第13話:灰霧の街、アルメルディア
やっと、リリアとアリシアが辿り着いたのは、深い灰霧に包まれた街だった。
その名はアルメルディア。だが、地図の上では黒く塗り潰され、口にする者も少ない。かつて、王国の北端に位置した美しき学術都市は、ある事件を境に、霧の中へと沈んだ。
街の入口に立った瞬間、アリシアが足を止める。
「・・・なんだか、息がしづらい・・・?」
それは霧のせいだった。鼻を突く腐葉土のにおい、沈殿した空気、そしてうっすらと漂う死の気配。リリアは黙って、ローブの裾を引き寄せた。
「アリシア、ここ、普通の街じゃない・・・」
言葉にせずとも、二人の間に共通の緊張が走る。街は静かだった。人通りは少なく、店は半分ほど閉じられ、開いている屋台の者たちも無言で作業をしていた。
冒険者ギルドは、中央広場に面した旧城館の一角にあった。
外壁には長い年月の痕跡が刻まれ、苔が這い、看板はほとんど読めない。それでも中へ入ると、かすかに活気が感じられた。
「えっと・・・依頼の受付は、こちらですか?」
アリシアが慣れた調子で声をかけると、受付の壮年男性が目を細めた。
「新顔か。こんな時に、よく来たな」
「こんな時?」
リリアが首を傾げると、男は重いため息をついた。
「ここ数ヶ月、この街では子どもが消える事件が相次いでる。捜索依頼も出したが、誰も見つけられねぇ。遺体も痕跡も、何も残らん。まるで・・・最初からいなかったみてぇに」
言葉の奥に、諦念と恐怖が混じっていた。
リリアは、無言で霧の外に視線を向けた。その時だった。
霧の中──ごく一瞬、何かが動いた。
人影ではない。獣でもない。
それは、風のように滑る漆黒の影。
黒い騎士・・・その気配を感じたのは、リリアだけだった。
(・・・また、あなた?)
声にならない問いが、胸の奥で揺れる。
だが影はすでに消え、霧は何事もなかったかのように、静かに揺れていた。
その夜、宿の窓辺に立ったリリアは、霧に包まれた街を見下ろしていた。アリシアはすでに眠りにつき、小さな寝息を立てている。
リリアはそっと呟いた。
「・・・この街の死者たちが、何を語るか。聞かせてもらうことにする」
そして彼女は、静かに眼を閉じた。夢の中に、子どもたちの声が響く。
「・・・たすけて・・・」「ぼく、ここにいるよ・・・」「かえりたい・・・」
霧の奥で、何かが泣いていた。