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今日から全人類でジャンケンをします。

作者: 直助
掲載日:2026/01/31

「あれ、ジャンケンって今日だっけ」


台所から母の声がした。


「何時から?」


歯ブラシをくわえたまま、

「十時」と答える。


トースターが鳴った。


「講義中じゃない」

「なくなんねーかな」


母はパンにバターを塗りながら、

「すぐ終わるでしょ」と言った。


そんなもんか、と思う。



大学。


「おはよ」


隣の田中が鞄を置く。


「今日、十時だよな」

「ジャンケン?」

「講義なくなんないかな」

「すぐ終わるって」


そりゃそうか。



九時五十分。


ピンポンパンポーン。


天井のスピーカーが鳴る。


『十時になったらジャンケンを始めてください。本日は近くの方と行ってください』


教室がざわつく。


教授が笑いながら言う。


「余ってるやつは私とやるぞー」


みんな適当に席を立つ。


俺はそのまま田中と向き合った。


「最初はグーからだよな」

「たぶんな」


十時。


サイレン。


あちこちで声が重なる。


「最初はグー、ジャンケン、ホイ」


パー。


田中が「あー」と言った。


勝ったらしい。


それだけだった。



帰宅。


「どうだった?」


母が聞く。


「勝った」


「あら」


父がネクタイをゆるめながら言う。


「俺、部長だったんだよ。気ー使うわ。負けてよかった」


母が笑う。


「私はお隣の鈴木さんに負けちゃった」


テレビの音が流れている。


ただそれだけの夜。



翌日。


『昨日勝った方は屋外へ出てください』


講義を抜けて外に出る。


校庭に何人か集まっている。


思ったより少ない。


風が冷たい。


同じゼミの高橋と目が合う。


「やる?」

「うん」


土の匂いがする。


教室より少しだけ静かだ。


「最初はグー」


ジャンケン、ホイ。


チョキ。


勝った。


胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。


二回勝っただけなのに、

なんとなく運がいい気がした。


帰り道、無駄にコンビニに寄った。


意味もなくアイスを買った。



週末。


雨。


『本日のジャンケンは雨天のため延期です』


中止か。


窓の外を見ながら、ちょっとだけほっとした。


世界規模のイベントなのに、

雨には勝てないらしい。


変なの。



火曜日。


三回目。


相手はサークルの後輩だった。


「最初はグー」


ジャンケン、ホイ。


チョキ。


負けた。


「あ、すみません」


後輩が頭を下げる。


「いや、いいよ」


ほんとに、どうでもよかった。



家。


「今日負けた」


「そっか」


母は味噌汁をよそいながら言った。


「鈴木さんのとこ、息子さんまだ勝ってるらしいよ」


「へえ」


「強いのかしらねえ」


父が新聞をめくる。


「会社、今日も何人か呼ばれてたな」


湯気が上がる。


それだけ。


俺はもう呼ばれない。



水曜日。


十時。


窓の外の校庭に、何人か立っている。


腕を組んだり、スマホを見たりしている。


サイレン。


遠くで「最初はグー」が重なった。


小さくて、よく聞こえない。


あ、まだやってるんだ。


少しだけ寂しい。


すぐ忘れた。



それから、ジャンケンの話題は減った。


講義。

バイト。

レポート。


いつも通り。



久しぶりに母が言った。


「鈴木さんの息子さん、まだ勝ってるんだって」


「へえ」


「次、海外らしいよ。ブラジルだって。旅費大変って」


味噌汁をすすりながら、

「ふーん」と答える。


「パスポートとか取らなきゃって大騒ぎしてた」


テレビでは天気予報。


洗濯物の話。


明日のゴミ出し。


その流れで、


「まだやってたの、あれ」


と、口に出た。


母が笑った。


「ねえ」


湯気がゆっくり消えていった。


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