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7月 満月

登場人物

 満月 雅:才色兼備の優等生。

     全校生徒の憧れの的。

     感情をあまり外には出さない。

 星空 数多:満月 雅の親友。

      雅とは違い勉強が苦手。

      でも、性格がいい。

 闇空 覆:少し不真面目な雰囲気のある少女。

     2年生になってから雅の友達になった。

 陽光 欠:不思議な雰囲気のある少女。

     かわいい。

 徹碧 栄子:180cmの長身と高い身体能力を持つバレー部員


注意

- この物語はフィクションです。

 実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。

- この物語には百合的要素があります。苦手な方はご遠慮ください。

 また、ユリ小説ではありません。そのため、親友より上の関係に発展することはありません。ご了承ください。

- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。

7月に入って最初の土曜日の午前。

雅はM山駅の次のT浜駅に来ていた。

欠と待ち合わせをしていた。

時間を確認すると、欠との待ち合わせまでまだまだ時間がある。

雅はショルダーバックの中から扇子を取り出してあおいだ。

扇子は闇夜に浮かぶ満月の絵が描かれたものだ。ほんのり線香の匂いがする。

雅はあおぎ始めてすぐに扇子をショルダーバックの中にしまった。

あおいでも温風がやってくるのみで、かえって暑く感じてしまう。

梅雨明けの湿気のせいかもしれない。

雅は日傘をたたみ、駅舎の影に入って欠を待つことにした。

本を開きしばらくすると欠の姿が横断歩道の向こう側に見えた。

最寄り駅の隣なのでわざわざ電車に乗ることはせず、家から歩いて来たのだ。因みに雅も歩いて来た。

今日の欠の恰好は爽やかな半袖シャツとスラックスである。

半袖シャツの色は、緑に青を足して薄めた、水彩画の水草のような色である。清涼感がある。

スラックスはこの前と変わらない黒のスラックスであるが、生地が薄い夏ものである。

本来であれば半袖に合わせないはずだが、紺色の蝶ネクタイを付けている。欠は何故か蝶ネクタイにこだわりがあった。

蝶ネクタイはLの字を180°回転させたような形に結ばれていた。

欠は雅を駅舎の前に見つけると歩く速度を上げて近づいてきた。

駅舎の影に入ると雅の前に立った。気温のせいかシトラスの香りを強く感じる。

欠は雅を見た。

「大人っぽくて綺麗だよ」

欠はそう言って嬉しそうな顔をした。

今日の雅の服装は欠と一緒に買いに行った半袖シャツとシアースカートである。

「欠も似合っているわ」

雅はそう返した。欠は「そうだね」と返す。

「雅。今日は誘ってくれてありがとう」

欠はそう言って笑った。シンプルにかわいい。

雅は「ええ。たまには私から誘いたかったのよ。暑いし、早くいきましょ」と日傘を開いて歩き出した。

欠は雅の日傘の中に入るように密着して雅の後についていった。


今回は珍しく、雅から欠に声をかけた。

欠は昨日の帰りの電車で「一緒にかき氷でも食べにいかないかしら?」と誘われた。

雅の誘いだ。欠はもちろん則了承した。

高校入学以来、雅から遊びに誘うことはなかった。そのため、欠は少し浮かれている。

2人は駅前から続く古びた商店街を歩いていた。

商店街は8月初旬に開催される花火大会の準備のために活気があふれていた。

雅はそんな商店街の一軒の店の前で足を止めた。

外観は昭和に建てられた一般的な木造住宅である。

扉の前には木の立て看板が置いてあった。

立て看板には古い木材が使われており、外観と調和していた。その反面地味ではあった。

そんな立て看板には控えめな字で『古民家カフェ (とばり)』と書いてあった。

「入りましょ」

雅はそう言いながらすりガラスの玄関引き戸を開ける。

引き戸の先には玄関があり、その先にカフェが広がっている。

2人は玄関で靴を脱いで、カフェへと上がる。

元々キッチンとリビング、和室2つの計4部屋あった場所をつなげてカフェにしていた。

そのため、外観よりもかなり広く感じる。

和室の部分は畳の上に、高座椅子と小さなテーブルの2人席がいくつかと、大きな机の4人席が2つ程あった。

リビングは年季の入った板張りで、掘りごたつの4人席が1つあった。

キッチンには高座椅子が苦手な人用の普通の椅子と机の席が3組ほどあり、残りが調理場になっていた。

雅達は和室の2人掛けの席へと案内された。2人は高座椅子に深く腰掛ける。

雅は席に置いてあるメニューを手に取った。

メニュー表は、クリアフォルダーにカラープリントしたメニューが入れられたものだ。

最初のページに期間限定メニューとしてかき氷のページがあった。

雅はそれを欠にも見える様に横向きに開いた。

「雅は宇治金時だよね」

欠はそう言った。欠の中での雅の印象はそうなのだろう。

「ええ。そうよ」

実際に合っていた。

「欠は……」

雅はそう言ってメニュー表をしっかりと見た。

「ブルーハワイかしら?」

雅は中学の時の花火大会で欠が食べていたものを言った。

欠はクスクスと笑った。

「今日はスイにする。

 やっぱりかき氷と言えばスイでしょ」

欠は通ぶった口ぶりでそう言った。

最近欠は日本の近代文学をよく読んでいる。

そういうのに影響を受けたのだろう。

そんな欠に確かめる様に雅はメニュー表の写真を指した。

「でも、このブルーハワイ。

 パイナップルが着いているわよ」

雅が指した写真のブルーハワイには、パイナップルや南国のフルーツが盛りつけられている。

青い色も写真で見た外海のように清涼感があって美しい。対するスイには何もついていなかった。しかも、無色透明である。

欠は写真を見比べて、5分程悩んだ。

その後で「でも、スイにする」と言った。


店員が注文を取り終えてキッチンへと戻ると雅が話を始めた。

「欠。球技大会すごかったわね」

雅は感心したようにそう言った。中学時代の欠よりも今の欠は成長していた。

反面、欠は親に叱られる子供の様に顔を俯けた。

「ごめんなさい。

 新月さんが想像以上に手強かったから……」

欠は雅に謝った。

まだかき氷が着ていないのに、おしぼりを手の上で転がし始めた。

「欠、謝らなくてもいいのよ。

 私は、欠の輝いている姿を久しぶりに見れて、嬉しかったわ。

 スリーポイントシュートも、新月さんからボール奪ったところも恰好良かったわよ」

「……ありがとう」

欠は不自然にお礼を言った。

「それに、欠の交友関係が広がったしね」

雅はそう言って笑顔を浮かべた。星空に見せるような自然な笑顔を。

「……うん」

欠はそう頷いた。

球技大会のチームで多少なりとも絆が生まれた。

球技大会の欠の様子をみて、話しかけてくる生徒もいた。

今までと違い、少し交友関係の輪が広がった気がしていた。

「……でも」

欠は何かを言おうした。

でも、雅の自然な笑顔の前に言葉が詰まった。

『私には維持できない』

欠はでかかった言葉を飲み込んだ。

今まで一時的に誰かと関われることはあった。

でも、3カ月以上続いた関係は親族か、雅だけだ。

欠は自身の左手がおしぼりから離れ、左目へと延びようとしていた。

左目を触れば落ち着く。『雅は私を捨てられない』って思える。

でも、今触ると雅に心配をさせる……。

欠はそれをなんとか自制した。

「ねぇ、星空はどうだった?」

雅はそんな欠に聞いた。

「悪い人ではないと思う」

欠はそう答えた。

欠の中での星空の印象はよかった。

雅もそれを感じ取っていたのだろう。

「星空ともっと関わってみたくない?」

雅はそう続けた。

欠は「ない」と即答した。雅は意外そうな顔をする。

今は星空が欠に優しい。

球技大会以来、星空は欠なんかに時々話しかけてくれる。

欠に興味も持ってくれている。

『地下室の手記』も頭を抱えながら読んでくれた。

でも、いや、だから、欠は星空と親しくなりたくない。

距離をつめればボロが出る。

ボロが出れば、星空は欠を避け始める。

それに、欠には雅がいる。それだけで十二分だ。

欠は困った顔をする雅に「私には雅だけで十分」と笑った。

雅はテーブルの下でこぶしを握り締めて、歯を食いしばった。

欠の幸せそうな笑顔が、雅の胸の縄をきつく締め付ける。

そんな雅とは対照的に欠が明るい声を出した。

「見て雅。できたみたい」

欠の視線の方向では店員が2つのかき氷をこちらへと運んでいた。

欠はキラキラした目でそれを見ていた。無邪気な子供の様だ。

店員はメニューを片付けて、かき氷を2人の前に置いた。

「解けないうちに食べよう」

欠はそう言ってスプーンを持った。

かき氷に横からスプーンを入れ、口へと運ぶ。

舌の上で控えめな甘みと心地よい冷たさを感じる。

欠は幸せそうな顔をする。雅の頬も少し緩む。

雅もスプーンを持つ。

横に盛り付けられたあんこの塊をちょっとすくい、抹茶のかかったかき氷といっしょに口へと運ぶ。

あんこは甘さ控えめで、抹茶は濃い目の苦目だ。

抹茶の苦さが勝ち、ほのかにあんこの甘みがする。上品な味。

「美味しいわね」

雅はそう言って欠の方を見た。

「うん」

欠はそう言いながらかき氷の山にトンネルを掘っていた。

頂上はシロップがたくさんかかっているため、最後に残したいのだろう。

欠は顔を上げて雅の宇治金時の方を見た。

「一口食べてみる?」

雅はそう聞いた。欠は自分のかき氷の9合目辺りを削りながら、「苦いのは苦手だから」と断った。

そして、かき氷を削ったスプーンの先を雅の前に出した。

「スイも美味しいよ。

 食べてみない?」

雅は少しためらった。9合目をもらうのは申し訳ない気がした。

でも、「ありがとう」と言って、欠の差し出したスプーンに食いついた。


かき氷を食べ終わり、外に出る。

外は来た時よりも暑くなっている。

でも、かき氷を食べて体温が下がったのか今は我慢できる。

欠と雅は2人並んで歩き出す。

偶々花火大会のポスターが欠の目に止まった。夜から開くバー&カフェのシャッターに貼られているものだ。

欠は2年前雅と花火大会を見に行った。

その時は、2人でこの商店街を抜けて、会場の港で見た。

去年は雅は星空と見に行った。欠は家族と家の庭から見た。

今年は……。

「ねぇ。雅」

欠は雅にそう語りかけた。

「何かしら」

雅はそう答える。

「何でもない」

欠はそう返した。

今年も雅は星空と一緒に行くのだろう。

声を掛ければ、雅は欠と一緒に行ってくれるはずである。しかし、声を掛けるのは悪い気がした。

雅はそんな欠の様子を黙って見ていた。



始業式が終わった後、雅と星空、闇空は3人で遊びに出かけた。

始業式は午前中に終わったので、遠出して郊外のショッピングモールへと向かった。

フードコートで軽く食事を済ませて、星空の夏物の買い物に付き合った。

星空は試着をすると雅に意見を聞いた。

雅は「こうすればいいんじゃないかしら」という風にオブラートに包んだ意見を言った。

雅が意見を言い終わると闇空が勝手に割り込んでくる。

闇空はズバズバと「ここがダメ」とか「似合ってない」とか言いにくいことを言った。否定されるのが嫌いな星空は不思議とそれに従った。

星空は闇空の意見を雅の次ぐらいに重視しているようだ。闇空をすっかり友達として認めているのだ。

夏物を見終わると、次に闇空の希望で書店へと向かった。

闇空は真っ先に学参のコーナーへと向かう。雅もそれについていき、星空もいやいやそれについていく。

星空が闇空に「参考書なんて買うの?」と聞いた。

闇空は「夏休みは時間があるからな。少し難しめの問題に挑戦してみようかと……」と返して、

某旧帝大の赤い本を手に取った。

闇空は普通に勉強熱心である。

闇空が参考書を選び終えると、雅の希望で理工書売り場へと向かった。

雅は数学の専門書売り場の前で立ち止まった。

星空はこの場から逃げ去りたくなった。

闇空は少し興味深そうに見ていた。でも、本の内容すら見当がつかない。

雅はそんな本の中から1冊の本を手に取って、パラパラとめくった。

「難しそうな本だな」

と闇空が覗き込んだ。

雅は「難しいわ。さっぱりわからない。1ページ理解するのに、1時間ぐらいかかることもあるのよ」と答えた。

闇空は「そうか」と返した。

雅は「だから、時間のある夏休みに読もうと思うのよ」と付け加えて本を閉じた。

買うことが決まったらしい。

「私も一冊買おうかな。どれがおすすめ?」

闇空は雅にそう聞いた。

雅は棚から一冊読みやすそうな集合論の本を選び取った。

闇空は中身が自分でも理解できるか確認したかった。

が、雅が闇空の頭なら理解できると選んだものである。

中身を確認するのは、雅に気持ちで負けていることになる。

だから、闇空はそれを開けずに買うことにした。

書店を後にした3人は、星空が「疲れた。お茶したいよ」と言い出したので、カフェに入った。

県内産の果物を使ったフルーツパフェが有名なお店だ。

夕食が近かったためか、少ししか並んでいなかった。

星空は、みかんパフェと悩んだ挙句、びわのパフェを注文した。

雅と闇空はあろうことかレギュラーコーヒーを注文した。

星空は「折角だから、パフェを食べればいいのに……」と言った。

闇空が「夕食が食べられなくなるだろ。だから、遠慮しておくよ」と答える。そう言うところは変に真面目である。

雅もそれに頷いた。

星空は少し残念そうに「甘いものは別腹なのに」と言って、パフェを食べ始めた。

4分の1に切って盛り付けられた大粒のびわをスプーンに乗せ、

生クリームと共に口へと運んだ。

よほどおいしかったのか、星空は頬を押えた。

押さえなくてもほっぺが落ちることはないのに。

「一口いらない?」

星空は自分だけで食べる罪悪感から2人に声をかけた。

雅はコーヒーを置いて、「なら一口だけいただこうかしら」と言った。

星空は「ならアーンして」と言った。

闇空は少しニヤついた顔で雅を見る。

雅は頬を染めて「やっぱりいいわ」と断った。

星空は残念そうに「冗談よ」と言って、スプーンを置いてパフェを雅の方へとよせた。

「ありがとう」と言って、雅はスプーンを手に取った。

スプーンをもった雅の手は宙を彷徨った。

おおきなびわに手を出すのは悪い気がした。かといって生クリームだけをすくうのは違う気がした。

そんな雅に星空が「折角だからここら辺を」と言って、大きなびわのある部分を指した。

雅はびわのある部分をすくって口の中へと入れた。

すごく甘いかと言われるとそうではない。

びわはみずみずしくて少し甘い。

そんなびわを引き立てるために生クリームは甘みが抑えられ、しかもあっさり目だ。

びわと生クリームの2つが合わさって、夏にぴったりな味がする。

「美味しいわね」

雅は星空にそう言て、パフェを星空に返した。

星空は「でしょっ」と言ってパフェを受け取った。

そして、スプーンでパフェをすくい、闇空の方へと向けた。

「闇空も遠慮しないで」

闇空は「ありがとう」と言って、スプーンの柄の部分を掴んで受け取った。

そのまま、口に入れてスプーン返す。

星空は少し不満そうな顔をした……。

そんな星空を横目に闇空が「そう言えば、夏休みの宿題どれくらい進んだ」と言い出した。

星空は『パフェがおいしすぎて頭がおかしくなったのかな』と心配になった。

雅は落ち着いた素振りで、コーヒーカップを置いた。

「全部終わっているわよ」

と返す。

闇空は「クッ」と悔しそうな顔をする。

すかさず、星空が「闇空はどれくらい終わったの」と聞いた。

闇空は悔しそうに「まだ、俳句帳が残ってる」と言った。

「それ以外は?」

星空はそう聞く。

闇空は「全部終わってる」と返す。

「……」

星空はよくわからなかった。

星空はまだ夏休みの宿題に手を付けていなかった。(それが正しい)

星空は「答え見たでしょ」と闇空を冷やかした。

闇空は「見ないよ。自分で解いた方が早いから」と返す。

闇空は学年3位である。星空はそのことを思い出した。

自分だけ一切手を付けていない。

そのせいか、星空は2人とは違うような孤独感を覚えた。

星空はだまってパフェを食べる。

星空がパフェを食べている間、雅と闇空は何かを話していた。

星空にはわからない難しそうな話をしていた。

そんな孤独感を誤魔化すために唐突に話題を投入した。

「ねぇ、二人ともそう言えばだけど、T浜の花火大会誰と行くか決めた?」

雅と闇空は星空の方を向いた。

雅は「決まってないわ。星空から誘われると思っていたから……」と返した。

闇空は「まだ、私も決まっていないな」と返す。

2人の予定は空いていた。

「なら、3人でいかない?」

星空はそう提案した。

2人は了承した。


待ちに待った夏休み初日。

陽光 欠は学校にいた。補習である。

別に欠の成績が悪くて補習を受けるようになったわけではない。

成績は悪くしているが、補習にはならないように調整している。

今日の補習は全員参加の補習だ。

そのため、1学期の内容の復習をしたりはせず、普通に教科書を進める。

実質的には延長授業である。

そんな補習の一時間目は生物/物理だった。

欠、星空は生物選択、雅、闇空は物理選択である。生物は生物室で行い、物理は教室で行う。

生物室の席は自由である。

欠は後ろの方の廊下側の席に着く。雅と星空がいなくなり1人になった星空が欠の横に座った。

星空が話しかけてきてくれる。

星空と軽い雑談をしていると授業が始まった。星空は開始10分で向こう側へと船をこぎ始めた。

欠は星空が寝たのを確認して内職を始めた。

生物の授業が終わると星空は急いで教室へと戻った。

欠はそれを追う様に教室へと戻る。

自席に戻ると欠は横目で雅達の方を見た。

急いで帰った星空は雅達と話していた。

「夏休みなのに学校に来るなんておかしい!!」

星空が大きめの声でそう言った。

雅がそれをなだめた。闇空はあきれた様な目線を星空に送った。

それでも星空の愚痴は止まらない。

雅はその愚痴を素っ気なくあしらっていた。

でも、雅は楽しそうだ。欠といるときよりも……。

欠は左目を抑えた。

「大丈夫?疼くの?」

横を通った体育委員空田がそう声をかけてきた。

欠は「大丈夫よ。少し蒸れただけだから」と返した。

空田は「それならよかった」と言って自分の席に戻った。

二時間目は数学Ⅱであった。

数学教師は、期末テストの悲惨な結果にいまだに文句を言いながら、授業を進めた。「もっと勉強しろ」と言うが、あんな問題を出した方が悪い!

数学の授業が終わると、欠はお手洗いに向かった。自分のいた階のお手洗いが混んでいたので、仕方なく下の階に向かった。

お手洗いを済ませて、手を洗い顔を上げる。鏡に映った自分と目が合う。

そして、自分の後ろには大きな人影が映っていた。

欠が後ろを振り向くと徹碧がいた。

「陽光さん。久しぶり」

徹碧はそう言って笑顔を浮かべた。

「久しぶり……」

欠はぎこちなくそう返す。欠は徹碧に警戒心を抱いている。

徹碧は欠を雅のファンだと思っている。今は間違った解釈だが、欠が雅に対して何かしらの感情を抱いていることは知っている。

それに、変に感が鋭い。いつかは欠と雅の関係に気づくかもしれない危険人物だ。

欠はハンカチで手を拭くと、徹碧から逃げる様にお手洗いを後にしようとした。

「陽光さん。T浜の花火大会の日空いてる?」

徹碧がそんな欠を引き止める様に声をかけた。

「空いてはいるけど……。

 どうしてそんなこと聞くの?」

欠は取っ手に手を掛けたまま振り返り、徹碧の方を見た。

「陽光さんが暇なら花火大会に誘おうかと思って。

 一緒に見に行かない?」

徹碧はそう言った。

「どうして私なんかと?」

「陽光さんだけじゃないよ。

 元々私と的撃さんと行く予定だったの。

 色々あって球技大会のメンバーに声を掛けることになったんだ」

「なるほど。そういうこと。

 私は行かないわ」

欠はそう言ってお手洗いの扉を開けて外へと出た。

お手洗いから、欠と徹碧のそれぞれの教室への道は逆方向である。

しかし、徹碧は欠についてきた。

「誰かと行く約束でもするの?」

徹碧は欠の横を歩きながらそう聞いた。

欠は胃の中を探られるような嫌な感触を覚えた。

「誘える人なんていないわ」

欠はそう返して歩みを早めた。

「満月さんとかは……?」

徹碧はそう言った。欠は階段を上る足を止めた。

「どうして私と満月さんが?」

欠は聞き返した。

徹碧は「陽光さんが満月さんのファンだから」と答えた。少し口角が上がっていて、憎らしい。

「私は雅のファンだけど、雅にとって私はなんでもないでしょ?」

欠はそう吐いた。そして、『まずい』と思った。

徹碧はやっぱり「雅?」とそこに食いついた。

「満月さんの間違えよ。

 心の中では『雅』って呼んでるから……」

欠はしどろもどろな風を装ってそう返した。

徹碧は「分かった。触れないでおこう」と言った。少し引いている風である。

そして場を誤魔化すために、

「それだけ満月さんのことを思っているなら、誘ってみたら?」

と言った。

欠は「無理よ。私なんかが声を掛けても断られるわ」と返した。

徹碧は笑顔でサムズアップをして、

「みんな遠慮して満月さんに声を掛けないでしょ。

 だから、陽光さんが誘ったら簡単にOKしてくれるかもしれないよ。

 だめもとで誘ってみたら?」

と言った。欠の背中を押しているつもりなのだろう。

欠は「満月さんのことは、星空さんがきっと誘うわよ」と返した。

「そう言えば、星空さんは満月さんの友達だったね」

徹碧は思い出したようにそう言った。そして、力強く付け加えた。

「星空さんが誘ったら、もう無理だね。

 残念だったね。

 今年は私たちと花火見よ」

「遠慮しておくわ」

欠はそう返した。

徹碧はさらに欠を誘おうとした。が、その時3時間目の始まりの鐘がなり始めた。

徹碧は「気が変わったら連絡して」と言い残して、自教室へと走っていた。

欠も急いで教室へと戻った。


3時間目が終わると生徒たちは解放される。

『今日は星空さん達とどこかに行くの?』

欠は自席に座ったままメッセージを送った。

雅は星空、闇空と話していた。

星空と闇空の間で話が盛り上がっている隙をついて、欠に返信した。

『今日はどこにも行かないわ。

 ただ、混みそうだから、2本遅らせて12時の電車で帰りましょう』

雅の返信を見て欠は立ち上がった。そのまま図書館へと向かう。

雅は自分の席で星空と闇空の話に耳を傾けていた。11時45分までは教室で時間を潰そう。

星空はまだ補習の文句を言っていた。このままだと、補習中はずっと言い続けるだろう。

闇空はそれをあきれた様にいなしていた。

雅は日本史の参考書を取り出して開いた。

しばらくすると話は夏休みの予定の話になっていた。

「みんなで海に行こう」

星空は元気よくそう提案した。

「いいな」

闇空はそう返す。

雅は「そうね」とあまり乗り気でない返事をする。

「雅は嫌?」

星空がそう聞いて来た。

「別に嫌ではないわ。

 ただ、家の前に海水浴場があるし、わざわざ行こうとは……」

と雅は返した。雅の家は道路を挟んで向かい側が海水浴場である。

「えっ、いいな。毎日泳ぎ放題じゃん」

星空は前のめりになった。

雅は少し後ろにのけぞり、疎ましそうに「でも、金属製のものがすぐ錆びてダメになるわ。自転車とかも3年でボロボロになるわ」と返した。

「案外大変なんだ」

星空は少し後ろに戻りながらそう言った。

「ええ」

雅はため息交じりにそう答えた。海が近いと他にも色々不便なところはある。

船が通るとネット回線が乱れたりもする。夏は少し騒がしかったりもする。後田舎なので買い物とかも不便だ。

「でも、眺めは綺麗でしょ?」

星空はそう聞いた。

「まぁ、綺麗ね。私の部屋からも海が見えるし」

雅も眺めは気に入っていた。ほのかに聞こえる波の音も実は好きだ。

星空は、

「いいな。雅の家に遊びに行ってもいい?」

と眼を輝かせた。

星空の家の周りは住宅街である。周りに見えるのは道路と家ばかりである。聞こえるのは波の音ではなく、車の音と話し声である。

雅は「別にいいわよ」と答えた。欠以外の友達を家に呼ぶのは初めてである。

「なら夏休み中に雅の家に行くね」

「ええ」

「そう言えば雅の家ってT浜の次の駅の近くでしょ」

「ええ」

「なら、T浜の花火大会の日に行っていい?

 昼から」

「いいわよ」

「なら、私と闇空は12時に学校の最寄り駅のG城前駅に集合して雅の家に行くね。

 昼間は泳いで、夜は花火大会」

星空はうきうきでそう言った。花火大会にプラスして楽しみが増えた。

「そう言えばだけど……」

雅はそんな星空の目を見据えてそう言った。

「何?」

星空は首を傾げた。

「花火大会の日、もう一人誘ってもいい?」

雅は星空にそう聞いた。

「彼氏?」

星空は脳を介さずにそう聞いた。そんな星空の影から闇空が雅のことを興味深そうに見た。

「違うわよ」

雅は無感情に否定した。

星空と闇空は「そっか」と口をそろえて言った。少しつまらなそうである。

雅に彼氏がいると嫉妬する癖に……。

「で、誘っても大丈夫かしら?」

雅はそう言って星空の方を見た。内心を探るようにじっと目を見た。

星空は「いいよ」と言ってくれた。

笑っていたが、目元は笑っていなかった。

星空は3人で行きたかったのだろう。

『星空。ごめんなさい。』

雅はそれを分かったうえで、「ありがとう。それなら誘うわね」と返した。

闇空はため息を付きそうになった。でも、星空が何も言わないから、我慢した。


教室で時間を潰したこともあり、車内は比較的空いて、静かだった。

雅はそんな車内で、先日買った数学の専門書を開いた。

心地いい電車の揺れを感じながら、冷房の効いた車内で代数学の本を開く。

なかなかに難しく、行間はかなり広い。

行間を補う様に、考えながら読む。読みながら考える。

何時ものK山駅に進むまでに2ページほどしか進まなかった。

しかも、ちゃんと理解できたかも怪しい。詰まってどうしようもないところは一度先に進むようにしていた。

K山駅に着くと雅は本を閉じて、横に置いた。

電車が動き出すと欠の乱れのない足音が聞こえた。

欠は雅の左側に座り、雅の左手に自身の右手を重ねた。

「雅。その本買ったんだね」

欠は雅の横に置いてある本を見て嬉しそうに声を上げた。

欠が雅に薦めた本である。

「ええ。でも、難しくてなかなか進まないわ」

雅はそう息を吐いた。欠には簡単なのかもしれないが、自分には難しすぎる。

「まぁ、そうだよね」

欠は雅の方を見てそう言った。

「分かりやすい本じゃなかったの?」

雅は眉を少し上げてそう返す。欠は代数学の名著だと言っていた。

雅はそれをわかりやすいと理解していた。

「分かりやすくはないよ。でも、名著だよ。」

「分かりやすくないのに、名著なの?」

「分かりやすく書いていたら、頭の中には入りやすいかも知れないけど、

 何も考えないでしょ。

 だから、これくらい不親切な方がいいのよ」

欠はそう返す。

「……欠はこれくらい難しくても読めるかもしれないけど、私にはハードルが高すぎるわ」

雅にしては珍しく投げ出したくなっていた。それほどまでに読みにくかった。

「なら、私と一緒に読まない。

 それなら、分からないところを教えてあげられるよ」

欠は雅に体をぐっと寄せた。雅の手に欠の体重がかかる。

「いいわね」

雅はそう返す。

「なら、私の家のゼミ部屋で勉強会をしよう」

欠はそう言いながらさらに体を寄せた。

「ごめんなさい。

 それはちょっと……」

雅は後ろめたそうにそう言った。欠は身体を雅から少し離した。

「そうだよね。

 雅は私の家苦手だからね……」

欠はそう言ってため息をついた。

中学を卒業してから、雅は欠の家に上がったことはなかった。

欠の家族とも接触を避けていた。

「代わりに私の家に来てくれないかしら?」

雅は欠の横顔を見ながらそう言った。欠は下向きの視線を雅へと向けた。

「なら、補習期間中は毎日、雅の家に行くね」

欠は笑顔でそう言った。

「ええ。」

雅も欠に自然な笑顔を返した。


帰ってからの予定などについて話していると、電車はY駅に着いた。

電車のドアが開くと、暖かい空気と共にセミの鳴き声が入り込んでくる。

人の出入りはなかった。

電車のドアが締まり、電車は走り出す。

車窓から見えるY駅のホームが動き出す。

ホームの入り口の券売機に1枚のポスターが貼ってあった。花火大会のポスターである。

そのポスターが車窓から消えると電車は加速し始めた。

「ねぇ。欠。

 欠はT浜の花火大会今年は誰と行くの?」

雅は欠にそう聞いた。

欠は予想外の質問に雅の左手を撫でる右手の動きが止まった。

「私はまだ決まってない。

 もしかして、雅も決まってないの?」

欠は期待を込めてそう聞いた。

欠の右手の指が、雅の左手の指の間を軽くなぞる。雅は抵抗することなく指の間を広げる。その間に欠の指が入っていく。

「星空と闇空と一緒に行くわ」

雅の答えに欠は右手の指を雅の指の間から抜き、軽く握った。

「そうなの」

欠はできるだけ明るい声でそう返した。

「ええ。それでね、2人にもう1人誘っていいか聞いたの。

 そしたら、いいって言ってくれたわ。

 欠も一緒に行かないかしら?」

雅は嬉しそうにそう付け足した。

「いいわ」

欠は残念そうにそう返した。

「星空達と一緒は嫌?」

雅はそう聞いた。

「私は雅と一緒ならなんだっていい。

 でも、星空さん達は私がいると嫌だと思うから……」

欠はそう言いながら、雅の指の間に指を入れた。

「そんなことないわよ」

雅は欠を逃がさないように指の間に力を入れた。

欠も指を閉じて、雅の手をしっかりと握った。

「雅。分かっているんでしょ。

 星空さんはいつもの3人で花火を見たいんだよ。

 私が居ると邪魔になるよ」

雅は何かを言おうとした。しかし、手をしっかりと握られていて逃げ道はない。

「雅は星空さんの優しさを利用して、私を誘ったんでしょ。

 でも、そんなことをすると星空さんの雅に対する印象が悪くなっちゃうよ。

 私は別に雅と一緒に花火を見たいなんて贅沢は言わないよ」

欠はそう言って笑ってくれた。

「十分だよ。私は夏休み中に何度か遊んでくれるだけで……」

「……」

雅は黙って下唇を噛みしめた。ほんのり鉄の味がする。胸が苦しい。

自分には学校に友達が居る。でも、欠は自分以外には友達がいない。

いつも一人でいる。

少しでも星空達と仲良くなれば、欠を自分達のグループに入れられると思っていた。

そうなれば自分の心が楽になれると思っていた。

でも、欠はそれを拒否した。

雅は何も言えなかった。

欠の手の力は少しずつ強くなっていく。

それに従い雅の胸の縄も強く閉まっていく。

2人は黙ったまま電車はM山駅に着いた。

欠が手を離して、立ち上がる。雅も立ち上がり、電車をでる。

電車を見送って、ホームから出る。

「ご飯食べたら、雅の家に行くね」

欠はそう言って自分の家へと向かった。

雅も線路沿いを歩いて自分の家へと向かう。


線路沿いには向日葵が植えてあった。

その向日葵の中にひと際背の高いものが一輪咲いていた。

背が高い故に悪目立ちする。

まるで周囲から孤立しているようにも見える。

その向日葵を見ると、雅は胸が苦しくなった。

読んでくださりありがとうございます。

面白ければ次回も読んでいただければと思います。

次回は8月31日に投稿する予定です。


以下、謝罪、今回の話の感想と次回予告を書きます。

[謝罪]

 6月あたりから投稿が遅れる様になり申し訳ございませんでした。

 今年は8月2,3日に少し早めの帰省を済ませたため、お盆休みは時間があります。

 その時間を活用して8月~10月分については書き溜めを行う予定です。

 そのため、10月まではその月の最終週には投稿できると思います。

 11月、12月は何とか乗り切って、1月~3月分はお正月に書き溜めすることで対応します。


[今回の話の感想]

 皆さんは夏休みの宿題は何時頃やっていたでしょうか?

 作者は高校時代、友達と長期休暇(夏季、冬季、春季)の宿題をどれだけ早く終わらせれるかで競争していました。

 そのため、長期休暇に入る前には必ず宿題は終わらせていました。

 ただ、作者の友達は皆作者よりも優秀だったので、友達の方がいつも先に終わらせていて、

 勝てたことはありませんでした。


 この物語を読んでくださる方の中に学生の方がおられるならば、長期休暇の宿題を休暇前に終わらせるのはお勧めしません。

 作者は休暇中の学習計画を立てて宿題以外に勉強をしていました。

 そのため、問題がなかったのですが、

 宿題を休暇前に終わらせると、勉強を一切しない空白期間が1カ月以上生まれる可能性があります。

 1カ月以上勉強しないと、机に向かうのがしんどくなります。

 そのため、自分で勉強をしないのであれば、

 長期休暇の宿題は毎日少しずつ行い毎日机に向かうようにする方がいいです。


[次回予告]

 次回は夏休み回です。

 雅と星空の花火大会、雅と欠の遠出の約束、そして、最後の最後に待ち受ける星空の夏休みの課題。

 そう言った内容を書いていきます。

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