいアイテムなんだろう。


「まあいいだろう。結構でかいから一人一尾とはいかないが」


 尾頭付きは、手のひらには収まらないので二十センチ以上、三、四十センチくらいある。

 一人前には多いだろう。

 ミリアなら一人で食べそうだとしても。


「少しでいいです。ミリアも少しでいいと言っています」

「尾頭付きは、家長が最初に一切れ食べ、残りを少しずついただくものです」


 一人一尾という発想はないのか。

 尾頭付きは一個しかないが、ボーデ十二階層での狩を打ち切る。

 ストレスは溜まったのか晴れたのかよく分からないが、後はハルバーの十四階層で普通に探索を行った。

 夕方、家に帰る。


「ご主人様、ルーク氏の伝言が残っています。コウモリのモンスターカードを落札したようです」


 家に帰ると、仲買人のルークからメモが入っていた。

 装備の方も順調に整いつつあるな。


「防具につけると、回避力上昇、コボルトのモンスターカードがあれば回避力二倍のスキルになります」


 顔を向けただけで、セリーが教えてくれる。

 こちらも順調に自分の役割を認識してくれているようだ。


 尾頭付きは、ミリアがワインと魚醤で浅く煮つけた。

 塩焼きでもないらしい。

 アクアパッツァ風地中海料理といった趣だ。


「おおっ。これは旨いな」


 俺が一番最初に箸をつける。

 脂が乗っていて、引き締まった張りのある食感だ。

 それでいて口の中で溶ける。

 旨い。


 さすがはレア食材か。

 白身よりも上だ。


 ロクサーヌとセリーが手をつけた後、煮つけの入った皿はミリアの手元に収まった。


「おいしい、です」


 嬉しそうに尾頭付きの煮つけをほおばる。

 実にいい笑顔だ。


「ちょっとくれ」

「はい、です」


 食事の間じゅう、ミリアから少しずつ分けてもらった。

 尾頭付きがあるからと白身を使わなかったのは失敗か。

 まあ嫌な顔もせずに分けてくれたからいいだろう。

 なんか違うような気もするが。


 翌朝、商人ギルドでコウモリのモンスターカードを受け取る。

 すぐ家に帰ってセリーに渡した。


「ロクサーヌ、靴を脱いで出してくれ」

「は、はい」


 ロクサーヌが硬革の靴を脱ぐ。

 テーブルの上に置いた。

 強化をするのはロクサーヌの装備品がいい。


 身代わりのミサンガを除いて、現状では他のメンバーの装備品から強化してきている。

 弱点を補うためでもあるのでしょうがない。

 ロクサーヌはほとんど攻撃を受けないので防具を強化する必要がないし。

 ここらで、ロクサーヌにもスキルつきの装備品を回すべきだろう。


 スキルが回避力上昇だというのでちょうどいい。

 セリーもミリアも、回避力を上げなければならないほどどうしようもなく被弾が多いということはない。

 俺ならつけたいが、俺が前に出るのはデュランダルを出しているときだから、デュランダルのHP吸収でカバーできる。

 ロクサーヌなら、持ち味をさらに生かすことになるだろう。


 長所を伸ばすのだから、コボルトのモンスターカードも無理には必要ない。

 その点もありがたい。

 コボルトのモンスターカードを落札するには時間もコストもかかる。

 まずはコボルトのモンスターカードなしのスキルからでいいだろう。


「では、その靴に融合を頼む」

「分かりました」


 かつては盗賊が着けていた空きのスキルスロット一つつきの硬革の靴をセリーが持った。

 こともなげにモンスターカード融合を行う。

 完全に慣れてきたな。


「さすがセリーだ」

「相変わらず素晴らしいです」

「できました」

「すごい、です」


 鑑定してみると、柳の硬革靴というらしい。

 柳に風、という感じだろうか。


「一応全員で試してみるが、まずはロクサーヌが着けろ」

「はい」


 柳の硬革靴をロクサーヌに渡す。

 ロクサーヌが装備して、ハルバーの十四階層に入った。


 見た感じ、柳の硬革靴を装備しても変化はほとんどないようだ。

 まあ元々ロクサーヌには魔物の攻撃が当たりゃしないしな。

 魔物の攻撃をかわすだけなら今までと一緒だ。


 ロクサーヌに借りて俺も装備してみる。

 体感的には変わりがない。

 レベルアップしたりジョブを変えたりボーナスポイントをステータスアップに振っても大きな変化がないのと同様だ。


 デュランダルを持って魔物に特攻してみても、特段の違いは感じられない。

 前よりも多少避けやすくなったかなという程度だ。

 その多少が大きな差になったりするので侮れないが。

 トータルで見れば多分被弾は減っているのだろう。


 セリーとミリアにも着けさせた。

 魔物の攻撃を受けることが少し減っただろう。

 元々極端に多かったわけでもないので、少しだ。


 やはり柳の硬革靴はロクサーヌの装備品でいいか。

 長期的には、セリーやミリアに着けさせることで被弾が減り、手当てをすることが少なくなって効率がよくなるだろうが、そこまでおおごとでもない。


「これはロクサーヌの装備でいいか?」

「いいと思います」

「はい、です」


 セリーとミリアに確認を取る。


「じゃあこれからもロクサーヌが着けろ」

「ご主人様の装備品からいいものにすべきでは」

「試してみたが、俺よりロクサーヌが着けた方が効果が大きそうだしな」

「分かりました。ありがとうございます」


 ロクサーヌが頭を下げた。

 鬼に金棒、ロクサーヌに柳の硬革靴だ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この主人公は頭を使っているようでいて、時たますごく抜けたことをやらかしてピンチを招きそうな印象だなあ。 魔物大量の部屋は、仮にMP不足でメテオが発動しなかったら、全滅もあり得るような状…
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