デバイスダイバー5
自己増殖型セキュリティに挑む主人公とアイボー。
そこに現れたのは、黒きヴェールをまとう女ダイバーだった。
敵同士のはずが、やむを得ず背中を預け合う共闘。
そして依頼を果たした後――現実世界で、思わぬニアミスが待っていた。
近未来SF短編シリーズ第5弾。
デバイスダイバー5 ―背中の影―
「ご主人、セキュリティが……分裂してます!」
アイボーの警告に、俺は舌打ちした。
目の前で黒い壁のようなデータが、ぞわぞわと増殖を始めていた。自己増殖型セキュリティ。触れたが最後、侵入者の記憶ごと飲み込む危険なやつだ。
「くそっ……依頼は“古い設計図の回収”だったはずなのに、こんな仕掛けが……」
その時だった。
「遅かったわね」
背後から冷ややかな声。黒いヴェールの女——前回出会ったライバルが、すっと現れた。
「おい……またあんたか」
「獲物は一つ。早い者勝ちよ」
彼女の口元にはかすかな笑み。だが、その瞳は真剣だった。
「ご主人! ライバルさん登場です! でもちょっとカッコいいです!」
アイボーが場をわきまえず、にっこりマークを浮かべる。
「黙ってろ!」
俺は吐き捨てたが、心の奥底で妙な安堵があった。強敵だが、少なくとも頼りになる存在だ。
セキュリティは壁を広げ、通路を完全に塞ごうとしていた。
彼女はちらりと俺を見て言った。
「共闘するしかないわね」
「……望むところだ」
二人で同時に突っ込んだ。
俺はコードを切り裂き、彼女は巧みな回避で抜け道を開く。背中合わせで何度も振り返り、わずかな呼吸で連携が成立する。
気がつけば、俺は彼女の存在を意識せずにはいられなかった。
やがてセキュリティの核を突き破り、データの渦は音もなく霧散した。
設計図の断片が宙に浮かぶ。
依頼の品は無事に回収できた。
「……助かった」
思わず口をついた言葉に、彼女は少しだけ目を細めた。
だがすぐに、冷たい声に戻る。
「勘違いしないことね。これは一時休戦。次は敵同士よ」
そう言い残し、彼女はデータ空間の闇に消えていった。
「ご主人! 完全にいい感じでしたよ!」
アイボーが嬉しそうにくるくる回る。
俺は深くため息をついた。
——
帰還した後、妙に胸がざわついて眠れなかった。
気分を紛らわせるため、夜のコンビニに足を運ぶ。
雑誌コーナーで立ち止まった時だった。
横に、黒いコートの女が立った。
背筋が粟立つ。振り返らなくてもわかる。——あの背中だ。
一瞬、声をかけようと喉が動いた。
だが彼女は何も言わず、商品を手に取り、無言で会計を済ませて出ていった。
残されたのは、かすかな香りと、心臓の鼓動だけ。
「……現実でも、ニアミスか」
俺は小さくつぶやき、震える指先をポケットに突っ込んだ。
今日もまた、背中だけが記憶に焼きついた。