第3話:名を呼ぶ者たち
かつて、リリアがまだ死霊とは無縁だったころ。それは、すべてが燃えていた日のこと。
空は赤黒く染まり、森の聖域は業火に包まれていた。リリアが生まれ育ったエルフの里──エリュセナは、今まさに終焉の時を迎えていた。
魔王軍と密かに同盟を結んだ人間の軍勢が、祝祭の夜を狙って攻め込んできたのだ。火の粉が舞い、聖樹は焼かれ、子どもたちの笑い声は、断末魔の叫びに変わっていった。
リリアは、神託の星が現れた夜に生まれた。その運命の兆しに、里の民は深い祈りを託した。彼女は、生まれながらに誠実で、まるで民の願いが形になったかのように、清らかに育っていった。
だからこそ、その神託の少女は、守られることを望まなかった。剣を手に取り、民を守らんとし、戦った。そうしてリリアは、誰よりも遅れて逃げた。
逃げ遅れたその場所で、彼女は立ち尽くしていた。民は皆、倒れ、血に沈み、静かになっていた。風の音さえ、もうなかった。
そして、彫刻のようなリリアを捉えようと、リリアに近づく兵士たちの姿が黒い塊のように見えたときだった。
突然、大地がざわめいた。
死者が、一人、また一人と立ち上がる。
少年が、老人が、若き娘が、壮年の戦士が。
傷だらけの身体が、地に落ちている剣を、再び手に取る。
彼らは皆、リリアの名を呼んだ。
「リリア様・・・」「お逃げを」「守らねば・・・」
声にならぬ声、息を失った胸、焦げた指先が、それでも彼女に向かって伸ばされた。
誰もが、死してなお、彼女を守ろうとした。
それは奇跡ではなかった。
それは、願いだった。
リリアの足元に、黒い環が生まれた。
名を呼ぶ者たちが、その中心に集う。
《屍想の環》──この力は、彼女が望んだものではない。
ただ、死者たちが、聖なるリリアに、生きていてほしいと願った結果だった。