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宿題と答え合わせ

最後のチャイムが鳴るとともに、俺は宿題のプリントを脇に挟んで芝目の席に向かった。

背中を軽く叩かれ、振り返ると茂が手を振って笑っている。


「先に帰るから、頑張ってね」


「ああ、また明日ね」


足が勝手に前へ進む。まるで慣性に押されているみたいだった。

よくわからないけど、悪い気じゃなかった。


宿題を話そう、そう思った。

一緒に勉強すると言った俺は、そこから始めればいいと考えた。


学力で苦戦していることだけはわかっているけど、具体的にどのように困っているかを確認しなきゃいけない。

それに、芝目と話すにもちょうどいいトピックなはずだ。


芝目の方を見ると、彼女は帰る準備をしていた。

無言のまま、流れ作業のような動作に、俺を待っている気配はなかった。

当然のこと。先に話せばよかった。


それに気づいたころにはもう遅い。

芝目の席に立つと、芝目の肩が小さく跳ねた。

けれどおびえた様子はなかった。

顔をあげ、ゆっくりと目を合わせる。


「…さ、坂田くん…?」


声は小さいが、震えは和らいでいた。

それがわかっただけで、心が少しだけ躍る。


でも、帰る準備をしていた様子を見ると、躊躇いを覚えた。

引きとどめちゃ悪いんだよな。


「あ、ごめん。もう帰るんだったな」


芝目は顔を伏せて抱えているカバンを見る。

しばらくだけ静かにそのままになって、再び口を開ける。


「は、はい……でも、坂田くんの話なら……」


少し後ろめたく感じてしまう。

思わず頬を掻いて、笑顔だったはずの顔に違和感を覚える。


仕方ない。休み前出し、じっくりゆっくり話を進めればいいはず。

今回は引き下がるように、俺はまた話し出す。


「まあ、大したことじゃないので、また今度でいいよ」


俺が言い終えると、芝目は手に力を込めたように拳が白くなった。

それに気づいたと思ったら、芝目は踏ん張るような声をあげた。


「ーーい、いえ……!その…話したい、です……」


耳元が赤く染まっていた。

意外なその態度に、俺まで顔が熱くなった。


落ち着け、俺。

やると決めたし、芝目もやりたいって言った。


男らしく、会話を進めよう。


「そ、そうか。じゃあ、ここ座るね」


咳払いして、前の席の椅子を引いた。

腰を下ろしながら芝目の肩に震えはなかったことを見ながら、プリントをテーブルに広げた。

芝目は抱えていたカバンをゆっくり床に置くと、俺はまた口を開けた。


「えっと…宿題の話なんだけど」

面と向かってこれだけ近くに座るのは初めてだった。

そんなことに気づいた途端、心がまた跳ねた。


「い、一緒に勉強するわけだから、芝目さんはどこで手間取っているかを宿題で確認しようかなって」


不安なのか、芝目は肩を縮ませた。だけど、小さくうなずく仕草に確かなやる気があることが伝わった。


「じゃ、じゃあ…とりあえず一緒にちょっとやろうか。」


「…はい…」


それから芝目は筆記用具とプリントを用意して俺と一緒に取り込んだが、表情は強張ったまま。

最初の問題に鉛筆が浮いていると、手が止まっていた。


「…芝目さん?そこがわからない?」


俺の緊張はいくらかほどけていった。

代わりに胸に広がったのは、芝目を放っておけない気持ちだった。


最初の問題は、教科書を見れば回答が書いてあるぐらい簡単なはずだった。

固まっている芝目を見て、返事を待っても来なかった。


……もしかして、人間恐怖心が働いているのか…?


ここまで近くに座るのは始めただから、スペースに侵入しすぎているのかもしれない…!

慣れの場を忘れていた!


顔を引きつって、周りを見始める。

どうしようかと、頭を全力で回してみた。


一旦スペースを置かないと。

教室は席の机以外に座るところはない。席替えして距離を取りすぎると嫌気を出してしまいそうだから気が引ける。

悩んでいるうちに目がいま座っている席に留まると、ある考えが浮かんだ。


立ち上がって、席の机を持ち上げる。


「ごめん、芝目さん。ちょっと窮屈だったよね」


「…え?」


それを芝目の机にくっつくように前に置いた。自分のプリントと筆記用具を自分の方に寄せて、向かい合うように座り直してみる。見上げると芝目と目が合った。

きょとんとして目は戸惑いと、でも少し安心したような表情だった。


場を和ませるように、彼女に笑みを向けてみた。


「こうしたらやりやすいよね?」


これで少しでも怖くならないでいてくれるといいけど……


芝目は無言のまま俺を見つめていた。

しばらく沈黙が続き、やがて彼女はまた顔を伏せる。


ふとそのとき……ほんの少し口元が柔らいだように見えた。


「はい…そうですね」


一息を吐いて、俺は再びプリントの方を見る。


彼女は鉛筆を握り直してまたプリントを見るが、それでもその鉛筆は動かなかった。


……スペースが足りていないのか…


引き下がろうと机の横に手を置いたその時、芝目からかすれた声が漏れた。


「そ、その…実は私…全然勉強できていないんです…」


伏せた横顔に恐怖はなく、ただ弱さをさらけ出す響きがあった。


「……うん、わかった。じゃあ、俺が教えるよ。」


教科書を開いて課題に沿って説明すると、芝目は静かに耳を傾ける。

全部がわからなかったらしい。


……しかし、その割に教えた内容は芝目の中にスッと入ったように感じた。


問題一個一個に話したら、彼女はしばらく考えて正解をプリントに埋める。

時に芝目から問いかけがあり、どれも意外に鋭く核についた内容ばかりだった。


……いうほど、勉強ができないわけではなさそうだった。

集中ができず、勉強に取り込むのが苦手だったという印象が強かった。

それもおそらく、人間恐怖心による問題なんだろう。


そう思ったとき、胸からあたたかな感情が湧き始めた。

俺のことは信頼してこのように勉強できている。


なんだか、自分だけが特別な存在みたいで……何というか…

すごく嬉しかった。

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