第29話:死の中の叫び
幻が消えた直後、空間の歪みが収束するかに見えた。だが、それは終わりではなかった。結界の中心に残された“核”が、砕けた空間の残滓を吸収しながら、異常な速度で膨張を始めたのだ。
重騎士の死霊が、無言のまま、しかし即座にアリシアの前に立ち、盾を構える。
「来る・・・!この空間自体が、暴走する!」
リリアが警告を叫ぶも、間に合わなかった。結界の崩壊に巻き込まれた二人の身体は、異空間の重力に引き裂かれるようにして呑み込まれる。
暗転。静寂。そして、ひとつの声。
『・・・喰わせろ・・・命を、魂を、喰わせろ・・・』
リリアの意識が深く沈む。魂の奥底に“獣”のような存在が入り込んでくる。死霊術の核を直接汚染するような、原始的で飢えた霊圧。
だがその時──アリシアが動いた。意識を保ったまま、彼女は必死に手を伸ばし、リリアの胸に触れる。
「お願い・・・負けないで・・・あなたは、誰よりも命を愛してる人だから・・・っ」
アリシアの声が、リリアの中の“侵蝕”に光を差し込む。そしてその声に応えるように、重騎士の死霊が再び剣を振るい、空間そのものに楔を打ち込むようにして構造を断ち切る。
破裂音。そして、静寂。
二人は祠の地上へと弾き出されていた。重騎士の死霊は片膝をつき、剣を地に突き立てていた。アリシアはリリアを抱き起こす。リリアの瞳が、ゆっくりと開く。
「・・・助けられた、のは・・・私の方、ね」
微笑むような声。リリアはかつてなかった“恐怖”を味わい、それでも支えられた事実に、深い感謝と敬意を滲ませていた。
その時、森の空気が変わる。長らく覆っていた霊圧の膜が、静かに、しかし確かに崩れはじめていた。だが、遠くで再び──何かの気配が、目を覚まそうとしていた。