第8話:取り憑かれた街の友達
リリアは、またひとつ街を後にした。
彼女は、自分がネクロマンサーであることが、滞在している街で広まるたびに、新たな居場所を探さねばならなかった。
死者を操る者──それは、多くの人にとって忌避すべき存在であり、関わりを持つだけで不幸が及ぶと信じられていた。その偏見は根深く、説明の余地すら与えられない。
特に宿屋は、最も敏感だった。
一度でも「ネクロマンサーらしい」という噂が立てば、即座に部屋を貸してもらえなくなる。鍵を返せと言われ、荷物を外に放り出されることも、一度や二度ではない。
冒険者ギルドの対応も変わらない。
受付の者は、彼女の顔を見ると眉をひそめ、書類や報酬を投げるように手渡す。口をきくことすら避けるものもいた。それでもリリアは、文句ひとつ言えなかった。
彼女は、アンデッドを使役しているのだ。普通の人々からすれば、やはり、近寄らない方がいい。
そうして、今回、リリアが辿り着いたのが、「取り憑かれた街」と呼ばれる土地だった。地図にある正式名称は別にあるが、人々はそう呼ぶことを選んだ。
この街では、過去に何度も疫病が流行し、多くの命が失われた。誰もが口には出さないが、「何か」がこの街に巣食っていると信じられていた。
忌まわしい過去が、この街の人々の心に影を落としていた。自然と、この街でないと、生きる場のない、はぐれ者たちが集まってくる。
笑い声も少なく、通りを歩く人々の顔には、怯えと諦めが入り混じったような陰りがあった。けれども、リリアにとっては、そうした陰鬱な空気は、むしろ居心地がよかった。
誰も他人に深く関わろうとしない。それは彼女にとって、とても都合がよかった。
この街のギルドでの冒険者登録。普通であれば、リリアが、職業欄に「ネクロマンサー」と書き記すと、受付に緊張が走り、バックオフィスから、上席の担当が出て来る。
しかし、この街の冒険者登録は、違っていた。彼女の前に現れた受付嬢は、リリアがネクロマンサーであることを示しても、意外にもやさしい声で話しかけてきた。
「ネクロマンサーの冒険者なんて、私、はじめてです!」
その声には、嫌悪や警戒の色が全くなかった。年の頃はリリアと同じくらいの、小柄な若い女性だった。栗色の髪を後ろでひとつにまとめ、控えめな微笑みを浮かべていた。
「すみません!冒険者ランクも、本人確認のため、教えてください」
言われたとおりに手続きを済ませると、彼女──アリシアと名乗った受付嬢は、丁寧に、報酬体系に関する説明を行い、リリアに覚書を手渡した。
アリシアの所作は、リリアにとってあまりに異質だった。生きている誰かが、リリアがネクロマンサーであることを知ってもなお、微笑みかけてくれるなど・・・もしかしたら、エルフの里を出て以来のことだった。
最初のうちは、リリアはその親切を警戒していた。どうせ、またどこかで噂を聞いて背を向ける。それがいつものパターンだったから。
だが、アリシアは違った。話しかけるたびに、ほんの少しだけ距離を縮めてくる。「調子はどう?」「最近、あの宿屋は空いてないみたい。こっちの店なら、融通が利くわ」「今日も、ひとりで晩ご飯?」
アリシアは、誰よりもリリアの孤独を見抜いていた。ある日、リリアが思わず尋ねたことがある。
「どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
アリシアは、少しだけ視線を落としてから、答えた。
「私、小さいころに父を戦争で亡くしてね。母もそのあと病気で・・・ずっと、ひとりだったの。友達も、できなかった」
「だから、たぶん・・・あなたの気持ち、少しはわかるつもり」
リリアは、黙ってその言葉を受け取った。同情ではなかった。無理に踏み込むこともしない。ただ隣にいてくれる。
それが、どれほど救いになるか──リリアは誰よりもよく知っていた。
それから、二人は時折、ギルドの裏手の小さな中庭で言葉を交わすようになった。
たいした話をするわけではない。
今日の天気とか、街の騒ぎとか、噂話とか。
けれどもその時間は、リリアにとって、はじめて「居場所」と呼べるものだった。
取り憑かれた街の片隅で、ひとりぼっちだった二人の少女が、少しずつ寄り添っていく。