第34話:霊力の封殺
「ついてきなさい。ここは長くとどまる場所ではない」
また、アルセリウスの姿は見えなくなっていた。その低く、静かな声だけが告げる。だがその一言に、抗えぬ力が宿っていた。リリアは一瞬迷ったが、アリシアの腕をそっと引いて、声の聞こえた方向に向かって歩き出した。
アルセリウスの優しい声に導かれ、ふたりは古びた石段を下り、小さな廃教会のような建物へとたどり着いた。壁には蔦が絡まり、扉は半ば朽ちかけていたが、不思議と内部は静謐に保たれていた。
「ここなら、あの気配も追ってこれまい」
アルセリウスはそう呟くと、急に姿を現し、火も灯さぬまま奥の椅子に腰掛けた。
「アルセリウス・・・何度も助けていただいております。あなたは、いったい・・・?」
リリアは思わず口にしていた。指先が震えていた。アルセリウスは少し目を細めた。その赤い瞳は、遠い過去を見るような深さを湛えていた。
「・・・勝手ながら、君を守ると・・・君が生まれる前から決めていた」
「どうして・・・私を?生まれる前って・・・」
問いの先を、リリア自身も掴めないまま、それでも言葉を投げる。
「君が・・・リビエラだからだ」
その名を呼ばれた瞬間、胸が強く脈打った。何度も自分の名を聞いてきたはずなのに、その一言は、まるで心臓の奥を直に掴まれたような衝撃をもたらした。
アルセリウスは静かに続ける。
「かつて、この地が聖域として封じられる前・・・私はそこで生きていた。共に生きた女がいた。君によく似た・・・いや、まぎれもなく、君なのだ」
「それって・・・」
「これ以上は、今はまだ・・・伝えるべきではないと思う」
アリシアが息をのむ気配がした。リリアは何も言えず、その場に立ち尽くした。胸の奥で、なにかがずっと疼いている。知らないはずの記憶が、言葉の背後に揺れていた。