6月 下
登場人物
[雅チーム]
満月 雅 :才色兼備の優等生
全校生徒の憧れ
徹碧 英子 :バレー部員
180cmの身長と高いの身体能力を持つ
貫 美実 :陸上部のエース
身体能力は全体的に高く、足の速さは学年女子トップ
的撃 詩華 :元バスケ部の美術部
現役時代はシューターをしていた
空田 育 :9組の体育員
スポーツは全般的にできる
陽光 欠 :バスケ経験者を自称する謎多き少女
その実力は不明
[虚チーム]
新月 虚 :満月 雅のライバル
全校生徒の憧れ
高薙 敦 :バレー部のエース
180cmを超える身長と抜群の身体能力を持つ
寺崎 糸 :いつも新月 虚といる気弱な少女
元バスケ部でバスケの腕はかなりのもの
籠宮 泥子 :元バスケ部の少女
現役時代はフォワードをしていた
佐志 勇 :剣道部のエース
高い身体能力と集中力を持つ
地畑 恵富華:8組の体育委員
なんでも容量良くこなす
注意
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。
- 学力と生活態度には相関関係はありません。
- この物語には百合的要素があります。苦手な方はご遠慮ください。
また、ユリ小説ではありません。
そのため、親友より上の関係に発展することはありません。
ご了承ください。
- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。
球技大会二日目。
バスケの決勝は1年生男子、1年生女子、2年生男子、2年生女子、3年生男子、3年生女子の順番で行われる。
雅達の試合は4番目。午後の最初の試合だった。
午前中は人の出払った教室で作戦会議の続きを行ったり、卓球の決勝戦の応援に行ったりした。昼休みは昼食をさっと済ませ、少し早く体育館へと入りアップを行った。
星空、闇空、鳶葦の3人は雅達から少し遅れて体育館へと入った。
試合の開始まではまだ20分程時間があった。
雅チームと虚チームはそれぞれハーフコートを与えられて練習をしていた。
もう、コートの周りには大分観客が集まっており、観客たちは練習風景を見ていた。
星空と闇空の2人は何とか得点ボード裏の前から3列目の場所を確保した。完全に体育館に来るのが遅れていたため、これでもいい場所であった。
鳶葦は新聞部の取材特権を生かして1人だけゴール下の1列目の場所を確保した。雅がシュートを決める瞬間を最高の状態で撮れる位置である。
星空と闇空はそんな鳶葦に「ずるい」等の愚痴を言いながら練習風景を見ていた。
そんな2人に後から声がかけられた。
「すみません。隣よろしいでしょうか?」
上品で落ち着きのある声だった。
星空は「いいよ。私たち2人で、隣空いているから」と言いながら後ろを振り返った。星空は一瞬目をおおきく開いた。相手も同様の動作を行う。
「げっ。黒白っ」
「あっ。h星空さん」
2人は同時に声を上げた。そして、星空は黒白を睨みつけた。黒白は顔を下に向けて黙った。
「失礼しました」
黒白はそう言って星空から逃げようとした。星空は『早くどけ』と言わんばかりにさらに強く睨みつける。
「別にいいぞ」
そんな星空の目線は無視して、闇空がそう言った。星空は闇空の方を見る。
闇空は星空の肩に手を置いて「どうした?星空らしくないぞ」と言った。星空はすごく嫌そうな顔をして黙った。
闇空は間の位置に入るように、星空と位置を入れ替わった。
黒白は「すみません」と言って、闇空の隣に入った。
星空は黒白を見ないように雅チームの練習風景に目を向けた。黒白は星空の気に障らないように虚チームの練習風景に目を向けた。
闇空は少し気まずい空気を感じながらそれぞれのチームを見ていた。
そんな中でドンッという大きな音が響いた……。
その後で、黄色い声援が巻き起こる。
音の方を見ると高薙がいた。
高薙がダンクを決めたのだ。
高薙の恵まれた体格から繰り出されるダンクは、迫力満点で豪快で派手だ。
ただの練習でも見応え抜群だ。
新月 虚は『どうだ』と言わんばかりの目線を雅の方へと向けた。挑発である。
観客は雅に対して期待の目線を送った。
雅は特にそれらに答えない。代わりに、徹碧が答える。
ボールを持った徹碧が手を挙げて観客の目線を集める。
そして、ボールを持ったまま3歩助走をつける。
『それくらいなら私にもできる』
と言わんばかりに高く飛び上がりダンクを決めた。ただ、高薙の後では徹碧のダンクは霞んでしまう。
観客の反応はあまり良くない。
徹碧は『すまない』と言いたげな顔をして雅にボールを渡した。
徹碧が集めた観客の目線が雅へと引き継がれる。
雅は「はぁ」とため息をつくと、ハーフラインギリギリからドリブルで勢いをつけ、ダンクを入れた。
雅のダンクには高薙のような迫力はなかった。しかし、ただ純粋に美しかった。乱れのないきれいなフォームで、何回やっても失敗しないと思えるほど安定感のあるダンクだった。
観客は一瞬静まり返り、その後に歓声が上がった。
新月 虚は口惜しそうな顔をした。新月 虚もダンクを決めて、雅に魅せ返したかった。
でも、新月 虚の身長ではダンクを決めるのは厳しすぎた。
『こんなものは場を盛り上げるための前座よ。
試合で勝てばいいの』
新月 虚は心の中でそう唱えて、レイアップシュートの感覚を確かめた。
雅達もダンクではなく、それぞれ試合で実際に使うであろう技の感覚を確かめ始めた。
そうこうしているうちに、試合開始の時間になった。
ハーフライン沿いに各チームの選手が一列に並ぶ。
雅の前にはもちろん新月 虚が並んだ。
徹碧の前には同じバレー部の高薙が立つ。
欠の前に寺崎が、
的撃の前に元バスケ部の籠宮 泥子が、
貫の前に剣道部の佐志 勇が、
空田の前に同じ体育委員の地畑 恵富華が並んだ。
「今日はお互い頑張りましょう」
新月 虚は雅に向けて手を差し出した。顔には快い笑顔を浮かべていた。さっきまでの眼差しが嘘みたいだ。
雅は「そうね。全力を尽くすわ」と返して手を握った。新月 虚の小さな手はところどころごつごつしている。相手はそれだけ頑張って来たのだ。雅は豆が一つもない自分の手を恥ずかしく感じた。
2人が手を離すと試合開始の挨拶をした。
雅と新月 虚の戦いが始まる。
試合開始のジャンプボール。
8組はもちろん高薙を出して来る。9組は手筈通り徹碧で迎え撃つ。
高薙の体格は圧倒的だ。徹碧が勝てる見込みは少ない。
本来ならば虚チームの攻撃に備えて、雅チームは自分のゴール前で待機しておくべきだった。
しかし、徹碧は高薙と戦う気でいた。そんな徹碧を信じてコートの中央付近に陣取った。虚チームはもちろん中央付近に陣取る。
コート中央では高薙と徹碧が向かい合う。徹碧は身長が高い……。でも、高薙と比較されると頼りなく感じる。
そんな徹碧が高薙に勝つための戦術は1つだった。ボールが最高点に達する本当のギリギリを攻めること。
2人の間に立つ審判がボールを宙へと投げる。
徹碧は審判の手の動き、ボールの動きへと全神経を集中させる。そして、タイミングを見計らって、大きく膝を曲げて飛んだ……。
高薙よりも早く飛べた。
出遅れた高薙は急いで後を追う。
ボールは重力と相殺されて少しずつ減速していく。
どんどんと遅くなり、運動の方向の変わる瞬間、一瞬止まる。
そのタイミングと同時に徹碧はタップする。出遅れた高薙も、自身の身長と四肢の長さと言うアドバンテージを利用して、ボールにタップする。
二人にほぼ同時にタップされ、両側から力をかけられたボールは、力の逃げ場所を求めて上へと向かう。
ボールは上に浮き上がり、徹碧は重力に引かれて下へと落ち着る。徹碧は着地の準備に入る。地面に着いた瞬間、また飛び上がりボールに向かうために……。
だが、そうはいかなかった……。
徹碧とは違い、高薙はまだ地面へと落ちない。それどころか、高薙はまだ上へと向かっていた。
高薙が最高点に達するとき、ボールは高薙の射程へと入った。高薙はボールをもう一度タップした。
高薙ぎのタップしたボールは、寺崎の手の中へと納まった。
寺崎はボールを新月 虚へと回した。
新月 虚は感触を確かめる様にしっかりとボールを床に突いた。
手に吸い付くように戻ってくる。
『虚チームのターンだ』
雅チームは攻めに備えるべく、急いで自陣のゴール下へと向かった。
昨日虚チームの攻め方は研究済みだ。
虚チームにはスリーポイントを撃てる選手がいない。その分、ゴール下まで切り込み、ダンクやレイアップを中心に攻めてくる。そのための技術を磨きに磨いている。
だから、雅チームはゴール下を中心にスリーポイントライン内を守る、前列2人、後列3人の陣形を展開した。
新月 虚は『予想できる中で一番可能性の高い陣形が来たわね』と思った。
高薙と寺崎の2人にアイコンタクトを送る。2人は新月 虚の両翼に並んで走る。
そのままスリーポイントライン内へと新月 虚が入る。
前列の1人、満月 雅が新月 虚を迎え撃つ。
雅に行く手を遮られて、新月 虚は足を止めた。ボールをかばう様に体で隠しながらドリブルをする。
新月 虚は満月 雅を見据えた。
満月 雅も新月 虚を見据える。
満月 雅と新月 虚。いきなり2人の直接対決となった。
雅は前のめりに、両手を大きく広げて守備範囲を大きくとる。
雅のディフェンスには貪欲性がなかった。
ボールを無理に奪いに行って隙を作る気はない。その代わり、隙のないディフェンスで相手を後ろには通させない。
雅らしい落ち着いたディフェンスだ。
相手がそう来ると、オフェンスは自分から仕掛けるしかない。
新月 虚は雅のディフェンスを崩しにかかった。
先ずは右側から抜けようと右側に体重をかける。雅は新月 虚の重心の動きを読み取って、とっさに左足に体重を掛ける。
反応速度が速く、動きが少ない。嫌なディフェンスだ。
新月 虚は右側に寄せ、左から抜く気だった。でも、この雅の反応速度なら、抜かせてくれない。
新月 虚一人で雅を抜くのはほぼ不可能だ。
『流石は私のライバル……満月 雅
でも、問題はない。私達は一人で貴方と戦っているのではないから……』
新月 虚はもう一度右側へと体重をかけた。もちろん、雅は牽制してくる。
そこへ新月 虚に左側にいた高薙が手を挙げて前へと走り出した。そんな高薙は雅と共に前列を任された貫が迎え撃つ。
新月 虚は高薙ぎにパスを出すために目線と重心を左側へと寄せる。雅はそれを妨害するために重心を左から右へと寄せる。雅はこれも余裕で反応できる。
しかし、これくらいは新月 虚の想定内だ。
新月 虚は高薙をじっと見据えながら、右にいる寺崎へとパスを出す。3人の連携が上手すぎて、雅は対応できなかった。
パスを受けた寺崎はゴール下へと向けてドリブルで切り込む。貫は寺崎の方へ注意を向けた。その隙に高薙ぎもゴール下へと向かう。
ゴール下では徹碧が寺崎を迎え撃つ。寺崎は徹碧から距離を取って高めのドリブルを突く。徹碧は慎重に寺崎との距離をじりじりと詰める。徹碧は知らず知らずのうちに前へと引き付けられる。
その間に、佐志と籠宮が両サイドからスリーポイントライン内へと入る。後列の左右を守る的撃と空田の注意はそれぞれ2人へと向く。
徹碧は前へ、的撃、空田は左右へ向けられたことでゴール下に空間が出来た。
寺崎は引き付けて引き付けてタイミングを伺った。そして、寺崎は右から徹碧を抜くようなフェイントを入れて、フックパスで左へとパスを出した。
誰も受け取るものがいないかのように見えるパスだった。
しかし、それをゴール下へ向かっていた高薙がドンピシャのタイミングで受け取った。高薙はゴール下の空白地帯へと向けてドリブルで切り込み、その長身とジャンプ力を生かしてダンクを決める。
ファンサービスともいえる大迫力のダンクだ。
体育館が揺れるほどに観客が沸き立つ。
チームの連携を生かした攻撃で虚チームが先制点を取った。
続く雅チームの攻撃。
相手は雅に新月 虚を、的撃に佐志をつけてきた。そして、残りの3人でゴール下に三角形を作る。
今度は雅がボールを持ち新月 虚が守る形での2人の戦いになった。雅は的撃のスリーポイントシュートを生かした攻めに持っていきたかった。しかし、そうはさせてくれない。
的撃についている佐志はバスケ経験者ではない。もともと身体能力は高い。その上武道の道に精通していて、集中力と瞬発力が高い。それらを生かして的撃にべったりとくっついていたのだ。ディフェンスだけを延々と練習してきたのではないかと思うほど隙が無い。1on1なら一切隙を作らない。
命に代えても的撃を自由にしないという気迫さえ感じる。
雅は的撃にパスを出すのは分が悪いと見た。仕方なく、前へとボールを進めることを考えた。
雅は目線を落として新月 虚を見据える。相手は雅を睨みつけてくる。
雅のディフェンスとは違い、新月 虚のディフェンスは貪欲的だ。
隙さえ見せればボールを奪いに来る気満々である。隙が無くても隙を作って奪いに来る気満々である。少ない守備範囲をその攻撃性で補っている。
そのため、新月 虚のディフェンスには刺すような圧力がある。
だが、それは逆に利用できる。
雅は的撃の方へと目線を向けた。相手にとって的撃は相当な脅威だ。新月 虚は貪欲に雅から的撃へのボールを奪おうとする。
そこへ的撃とは反対方向へ抜くための重心移動を入れる。
新月 虚のディフェンスは、動作がすべてボールを奪いに行くためのものだ。すぐに相手の攻撃を終わらせ、そのままの勢いでカウンターを仕掛けることが出来る。
しかし、その代償として一つ一つの動作がやや大振りだ。そのため、新月 虚はフェイントに対して出遅れがちになる。
それを気合でカバーして対応する。しかし、1回カバーするごとに少しの隙が生まれる。それが累積して大きな隙となる。
雅は重心移動をフェイントにして、次のフェイントを入れる。そうして作った隙をついて新月 虚を抜いた。
雅は自身のライバル新月 虚を抜いた。
しかし、問題はここからである。
ゴール前の三角形はかなり厄介なものであった。
ゴール下の右側には圧倒的なフィジカルを持つ高薙が居座る。ゴール下左側には中学時代のバスケ経験者寺崎が待ち構える。2人は新月 虚の左右を守るように、ゴールの両脇を守っている。
そして、三角形のもう一つの点は元バスケ部の籠宮が守る。
新月 虚を抜いた雅の前に籠宮が立ちはだかる。
籠宮のディフェンスには圧がなかった。しかし、隙が一切ない。最低限の動きでこちらの道筋を塞ぐ。動きが小さい分、フェイントが聞きにくい。雅のディフェンスをさらに洗練させたような嫌なディフェンスだ。
雅は籠宮と1on1で戦うのは分が悪いと悟った。後方にいるであろう貫にパスを出そうとした。
しかし、貫には新月 虚がついていた。新月 虚は雅に抜かれた後、雅の攻めの選択肢を狭めるべく、雅から一番近い味方の貫の元へと向かっていた。
この状況を打破しようと徹碧が動く。徹碧が雅からパスを受け取れるような位置へと動いた。
寺崎、高薙の2人はそれを妨害するようなことはしなかった。変に陣形を崩して穴を作らないために、自身の射程外のボールは欲張らない戦略だ。
雅は籠宮から少し距離を取り、徹碧へとパスを出す。徹碧はボールを受け取るとドリブルをして、ゴール前の高薙の元へと向かう。それと同時に空田が手を挙げながら、寺崎側のゴール下へと向かった。ゴール下の人間をフリーにするのはよろしくない。寺崎は嫌でも空田に注意を向けざる負えない。
ボールを持った徹碧と高薙が向かい合う。
徹碧がジャンプボールのリベンジをするのか、ジャンプボール同様高薙ぎが勝つのか。
バレー部同士の直接対決……。かと思ったが、徹碧は籠宮を撒いた雅にボールを渡した。雅がそのまま寺崎側からドリブルで切り込んだ。空田に注意を向けていたせいで寺崎の反応は遅れた。もう間に合わない。
雅の教科書のようなきれいなホームのレイアップシュートが決まった。
高薙のダンク程ではないが、観客が声を上げる。
その後も雅と新月 虚達は激しい攻防を繰り広げた。
12-12という同点のスコアで第1クォーターが終わった。第1クォーターが終わると5分程休憩して第2クォーターが始まる。まだまだ大丈夫ではあるが、予想よりもかなり激しい展開となった。
第2クォーター。
虚チームは籠宮を下げて、地畑を出してきた。ゲーム展開がはやく消耗もはやい。経験者である籠宮を後半失速させないためにここで休ませようとしているのだろう。
第2クォーターは雅チームがコート中央でボールを持った状態からスタートである。相手は引き続きゴール下を重点的に守っている。しかし、籠宮が抜けたことで3人でゴール下を守るのに不安が出てきた。そこで、個別にマークするのは最も危険性が高い的撃だけにして、残りの四人でゴール下に四角形を作った。
ゴール下の人数が増えてしまった。が、雅は新月 虚のマークから解放された。
雅はハーフラインからドリブルで前へとボールを進める。フリースローライン近くまで来ると、四角形の前側の1点を構成していた新月 虚が雅を出迎える。
雅は新月 虚をフェイントを交えて抜き、ボールを前に進める。ゴール下で待機していた高薙と寺崎の2人が雅の相手をする。1人ずつでも新月 虚同様に厄介だ。それなのに、2人が相手ではどうしようもない。雅は右側で待機していた貫へとボールを流した。虚と共に前列を守っていた地畑がボールを追いかける様に貫に着いた。貫は寺崎の外側で待機していた空田へとパスを出す。空田と寺崎が向かい合う。
その間に徹碧が高薙の側からゴール下へと近づき、高薙を引き付けた。それを見届けて空田は雅へとボールを返す。雅はボールを受け取るとそのままシュートの姿勢に入る。寺崎と新月 虚がそれを止めようとした。
しかし、寺崎は貫が進路上に立ち邪魔をして止めた。
後は新月 虚だけである。しかし、雅と身長差がありすぎて普通に考えれば新月 虚では雅のジャンプシュートを止める事なんてできない。
……はずだった。
しかし、新月 虚は自身の気迫でそれをカバーした。もちろん新月 虚では雅のジャンプシュートの軌道に干渉することなんてできない。しかし、雅がジャンプした後で新月 虚は諦めずに飛び上がった。無駄なジャンプでしかない。それなのに、絶対に止めるという気迫で飛び上がった。
雅は止められるはずがないとわかっていながらも新月 虚の気迫に焦りを感じてしまった。
だから……。
手元が少し狂った。
雅の放ったボールはリングにあたって跳ね返った。
ゴール下には高薙と徹碧がいた。2人のリバウンドの取り合いが始まる。
普通ならばジャンプボール同様高薙の方が有利だ。しかし、リバウンドを取ったのは徹碧だった。
高薙ぎの敗因は判断の早さである。新月 虚とは対照的に高薙は諦めてしまっていた。雅がシュートの体勢に入った時に、もう止められないと思った。止めようとするのではなく、次の攻めのことを考えた。だから、致命的なほどに出遅れ、徹碧にリバウンドを取られた。
徹碧は地面に足が着くと同時に再び飛び上がり軽くレイアップシュートを決めた。
第2クォーターの先制点である。
続く虚チームの攻め。
新月 虚は引き続き寺崎と高薙を従えて攻めてきた。だが、籠宮が抜けた分コート全体での圧迫感が少なくなり、3人に集中しやすい。
新月 虚はボールを持ったままスリーポイントライン内に入るのではなく、スリーポイントラインの外で寺崎にボールを渡した。それとほぼ同時に地畑と佐志がゴール下へと左右から入ろうとする。明らかな誘導ではあるが、空田と的撃は注意を割かなければいけない。それだけゴール下の敵をフリーにするのは危険だ。
寺崎はそれを見届けて、雅に勝負を挑むようにスリーポイントライン内へと入った。普段なら自信がなく頼りにならない印象を受ける少女。しかし、バスケの経験者ということもあり、コートの中では雅に果敢に挑んでくる。
バスケに置いては寺崎は雅より格上だ。しかし、満月 雅は負けられない。雅は隙を作らぬように寺崎に集中した。寺崎はドリブルを止めてボールを手に持った。
パスを出す気だ。
寺崎の目線は雅の左後ろを向いていた。左後ろには地畑と空田がいた。寺崎は地畑の方へと右手でボールを押し出そうとしていた。バウンドパスをする気だ。雅は目線で予測できていたので反応できた。
しかし、寺崎はボールが手を離れる瞬間に手の平の上を転がすようにしてボールを背中の後ろに回した。そして、自身の左にいる新月 虚へと回した。
新月 虚は貫と対峙していた。新月 虚は貫に、貫は新月 虚に集中していて気づいていないはずだった。
しかし、新月 虚は当たり前のようにボールを受け取った。寺崎とのコンビネーションは抜群だった。
貫からすると突如新月 虚の手元にボールが現れた様に見えただろう。しかし、貫は驚いてはいられない。新月 虚を止めようと手を広げた。
新月 虚は抜くと見せかけて、貫の股の下を通して前方にボールを送った。いつの間にか前に向かっていた高薙がそのボールを受け取る。
ゴール下で待機していた徹碧が高薙を止めにかかる。徹碧と高薙の1on1。
そんな中、高薙からパスをもらおうと寺崎が走り始めた。寺崎には自然と雅がついていた。雅はそんなことは許さない。寺崎を追いかけようとする。しかし、新月 虚が雅の進路上に立っていた。『あなたの相手は私よ』と言わんばかりに……。
新月 虚に妨害されて雅は寺崎を逃がしてしまった。
寺崎はそのままゴールへと走る。高薙は寺崎が自分の横を通り過ぎるタイミングで寺崎へパスをだした。寺崎は速度を緩めず走りながら受け取った。
寺崎はそのまま誰もいないゴールまでの道を通りレイアップシュートを決めた。
高薙のパスから寺崎のシュートまではまるで一人の人間がプレーしているように滑らかだった。
第2クォーターも第1クォーター同様激しい戦いになった。しかし、籠宮が抜けたのが痛かったのか、雅チームの優勢で進んでいた。スコアは26 - 20となっていた。
点差が生まれたことにより、雅たちは心理的に少し楽になっていた。
しかし、新月 虚達は逆に焦るということはなく、『まだまだ勝負はこれからだ』と言わんばかりに落ち着いていた。
第2クォーターと第3クォーターの間には10分間の休憩が設けられていた。
雅チームは円形に座って作戦会議を始めた。
的撃を中心に後半の戦略を考えようという流れになっていた。そんな中、前半はベンチにいた欠がいの一番に口を開いた。
「第3クォーターは満月さんを下げて、私を出して欲しい」
唐突な欠の提案に的撃、貫、空田は口々に反対した。満月 雅はこのチームの中で、経験者の的撃に匹敵する実力者だ。現状的撃がマークされている以上必要不可欠である。それに、この試合は満月 雅と新月 虚の戦いだ。新月 虚が下がらなければ雅は下げたくない。それは逃げた様に見えるから……。
反対されてもしょうがない。
すぐに反対しなかった徹碧は欠の真剣な目に何かを感じていた。
「陽光さん。その提案は突飛すぎると思うし、自分でもそう思うでしょ。
それでも言ったということは理由があるんだよね」
徹碧はそう言って欠に説明を促した。
欠は「新月さんを見て」と言って新月 虚の方を見た。みんなもそれにつられて新月 虚を見た。
新月 虚は涼しい顔をしてスポーツドリンクを飲んでいる。新月 虚のショートカットの黒髪は乾いていて光を吸収していた。
欠は「分かったでしょ。新月 虚は一切疲れていないわ」と言いつつ雅をみる。みんなも雅の方を見た。
雅は顔が少し赤く疲れが出始めている。雅の長髪は少し湿って、艶やかに光を反射している。
全員が欠の言おうとすることが分かった。
新月 虚は4クォーターすべてを広い目で見ていた。第1,2,3クォーターで激しく速い展開でボールを動かし、消耗戦へと持ち込む。そして、第4クォーターで勝ちに来る。それが新月 虚の作戦なのだ。陰で鍛えた持久力と言う武器を存分に使った作戦。まるで、去年の冬の球技大会を逆の立場で再現するような作戦。
雅チームは点差が出来たことで余裕になっていた。しかし、得点の上では勝っていたが、体力と言うリソースの上では追い詰められていたのだ。まんまと作戦に嵌ってしまっていた。
雅達は頭を抱えるしかない。雅を下がらせるのは作戦としてありに見える。しかし、雅がいなくなった状態で新月 虚達と張り合うのは難しい。雅がいなくなった瞬間に点差はひっくり返るだろう。第4クォーターで決まる負けが、第3クォーターに繰り上がるだけだ。それでは、意味がない。
第1クォーターの段階で気づいていればどうにかなったかもしれないが、前半の2クォーター分を全力で戦ってしまった。もう遅い。
欠はそんな状況で雅の目をじっと見つめた。
その目は『私に任せて』と語っていた。雅にはとても頼もしかった。
でも、雅は頼れなかった。
欠の中の雅は絶対に負けない。でも、負けないだけでは及第点なんだ。
欠が本当に望む雅は、欠の力は借りずに勝たなきゃいけない。それでやっと50点なんだ。
雅は息をおおきく吸うと呼吸を無理やり整えて立ち上がった。
「私はまだ大丈夫だから、第3クォーターも頑張るわ」
雅はそう言った。いつも欠へと向ける得意の張り付けた笑顔で……。
欠は痛々しく感じた。そして、ため息をついて、妥協案を提案した。
「ならこういうのはどうかな……。
雅は第3クォーターも、第4クォーターも両方とも出る。
でも、第3クォーターは休むことに集中して……
第3クォーター。
虚チームは寺崎を下げて籠宮をだした。第4クォーターに向けて腹心ともいえる寺崎も休ませるつもりだ。雅チームは空田を下げて欠を出した。
第3クォーターは虚チームの攻撃からスタートする。
新月 虚が今まで通りボールを持って切り込んでくる。
前半同様雅たちは前に2人、後ろに3人で守る。前列は欠と雅だ。
新月 虚は雅が止めに来ると思っていた。しかし、新月 虚の前に出たのは陽光 欠だった。
新月 虚は想定外の出来事に警戒しながらも、欠を軽く抜いた。
欠を抜いた先で雅が待つ。雅と新月 虚がお互い睨みあう。
前半でさんざん向き合ってきた。だから、雅は新月 虚が何をするか大体わかっていた。新月 虚は高確率でフェイントを入れてパスを出す。それを牽制するようにわざと辺りを見回した。
新月 虚もそろそろパスを警戒してくると思っていた。だから、本気で雅を抜きに行こうと考えていた。あまり雅と真っ向勝負をしたくはなかった。でも、もしもの時のために何枚かカードを用意していた。そろそろカードの切時だ。
新月 虚は雅を抜く体勢に入った。
しかし、そうはならなかった。雅の後ろでゴールを守っていた徹碧が雅に加勢する。そうすれば、ゴール下に隙が出来る。そうまでしても、ここで新月 虚を抑えたいのだ。
予想外の行動に新月 虚は追い詰められてしまった。籠宮へのパスは読まれているので止められる。それに、二人を同時に抜くのは厳しい。
そんな新月 虚を助けるべく高薙がゴール下へと向かった。雅と徹碧の注意は一部が高薙にそがれる。その隙に籠宮が手を挙げて後ろへと走り出した。高薙ぎは新月 虚からのパスを要求するように手を挙げた。新月 虚は「ちはた!」と名前を呼びながら籠宮へとパスをだした。雅と徹碧は地畑の方を見てしまった。その間にボールは籠宮の手の中に落ちた。
少し卑怯で、綺麗ではない。そして、何度も使える手ではない。しかし、上手く決まった。
籠宮は佐志に向けて正確なロングパスをだした。それを受け取った佐志は高薙へとパスを送る。高薙は受け取るとすぐに両足で飛び上がりダンクを決めた。
パスを主軸とした速攻が決まった。使いすぎると種が割れて対策される虚チームの切り札の一つだ。
次は雅たちの攻めである。
雅はゆっくりとした足取りで、スリーポイントラインの前まで来る。スリーポイントラインの中では第2クォータ同様虚チームが四角形を作りゴール下を守っていた。
新月 虚は雅が来ると思い雅の方をじっと見ていた。雅は意外にも欠へとパスをだした。
パスを出した後雅はハーフコートの前側のスリーポイントライン上へと移動した。
欠はパスを受け取ると落ち着いた足取りでスリーポイントライン内へと踏み込んで来た。
欠がスリーポイントラインに入ると同時に籠宮が欠の方へと向かう。欠の相手は籠宮がする。元経験者同士?として……。
その間に的撃はスリーポイントラインに沿って前へと走り出した。もちろん的撃には佐志がべったりとついていた。的撃の移動の軌道上にいた雅が壁となって佐志から的撃を引きはがした。初めて的撃がフリーになった。
欠は籠宮から距離を取って的撃にロングパスをだした。スリーポイントラインのぎりぎり外側で欠のパスを受けた的撃はそのままシュートを放った。ボールはそのままゴールへと入った。
この試合初のスリーポイントである……。
第3クォーターは虚チームの早い攻めと雅チームの遅い攻めが交互に繰り返される展開となった。
最初の二回のやり取りで新月 虚は雅チームの作戦に気づいた。
新月 虚の攻めに最初に欠が対応したのと、ハーフコートまでのゆっくりとした歩み、雅が攻めの中心から退いたのはさすがにあからさますぎた。
新月 虚は『そっちがその気なら、こっちは今のうちに点を稼がせてもらうわ』とでも言うように激しく早く絶え間のない攻めを繰り出した。新月 虚は積極的に走って攻めでも守りでも場をかき回す。そうしてできた隙を他の四人がすかさず拾う。雅たちはとにかくミスをしないようにしながら、少しでも相手の得点を抑えようとした。
しかし、上手くいかなかった。第3クォーターのスコアは33 - 38だった……。
第3クォーターと第4クォーターの間の休憩。最後の休憩。
虚チームは点差を作り余裕があった。しかし、新月虚を中心に張り詰めた空気感を出していた。
最後の最後まで決して気は緩めない。
一方、雅たちは想像以上に点差をつけられ士気が下がっていた。
「新月さん、すごかったなぁ」
貫がため息を付きそうになりながらそう言った。第3クォーターの新月 虚は誰も止められないほどに凄まじかった。
新月 虚には経験者の的撃を付けたのに、的撃でも押さえられなかった。
「1on1なら何とでもなるけど、2on2や3on3に持っていかれると手が付けられなかったわ」
と的撃はコメントした。
新月 虚はフェイントを入れてパスを回すのが得意である。そのほかにもチームメイトと戦うための武器をたくさん持っていた。1人ならなんとかできるが、誰かと組むと止められなくなる。
そうやって、複数人で雅に勝とうとしていたのだ。
「それなら、5on5ではなく1on1×5に持っていくのはどうかな」
欠がそう言った。新月 虚を完全に仲間達から隔離する。考え方としては悪くない。
しかし、それには1つ問題がある。
「ひかりん。でも、それだと問題がない。
相手には寺崎さんと籠宮さんで2人経験者がいるんだよ。
どちらかには的撃さんが着くとして、もう1人はどうするの?」
貫がそう質問する。貫の言うことは最もだ。1on1を5組作るということは他人がカバーできない個人戦を行うということだ。寺崎か籠宮のどちらかが攻守の風穴になりかねない。
「寺崎さんには私がつく」
貫の疑問に欠はそう断言した。貫はすぐに「無理だよ」と言った。的撃も空田も口には出さないが同意だ。
「私だって経験者よ」
欠はバスケのチームに入るために作り出した嘘を再び出した。3人は微妙な反応をする。
欠が経験者だとは信じているのだが、3人目線では欠があまり強くなかった。普通の人より上手いが、この中では一番下手。欠は1on1では経験者でない空田、貫にもぎりぎり負けるぐらいに調節していた。
まぁ、ここにいるのは運動能力に自信しかない精鋭たちだ。少しぐらいなら経験の差を埋められても不思議ではない。
徹碧がそんな3人に「私たちでカバーしよう。寺崎さんにボールを回さないようにすればいいだけだ」と言った。
徹壁の発言はあたかもいい考えに聞こえた。しかし、問題点もある。
徹碧は高薙と戦うことになる。身体能力、体格、技術でアドバンテージをとられている徹碧相手に、他者をカバーできるだけの余裕があるはずなかった。
それでも、それが一番現実味のある策だった。
だから他の3人は消去法として頷いた。
これで、それなりに勝負できるようになった……はず。
しかし、これは第4クォーターで点差を広げられないための話で、第4クォーターで点差をひっくり返すための話ではない。
新月 虚の次は、5点差が頭を悩ます。
どうするかを話し合うが意見が出ない。そして、時間だけがすぎる。
方針が決まらず休憩時間が終わりに近づいた。
そして、方針が決まらぬまま休憩時間が終わってしまった。
的撃が仕方なしに「みんなで頑張ろう」と抽象的な作戦を口に出した。
5点差の対処について具体的な作戦はない。とにかく頑張る。
そんな勢いでそれぞれコートへと向かった。
コートへと向かう途中雅の横を欠が通り過ぎた。
欠は雅にそっと耳打ちした。雅は歯をぐっと食いしばった。
「雅。ごめんね。
しょうがないから、少しだけ本気を出すね。
私の事嫌いにならないでね
第4クォーター。
雅チームの攻めから……。
欠が雅へとアイコンタクトを送った。
『パスして』と言う意味だ。
雅は言われるままに欠にパスをした。
雅チームの他の4人は雅の行動に驚いた。この状況下で欠にボールを渡す理由が分からなかったから。
そして、新月 虚も驚いた。
新月 虚は雅チームの作戦会議の内容を知らない。だから、何かの作戦だと思い頭を働かせた。
雅達は自分たちが追い詰められていることに気づいているはずだ。ならば、第4クォーターで何かを変えてくる。
そう、予想はしていた。しかし、欠がボールを持つとは思わなかった。
新月 虚の中でも欠は雅達の弱点だった。
『陽光さんがボールを持つ?
陽光さんは切り込んでこれるような技術はない……はず。
ならば、誰かにパスを回す?全員でパスを回して攪乱してくる気ね』
新月 虚はそう判断した。そして、いつでも走れる準備をしつつ視野を広げた。チームメイトにも同様のサインを出す。
欠は新月 虚の方へとゆったりとした足取りでドリブルしながらボールを進めてきた。その足取りには落ち着きがあり、堂々としていた。何故か、小さい体には似合わない風格を感じる。
欠は虚チームの防衛線であるスリーポイントラインの前まで来るとボールを持ち立ち止まった。
新月 虚は視野を広く保ちつつも欠の方を向いた。
空田と的撃はもうどう動くべきかわからないなりに、相手を攪乱しようと動いていた。
雅は欠の方を気を抜いて見ていた。まるで、自分にボールが回ってくることがないとわかっているみたいに……。
欠はじっとゴールを見て膝を曲げた。
『まずい……』
新月 虚はそう思った。想定外の事態だった。とっさに足を動かした。他のチームメイトはなにが起きているか気づいていない。
新月 虚だけが足を動かせれた。しかし、当たり前だが間に合わなかった。
欠は膝を伸ばす勢いをそのままボールへと伝えて、ジャンプシュートを放った。
その瞬間、欠は新月 虚に向けて右の口角を少し挙げた。新月 虚は悟った……。新月 虚はその場で静止し、頭の中を整理した。
空田、的撃は頭を抱えながら相手の反撃に備えて後ろに下がった。徹碧はもしもの時のリバウンドに備えゴール下へと入り込んだ。雅は自分のコートへと歩き出した。
新月 虚のチームメイトはチャンスボールだと思った。付け焼刃のスリーポイントシュートなんて入るはずがない、リバウンドからの速攻の準備へと入った。
そんな中で、欠の放ったシュートは、与えられた運命に忠実で1umのずれさえも許されずゴールのど真ん中を通った。
出来に出来すぎたラッキーシュート?
誰も警戒していなかったシュート。雅たちの攻めにも、新月 虚の守りにも選択肢にすら上がることのないシュート。
フリースローの様に放たれた、ある意味非現実的なシュートが入った。
辺りが静まり返った。
欠はさも当たり前のことが起きたかのように雅の後を追って自分のコートへと向かった。
フリーズしてしまった新月 虚の元へと高薙ぎが近寄った。
「虚様。ラッキーシュートの1つもあります。
気を取り直して頑張りましょう」
高薙は新月 虚の肩をポンと叩いた。
新月 虚は頬をパンッと叩いた。
『あれはラッキーシュートではない。
陽光さんは絶対入ると思って撃った。
そして、不可解なことに雅もそう思っていた。
……。
向こうのチームにはとんでもない隠し玉があったのね。
まぁ、いいわ。
ラッキーシュートじゃないなら、ラッキーシュートにするまでよ。
もう陽光さんにシュートは撃たせない』
新月 虚はそう唱えて、チームメイトの方を見た。
「すごいシュートだったわね。でも、あれは偶々入っただけのラッキーシュートよ。
次はないわ。切り替えていきましょ」
続く虚チームの攻め。
新月 虚はハーフラインまでボールを進めた。それを欠が出迎えた。
空田と的撃は、また頭を抱えた。さっきのシュートは偶々入ったからいい。でも、第4クォーターになってから少し欠が自由に動きすぎていた。
新月 虚はドリブルとは反対側の手で、籠宮と地畑へとサインを送る。
籠宮と地畑は意図がわからないながらも、サインに従い後ろへと下がった。
新月 虚は欠をじっと睨みつけた。
陽光 欠。
さっきのスリーポイントのせいで得体のしれない存在となった。
『さっきのスリーポイントシュートが一か八かのブラフの可能性もある。入ると確信していたように見えるだけかもしれない。
でも、こちらの情報ではミニバスとは言え、経験者。
私の左右には高薙と寺崎がいる。1on3を私に仕掛けてきたのだ。
警戒した方がいいわね』
雅や的撃よりも警戒度を上げた。
「あなたは雅の獲物なの。だから、こういうのは良くない。
でもね、このままじゃ雅が負けちゃうから、私が相手をするね」
欠は新月 虚に向かってそう語りかけた。。
新月 虚は「望むところよ」と返す。
新月 虚は欠をどうやって抜くか全力で考えた。考えた末、雅を抜くための切り札を一枚切ることにした。
切り札を使い新月 虚は欠を抜いた……と思った。
欠の横を通り過ぎる刹那、欠は笑った。
「いい攻めね。でも、ごめんなさい。
相手が悪かったわ」
欠の囁き声が耳元で聞こえた。新月 虚はそれを振り切るようにボールを前につく……。
新月 虚の手は空振りした。ボールが地面につく音もしなかった。
その直後自分の後方からドリブルの音が聞こえた。
『ああ、盗られたのね』
新月 虚はそう悟った。そして、後ろにいるであろう籠宮と地畑が時間を稼いでいる間に回り込むべく走り出した。
欠の前には籠宮と地畑が立ちはだかった。
今の欠でも経験者である籠宮の相手は骨が折れる。その上、地畑のおまけつきだった。
『新月 虚。雅のライバルだけはあるわ』
欠は心の中でそう呟いた。
欠は距離を取るとボールを持った。スリーポイントラインの内側、十分欠の射程ある。さっきのシュートで籠宮も地畑もシュートを撃つことを可能性として認識していた。
ラッキーシュートだとしても、入れば同点になる。かなり痛い。
欠がジャンプシュートしようとするのを、籠宮と地畑の2人で止めにかかる。
欠が最高点に達した時シュートの軌道は2人の手によって防がれていた。欠は身長が低い。だから、わかっていれば高さで防がれてしまう。
欠はもうシュートを撃つしかなく追い詰められたかのように見えた。
欠はそんな状況でも余裕の笑みを浮かべた。
ボールは欠の手からゴールへと向かうのではなく、欠の手のひらに沿って転がり指先に引っかかって少し浮いた。
欠は自分の指先から離れる瞬間にボールにバックスピンをかけた。ボールは欠の後方へと向かう……。
欠のシュート失敗により、雅チームの攻めは終わった……かのように見えた。
しかし、終わっていなかった。
欠の後方へと向かったボールは、後ろにいた雅の手の中へと落ちた。
雅は欠の背後からドリブルで切り込んだ。
欠の横を通り過ぎる一瞬、2人の目線が交わる。
『格好良くきめてね』
『まかせなさい』
欠と雅はアイコンタクトを交わした。2人とも少し嬉しそうである。
雅は、籠宮と地畑が態勢を整える前に、距離を離した。そのままゴールへと向かう。
それを新月 虚が全速力で追いかける。が、そこへ欠が妨害をする。
フリーの状態で雅はゴール下まで走り、そのままレイアップを決めた。
38-38。スコアは同点になった。
欠に2回もやられてしまった。虚チームは欠を抑え込めるような作戦に変更した。
その結果、欠に寺崎をつけてきた。
これによって、雅vs新月 虚、欠vs寺崎、的撃vs籠宮、徹碧vs高薙、空田vs地畑の1on1×5に近い状態が出来上がった。
その中で雅と新月 虚の戦いが中心となり試合が進んでいった。
今まで以上に速い展開の激しい攻守で試合は進んでいった。
第4クォーターも終盤に近づいた。
試合時間は残り15秒。スコアは47-48の新月 虚の1点リード。
雅がボールを持った状態で新月 虚と雅が向かい合った。他のチームメイトは互いに互いを牽制しあい動けない。
雅と新月 虚の一騎打ちだ。
ここで雅が点を取れば勝ちに近づく。でも、点を取れなければ負けにぐっと近づいてしまう。
雅は腰を落とし、荒い呼吸をしながら新月 虚と向かいあう。第4クォーターの早い展開のせいで体力はほぼ底をついていた。正直しんどい。しかし、『後15秒』と自分に言い聞かせてライバルへと立ち向かう。
対する新月 虚ももうすぐ限界だった。でも、今まで雅と戦ってきた中で一番勝ちに近づいている。チャンスだ。
しかも、このチャンスは自分が作ったものではない。チームメイトみんなが作ってくれたものだ。無駄にはできない。小さい体ながらに両手を大きく広げて立ち向かう。『勝つのは私達だ』と言わんばかりに……。
雅はドリブルのリズムに合わせて2、3回息を整える。
『私は負けることが許されない。だから、勝たせてもらうわ』と答えた。
有言実行。それを示す様に、新月 虚を抜きにかかる。
ドリブルしていた右手とボールを背中側へと回す。
雅の左側には問題の欠がいる。新月 虚は背中を通して欠にパスをすると予見して動いてしまった。
新月 虚ならこの状況下でチームメイトにパスをする。だから、このフェイントは上手く刺さった。
ボールは雅の背中の後ろで一回バウンドして雅の左手に収まる。
雅はそのボールを新月 虚の股の下を通して、ディフェンスを抜く。
そのまま誰もいないゴール下までの道を走り、思いっきり踏み切って飛び上がった。そのまま勢いに任せてスラムダンクを決めた。
観客たちは鼓膜が破れるような大きな声援を挙げた。
残り時間は5秒。
新月 虚はたとえ残り1秒であったとしても最後まで足掻き続ける。今は5秒もあるんだ。
5秒で1本シュートを決めれば、雅に勝てる。まだ終わってっはいない。
新月 虚はあらん限りの力を込めて雅チームのゴールへと走り出した。チームメイトはそんな新月 虚の意図を組んだ。
寺崎は地畑に向けて全霊を込めてパスを出す。
残り4秒
地畑は寺崎から受け取ったバスを籠宮へと託す。
残り3秒。
新月 虚の前に雅が立ちはだかる。さすがはライバルだ。新月 虚の諦めの悪さは雅も知っている。最後の最後まで絶対に油断しない。
籠宮がボールを高薙へと繋げる。高薙が新月 虚へとボールを投げる。
残り2秒。
新月 虚は右手を横に伸ばした。そこに高薙の放ったボールが引き寄せられるように収まる。新月 虚はボールを受け取るとすぐに2歩下がって雅から距離を置いた。
残り1秒。
新月 虚はジャンプシュートを放つ。雅はそれを防ぐように大きく飛び上がった。
最期の最後新月 虚の意地。
ジャンプシュートは雅の指先の2mm上を通り放たれた。
試合終了のブザーが鳴る。
ボールは高めの放物線を描きながらゴールへと向かう。
『頼む、入れ』
新月 虚はそう願いながらボールの軌道を見つめた。
ボールはコマ送りの様にゆっくりと進んだ。
高く放たれたボールは重力に従い、ゆっくりとゴールへ吸い寄せられていく。
コートの中の視線を集めるボールはゆっくりゆっくりと落ち……。
リングの縁に当たった。
1m程上に跳ね上がり、ゴールを通らずに地面へと落ちた。
新月 虚はボールが地面につくと同時に崩れ落ちた。
揺れる視界の中で高薙と寺崎が走り寄って来た。
2人は励ましてくれるだろう。褒めてくれるだろう。
けなしてくれた方が楽なのに……。
虚チームは負けたのだ。
新月 虚が雅を止められなかったから……。
そして、新月 虚がシュートを決められなかったから……。
読んでくださりありがとうございます。
面白ければ次回も読んでいただければと思います。
次回は7月27日に投稿する予定です。
以下、今回の話の感想と次回予告を書きます。
[今回の話の感想]
今回の話は雅と新月 虚の直接対決でした。
この話の中では、試合の中で以下の2点を書くように意識しました。
- 雅と新月 虚の性格の違い
- 新月 虚、高薙、寺崎の三人の性格
この2点が伝わっていると嬉しいです。
[次回予告]
次回は球技大会後の変化を描いていきたいと思っています。
学校行事で普段話さない人と一緒に何かすると、
それがきっかけになって話す様になったりする経験は誰にでもあると思います。
そう言った人間関係の変化を書いていきたいと思います。
後、7月と言えば1学期末テストがあります。
新月 虚は球技大会の口惜しさをばねに雅に挑んでいくでしょう。
また、テストと言えば星空の補習問題も上がってくると思います。
そこらへんも触れていきたいと思います。