第30話:影の剣、紅の誓い
霊圧の膜が崩れ始めた森に、静かに重なるように、気配が現れる。リリアとアリシアが身を起こした瞬間、森の木々が風もないのにざわめいた。
現れたのは、漆黒の影。
風を切るように、静かに、だが圧倒的な存在感とともに現れたその男──アルセリウス=ノヴァだった。
これまでは、暗闇に紛れてよく見えなかった。しかし、アルセリウスは、不気味な仮面をかぶっていた。滑らかな銀の表面に、歪んだ紋様が刻まれ、まるで感情を拒むかのように冷たい。
仮面の奥に隠された素顔は誰も知らない。だが、紅の瞳だけは、その奥に確かな意志と情念があることを物語っていた。
その姿はかつてよりも明確で、もはや“観察者”ではなかった。紅の瞳がリリアをまっすぐに捉える。
「邪魔立てして、すまない。死霊術師、そして、器を超えた少女」
リリアは立ち上がる。その顔に驚きはなかった。
「なんだか、きっと・・・来てくれると思ってた」
「最後の帳が破られる瞬間は、どうしても見届けたくてね」
アルセリウスは視線を森の奥へ向ける。そこでは、巨大な“獣の影”が、空間そのものを喰らいながら胎動していた。
「これはもう、死霊術ではない。存在そのものが“呪い”だ」
リリアは頷き、封呪具を構える。アリシアも、父の死霊の背に立っている。
「私たちだけでは、届かない・・・」
その言葉に、アルセリウスは口元をわずかに緩めた。
「ならば、そろそろ私も“隣”に立たせてもらおう」
彼の剣が抜かれる。黒い霊剣──影と血を宿すような刃が、夜の森に静かに輝いた。
「アルセリウス=ノヴァ、ここに誓う。信じてもらえないとは思うけれど・・・君たちと歩く未来に、私の刃を」
影と霊と人とが重なり、最後の戦いが始まる──その直前。リリアは一度、アリシアと目を合わせ、そしてアルセリウスに頷いた。
「行こう。“命を愛する背徳者”として」