第12話:名を問う朝
夜が明けた。森の木々が朝日を受けて白く輝き始めるなか、鳥たちが静かに囀っていた。
リリアは目を覚まし、寝台代わりの布から体を起こした。
その瞬間、自分の身体がいつになく軽いことに気づく。
街の宿屋で寝るよりも、ずっと安心して眠れていた。
それは隣にアリシアがいたから。そして、あの声があったから。
黒の騎士──名も知らぬ影が、夜を護ってくれた。
胸の奥に、柔らかな灯火のような安堵が残っていた。
まだ眠るアリシアの寝顔を見てから、リリアはそっと立ち上がった。
そして、森の奥の闇に向かって、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、黒の騎士様。これまでになく、とてもよく眠れました」
風が静かに揺れる。
「せめて、お名前を聞かせてはいただけないでしょうか?」
一瞬、すべてが静止したような沈黙。だが、次の瞬間──
「名か・・・」
その声は、昨日と同じ、やさしく低い声だった。
姿は見えない。
しかし確かに、森の奥から響いてくる。
「私の名は・・・」
言葉の端が風に混じり、空気の奥深くへと溶けていく。
「アルセリウス=ノヴァ。君を、決して一人にはしない者だ」
彼の名は、古代エルフ語で「夜を歩く孤高の者」を意味する。その意味は、リリアの胸に確かに刻まれた。
その瞬間、何かが始まる音が、どこか遠くで鳴ったような気がした。