表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

8月

登場人物

 満月 雅:才色兼備の優等生。

     全校生徒の憧れの的。

     感情をあまり外には出さない。

 星空 数多:満月 雅の親友。

      雅とは違い勉強が苦手。

      でも、性格がいい。

 闇空 覆:少し不真面目な雰囲気のある少女。

     2年生になってから雅の友達になった。

 陽光 欠:不思議な雰囲気のある少女。

     かわいい。

 新月 虚 : 才色兼備の優等生

     全校生徒の憧れ(妹に欲しい)

 高薙 敦 : 新月 虚の幼馴染

     180cmを超える恵まれた体格を持つバレー部のエース

 寺崎 糸 : いつも新月 虚と一緒にいる気弱な少女。

     自己肯定感が低いが、諦めの悪い努力家で割とハイスペック。

 黒白 麗音 : 新月 虚の腐れ縁

       音楽家の家庭に生まれた天才


注意

- この物語はフィクションです。

 実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。

- この物語には百合的要素があります。苦手な方はご遠慮ください。

 また、ユリ小説ではありません。そのため、親友より上の関係に発展することはありません。ご了承ください。

- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。

雅の家の中にある10畳の和室。

そこは、両親、祖父母との5人暮らしには少し広い12LKDの間取り故に生まれた、普段は使用されていない余り部屋である。

この部屋は雅が学校の友達を呼んだ時などに使われていた。特に、夏休みに入ってからは雅と欠がこの部屋で勉強をしていた。

今日も昼から2人がこの和室にいた。

和室の真ん中には8人で食事できるような大きな座卓がある。

2人はその座卓に向かい合う様に……ではなく、横並びに座っていた。

雅は今日も数学の専門書に頭を悩ませている。欠はそれとは別の持参した専門書を横で開いていた。

「ねぇ。欠」

雅は専門書から目を離してそう言った。

「雅。どこがわからないの?」

欠は栞紐を挟んで専門書を閉じた。そして、自分の横に置いてあったA4サイズのホワイトボードと水性ペンを手に取った。

「分からない訳じゃないわ。そうじゃなくて向こう側に座ってくれないかしら?」

雅はそう言って目線を机の向こう側に向けた。

「なんで?こっちの方が数学を教えるのに都合がいいよ」

欠は不服そうに首をかしげた。

「少し暑いのよ」

雅はそう答えた。

言われてみれば暑かった。

雅の家は海沿いであり、比較的涼しい。そのためか、普段はすだれと扇風機で十分だった。

しかし、こうやって横に人がくっついていると暑い。雅は身体の左側が、欠は右側が少し汗ばんでいた。

「そうだね」

欠は立ち上がった。少し雅から距離を取った。

和室の中を海の匂いを乗せた潮風が通り抜けていく。涼しく感じた。

少し考える。

「冷房つけよう」

欠はそう言って襖と障子を閉め始めた。

雅は諦めた様に「そうね」と言ってエアコンの電源をつけた。

欠は雅の横に戻ってきた。

そして、さっきまで暑さ故に無意識で開けていた分の距離を詰めて、専門書を開いた。

雅も目線を専門書に戻した。


2時間程2人はそれぞれの専門書を読んでいた。

その間に雅は3回程欠に声をかけた。その度に、欠は嬉しそうにホワイトボードに持ち替えて一緒に考えてくれた。

ヒントはいくらでもくれるが、決して教えてはくれない。

でも、1人でいるときよりも進みは遥かに早い。それに何故か集中できる。

雅はこの2時間で20ページも参考書を進めることができた。

2時間程経ったのと、キリの良いところまで進んだので、雅は専門書を閉じた。そのまま、両手を広げて後ろへと倒れ仰向けになった。

「そろそろ休憩?」

欠はそう聞きながら本を閉じた。

雅は少しだるそうに「ええ」と答えた。

「なら、私も」

欠も仰向けになった。自然と欠の手と雅の手が重なる。

欠にとって雅の手は冷たくて気持ちよかった。

雅にとって欠の手は温かすぎた。でも、払いのけるようなことはしない。

2人はしばらく横になっていた。

欠の体温で雅の手が大分温かくなった頃に欠は身体を起こした。

「雅、そろそろ続きしよ」

欠は自分の参考書を開いた。

雅は起き上がることはなく横になったままだった。

「もう少し待って……」

元気のない声でそう言う。雅にしては珍しい。

「なんか最近の雅、休憩多くない。

 何か集中できない理由でもあるの?夏バテとか?体調悪いとか?」

欠はそう言いながら雅の腕を掴み、脈を図る。時計の針のように乱れがない。速さも平均的。異常なし。

雅のおでこに手を当てる。雅の手と同じように冷たい。熱があるわけでもない。

雅は「違うわよ」と言って欠の触診を一旦やめさせた。

欠は心配そうな目で雅を上から覗き込んでいる。欠の影が雅を覆う。

「専門書が重たいのよ。

 高校の勉強と違ってずっと考えながら読まないといけないから、

 たった2時間でも7時間分の授業をこなした後みたいにしんどいのよ」

雅は欠にそう説明した。

専門書を読んでいる間は常に脳が熱くなる感覚がする。その分頭がさえている感覚がする。

でも、全力で走った後に足が動かしにくくなるように、脳がどんどんと重くなってきて疲れて来る。

雅は、勉強中にすぐに集中力が切れる星空に『もう少し頑張って欲しい』と思っていた。

でも、星空にとって学校の勉強は専門書のようなもので、星空もこんな感じだったのかもしれない。

「なら、箸休めに高校の勉強でもする?」

欠はそう提案しながら雅の手を引っ張った。

雅は「夜にしているから十分でしょ?」と返した。

「そうでもないよ」

欠は唐突に真剣なトーンを使ってそう言った。

「えっ?」

雅は目を大きく開けて欠の目を見た。

疲労で鈍り切った雅の頭も、欠の反応に驚いた。

「30、28、27、23、19、17、14、13、10、8、5、4」

欠は雅の瞳の奥を覗きながら何かの数字を数え始めた。

「その数字何かしら?」

雅は気になってそう聞いた。

欠は後ろ向きに倒れて仰向けになった。そして、雅の右頬に自身の右手を当てた。

疲れ切った雅には欠の右手が決してほどけない縄のように感じた。

欠は右手に力を入れて雅の目線を自分の方へと向かせた。

「分かっているでしょ。

 雅と新月さんとのテストの点差だよ」

欠は静かにそう言った。

雅も薄々感づいてはいた。

雅は不動の学年1位と言われていた。

でも、雅と新月 虚との差はだんだんと狭まっていっていた。そして、その差が広がったことは一度もなかった。

「そうね」

雅は重たいため息を付く。

雅は新月 虚に負けることが怖かった。

欠はそんなことを許してくれない……?

それに……。

そんな雅に欠は笑顔を向けてくれた。

「でも、大丈夫だよ。

 雅は新月さんに負けたりしない。

 夏休みにしっかり復習して課題テストで差をつけよう」

欠はそう言いながら雅の顔の右半分を自分の右手で覆っていく。

雅の顔は欠の温かい手に覆われていく。

「そうね。

 頑張らないといけないわね」

雅はそう呟いた。

欠の右手首をつかんで引きはがす。

そして、体を起こす。

「高校の勉強でもわからないところがあったら言ってね」

そう言って欠も体を起こした。


T浜の花火大会当日11時30分。

星空は闇空との待ち合わせのためにG城前駅の入り口へと向かった。

恰好は花柄ワンピースに、麦わら帽子、サンダル、そしてワンピースの胸ポケットにはサングラス……。

何時もの髪留めは外して前髪は横に流している。

リゾート地の海岸を散歩するような格好である。

手にはそんな恰好とは不釣り合いな大きめのトートバックを持っていた。

中には海で使うための水着や日焼け止め、化粧セットと夜着るための浴衣セットが入っている。

今日の準備は万全である。

遅刻しないように家もはやく出た。

そのために集合時刻までまだ時間があった。

その時間を駅構内のカフェにでも入ってつぶそうか等と考えながら、歩いていると闇空の後姿が目に入った。

比較的人の多い夏休みのG城駅。

その中でも闇空の姿をすぐに見つけることができた。

何故なら……。

闇空は、何時もの無理に着崩した制服姿だったからである。

星空はいたずら心から、闇空に声を掛けることはせずに、こっそり後をつけることにした。

闇空は星空との待ち合わせ場所へと真直ぐに向かう。

星空が少し距離を置いていたために、闇空が気づく気配はなかった。

闇空は待ち合わせ場所に着くと辺りを一通り見回し、カバンから本を取り出した。

星空は、一人で本を読みながら待つ闇空の元へと近づいて行った。

「闇空。何読んでるの?」

星空はそう声を掛ける。

闇空は「これ」と言って本を星空の方へと向ける。星空は思わず「うぇっ」という声を出した。

本には数字の羅列が書いてあった。恐らく夏休み前に買った専門書だろう。

闇空はその本を仕舞いながら、「星空。もう行こうか?」と言った。

「そうだね」と星空は答える。

二人は改札に向けて歩き出した。

「ところで闇空。今日はなんで制服なの?」

星空は歩きながら気になっていたことを聞いた。

闇空はさも当然という風に「学生だから」と答えた。

星空にはよくわからなかった。でも、闇空らしいと思った。

星空は念のため「着替えは?」と聞いた。

闇空は「水着は持ってきたぞ」と返した。

「浴衣は?」

「浴衣?」

闇空は初耳と言った顔をする。まぁそう言う話はしてこなかったのだから、当然だ。

星空が「夏祭り=浴衣」という考えから、勝手にみんな浴衣を着て花火大会に行くと思っていただけなのだから。

「なら、花火大会はその恰好で行くの?」

星空は恐る恐るそう聞いた。

「もちろんだ」

闇空は迷いなくそう答えた。星空はため息が出そうになった。

「そう言えば、星空。宿題の方は進んでるか?」

今度は闇空が星空に気になっていることを聞いた。

「大丈夫」

星空は自信満々にそう答えた。

「なら、半分ぐらいは終わっているんだな」

闇空はそう言って安堵の息を吐く。

星空はそれに対して「まだ8月になったばかりだから」といい笑顔で返した。

今度は闇空がため息を付きたくなった。

「そうか」

闇空は苦笑いをしながらそう返した。


雅の家に着くと、3人は水着に着替えて海へと向かった。

夏休みということもあり、この時間帯は人がたくさんいる。しかし、今日は夜の花火大会に備えてか、人がまばらだった。

「うぉー。空いてる」

星空はいつもより1段高いテンションでそう言った。両手を天に掲げ体を伸ばす。星空の水着は水色のビキニである。靴はサンダルである。サングラスは泳ぎの邪魔になるので置いてきた。

「そうね」

雅がそう言って星空の横に並ぶ。雅の水着はボディラインが出ない黒のワンピースタイプの水着である。素材以外は普通のワンピースと同じ様な作りになっていた。靴はマリンシューズである。

「そうだな」

闇空がそう言って雅の横に並ぶ。闇空の水着はセパレートタイプの水着である。上は半袖で鼠径部辺りまで丈があり、下はスカート型でボディラインが出ないようになっている。靴はこちらもマリンシューズであった。

因みに闇空は「今年は冒険して露出多めの水着にした」と言っていた。制服姿に比べると露出は多いが、水着としては露出がかなり少なめだ。

星空は2人の水着を見比べた。

「どうかしたかしら?」「どうした?」

2人がそんな星空の目線に同時に聞いた。

星空は「なんでもない」と答えた。2人と並ぶと自分の水着が浮いて見えるような気がした。まぁいいや。

「ねぇ、雅。あれ、いかだ?」

星空は海の上に浮かぶ四角い物体を指した。

「ええ。そうよ」

星空の言う通りいかだである。俵ブイを6×4の24個並べた上に、木材の足場を作ったものである。四方には手すりがあり、近所の悪ガキどもはその手すりを飛び込み台替わりに使っている。

「なら、まずいかだまでいこう」

星空は目を輝かせて、海に向いて走り出した。

「結構向こうの方にあるから気をつけてね」

雅は星空を追いかけながらそう声を掛ける。闇空もそれについていく。

「冷っ」

星空は海に片足を入れると、そう言ってすぐに後ろに下がった。

日光の照り返しで暑くなった砂浜とは対照的に、海の中は冷たかった。澄んでいるという感じだ。

そんな星空とは違い雅は何の躊躇もなく海の中へと入った。

「冷たくない?」

「すぐに慣れるわよ」

「そう」

星空はもう一度片足を入れる。やはり冷たい。我慢してもう片方の足も入れた。

そのまま奥へと入っていく。

闇空は自分の胸に水を2、3回かけてから入った。

3人はそのまま泳いでいかだの方へと向かった。


3人は花火大会に備えて、少し早めに切り上げた。

雅の家で順番にシャワーを浴びて塩を落とした。そして、10畳の和室へ向かった。

最後にシャワーを浴びた雅が和室に入ると、2人はテーブルに置かれた麦茶とお茶菓子(闇空の手土産)を囲んで話していた。

そこに雅も交じる。

しばらくして、夕方ぐらいになった頃、浴衣の着付けを始めた。

星空の反対等により、闇空は制服ではなく、雅の浴衣を借りて花火大会に行くことになった。

3人は雅の母親に着付けをしてもらうと、お互いの浴衣姿を見せあった。

雅の浴衣は、黒い生地に金色の絵がところどころにあしらわれた蒔絵のような柄である。下の方には草木の絵が描かれ、上部には雲の隙間から覗く満月の絵が書かれていた。

浴衣にあわせて、雅は髪を結んでいた。

星空の浴衣は、紺色の生地に緑色の蛍光がちりばめられていた。帯には川の流れをイメージした流れのある曲線が刺繍してあった。

闇空の浴衣は、雅が中学3年の時に着ていたものである。黒い生地に白色で描かれた向日葵があしらわれたものである。向日葵は活けた様に茎から葉のついたものが上へと向かって描かれていた。

「記念撮影しない?」

2人の浴衣を見て満足した星空が提案した。

3人はそのまま並んで記念撮影をした。



寺崎は普段であれば有り得ない満員電車に揺られて、T浜駅に着いた。

電車のドアが開くと人が雪崩のように外へと出ていく。人の流れに流されてT浜駅の外へと出る。海の匂いがする。

人の流れから離れて、駅舎の壁に体をピッタリとつける。

人の流れを見送って、メッセージを確認した。

『次の電車で行く』というメッセージが、寺崎が電車に乗ってすぐのタイムスタンプで入っていた。

新月 虚は次の電車で来るだろう。寺崎はそれまでの間あたりの風景を眺めていた。

T浜は駅から出ると右手に漁港が、左手に住宅地が広がり、その間に商店街がある。

寺崎は珍しそうに漁港を見ていた。

するとすぐに次の電車が来た。今日は臨時便が何本も運行している。

電車から降りた人の流れが商店街へと向かい流れていく。

しばらくして、人の流れが収まると2人の少女が寺崎の前に現れた。

新月 虚と高薙 敦である。

新月 虚は一緒に買いに行った大人っぽい浴衣を着ていた。化粧もいつもよりも大人っぽい。ただ、いつもと靴が違うせいか、何時もよりも小さく見えてしまう。

高薙は薄い水色の生地に真っ赤な金魚と墨色の出目金が泳ぐ夏らしい浴衣を来ていた。化粧はほとんどしていない。なのに、新月 虚が隣にいるせいか大人っぽく見える。

2人は手を繋いでいた。おそらく、高薙が『迷子になるといけませんから』とか言って、新月 虚の手を取ったのだろう。

「糸。姉妹みたいって思ったでしょ?」

新月 虚は恥ずかし気にそう聞いた。

「ごめんなさい。思いました。」

寺崎はそう嘘をついた。

新月 虚には悪いが、高薙と並ぶと親子の様に見える。高薙が老けているわけではない。新月 虚が幼く見えるのだ。

ただ、姉妹と思われることさえ恥ずかしそうなのに、親子みたいというのは酷である。

新月 虚は不服そうに高薙の手を離した。高薙は残念そうな顔をした。

そして、「糸。手をつなぎましょ」と言って寺崎の手を取った。

高薙は寺崎に『虚様をお願いします』とでも言うかのようにアイコンタクトを送った。寺崎は『任せてください』とアイコンタクトを送り返した。

新月 虚と寺崎が並んで、その後ろを高薙が見守りながらついていく形で商店街へと向かった。



辺りが薄赤色に染まり始めた頃に、雅達3人は家を出た。

T浜までは電車ではなく徒歩で行く。下駄で歩くことになるが、満員電車に揺られることを考えれば全然平気だ。

T浜駅まで来ると商店街を通って、港へと行く。

商店街の店々は自店の前に事務用長机を置いて簡易的な屋台を作っていた。そんな店々の間を歩いて行く。

星空は首を忙しく動かして左右の屋台を物色していた。

雅と闇空は屋台にはあまり興味を持たずに前を見て歩いていた。

「ねぇ。2人ともかき氷食べない」

星空がそう言って2人を呼び止めた。後1、2時間もすれば空が暗くなる時刻だがまだまだ暑い。それに人が多いせいか蒸し暑く感じる。

2人とも賛成だった。

星空が興味を示した帳という古民家カフェの屋台でかき氷を買うことになった。

星空は塩レモン、闇空はスイ、雅はブルーハワイを頼んだ。

かき氷は、文化祭のバザーとかでよくあるうどんを入れる容器、その容器の一回り小さい容器に入れられて出てきた。お店で食べた時よりも一回り少ない気がするが、値段もその分安いし、屋台仕様なのだろう。

大きさは小さいがちゃんとトッピングもしてある。

星空の塩レモンには、天辺にレモンの蜂蜜付けが乗ってあり、その上に塩がもってある。その塩をストローにつけてから、氷をすくって食べるらしい。

闇空のスイはもちろんトッピングなんてない。そんなものは邪道だ。

雅のブルーハワイはパイナップルがトッピングされていた。

「雅は宇治金時だと思ってた」

かき氷をストローですくいながら星空がそう言った。

「本当な」

闇空も同意する。雅も同意ではある。

「どうしてかわからないけど、ブルーハワイが食べたくなったのよ」

雅はそう答えて、口へと入れる。2年ぶりのブルーハワイは清涼感のある味がした。懐かしい味だ。

「珍しい」

星空はそう言いながら、レモンにかじりついた。はちみつ漬けでも酸味はちゃんとある。口をすぼめる。

闇空はてっぺんからスイを食べていく。シロップのたくさんかかった一番甘い部分を最初に口に入れて「甘いっ」と言った。

3人はかき氷を食べ終わると港に向かってまた歩き始めた。

かき氷を食べたおかげか涼しくなった。

そんな3人の元に攻撃力高めのソースの匂いが漂ってきた。

甘いものを食べると、しょっぱいものが食べたくなる。それに3人は屋台で何か食べると言って夕食を食べていなかった。

その匂いが3人の胃袋へと訴えかけてくる。

3人は匂いのする方向を見た。そこには10人程度の行列があり、その先に商店街の有名なお好み焼き屋さんがあった。

「並ぶ?」

星空がそう聞いた。お好み焼きが食べたくはなっていた。ただ、10人の行列を前に迷っていた。

「そうね」

雅がそう返した。雅の舌はもうお好み焼きの気分である。

「そうだな」

闇空も同調する。

3人は並ぶ覚悟を決めた。

お好み焼きは店の中で焼いているらしく、少し時間がかかっていた。

しかし、近くで湯気の出るお好み焼きを口に入れる人たちの表情は皆おいしそうである。このためなら我慢できる。

それに、3人で話していると案外すぐに雅達の番が来た。

メニューは『うどん』と『そば』の2つのみであった。

雅はうどん、星空と闇空はそばにした。

受け取ると当たりは大分赤黒くなっていた。まだ、花火までには時間があるので近くの公園で食べてから向かうことにした。

公園のベンチに星空を真ん中にして3人で腰かけた。

お好み焼きは、たこ焼きを入れるような四角く白いプラスチックのケースに入っていた。

輪ゴムを外し、ケースをあける。

すると、3つ折りにされたお好み焼きが現れ、湯気と共にソースの匂いが広がった。

「いただきます」

3人で手を合わせて食べ始める。

雅は薄い生地に箸を入れ、箸を広げて生地を破る。すると中からうどんと具材が出てくる。

生地をいい大きさにちぎり、焼きうどん、キャベツ、卵と共に口の中へと入れる。

生地は薄いがもっちりとしている。

焼きうどんは甘辛いソースがよく絡まっている。

熱でしんなりしたキャベツからは優しい甘みが漏れ出てくる。

卵は淡白な味がする。

食べなれたお好み焼きの味がして美味しい。外で食べているせいかいつもよりも美味しい。

「こういうタイプのお好み焼き初めて食べたけど、美味しいね」

星空がそう言いながら、箸を進める。

「それは良かったわ」

雅はそう返して笑う。



花火の開始まで後30分ほどになっていた。

新月 虚達は会場から2駅ほどの砂浜にいた。会場は人がたくさんいるので、今年は砂浜から見る。

砂浜について新月 虚達は立った状態で花火が始まるのを待っていた。

手に下げたポリ袋には屋台で買った食べ物が入っていた。

練習の都合で途中合流することになっている黒白へのお土産である。

そんな黒白が来るのと花火が始まるのを待っていた。

遠くで電車が通る音がした。

そして、しばらくすると黒白がやってきた。

黒白は少し疲れた顔で「満員電車大変でしたわ」と言った。

「あら、車で送ってもらうんじゃなかったの?」

「交通規制と渋滞で間に合わなかったので、電車出来ました」

「少し早めに来た私たちの時でも混んでいたのに、それは大変だったわね」

新月 虚はそう言いながらポリ袋を黒白の方へ差し出した。

「ありがとうございます。

 ごはん食べる時間がなかったので助かりますわ」

黒白はそう言ってポリ袋を受け取った。

「花火楽しみですわね」

黒白は上機嫌にそう言いながら、ポリ袋の中からカップに入った唐揚げを取り出した。

「これが屋台の唐揚げですか」

黒白はそう言いながら、唐揚げを食べ始めた。

食べ終わると他の3人の見ている方、黒い海の方を見た。



商店街を抜けた先の歩道は港まで車両進入禁止になっていた。その区間を左右に的屋が並ぶ。

公園でゆっくりしすぎて時間がないのと、お腹が満たされて誘惑的な匂いに耐性がついたので、雅達3人はほとんど的屋街を物色せずに会場へと向かった。

雅達が会場に着いたのは15分前である。

当然のことながら、会場には人が溢れていた。

そんな中で雅達は後ろの方のスペースを確保することが出来た。

開始十分前になると、午前中に余興を行っていたステージで、注意喚起や協賛企業等のアナウンスが始まった。

アナウンスが終わると数秒静かになった。

そして、第1号が撃ちあがった。

暗い空へと昇っていく光の塊を視線で追う。

首が痛くなりそうなほど上を向いたところで、花火が開いた。

花火は距離を無視して迫りくるように大きい。少し遅れて破裂音が響き渡り、子供が泣き出す。

迫力満点である。

第1号に続いて、2号、3号が上がる。

暗い中誰もが空に集中していた。雅も空に集中していた。

星空はその隙に雅の手を握ろうと、人混みの陰で手を伸ばした。

星空の手が雅の滑らかな手に触れる。雅の手は夏だというのに冷たい。

そして、触れた瞬間に反射的に引っ込められた。

星空は視線を感じて闇空の方を見た。闇空は星空のことを見て、ニヤニヤしていた。

星空はなにもなかったように花火を見上げた。

光の雨が降るように、大量に咲いた花火から光が垂れてきていた。


花火大会が終わると人の波に流されるままに商店街を抜け、そこからは歩いて雅の家まで戻った。

雅の家で着替えを行い、星空と闇空は電車に乗って帰った。

2人が帰ると雅は自室に入った。

昼泳ぎに行ったせいか、今日も疲れた。少し勉強しようかと机の方を見た。

星空達が来るまで開けていた数学の専門書が置きっぱなしになっていた。

勉強するには疲れすぎた。でも、気持ち悪いので棚へは戻した。

そして、もう一度ベッドに横になった。

このまま眠ろうかと思った時、空田からメッセージが送られてきた。

『そっちはどうだった?』

その言葉と共に花火大会の写真が添付されていた。

球技大会のメンバーで花火大会に行っていた。雅達3人も誘われたが、星空は3人で行きたいだろうと思い断った。

そんな球技大会メンバーの写真の中に陽光 欠もいた。

欠は中学生の時と同じ浴衣を来ていた。白い生地に黒色で描かれた向日葵があしらわれたものである。向日葵は活けた様に茎から葉のついたものが上へと向かって描かれていた。

写真の中の欠は、ブルーハワイのかき氷を徹碧と並んで食べていた。

写真の中の欠は、貫に肩を組まれて鬱陶しそうな顔をしていた。

写真の中の欠は、的撃ちと射撃をしていた。

写真の中の欠は、ほんの少しだけ楽しそうだった。

雅は安心した。少しは許された気になれた。



T浜の花火大会が終わり、お盆が終わり、欠との遠出が終わり、欠とのお泊り会が終わり、夏休みも最終盤に突入した。

8月28日の夕方頃、星空から明後日3人でお泊り会をしないかという誘いのメッセージが来た。

星空からの誘いである。夏休みの終了直前の時期である。この二つの事実から、雅はすべてを悟った。

8月30日、着替えと念のため制服をもって星空の家へと向かった。

駅で闇空にあった。闇空はキャリーケースを持っていた。闇空も誘われたのだろう。

闇空も雅の荷物から、雅が誘われたことを察した。

「満月。どれくらい残っていると思う?」

闇空はうんざりした顔でそう聞いた。闇空も今回のお泊り会の目的には気づいていた。

「去年は全部だったわ」

雅は残酷な事実を突きつけた。

「全教科残ってるのか?それとも手つかずなのか?」

「手つかずよ」

雅の回答に闇空は息を漏らす。

「最悪。写させよっか?」

「そう言うのはダメよ。

 私たちを呼んだということは、星空は最低限頑張ろうとしているのだから……」

雅は否定する。

闇空は重たいキャリーバックを引いて、星空の家の方へと歩き出した。雅もそれについていく。

「去年は終わったのか?」

一人分しか道幅のない細い裏道で前を歩く闇空が聞く。

「……理系科目は終わらせたわ」

雅は言いずらそうに答える。

闇空は『文系科目は?』とは聞かなかった。

しばらく黙っていた。

「壊滅的だったら、自業自得と言うことで2人で遊びに行こうぜ」

「……」

雅は少し思い悩んだ。

「星空だって成長しているから、きっと大丈夫よ」

雅は苦笑いを浮かべながら返す。

「現実逃避は良くないぞ」

闇空がそう突っ込む。雅はただ息を吐いた。


星空の家に着くと、2階の星空の部屋へと通された。

星空の部屋のテーブルの上にはお菓子とジュースが用意されていた。

2人が座ると、星空が「今年の夏休みは楽しかったね」と言って雑談を始める流れを作った。

この期に及んでもまだ逃げようとしている。往生際が悪すぎる。

雅と闇空は目を合わせた。

星空が今年の夏休みを一つ一つ振り返っていく。それを、遮るように闇空が声を上げた。

「本題を始めようか?」

星空は雅と闇空の顔を交互に見た。2人とも真剣な顔で星空を見ていた。

今日のお泊り会の目的については知っているみたいだ。

「はいはい」

星空はいやいや通学に使っているカバンを引き寄せた。

2人は嫌な予感がした。カバンの中に宿題があり、カバンは補習終了以来一度も開けられていないのではないかと……。

「ところでどれくらい進んでいるの?」

雅は恐る恐るそう聞いた。

2人はじっと星空の反応を注視した。

星空は笑顔を浮かべた。それがどういう意味かわからない。開き直りの笑顔ではないことを願う。

星空はそんな2人の心境がわからないためか、ひたすらもったいぶって発表した。

「数学と生物は終わらせました。

 後、絵日記と俳句も終わりました」

星空は得意げに声を上げ、自分で拍手する。

雅と闇空は取り合えず安心した。最悪は回避できた。

しかし、次悪は回避できているとは限らない。

「他はどうなんだ?」

闇空がそう聞いた。星空の得意顔が崩れる。星空はなにも言わないが、確定である。

「どうなんだ?」

闇空が圧力をかける。

星空は助けを求める様に雅の方を見ながら「手つかずです」と言った。

闇空が額に手を当てて「最悪だ」と言ってため息をついた。

雅は「数学と生物は自力で頑張ったのだから、そう言うことを言うのは……」とフォローを入れる。

闇空はため息をついた。

「全部手つかずなら、もう間に合わないと諦めが着くだろ。

 でも、頑張れば間に合いそうだから、足掻かざる負えないんだ。

 付き合う方からしたら、何もやってない方がましだよ」

と雅のフォローに反論した。

雅も「それもそうね」と苦笑いを浮かべた。

闇空の言い方は辛辣だが仕方ない。2人はそれなりに星空の宿題を心配して声を掛けていた。

でも、星空はずっと「大丈夫」と言ってきたのだ。

星空は肩身が狭そうに「すみません」と謝った。


どうこう言っても仕方ない。雅も闇空も星空を見捨てることが出来ない。

なので、まずは情報を整理した。

その中で化学と地理は課題の回収日が最初の授業であることが判明した。幸い両方とも最初の授業までに土日を挟む。そこで行えばいいし、最悪一回は家に置き忘れたと言えばいい。

そうなると始業式までに片づけないといけない課題は、国語と英語に絞られた。

どちらも50ページ位の薄い問題集が一冊与えられていて、それをこなせばいい。

ただ、両方とも文章問題が主体だ。時間がかかる。

それに、星空が得意ではない。嫌だから数学や生物よりも後回しにしたのだ。

星空は英語と国語の問題集をそれぞれパラパラめくって、ガクッとテーブルに伏した。

闇空が「写すか?」と聞いた。闇空は生真面目な人間であり、写させる気なんて全然なかった。ただ、冗談としてずっと言っていた。

星空は、闇空の言葉が冗談だろうがそうでなかろうが、「まだ、頑張りたい」と言った。

そして、より苦手な英語の問題集から取り掛かることにした。

基本は星空が頑張り、わからないところがあれば手を挙げて2人に知らせる。そこを2人が教えるという形で進んでいく。

その間、雅達は数学の専門書を読んで待っていた。

開始から5分位が経ち、星空は手を挙げた。

雅と闇空が星空の方を見る。

雅は「どこがわからないのかしら?」と聞こうとした。すると、闇空が雅の前に手を広げて止めた。

「満月。流石に5分で聞くのは早すぎる。単語とかがわからないならまだしも、文章題ならもっと考させるべきだ」

闇空はそう言って雅の方を見る。

雅は「それもそうね。もう少し自分で考えてみて」と納得した。

星空は不服そうな顔をしながら、問題集に向き直った。

それから15分程して、星空はもう一度手を挙げた。

2人は反応しなかった。2人の方を見ると雅が闇空に数学を教えていた。

「この部分の証明がよくわからないのだが……」

「ここは位相の3つ目の定義を使って……」

「なるほど、ならこの集合が開集合だから、この集合とこの集合に対して2つ目の定義を使えばいいんだな……」

「そうよ。流石闇空ね……」

2人は仲良さそうに、どこか楽しそうに、星空には良くわからないことを言っている。

「ねぇ。ここ教えてくれない」

星空が二人の会話に割り込むように声を上げた。

「もう少し待って」

雅がそう答えた。星空は問題集に向き直った。

その後も2人は星空のよくわからない話で盛り上がっていた。

声を掛けても集中していて聞いてくれなかったので、星空は仕方なく答えを見ようとした。

すると、闇空が「星空。答えを見ようとするな」と軽く注意した。

「だって、わからなくても2人が教えてくれないのに……」

星空はそう反論した。

「ごめん。どこがわからないんだ」「ごめんなさい」

2人はそれぞれ謝ると星空のわからないところを教えてくれた。

それからしばらく、こんな感じで宿題が進んでいった。

途中でご飯を食べたり、交代でお風呂に入ったりした後も、星空は英語の宿題を続けた。

夜の10時を回った頃、英語の問題集はやっと半分終わった。

明日は国語の問題集があるため、今日中に英語の問題集を終わらせたい。

そのために、仕方なく答えを見ようと思った。

それを悟ったのか、雅と闇空は眠たくなったから寝ると言って布団に着いた。寝ている間に答えを写しておけという意味である。

2人が寝た後、星空は必死で1人答えを写した。

学年1位と学年3位の2人に教えてもらえばすぐに終わると高を括っていた。

しかし、2人は勉強に対してそれなりに思うところがあるから、今の順位にいるんだ。

そんな2人に簡単に教えてもらえると思ったのが間違えだった。

それに、2人がいることでいつもなら諦めて答えを見ている問題でも考えざる負えなくなりより時間がかかるようになっていた。

星空はため息をついた。

2人に手伝ってもらったことを後悔しかけた。

頬をパンッパンッと叩いて気合を入れる。

最後の最後まで宿題を残したことを後悔した。

星空は日が回るころに英語の宿題が終わった。

夏休み最終日、国語の宿題に向けてベッドへとついた。

疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。

読んでくださりありがとうございます。

面白ければ次回も読んでいただければと思います。

次回は9月27日に投稿する予定です。


[今回の話の感想]

今回の話はそれぞれの夏休みの様子をオムニバス形式で描くような日常回として書き始めました。

始めの段階では以下の4つを書く予定でした。


 - 雅と欠の勉強会

 - 花火大会

 - 星空の夏休みの宿題

 - 俳句散歩


このうち3つは書くことができました。

ですが、個人的に1番書きたかった俳句散歩の話が書けませんでした。

この話は国語の夏休みの宿題で出された俳句を作るために、星空が雅と闇空を誘って散歩に行くという話です。この話を書くために、前エピソードでは俳句の宿題の存在をほのめかす発言も入れました。

そこまでしたのに、最終的には書くことを断念してしまいました。

全てはこの夏の暑さのせいです。

この話を書くために私は実際に散歩して俳句を作ろうと計画していました。そのために歳時記も購入しました。ですが、玄関のドアを開けて外に出た瞬間、あまりの暑さに俳句散歩の話を書くのを諦めました。

この話は隙があれば、気温の落ち着いている秋か春(次回作)ぐらいのどこかで入れたいです。

因みにこの話を書こうと思ったきっかけは、作者が季節感を強めるために俳句を詠みたいと思ったことです。


[次回予告]

次回と次々回で運動会の話を書きます。

球技大会で満月 雅に敗北した新月 虚。

彼女は運動会の花形競技選抜リレーで満月 雅へのリベンジを誓います。

それを満月 雅は、欠の望む雅であるために、絶対勝つ満月 雅であるために向かい打ちます。

そんな2人の勝負と新月 虚を支える高薙 敦の話を書いていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ