静寂な間
資料室の中、俺と芝目はもくもくと作業を進めていた。
島村のおかげで、先生から資料整理の仕事を頼まれることになった。偶然を装って教室に居合わさった芝目にも声をかけ、二人でこの作業をすることになったのだ。
ここまではよかった。だがーー
二人の間に横たわる壁はずっと張られて、一向に崩れる気配を感じなかった。
手がけているリストに沿って、テーブルの上にある段ボールの中からファイルを棚に収めた。単純作業だけど、量だけは多かった。
けれど2人がかりなら、1時間ぐらいで片付く。
「…えっと、じゃ…この資料は…?」
「……あそこ…」
指だけ指して、芝目さんは顔を上げなかった。妙に警戒心があるのを体感でわかる。
俺たちの会話は、そんなそっけないやりとりばかりだった。その空気が、何よりも苦しかった。
話題を何度も振ってみたものの、「…そ、そう…ですね…」か「は、はい…」か「……い、いえ…」の3パターンしか返事が返ってこず会話は一切成立しなかった。
時計の針の音が部屋にやけに響く。その音は俺に切り刻んでいるようにすら感じた。
「あ、あのさ…!その…先生も大変だよな!この量の書類は一人では絶対苦労するよね!」
少し笑って見せた。
それでも…
「そ、そう…ですね……」
話題性が悪かったかもしれない。でももう話せることは他に思い浮かばなかった。
むなしくて唇を噛んだ。
手だけ動かし今の言葉にうなずくぐらいしかできなかった…
外から聞こえるカラスの鳴き声が、妙に耳についた。
「……カラス…うるさいなぁ…」
「……は、はい…」
やはり…ダメだったか…
小さくため息をついてしまった。無意識に漏れたその息を笑顔でごまかそうとしたが、今の気分を隠し切れなかったか言葉がぽつりと零れた。
「……ごめん、俺もうるさかったな…」
咄嗟に出た言葉にハッと息をのんだ。けれど、すでに出た言葉を取り消せなかった。
恐る恐る芝目の方へと目を向けるが、芝目は変わらず資料を棚に収めているだけだった。
今度は、返事すらなかった。
せっかく島村が俺たちにきっかけを作ってくれたのに、俺は芝目さんに何も伝えることができなかった。
守りたいと思ってるからなんなんだ…言葉で触れ合うことすらできない俺は、ただ妄想に浸っているバカと同じだ。
そう思って、作業が終わるまで静かに、手を休まずに没頭した。
「……終わったな…」
「は、はい…」
円の軌道を描いて出発点に戻った気分だ。自分に対する嫌悪感が増すのを感じながら息を吸い込んで、芝目に最後に言った。
「…っ…お疲れさまでした。一緒に手伝ってくれて、ありがとう、芝目さん。」
作り笑顔で彼女にそう伝える。
頼む…どうかせめて何か返してくれ…!
「は…はい…」
…
俺は頷いて踵を返す。帰ろう。俺は…やっぱりダメかもしれなかった。
ーーふと、そう思ったときに小さな声が俺の背中にぶつかった。
「あ、あり…がとう…ございました。」
耳を疑って振り返ってみた。
芝目さんはお辞儀して、肩にかけたカバンを整えながら足早にその場を去っていく。
顔は俯いたままだった。
けど、ほんの少しだけ芝目の声を聞けた気がした。