「空白個体の処理完了報告書」〜婚約破棄は議題外だったので――彼女は、ただ修正した〜
「婚約破棄?はい却下です」
――その愚行、議題不適格につき却下いたします――
https://ncode.syosetu.com/n5864mc/
『婚約破棄は議題外ですので――無能王子は議事録送りになりました 〜第三王子、総会で自壊する〜
https://ncode.syosetu.com/n0402me/
上記の蛇足的作品ですが、よろしければお楽しみください。
報告書は、すでに机上に揃っていた。
午前の業務は終えている。
生徒会室には、彼女のペン先が紙を擦る音だけが残っていた。
窓から差し込む冬の日差しが、書類の端を白く照らしている。
フォンテーヌ・ド・リングは、一枚目を手に取った。
「対象:第三王子マイスター・ド・ナッシュビル」
ページをめくる。
内容は簡潔だった。
・判断行動の一貫性なし
・発言と記憶の非整合
・外部依存による意思決定代替
・責任領域の認識欠如
・自己評価と実績の乖離
目を走らせる。
(想定範囲内)
特に驚くべき点はない。
そもそも、生徒総会以前から傾向は確認されていた。
あの日は、それが公的に露呈しただけにすぎない。
フォンテーヌは次のページへ進む。
再教育プロトコル最終報告。
「補助役概念の受容確認」
整然と並ぶ数値を確認する。
・指示理解率:安定
・反発行動:消失
・自己正当化発話:減衰傾向
・外部責任転嫁:未観測
(処理可能状態)
十分だ。
それ以上の評価は必要ない。
彼——元第三王子マイスターは、現在“白室”で生活している。
白い壁。
白い机。
白い寝台。
余計な刺激を排除した空間。
決められた時間に起床し、決められた食事を摂り、与えられた指示を復唱し、規定時刻に就寝する。
その繰り返し。
問題は発生していない。
——発生しないよう、調整済みである。
報告書の一文に、視線が止まる。
「対象は過去の自己認識を喪失傾向にある」
異常ではない。
むしろ、正常化の過程で発生する典型例だ。
自己定義の喪失。
それは“修正前の誤認識”が削除された結果にすぎない。
彼は現在、
「自分が何をしていたのか分からない」
と、繰り返し記録されている。
だが、それは問題ではない。
以前の認識体系が維持されなくなっただけだ。
構造が変われば、過去は再構築できなくなる。
ただ、それだけのこと――
フォンテーヌはペンを置く。
インクが乾くまで、数秒待つ。
この時点で、対象分類は確定している。
「再教育適応完了個体」
あるいは、
「運用補助層B」
名称はどちらでもよかった。
意味は同じだ。
彼はもはや、“判断する側”ではない。
指示を受け、実行する側へと移行した。
それだけである。
窓の外へ視線を向ける。
中庭では、学生たちがいつも通り歩いていた。
講義棟へ向かう者。
談笑する者。
昼食を急ぐ者。
誰も、先日の総会を話題にしていない。
――それでいい。
異常は、処理された時点で日常へ戻る。
それが、正しい統治だ。
(“彼”はもう判断主体ではない)
その結論に、感情は伴わない。
判断主体ではないものに対して、評価は不要。
感情も不要。
責任も不要。
最後の記録欄に、チェックを入れる。
「対象処理:完了」
小さく、紙が鳴る。
それだけで、この件は終了した。
今後、彼の名前が報告書に載ることはない。
載るとすれば——統計資料の中だけだ。
フォンテーヌは書類を閉じた。
表紙の題名が変わる。
「学園内統治構造の再最適化案」
そこに、“第三王子”という項目は存在しない。
存在した記録だけが、残っている。
(必要だったのは、個人ではない)
必要なのは、機能。
必要なのは、安定。
その基準から逸脱した要素は、修正される。
それだけのこと――
フォンテーヌは新しいページを開き、最後に一行を書き加える。
「再発防止策:完了」
ペン先が止まる。
報告は、閉じられた。
そして彼女は、次の仕事へ移った。
それが、彼女の日常だった。
新連載始めました。
ご覧いただければ幸いです。
死亡扱いの最強冒険者、姪として再登録しました ――“故人”のままバレずに現役復帰します――
https://ncode.syosetu.com/n1420me/
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