第18話:銀の騎士との対話
その夜、宿に戻ったリリアは、ひとり窓辺に佇んでいた。
子どもたちの魂は、解放された。だが、あの霊的な“楽園”を作り上げた銀の騎士──アルヴェン・ロスヴァレイの存在は、依然として霧の奥に残されたままだ。
彼の意志を、確かめなければならない。それは、この街に囚われた者たちすべての“答え”に繋がると、リリアは感じていた。
「・・・今夜、もう一度、礼拝堂に行ってくる」
アリシアにそう告げると、彼女は何も言わずに頷いた。再び、霧の学び舎へと足を運ぶ。灯りの絶えた講堂。その奥、幻の草原が崩れた礼拝堂の中心。
リリアはゆっくりと手をかざした。
「アルヴェン・ロスヴァレイ。もし、あなたがまだここにいるのなら・・・答えて」
空気が震える。地の底から、金属の軋む音が響く。そして、現れた。銀の鎧をまとい、顔の見えない兜を被った霊体が、霧の中から歩み出る。
「私が・・・アルヴェン。かつて、この街の盾であり、子らの剣であった者」
声は静かで、深く、どこか懐かしささえ感じさせた。
「なぜ・・・子どもたちを、あのようなかたちで留めたの?」
リリアの問いに、銀の騎士は小さく首を振った。
「戦火に焼かれ、飢えに苦しみ、親を喪い、泣き叫ぶ子どもたちを見た。私は・・・もう、彼らに“死”さえ与えられぬと思った」
「だから、守ったのね。魂ごと、夢のなかに」
「それが、彼らにとっての安らぎになると・・・信じた。だが、間違っていたのだな」
霧の中で、銀の鎧がわずかに沈む。騎士は、悔恨を込めて語る。
「彼らは、いつまでも“幸せの記憶”に縛られ、次へ進めずにいた。あれは・・・安息ではなく、停滞。私は、彼らを“死”という真実から遠ざけてしまった」
「でも、あなたの想いがあったから、私は彼らを解放できた。あなたの祈りが、今につながったのよ」
リリアはそっと目を伏せた。騎士は、剣を地に突き立て、跪く。
「ありがとう、聖なる術師よ。君が来てくれて、本当に良かった」
「・・・聖なる術師・・・私は、そんなに素敵なものじゃない。穢れた、死霊術師よ」
そして、その身が光に包まれる。銀の鎧が砕け、無数の羽のような光となって空へ舞い上がっていく。それは、ようやく救われたひとつの魂の旅立ちだった。
リリアは静かに呟いた。
「安らかに。あなたの選んだ道は、決して間違いじゃなかった」
その瞬間、礼拝堂の霧が晴れ、空気が澄んでいく。そして、遠く離れた屋根の上──黒い影が、そっと目を細めていた。
(・・・これで、ひとつ、終わったな)
黒の騎士アルセリウスは、誰にも見られることなく、ただ静かにその場を離れていった。彼の顔に、深く優しい笑みがたたえられていたことは、誰も知らない。