第二十五節 信頼の刀
前回のあらすじ
時間稼ぎのアディショナルタイムを手に入れた。
声をかけてくる裏切り者、でも俺にはもうどうすることも出来ない。
そんなとき、二人が帰ってきてくれることがどれだけ、救われたか。
ここから、逆転できるはず……‼
実休光忠がくるくると回り地面に刺さる。
持った手を抑えながら、教官補佐は二人を睨んだ。
「部外者である子がいますね。これは明らかにルール違反ですよ」
「先に教師を参加させたアンタが言っても説得力ないけどね‼」
「あれは私の駒です。いくら使ってもルール上問題にさせません」
「つまり、出ることに出れば問題になるってことでしょうか?」
「姉貴、人質は!」
「じょーくん、大丈夫。全員助け出したわ」
発言に、教官補佐は悔しそうにギリッと歯を鳴らす。
外から見れば人数差で崖っぷちにみえるだろうこの状況、でも人質もいない、姉貴もいる。更にここにいるってことは世良も参加してくれるはずだ。
峰空の生徒達も少しだが残っているし、逆転は出来るはず。
それで俺達の勝利だ。でも、一つの懸念材料が。
「隊員全員に次ぐ! 情けはいらない。一対一を破った彼女達を総攻撃しなさい‼」
『は‼』
もうなりふり構っている状態ではなくなったらしい。通信機器を装備している車は超音波を流し始め、軍用ヘリコプターは運営に使用許可が下りないと使えない爆弾を俺めがけて落とそうとする。
対空ミサイルは威力を最大限高めるため、切れ目なく上に飛ばし爆弾の後に落とす算段だ。
「私がいない学年でよかったわね‼ こんなもの、遊びにもならないわよ‼」
雲の上に保存していた円武器が世良を護衛する。彼女を中心に、ぐるぐると回り始めた。
それらの武器が破壊するために通った場所には何も残らない。飛び回るショテル、チャクラム、トリガーの丸い銃から撃たれる弾など、円を使ったものなら何でも思いのままだ。
切り刻まれ、破壊される武衛大の決戦兵器。右往左往する彼らを見る世良はまさしく魔王。
姉貴は手を出すことはない。想定外のことに対応するためだ。
なにせ得意な戦法は後詰め、姉貴の本気はあまり複数戦には使えないんだ。
「さて、立っているのはあなただけですが?」
姉貴が虐めてきた人にさえ出さない感情を高ぶらせる。
俺が動くという判断を下すことすら出来ず一瞬だった、この二人がいれば、勝利が向こうからやってくる。
「こんな力、認められない‼ 負けるはずがない、負けてない、負けることはない‼」
ふうふうと興奮している。見境がなくなって、冷静な判断が出来なくなっている。
すると、笑みに無理矢理変わった。教官補佐は最後の手段に出るつもりだ。
「金山先生!」
「は、はい‼」
後でどうにでも言い訳できるように、近くにいたようだ。
「あれを使います」
金山は状況を整理している、このままでは勝ち目が薄いから味方しない方がいい、いまいち踏ん切りがつかない顔だ。失うものが多いのだろう。
「分かりました、でも、私の転勤の件は」
「これが成功すれば、どこだろうと就職させてやります。早くやりなさい!」
「はひ! 了解であります教官代理殿‼」
「何をするつもり⁉」
「ひひ、簡単さ。全てをなかったことにして、尚且つお前たちを消す、御園生‼」
大きな声で観客席に呼びかける。彼女は席をかたっといわせて立ち上がった。他の観客は何事かとざわざわし始める。そのときの彼女は諦めの、死んだ目でやり切ろうとする悲しい表情だった。
「行くんじゃない‼ 生徒会長くん!」
「……私は大丈夫です。もうどんな運命も受け入れます。悔いはなくなりましたから」
ハッキリとした覚悟で笑う、手を伸ばした長谷川博士の手をすり抜けて飛び降りる彼女は、死地に舞い降りている天使のようだった。
「なんでしょう?」
「いつも以上に君の命を削って私の都合の悪いことを消し去りなさい。人間をやめたくないのならね」
「わかりました」
上空に浮かぶ御園生。それと連動するように太陽が隠れ、空がペンキで塗ったように赤黒く塗りつぶされていく。
地平線が覗ける高さまでたどり着くと大きい、きれいな温かい光が漏れだすダイヤモンドが目の前に出現。それが無残に潰され粉々に消えていくときに暗い光が漏れだしてくる、命を吸い取る気配を、滲ませながら。
天使が堕天する前兆を見ているのか、その光を見た人々はそう感じた。
そしてその光は目にした観客、生徒、スタッフをおかしくする。暗い炎がともったように彼らの目が怪しく輝きだした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ」
「殺せ、殺せーーーーー‼」
「武衛大にぃ勝利をぉ‼」
起点隊リーダーの人格操作をコピーしたのだろうか。もう何もかも、使えない超能力はないのだろう。
観客も飛び降りてきた。動きはまるで、ゾンビ。
峰空、武衛大生徒達も一緒に、こちらに攻撃の矛先を向けてくる。
きぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!
「ごめん、じょーくん! 一つだけ因果律改変を阻止できなかった」
「私の【円定理】で正解を押しつけても変えられないわ‼ どうにか私達だけは法則から守れているけど」
姉貴は御園生の何重にも重ねられた最低最悪の因果律の書き換えを一つ残して打ち止めになったみたいだ。
更に、最強の力を与えたはずの世良でさえも【円定理】の『方円』が御園生には効かないらしい。守るだけで精いっぱいになっている。
強い、きっとまだ芽の出ていない超能力増強の生徒も利用している因果律の書き換え。
「ひひひ、死ね、私のために。私が世界の覇者だ! 私は神に選ばれた主人公、もう、女性にペコペコしたくはないんだぁ‼」
「いいぞ金山、何でもくれてやる! 全て終わらせろ‼」
「なんでも、なんでも、いひひひひひひ‼」
「どうしよう、じょーくん?」
「どうするのよ? 丈!」
どうするって、俺はどうすればいいんだ?
まともに刀を振れない体。武器も失っていて。それに、世良達二人の力を合わせても勝てない相手を。
俺が作った定理というのは、こんな最悪な結果を生むためだったのか。
もっとも、理論というものは幸せにするために作ったというよな。
人に力を与えたら戦争が起きる。昔の人はそう言っていた。
でも人に力を与えることで逆に、戦争を減らせると信じていた。
人は一人では生きていけないことを、知っていたから。
『私に勝てるかもと思ったけど、そんなことはなかったわ』
デモンストレーションの時に御園生が言っていたセリフが頭の中に浮かぶ。
あれは、俺に期待していた。
期待するだけの価値を最初から持っているのよ、といっているようだった。
それは直感的で自然な感情。
目が合う。少し瞳で訴えているように見えた。自身を俺に、止めてほしいと。
ドクン、ドクン、ドクン……。
右手が、熱い。呼んでいる?
周りを見渡した。すると、不思議な光景が見える。
空と地面をつなぐ光でできた太い柱のようなものがいつの間にかできている。それは、中心に刺さっているものを煌めかせていた。
実休光忠。折れた刀身に纏わりついている炎が燃え残った後みたいに揺らめいている、何も力は残ってはいない。
でも、
カタカタ、カタカタ。
俺に確かに聞こえた声は。
歩いて、実休光忠の前で両ひざをつく。
コイツとは長い付き合いだ。なのに初めて、自ら手を貸そうとしてくれている。
そうか、でも良かったのか? 彼以外誰のもとにもつかないと、お前が信じた所有者だったんだろ?
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
襲い掛かる、超能力の攻撃とゾンビの大群。
「ハハハハハ、死ねーーーーー!!!!!!!!!」
「やめてーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼」
姉貴と世良がどうしようもなくなって叫び声を上げる。
俺は掴んだ刀を、空に突き出す。
何を言えばいいか理解していた。
刀が、昔の所有者を裏切った。
『心切、リ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
刀が、星の輝きを超える。
同時に弾けるように跳ね返されるゾンビや攻撃。
折れた刀身の炎が剥がれていき、鍔から刃がどんどん伸びて、透き通る刃を見せつける。
一般的な日本刀を突き詰めた、シンプルな完成形に見えた。
光が収まる、俺は刀を握りぐるっと回るようにしながら、振った。
軽く薙ぐだけで、それで見えない何かを斬ることが出来た。
操られていたゾンビや生徒が倒れる。
織田信長が死ぬときに心の底で頭にかすめた本心。
『信頼していたのに』、そういう気持ちが刀に付与された。
きっとこの刀は、心の底は信頼を力に変える武器になりたかったんだ。
今はもう俺の刀になったから、これの望んでいる形に変えてやる。皆の信頼を集めている。それが、わかる。
空に浮かんでいる御園生は、急接近した俺を待っていたように両手を広げていた。
「あなたなら、私の運命を変えてくれると思っていましたわ」
「そりゃどうも」
みぞおちに拳を叩きこむ。お姫様のように抱え込んで、地面に横たえた。
「ひぃ! くそ、私は運命に選ばれた。ジョーカーを手に入れたんだぁぁぁ‼」
「そんなものはない。俺もお前も一緒だ」
「ぎぃややややややややややややややや‼‼」
逃げる彼を切って捨てる。金山は、当分うごけないだろう。
そして俺は最後の敵へと視線を向ける。
相手は打つ手がすべて破られたことで、素直に驚いてしまっていた。
「はは、これが本来の力ってやつですか。裏切りの刀にもう一段階上があったとはね」
「俺も知らなかった。でも、これが本来の刀の形だったのかもな」
「名前は、変わったのですか?」
「『信刀』。仲間の信頼があればあるほど、強くなる刀だ」
「信頼、か。この世界に信頼なんて残っているのですか? どいつもこいつも利用価値があるから信頼という心地よい言葉を並び立てているだけでしょう?」
「後ろを見てみろよ」
「?」
教官補佐は後ろを振り返る。
「お前は明らかに人を踏みにじり、手を汚そうとした。その行為はもう部下には殴られたと同じくらい理解している。でもな、彼らは立ち上がり一緒に死地に向かうつもりで命令を受けようとしているだろ。お前にはこの姿もすがるものがないから、利用価値があるからと見えるか?」
『教官補佐‼』『一斗‼』
彼の部下たちが必死に呼びかける、因果を書き換えることで何も知らない人形のようにされようとしていたのに。
「……私は彼らを利用していただけです」
「そんなことを言うな‼」
「あなたになにがわかるというんですか‼ 自衛隊に憧れを持っていた、でも現実は今更何も力を持たない部隊に税金を投入するなと罵倒する奴らばかり。それでも自衛隊はまだやれることはあると一生懸命に模索していた。それが男性超能力者という、決定的な敗北を突き付けられた私のやるせなさがお前に分かるのか‼」
「分かるさ」
「なんだと……」
「今でも実感している。俺のやってきたことは正しいと信じていた。でも、何も変わっちゃいなかった。それどころか悲しみを増やしていることになっている。こんなことになっているなんて想像もしていなかったよ。だから自分の手で変える、あの日たどり着いた答えをもっと突き詰めて誰もが立ち向かえる力にしてやるつもりだ。お前も昔を思い出せ‼ 俺達が辿ってきた道は人を貶めて手に入れた道じゃなかっただろう?」
「私はもう戻れない! 泥の道を、止まれない‼」
教官補佐 一斗はわなわなと震える。両手を見つめながら。
「どうしようもないと? そんな時は俺に挑戦して来い‼ いくらでも相手してやる。お前が俺を超えるまで何回でも。自分の手で何もかも変えてやれ‼ 大丈夫。いくら中途半端だろうとお前みたいにぶつかってくれる人がいる。俺はそれを羅針盤に、生きている」
話している間に一振りで残りの因果律の歪みを消し去った。
一斗は地面に腰から落ちた。まるで付き物がなくなったみたいに屈託なく笑っている。
「俺がこれだけ信頼されていても、勝てないのか?」
「まだ足りないね。俺の後ろを見てみろよ」
「見えているさ」
そうだ。俺と同じ信頼を持つのなら、成長の余地がある。俺が作った理論の神髄は、応援は力だという考えが元になっているんだからな。
目標防御戦、それが、遂に終わった。
峰空一年生の勝利として。




