文化祭準備 寺崎
登場人物
黒白 麗音 : 音楽家の名家に生まれた天才。
ピアノの先生の急用でレッスンがしばらく休みの為、文化祭実行委員に立候補した。
寺崎 糸 : 黒白の親友と言える少女。
黒白に誘われ文化祭実行委員に立候補した。
自己肯定感が低いが、諦めの悪い努力家で割とハイスペック。
星空 数多 : 勉強が苦手な少女。
学校行事が大好きで、文化祭を盛り上げようと文化祭実行委員に立候補した。
闇空 覆 : 少し不真面目な雰囲気のある星空の親友。
星空に誘われて文化祭実行委員に立候補した。
新月 虚 : 黒白の腐れ縁。
才色兼備の優等生。
期末テストの準備で忙しいため、文化祭実行委員にはならなかった。
注意
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。
- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。
- このepisodeには以下の要素が含まれます。
- 百合
- シリアス
- いじめ
- 当たり前の事ですが悪い事をした人間だからといって、酷いことをしてもいい訳ではありません。
私刑は認められていません。
4月7日の朝。
その日は、2年生として初めての登校日だった。
学校へ行く準備を終えた寺崎は、自分の机の1番上の引き出しを開けた。1番上の引き出しは鍵がかかるため貴重品を入れている。そんな引き出しの1番奥には、底面がICカード程で、数学の参考書の厚さ程の高さを持つ黒い箱が隠してあった。
寺崎は、繊細なガラス細工にでも触れているような丁重な手つきで、その箱を取り出し机の上に置いた。箱の表面には銀色で校章が描かれている。黒に銀と言う組み合わせのせいか、見慣れた校章でさえ高級感と威厳に溢れるブランドのロゴの様に見える。
寺崎は箱の下半分を左手で押さえ、右手で上半分を持ち上げる。
1年3学期の終業式に受け取ってから今日まで開けるのを我慢していた。春休みの間に何度も誘惑に負けそうになったが、何とか開けずに済んだ。
そんな箱がついに開く。
「おおっ」
箱の中身に思わず声が出る。
箱の中には新品の胸章が鎮座していた。
自分の胸についているものと見比べる。
やはり違う。
新品だからではない。そもそもものが違うのだ。前の物よりも一回り大きく、厚みもある。塗料もいいものを使っていて鮮やかで発色良く艶がある。全体的に特別感があった。
それもそのはずだ。
これは精鋭クラスの人間のみに支給される優等生の証、特別胸章なのだから……。
つまり、寺崎が1年間積み重ねた努力の証なのだから……。
寺崎は特別胸章に付け替え洗面台へと向かった。
鏡に映る自分の左胸で特別胸章が輝きを放つ。
胸章なんて小さいもので、デザインが少し違っていても普通の人は気づけないだろう。
それでも、寺崎にとって特別胸章は自分の価値を証明する自信の証となった。
『今日から私は精鋭クラスの1人です。この胸章にふさわしい他の生徒の模範となる行動を心がけましょう』
寺崎は心の中でそう表明して、玄関へ向かった。
「行ってきます」
いままでより張りのある優等生として自信に満ちた声を出して家を出た。
胸いっぱいに期待を抱え、誇らしげな気分で電車に揺られる。学校に着くと、何時もより堂々と廊下を歩き、新しい教室の前に立つ。
『2-8』と書かれている。当り前だが、ここが寺崎の教室になるのだ。
「おはようございます」
寺崎は元気な声を出して扉を開けた。
既に登校していた10名の生徒が寺崎の方を見る。
当たり前だがその生徒たちは……女子は特別胸章を、男子は特別襟章を皆つけている。
でも、寺崎の様にそれを意識していない。彼らにとってそれは当たり前のものなのだから……。
努力して手に入れたものではない。努力するまでもなく手に入ったもの。
その事実が寺崎に自分と彼らとの違いを感じさせる。皆寺崎よりもはるかに賢そうに見える。
寺崎は自分が矮小な存在に感じた。恥ずかしくなった。そして、自分よりも出来の良いであろうクラスメートに囲まれることが恐くなった。
上流階級のパーティーに手違いで迷い込んでしまった庶民の様な居心地の悪さを感じた。
寺崎は安心感を求め目を泳がせた。友達である新月 虚と高薙 敦を探した。
しかし、不幸にも二人はまだ登校していなかった。
心細い。
いやぁな汗が浮き出てくる。
寺崎はぎこちない動きで黒板に書かれた座席表を確認した。逃げる様にそそくさと自分の席へと向かう。
自分の席に着くと、自分と同じような人間はいないかと辺りをこっそり観察する。
改めて見回すと自分と別種の人間しかいないことに気づく。
医学部とか旧帝大とか某難関私立大学の名前とかと言った物々しい単語が表紙にかかれている参考書を見ている生徒が何人かいた。英語で書かれていると思われる小説を読んでいる生徒もいた。
10名中8名は勉強に近いことをしていて、教室の中なのに自習室のような雰囲気が漂っていた。
残りの2人は他の人の邪魔にならないように静かにおしゃべりをしていた。そんな2人の中に入れないかと耳をかざす。
2人の会話は全体的に語彙のレベルが高く、聞きなれない単語ばかりである。話している話題も寺崎について行けそうにない。
『これが精鋭クラス……』
今までの自分とのレベルの違いにため息が出る。
前のクラスでは朝や昼休みは、女子はおしゃべりをしていた。おしゃべりの話題は、好きなドラマやアイドル、ファッションの流行と言った内容だった。男子は古典単語帳や英単語帳のカバーを漫画やライトノベルに掛けて持参し、賢そうな風を装いながらそれを読んでいた。テスト期間の昼休でさえ勉強するなんて発想はなかった。
模試の志望校欄には皆地元の国立大学を書いていた。それを見て友達が「もっと勉強しないと厳しくない」とか言い合っていた。
ブロック大学辺りを書こうものなら天才と言われた。
でも、ここにいる人たちは当たり前の様に旧帝大や医学部、私立の最難関校を書くのだろう。
こんなクラスに自分がなじめる気なんてしなかった。
寺崎は雰囲気に溶け込めるように、数学の参考書を開いた。黙って目立たないように視線を参考書へと向ける。
それから2、3分ほど経つと、教室の前の扉が開いた。
「おはようございます」
野山を潤す雪解け水のような透き通った声が聞こえる。声の方向には、白百合の様に清楚で美しい1人の少女がいた。
その少女は育ちの良さを反映した美しい姿勢と整った歩みで寺崎の横の席へと来た。荷物をそっと降ろし、丁寧な所作で席に座る。
そして、寺崎の方を見た。
「おはようございます」
少女は寺崎に優しい微笑みを投げかけた。
自分に対して挨拶をしてくれた。それだけで、寺崎は目の前の高嶺の花のような少女が自分をクラスメイトとして認めてくれているような気になった。
寺崎は救われた。
「おはようございます」
寺崎はそう微笑みを返した。
これが寺崎と黒白の出会いだった。
この時は知らなかったが、2人とも新月 虚の友達だった。そのため、新月 虚、高薙を交えた4人で一緒に過ごすようになった。その中で、2人の距離は自然と縮まっていった。
新月 虚と高薙は朝早くに登校する方ではあった。しかし、寺崎と黒白の方が来るのが早かった。
そのため、新月 虚が登校するまでは2人の為だけの朝の時間となった。その間に、2人の距離は更に気づいて行った。
気が付けばお互いがお互いにとっての1番の友達になっていた。
それに、寺崎にとって黒白はただの友達ではなかった。
寺崎にとって辛いときに必ず支えてくれる必要不可欠な存在であった。
当たり前だが、精鋭クラスの授業は他のクラスの授業よりも高度だ。進度はクラス間で統一されているため授業の進みが速いわけではない。代わりに内容が深く、他のクラスでは触らない応用問題や実際の大学2次試験の問題にも挑戦する。予習や復習をしっかりしていても、実際の入試問題などには対応できず、寺崎は何度も置いて行かれそうになった。
そんな時は朝の時間に黒白がわからないところを教えてくれた。
理解力が低いせいで何度も同じところを聞いてしまうことがあった。そんなときに、黒白は嫌な顔を一切見せず「ここは難しいですが、根気強くやれば理解できますわ。頑張りましょう」と寺崎の事を励ましてくれた。
寺崎が教えてくれたことに対してお礼を言うと、
「私なんかでも寺崎さんのお役に立ててうれしいですわ」
と微笑ってくれた。
寺崎は知らず知らずのうちに周りと比べてしまい心が折れそうになった。
そんな時黒白は、
「寺崎さんは努力家ですわ。ですから、いつかは周りの人たちに追いつけますわ」
と言って、寺崎の知らない自分の良さに気づかせてくれた。
寺崎は黒白のおかげで精鋭クラスの中でやってこられた。
だから、いつかは自分も黒白を支えられるようになりたいと思っていた。
そのいつかはきっと今なんだ……。
それなのに……。
「おはようございます」
寺崎は教室に入ると何時もの癖で、黒白の席の方を見た。
黒白は顔の高さで文庫本を開き顔を隠していた。きっと本の後ろには、孤独に陰った惨めな表情を浮かべているのだろう。
元友達として心が痛む。
友達なら黒白の席の前で「麗音ちゃん。おはようございます」と挨拶をするのだろう。それだけで黒白は笑ってくれる。
孤立したり心細い時は少し話しかけてもらえるだけで、いやただ挨拶をしてもらえるだけで、気が楽になれる。
それなのに……。
それだけの事でもいいのに……。
寺崎にだってできるはずの事なのに……。
寺崎は黒白の横を素通りしてしまう。
黒白は、今の自分が話しかけることが他人の迷惑になりかねないことを知っている。だから、自分から助けを求める事なんてできず、黒白は自分の横を素通りする寺崎を黙って見送る。
寺崎は自分の席に座る。
前の席の黒白の背中が視界に映る。
何時もの黒白は背中に鉄心が入っているように姿勢が良かった。そんな黒白の背中は、今は少し歪がっている。
それだけで寺崎の中に物悲しさが溢れる。
今からだって話相手になってもいいはずである。
でも、寺崎はそれをしなかった。
寺崎にはそれが正しいことだと分からなくなっていた。
寺崎の知る黒白 麗音は、誰かの役に立つことが好きで、視野が広く、よく気が利き、人の良いところを見つけるのが得意で、良く褒めてくれて……。
そんな黒白が、自分が生徒会長になるためだけに星空を貶めたという事実は信じがたいものだった。
でも、それは紛れもない真実だ。
穢れなくみえる白い黒白の中には、寺崎の知らない穢れを濃縮したようなどす黒い黒白が居た。
寺崎はショックで黒白がわからなくなった。黒白に自分は騙されていたのではないかと疑い始めてしまった。
それでも、寺崎は自分の気持ちと黒白の事を整理しようとした。
しかし、気持ちの整理が着く前にそれが出来上がってしまった。
黒白は悪者で仲良くすべきではないという同調圧力が……。
元々寺崎はクラスメイトに学力で負い目を感じていて、自分を出すことが出来なかった。そんな寺崎を支えてくれていたのが黒白 麗音だった。
そのため、黒白とのかかわりを失った寺崎は、クラス内の同調圧力という流れに抗う術を持たなかった。
錨が外れた船の様に、ただ同調圧力に流されるしかなかった。
だから、周りの意見が自分の意見だと錯覚し、寺崎の中で黒白が悪者になってしまったのだ。
それでも、わずかにだが本当の寺崎も残っていた。黒白に手を差し伸べたいという気持ちはあった。
しかし、寺崎はそれを振り払って英語の教科書を開いてしまう。昨晩一晩考えて分からなかった英作文の宿題に取り組む。
誰かに教えてもらうのではなく、1人で考え始めた。
お昼休み。
寺崎は新月 虚の元へと向かう。
最近は新月 虚、高薙、寺崎の3人で昼食を食べる。黒白は自分の席で独りで食べる。
今日もそうなると思っていた。
しかし、2人が席に向かうと、新月 虚がお弁当の結び目をもって立ち上がった。
「ごめんなさい。今日は2人で食べて……」
新月 虚の言葉に高薙はやれやれと言った風なため息をついた。
事情を察せない寺崎は、「虚ちゃん。用事ですか?」と聞いた。
「まぁ、そんなものよ」
新月 虚はそう答えて教室を出た。
新月 虚が教室を出たすぐ後に、黒白も教室を出た。
「わざわざ体育館裏に呼び出して、何の用事でしょうか?」
黒白は先に来ていた新月 虚と距離を取った状態で聞いた。新月 虚からは、『昼休みに用事があるから、お弁当を持って体育館裏に来なさい』という短いメッセージがあっただけで、用事については何も聞かされていなかった。
「特にないわよ。ただ、一緒にお昼でもどうかな……と思って」
新月 虚はそう答えながら地面にプラスチック製のレジャーシートを広げる。
「どうして私なんかと……」
黒白は驚きから目を大きく開く。
「黒白は私の友達だからよ」
新月 虚は靴を履いたままレジャーシートの上にお尻だけ乗せる。昔使っていたレジャーシートを持ってきたのだが、サイズが小さく、靴を脱ぐと2人で座れなかった。
「私なんかと食べたらお昼が美味しくなくなりますわよ」
黒白は新月 虚と距離を取ったままそう警告した。
「寂しそうなあなたの背中を見ながら食べる方がまずくなるわよ。私がどういう思いで孤立した友達の事を見ているか少しは考えなさい」
新月 虚はわざとらしくため息をついた。
そして、「私お腹空いているのよ。早く座ってくれないかしら」とレジャーシートの空いたスペースをポンポンと叩いた。
黒白は観念したように新月 虚との距離を縮めた。
「では、失礼します」
黒白はレジャーシートの端にお尻をひっかける様にして座った。
新月 虚はそんな黒白を呆れたような眼で見た。
「こっから向こうはあなたが使いなさい」
新月 虚はレジャーシートを2等分する線を指で引いた。自分の控えめな行動が相手に気を遣わせていると気づいた黒白は、線のギリギリまでを使う様に座りなおした。
「狭くないですか?」
黒白は新月 虚を見た。
「大丈夫よ」
新月 虚はそう言ってくれた。
2人の間を風が抜ける。
まだ秋ではあるはずだが、風が吹くと少し肌寒い。
黒白は自分なんかを誘ってくれた新月 虚に愚痴ととらえられかねないことを言いたくなかった。そのため、風については黙って我慢するしかなかった。
ただ、風が吹くたびに身震いをする黒白を見ると寒いのは簡単に察せられた。
「ごめんなさい。野外だと風が寒いわね」
新月 虚は黒白に自身の体を寄せた。
「私は大丈夫ですわ」
そうは言いつつも黒白も新月 虚と密着するように近づく。
「黒白には悪いけど、あなたはクラスの中では嫌われ者なの。
今までみたいに4人で食べようと2人には言えなかったの。私とあなたが教室で食べていると、寺崎達は4人で食べないといけないと思うでしょうし……。
だから、少し寒いけど外で我慢して頂戴……」
新月 虚はフェンス越しに見える住宅街を見ながらそう言った。黒白は「分かっています」と返して、お弁当の包みを解いた。
「……」
新月 虚もお弁当の包みを解く。
2人は初めは黙ったまま箸を動かしていた。
黒白はそんな沈黙を不快に感じなかった。何もしゃべらなくても新月 虚が隣にいるだけでお弁当がいつもより美味しく感じられた。
それだけで十分だった。
そんな中で新月 虚が文化祭についての話題をふった。そこから会話が盛り上がっていき、話題はどんどんと雑談めいたものへと変わっていった。
そんな中で黒白が、
「少し気になっていたのですが、いいですか?」
と切り出した。
「何?」
新月 虚は枝豆の串刺しをつまみながら黒白の方を見た。
「このレジャーシートって、新月さんのものなのでしょうか?」
黒白はレジャーシートに目を移す。
黒白は詳しくないので当たっているかわからないが、休日の朝に放送していそうなアニメっぽい絵が描かれていた。
派手な服を着た女の子が真ん中にかかれ、その近くをゆるキャラっぽい何かが浮遊していた。
『きっと普通の女子高生はこういうのを見ているのですわ』
娯楽に疎い黒白はそう思い、新月 虚がこういうアニメを見ていたとしても違和感を感じなかった。
ただ、シンプルなものを好む新月 虚がこういったキャラクターものを使うのは意外だった。
その為に気になった。
「ええ。私のものよ。懐かしいでしょ。
『ハイカラ魔法少女美咲』よ」
新月 虚は枝豆のピックを回しながら言った。新月 虚らしからぬ上機嫌である。
「ハ イ カ ラ 魔 法 少 女?」
黒白は聞いたことのない言葉を口に出す。
「もしかして知らないの?」
黒白の反応に新月 虚はそう聞いた。
「はい。最近はアニメとか見ないので……」
黒白は小さく頷いた。
「最近のアニメじゃないわよ。
私たちが小学生の時に放送していたアニメよ」
新月 虚はそう訂正する。そして、「見てなかったの?」と聞いた。
「すみません。小学生の時はピアノと勉強しかしてこなかったので……」
黒白は何ともない風にそう答えた。
新月 虚は聞いてはいけないことを聞いてしまったと感じ、気まずそうに「それはごめんなさい」と謝った。
「いえいえ。そのおかげで今の私のピアノがあるのですわ」
黒白は誇らしげにそう言って、花形にくりぬかれたニンジンを口へと運んだ。
昼食を食べ終わると、2人は予鈴まで雑談をして過ごした。
予鈴が聞こえると、各々の掃除場所へ向かうために立ち上がった。
「黒白。
ずっと1人でいると心に良くないわ。
高薙とか寺崎の相手もあるから毎日は無理だけど……週に1回ぐらいは一緒にお昼食べましょ」
新月 虚は黒白にそう声を掛けてくれた。
「よろしいんですか?」
黒白は、今の自分にとっては夢のような新月 虚からの誘いに、聞き返さずにはいられなかった。
「もちろんよ」
新月 虚はそう答えてくれる。その言葉に黒白の頬が緩む。
「ありがとうございます」
黒白は思わずお礼を言った。
「お礼なんていいわよ。ただ、次からは敷物を持ってきて頂戴。子供用を2人で使うのは窮屈で行けないわ」
新月 虚は軽く何回か屈伸をする。狭い中で横座りをしたため足が痛くなっていた。
「そうですね」
黒白も真似をする。
「後、寒さ対策」
「はい」
「後、朝挨拶したら、昔みたいに挨拶を返しなさい」
「はい」
そんなやり取りをしながら1、2分が経つと大分足がほぐれて来た。
「じゃぁ、また今度」
「はい。また今度ですわ」
別れの挨拶を交わして、2人はそれぞれの掃除場所へと向かった。
授業が終わり、カバンに教科書類を詰める新月 虚の机に寺崎がやって来た。
「虚ちゃん。この後少しいいですか?」
何処か心細げに寺崎が言う。
「いいわよ。何かしら?」
新月 虚はカバンに教科書類を詰める手を止めて、寺崎を見上げた。
寺崎は控えめに辺りを見回す。教室にはまだ人がいた。
「人目に付かないところで話したいことがあるんです……」
寺崎は声のボリュームに細心の注意を払ってそう耳打ちした。
「分かったわ」
新月 虚はそう答えて教科書類を詰める手を速めた。
「あの……」
寺崎が少し不安そうに辺りを見回す。
「何かしら?」
新月 虚はそう言ってウーロン茶に口を付けた。
「ここは……」
「見て分からない。カラオケよ」
新月 虚がそう答える
寺崎はあの後新月 虚に連れられて、カラオケBOXに来たのだ。何の説明もなく新月 虚が受付を済ませて、そのまま部屋に入った。
今にも新月 虚が曲を入れてマイクを握りそうな雰囲気すらあった。
「どうしてカラオケに来たんですか?」
寺崎はそんな状況に心配の音が漏れる。
自分は真剣な話が合ったのだが、新月 虚には伝わっていないのかもしれない。少なくとも、自分との間に温度差があることだけは感じていた。
「個室で人目に付かないからよ。
あと、キャンペーンで安くなっていたから」
新月 虚はそんな寺崎のために補足する。
そして、マイクを持って立ち上がり、手の届かない位置に置き、話す体勢入った。
寺崎はそれを見て安心し、リンゴジュースに口を付けた。
寺崎がリンゴジュースを置くと、新月 虚が口を開いた。
「早速本題に入りましょう。
話したい事って何かしら?」
寺崎は何からどう切り出すか考えていなかった。ただ、今のままでは良くないと思い、救いを求める様に新月 虚に声を掛けた。
だから、詰まってしまった。
「黒白の事よね?」
新月 虚はそんな寺崎をエスコートする。
寺崎は頷く。そして、話したいことを整理しようとした。
しかし、寺崎は自分がどうしたいのかすら分からなかったため、整理のしようがなかった。
そんな寺崎を見かねて、新月 虚が助け舟を出す。
「2時間パックにしたから時間はあるわ。
頭に浮かんだことから話して見なさい」
寺崎はその言葉に従って、
「虚ちゃんは、今日麗音ちゃんとご飯を食べていたんですよね」
と切り出した。
「その通りよ。高薙から聞いたのね」
寺崎は頷く。
「虚ちゃんはどうしてそうしたんですか?」
自分がどうしたいのか?何を知りたいのか?分からないながらに質問をする。
「どうしてって……黒白は私の友達だからよ」
新月 虚はそう答えた。
「どうして、そう思えるんですか?」
寺崎は前のめりになりながら尋ねる。
「どうしてって?」
どうやら新月 虚に質問の意味は伝わっていない。他の伝え方を考える。
「虚ちゃんは麗音ちゃんの事を悪者だと思わないんですか?」
思考が渦を描きながら中心へと向かう様に、寺崎は核心へと近づいた質問を投げかける。
「私は今の黒白のこと悪者だとは思わないわ」
新月 虚はそう答えて、ウーロン茶に口を付けた。ウーロン茶を置くと、
「糸。あなたはどうなの?」
と返した。
「私は……麗音ちゃんは悪者だと思います」
寺崎は顔に影を作った。
「そう。黒白はいつもあなたの、いやみんなの力になろうとしているわよ。
そんな彼女が悪者に見えるの?」
「いえ……。
ですが、麗音ちゃんは星空さんに酷いことをしたんです……」
寺崎は自信なさげに言葉を吐く。そして、頼り気なく補足をした。
「それに、クラスのみんなが言っていたんです。
『黒白は完全な悪だ。悪い人ほど人を騙すのが上手い。私達はメッキに騙されていただけなんだ』
って」
新月 虚は補足に対してため息をつきたくなった。でも、それを喉でとどめて飲み込んだ。
「私はクラスで一番黒白に詳しいつもりよ。
黒白の黒いところも白いところも知っている。
糸。その私が保証するわ。今の黒白は悪者じゃない」
新月 虚はじっと寺崎の目を覗いた。
「……でも、クラスのみんなが……」
寺崎は目を逃がす。
「クラスのみんなが言っていたから……。それが何になるの?
みんな黒白の事を良く知らないのよ。
今の黒白については、みんなよりもあなたの方が詳しいわ」
新月 虚はテーブルに手を付いて、寺崎との距離を詰める。
「そうでしょうか?
私はずっと麗音ちゃんの事は詳しいつもりでした。
ですが、麗音ちゃんは私の想像もつかなかったような黒い一面を持っていたんです。
私の知る麗音ちゃんと、黒い黒白さんは全く別人のように思います。
でも、どっちも麗音ちゃんなんです。
私は麗音ちゃんの事あまりよく知らなかったんです」
寺崎は縋るようにテーブルの端を握って言った。
「それも、そうね。
あなたが詳しいのは今の黒白だけだものね」
新月 虚はからのコップを持って立ち上がった。寺崎は不安気に新月 虚を見上げた。
「少し長い話をさせてもらうわ。
その前にお茶を注ぎに行かせて……」
新月 虚はそう言って、部屋の外へと出た。
寺崎は1人になったことで喉の渇きに気づき、リンゴジュースに口を付けた。
帰って来た新月 虚がソファに座ると語り始めた。
「今から話すのは、糸、あなたの知らない黒白 麗音の話。私の知っている黒白の昔の話よ」
新月 虚はそう前置きを述べる。
「はい」
新月 虚の様子に寺崎は真剣に頷く。
「昔の黒白は、悪者だった。
自分を選ばれた人間だと思い込み、他人を見下し、自分の利益の為なら他人を平気で貶める。
そんな最低の人間だったわ」
「……」
寺崎は唾をのみ込み無言で頷く。
「黒白が星空さんにしたことを聞いた時、私は何も驚かなかった」
新月 虚はそう言って一拍置いてから、「何故だと思う?」と問いかけた。
寺崎はじっと考えて、
「それほど性格が悪かったんですか」
と恐る恐る答えた。
「それもあるわ。でも、それだけじゃない」
新月 虚はそう言った後、寺崎の瞳を見る。寺崎は覚悟のいる話をされることを悟った。
一回リンゴジュースに口を付け、息を吸った。
そして、覚悟が出来たことを示す様に新月 虚にアイコンタクトを送った。
新月 虚はそれをみて口を開いた。
「私もね。
星空さんと同じことをされたの」
「えっ」
新月 虚の言葉に寺崎が固まる。黒白を悪者だと思っていたのにも関わらず、余罪があったなんて思いもしなかった。
新月 虚はそんな寺崎の心の整理が終わるのを待って続きを語る。
「1年生の時、黒白はクラスの中心に立とうとしたの。
きっとピアノが上手くて、勉強もできる自分が一番偉いと思っていたんでしょうね。
でもね、クラスの中心には私が居たの。
私が邪魔で邪魔で仕方なかったんでしょうね。
だから、黒白は私を貶めようとしたのよ」
「……」
「でも、それは上手くいかなかったわ。
私には高薙がいた。それに、他にも助けてくれる仲間がいた。
彼女たちが私に関する良くない嘘を払拭して言ってくれたの。
だから、黒白の嘘は広がらなかったのよ」
新月 虚は高薙達への感謝と黒白への哀れみのこもった穏やかな声を出した。
そして、元の声に戻った。
「嘘を流しても流しても浸透しない。
それに、流せば流すほど嘘の効果は薄くなっていく。
そんな状況に焦った黒白はついに本性を現してしまったの。
墨汁を煮詰めて煮詰め凝縮したようなどす黒い本性を……」
新月 虚はそこまで言って1呼吸置いた。
そして、哀し気な顔で「それが原因で黒白は孤立しちゃったのよ」と言った。
「……」
寺崎は続きを促す様に新月 虚を見る。
「それでね。孤立した黒白は苦しんで苦しんで、そこで初めて自分の過ちに気づくことが出来たのよ。
過ちに気づいた黒白は泣きながら私に土下座したわ。
だから、私は彼女を許した」
新月 虚は許したことを誇らしげに笑った。
「虚ちゃんはどうして許せたんですか?」
寺崎はそんな新月 虚にそう聞かずにはいられなかった。寺崎は自分が新月 虚の立場なら許すことが出来ないように感じられた。
新月 虚は、「私が黒白に親近感を覚えてしまったからよ」と答えた。
「親近感?」
寺崎は首を傾げた。寺崎には、昔の黒白と新月 虚に共通点が見つけられなかった。
そんな寺崎の反応を見て、新月 虚が説明する。
「私は勉強で、黒白はピアノで成果を出すために必死で頑張って来た。
そして、2人とも幸いにもその頑張りが結果に結びついていた」
「なるほど?」
「糸。私は努力をして、成果を出してきたから、昔の黒白がどうして黒くなったのかが理解できたのよ。
努力や結果は自信につながるでしょ。でも、それが行き過ぎると傲慢になるの。
それに、努力するためには時間や労力も必要。そこにリソースを割いた分だけ人間関係は希薄になるのよ。そうして、人は独りに近づく。孤立すれば他人はみんな敵に見えて来る。そんな中で自分を守るためには、自分の事だけ考え、相手を見下すしかなくなるの」
「……」
「私はね。偶々、才能がなかった。そして、幼馴染が居た。
才能がなく、周りに後れを取ったことがあった。だから、自分を過信せずに傲慢にならずに済んだ。
高薙がいたから、私は孤立しなかった。だから、自分勝手にならずに済んだ……」
「……」
「でも、黒白は違った。
ピアノの才能を持って生まれ、物心ついた時には簡単な曲ならピアノが弾けたらしいわ。おまけに先天性の絶対音感持ちで、幼稚園に入学する頃には楽譜が読める様になっていた。
音楽家の両親はそんな黒白をたいそう褒めたそうよ。黒白はそれが嬉しくて、ピアノの練習ばかりをするようになった。ピアノが出来さえすれば褒めてもらえると思うようになってしまった。
幼稚園では、みんなが外で遊んでいる中、1人ずっとピアノを弾いていたらしいわ。
普通なら心配するべきだけど、両親はそれを努力家の娘だと褒めてしまった。黒白があるピアノコンクールで金賞を取ると、幼稚園の先生たちは黒白を特別扱いするようになった。あの娘は特別な娘だから、少しぐらい周りになじめなくても仕方ない……と、先生たちも黒白がずっとピアノの前に座っていることに何も言わなくなった。
そんな状態で黒白は小学生になってしまうの。
元々大人しい性格の娘。その上、ピアノが弾け、要領がいいため勉強もできてしまう。おまけに、見た目もいい。
全先生たちのお気に入りの生徒になったらしいわ。
そんな黒白は当たり前の様にクラスの中心人物になったの。でも、それは慕われるという健全な形ではなく、崇拝されるという不健全で歪んだ形だった。
当時の黒白は自分の周りには友達がたくさんいると勘違いしていたらしいわ。でも、それは友達なんかじゃなくて、黒白にあやかりたいだけのイエスマン達だった。きっと彼女は陰で黒白の事を相当悪く言っていたのでしょうけど、黒白はそんなことを微塵も知らなかったと思うわ。
そんな間違った環境の中で、黒白は錆びていくように、間違った選民意識に染まっていった。
それが最悪の形で発露したのが、中学時代の生徒会長選挙と言うわけよ」
大分喋って喉が渇いた為新月 虚はウーロン茶に口を付けた。
寺崎もリンゴジュースに口を付ける。
寺崎には、黒白に同情していいのかすら分からなかった。
寺崎がジュースを置くと新月 虚が続きを話し始めた。
「私は黒白に同情した。だから、黒白の友達になった。
黒白は、私達と関わっていく中で、錆が取れて行った。過去の自分の罪を見つめなおし、もう二度と同じ過ちを繰り返さないように、昔の自分の過ちを取り返せるように頑張ったのよ。
その結果があなたの良く知る黒白 麗音よ」
新月 虚はそう締めて、寺崎を見る。
寺崎の中で黒い靄のかかっていた部分がはっきりと理解できた。
「麗音ちゃんは今は悪者じゃないんですね」
寺崎は嬉しそうにほほ笑んだ。
「ええ。今はね。
それに昔の黒白は環境が悪かったの。環境のせいにするのは良くないかもしれなけど、本人にはどうしようもなかった部分もあるわ。
でも、だからと言って許されていいかは別問題なのよ。
実際、黒白が傷つけてしまった人達もたくさんいるわけだし……」
新月 虚は早合点しそうな寺崎に嫌々ながら釘をさした。
「そう……ですよね」
寺崎は重い息を吐く。
「糸。人間関係はボランティアじゃないのよ。
私たちは普段意識すらしないけど、好かれるようなことをしないと人間関係は維持できない。逆に嫌われることをすれば人は離れていくの。
黒白は周りから嫌われても仕方ないことをしてしまったのよ。
だから、今の黒白の状況は自業自得の部分もあるわ」
「……はい」
「でも、黒白は1年にも満たない短い期間だけど変わろうと頑張った。
黒白がまだ許されなかったとしても、いつかは許されるだろうし、その分だけは報われてもいいと思うわ」
新月 虚はそう言い終わると、寺崎に力強い眼差しを向けた。
「なら、誰が黒白に手を差し伸べるのかしら?
それは黒白の努力を一番知っている私か、その成果を一番知っている糸のどちらかだと思うわ」
新月 虚の言葉に寺崎の悩みは晴れていった。
「私は」
寺崎は自分なりの答えを新月 虚に伝えようとした。新月 虚はそれを止めた。
「まだ、話は終わっていないわ。
最後に1つ言わせて欲しい」
寺崎はパッと口元を押さえた。
「今こんなことを言うのは野暮なのだけど、大事なことではあるから言わせて欲しい。
黒白の友達であるということは、損得勘定から言えば絶対にお勧めできないわ。黒白に対する同調圧力の流れ弾に被弾する可能性があるわ。
それでも、いいのか今晩お風呂の中ででも、ゆっくり考えなさい。
最悪、あなたが手を差し伸べなければ、私が手を差し出すだけだから……」
「……はい」
「ところで……」
新月 虚はそう言いながら時間を確認した。
「まだ、1時間あるから歌いましょう」
新月 虚は立ち上がりマイクを2本取った。
「そうですね」
晴れやかな顔で寺崎はマイクを1本受け取った。
『辛い』
黒白は自分を刺す視線を感じながら本を読む。
昨日は新月 虚が一緒にお昼を食べてくれた。それは、きっと今の自分なんかには許されてはいけないような幸せな時間だった。
昔みたいに4人でお昼を食べられたらと思ってしまった。そんなおこがましい自分に嫌悪が湧いてくる。
そんな自分から目を逸らすために本に集中する。
「おはようございます」
黒白の耳に朗らかな挨拶が聞こえる。聞きなじみのある元友達の声だ。
寺崎 糸が登校してきたのだ。
でも、黒白は扉の方を見ない。自分はもう寺崎の友達ではない。そんな自分と眼があっても寺崎が困るだけだ。
だから無視する。
本をわざと高く構えて自分の顔を隠す。
寺崎は黒白の方へと近づいてくる。
当たり前だ。
寺崎の席は黒白の後ろなのだから……。
昔は、寺崎が黒白の横を通る時に挨拶を交わした。寺崎は席に着くと教科書を開いて、わからないところを教えてと言ってきた。
でも、今は違う。
寺崎は黒白の横を素通りし、1人で教科書に向かう。どうしてもわからないところは自分ではなく、新月 虚に聞く。
それでいいんだ。
今日も寺崎は黒白の席の前まで来た。そして、黒白の横を素通り……しなかった。
寺崎の陰が黒白を包み込む。
本越しに前を見ると、寺崎が立っていた。
そして、寺崎は震えていた。
クラスメイト達が牽制でもする様に、寺崎に同調圧力を向ける。
寺崎はその同調圧力にこの場から離れたくなった。そんな寺崎の目に黒白の姿が映る。
擦り傷だらけの貴金属のような疲れ切った表情をしていた。それなのに、黒白は今の寺崎の事を心配してくれていることが分かった。
心がキュッと軋む。
寺崎は黒白にいつも助けられてきた。それなのに、自分は黒白がこんなになるまで手を差し伸べなかったんだ。
そんな自分がこれ以上、黒白を1人にしないように勇気を振り絞った。
「麗音ちゃん。おはようございます」
黒白は驚きのあまり、本を落とし固まった。
そんな黒白に、寺崎は通学中に考えに考え抜いた話題を振る。
「昨日の『黒白の円舞曲』見ました?」
黒白はまだ固まっている。寺崎はそんな黒白に一人で話続ける。
「黒槌さんと白盤さんの直接対決すごかったですね。
白盤さんは、麗音ちゃんの尊敬するピアニストさんがモデルなんですよね。私、モデルになった……」
「どうして……」
黒白の切実な言葉が寺崎の雑談を遮る。
「寺崎さん。どうして、私なんかと……」
黒白は寺崎を見つめる。
「私たちは親友だからです」
寺崎は笑顔を返す。
黒白は顔を伏せ視線を逸らす。
「寺崎さん。私は寺崎さんの知っているような白い人間じゃなかったんですよ。私は人をたくさん傷つけてしまった真っ黒な人間だったんですよ」
黒白は自分の罪をより味わうために奥歯ですりつぶす様にそう言った。
「違います。
確かに麗音ちゃんは私の知るような白い人間ではありませんでした。でも、麗音ちゃんが思っているような黒い人間でもないと思います」
寺崎は糸らしくない力強い声で否定した。
「そんなことありませんわ。
寺崎さんはきっと私のメッキに騙されていたんです」
黒白は自虐的にでも穏やかにそう返す。
「麗音ちゃんにメッキなんてないです」
寺崎はギュッと黒白の手を握った。
黒白は、二度と触れられないだろうと思っていた寺崎の手をとても暖かく感じた。
でも、そんな手に触れていい資格はない。
「あります」
黒白は綺麗な寺崎の手を汚らわしい自分の腕から振り払おうとする。
「ないです」
寺崎は振り払われないようにギュッと力を籠める。
「あります」
「ないです」
「私は最低な人間なんです」
「違います」
「そうなんです」
「違います」
だんだんと感情が入り2人の声が大きくなっていく。
「寺崎さんは私の事を知らないだけなんです」
黒白がややヒステリックにそう言う。
「麗音ちゃんのことなら良く知っています」
寺崎もややヒステリックに返す。
「何を知っているって言うんですか?」
「麗音ちゃんはお人好しで、他人の役に立つのが好きで、視野が広く、よく気が利きます。
私はこんなに知っています」
寺崎はそう断言する。
「それはきっとすべてメッキなんです」
黒白は冷静になって静かにそう返す。寺崎はそんな黒白の手を離した。
黒白は、やっと寺崎が諦めたのだと思った。
『これでいいのです』
自分にそう言い聞かせた。寺崎に掴まれていた部分に風が染みる。
寺崎はそんな黒白を包み込むように、両手を伸ばした。寺崎の手は黒白の後頭部に優しく触れ、寺崎の方へと引き寄せる。
「私。この数日間麗音ちゃんの事を避けてしまったんです。ごめんなさい。
私がそんな酷いことをしてしまったのは、勘違いをしてしまっていたからなんです」
寺崎はそう言うと、頭頂部から髪の流れに沿う様に、右手で黒白の頭を撫で始めた。
寺崎が不慣れなせいか、黒白の髪質のせいか、寺崎の右手は少しぎこちない。黒白が撫でてくれる時の様に滑らかには動かなかった。
でも、その手は黒白の心を優しくほぐしていった。
「私の知る麗音ちゃんと、昔の麗音ちゃんは全くの別物で、私は分からなくなってしまったんです。
だから、周りが言うように、今の麗音ちゃんはメッキなんだと思ってしまいました。
でも、それは勘違いだったんです。
昔の麗音ちゃんが錆びついてしまっていたんです」
「どうして、今の私がメッキなのではなく、昔の私が錆びついていたのだと言えるんですか?」
黒白は弱々しくそう聞いた。
「それは私が今の麗音ちゃんの一番近くにいて、今の麗音ちゃんを一番知っているからです」
寺崎の強く優しい声が黒白の胸の中に響く。黒白は思わず涙を落してしまった。
「もしも、昔の私が錆びついていただけだとしてもです。今の私が本当の私だったとしてもです。
昔の私は星空さんをはじめとしたたくさんの人を傷つけて来たんです。だから、私は許されていいはずなんてないんです。
そんな私にあなたの友達でいる資格なんてないんです」
黒白はそう言って顔を上げた。涙を流すやつれた黒白の顔が寺崎の瞳に映る。
「麗音ちゃん。思い出してください。
球技大会で成果を出せず、虚ちゃんの側に自分が居ていい人間か悩んでいた時に、麗音ちゃんは言ってくれましたよね。
友達に釣り合うとか資格とかそんなものはないんです。
私はただ麗音ちゃんが好きだから友達でいるんです」
「……でも」
黒白は反論しようとしたが先が続かなかった。
そんな黒白に寺崎が言葉を投げかける。
「麗音ちゃん。許されないのってすごくつらいですよね」
寺崎の優しい声が麗音の胸に染みる。
「私は今年度の初め、この精鋭クラスに入って怖かったんです。
周りになじめず、授業にも置いて行かれそうになる。
私の中ではとても辛かったです。
そんな私を支えてくれたのが麗音ちゃんです。
そのおかげで今の私があるんです。
だから、今度は私に麗音ちゃんを支えさせてください」
「……でも、でも……」
黒白はそう繰り返す。
自分は寺崎の友達でいていいはずはない。それなのに、続く言葉が喉から先へと出ない。
『でも』と繰り返せば繰り返すほど、寺崎と一緒にいたいという思いが強くなってしまう。
「麗音ちゃん。
もう必要以上に苦しまないでください。
私は親友の麗音ちゃんにはできる限り幸せでいて欲しいんです」
寺崎の言葉に黒白は静かになった。
黒白は震える手で寺崎の両腕を掴んだ。
「糸さん。私を支えてくれませんか」
本心が勝手に口から出た。
寺崎は「もちろんです」と言って水晶の様に輝く涙を落した。
しばらくすると、新月 虚が登校してきた。
新月 虚はただ向かい合って泣いている2人を見て、「あなた達、何しているの」と嬉し気に言った。
新月 虚が過ぎ去ると、2人は涙を拭いた。
そして、昔の朝へと戻った。
黒白の尊敬するピアニストがモデルのドラマの話をして、英語の復習を一緒にした。
休み時間は2人で過ごし、昼休みは4人で過ごした。黒白は何時もよりも良く笑った。
お弁当を食べ終え少しすると、高薙がお手洗いに離席した。
黒白は、高薙が戻るころを見計らって、立ち上がり教室とお手洗いの中間あたりで高薙を待った。
「何ですか?」
お手洗いから帰っていた高薙が怪訝な顔で廊下に立つ黒白を見る。
「高薙さんに聞きたいことがあって……」
「なんですか?」
高薙は黒白の横を通りすぎる。黒白は高薙の横を歩く。高薙は足が長いので歩くのが速い。でも、黒白が何とかついて来れる様に少しゆっくりで歩いてくれた。
「高薙さんは、私と一緒にいるのは嫌じゃないんですか?」
「はい。嫌です」
高薙は当たり前のことを普通に言うように答えた。そこに遠慮なんてものはなかったが、その代わり悪意も全くなかった。
「なら、どうして私を拒絶しないんですか?」
「2人があなたと一緒に居たがるからです」
「すみません」
「謝らんなくても結構です」
高薙は突き放す様に淡々と返した。
「はい」
黒白はそう返して立ち止まる。
もう教室の前まで来ていた。
高薙が先に教室に入り、後に黒白が入った。
周囲の人たちは黒白をまだ許そうとしなかった。でも、高薙は恐らく中立でいてくれる。それに、新月 虚と寺崎は黒白の側で支えてくれる。
黒白にはそれで十分だった。
「どぁから、無理なものは無理なの」
7時限目の教室に星空の声が響く。
「多数決で決まったんだー。民意を尊重しろー」
教卓前の席の藻部 透が声を上げる。
星空は教卓から乗り出して藻部を睨みつける。藻部は星空を睨み返す。
『長くなりそうだな』
星空の後ろで闇空がため息をついた。
ことの経緯はこうである……。
7時間目のホームルームの時間。
クラス毎の出し物決めを行うことになった。文化祭実行委員の星空が進行、闇空が書記となり進めて行く。
案出しを行い多数決を行った。その結果コンセプトカフェになった。
そこからが問題だった。コンセプトをどうするかでもめることとなった。
コンセプトの案として王道の『メイドカフェ』、『執事喫茶』、変わり種の『カンブリアカフェ?』の3つが出た。
投票をすると33対6対1でメイドカフェが選ばれた。
そこに星空が待ったを掛けたのだ。
文化祭実行委員の職権乱用に見えるかもしれない。でも、仕方なかったのだ。
何故なら、メイドカフェには1つ大きな問題があったのだから……。
そう人手不足だ。
星空達のクラスは将来世界を牽引する研究者を作り上げるという理事長の夢で作られた理系の特化クラスだ。一般論として理系は男子に人気がある。その傾向はこのクラスにも当てはまっていたのだ。
このクラスに女子は8人しかいなかったのだ。その上、星空と闇空は実行委員の仕事もあり、クラスの出し物をあまり手伝えない。
つまり、残りの女子6人でホールを回さなければいけない。
出来ないこともないが女子の負担が大きすぎた。
そのことを理由に星空がメイドカフェを拒否した。しかし、藻部が民意を盾にメイドカフェを通そうとした……。
そうして口論へと発展したのだ。
「星空委員。
権力で押し通すのはどうかと思いまーす」
藻部が手を上げながら、星空を煽る。
「だから、女子の負担が大きすぎるのよ」
星空が突き返す。
「それなら、護崎と妃山の2人がメイド服を着てホールに出れば問題ないと思いまーす」
藻部はそう代案?を出す。
「お前ふざけんなよ」「何で俺が……」
2人がこぶしを握り締め、藻部を睨みつける。藻部は両手を開いて「まぁまぁ」と2人を落ち着かせようとする。
「お前がやれ」
護崎がそう吐き捨てる。
「俺が着ても似合わないだろ。
でも、護崎はイケメンだし、妃山はちっs、いや、可愛い系だから似合うだろ」
藻部は『やれやれお前たちは分かっていないな』という感じでため息をついた。
そして、衣装担当になるであろう裁縫部部長の張山 縫の方を見た。
張山は興味深げに2人をじっと見た後で、
「護崎君は装飾少な目のシンプルなものにして、妃山君はミニスカでフリル多めにしよう」
といい笑顔を浮かべた。
2人はそんな張山に顔が青ざめていく。
そんな2人を背に藻部は『どうだ』とでも言いたげに星空見た。
星空は少し考えてしまった。
文化祭の出し物……。これについても、新月 虚は雅に勝負を挑んできていた。出し物の人気投票の結果で勝敗を決める。
文化祭の出し物はクラス単位であり、雅と新月 虚の闘いなだけでなく、8組と9組の闘いでもある。
8組の実行委員は黒白である。つまり、星空と黒白の闘いでもあったのだ。
星空は黒白にだけは負けたくなかった。
だから、女装した男子と言う際物は余出したくなかった。でも、護崎と妃山なら大丈夫かもしれない。
しかし、それでもだ……。
「それでも、女子の負担が大きすぎるわ」
星空はそう言い返した。
「俺たちが全力でサポートするから安心しろ」
藻部が腕まくりをした。星空は余計不安になった。
「女子がホールに集中できるように、それ以外はすべて俺たち男子がやる」
藻部は後ろの男子たちに声を掛ける。男子たちはやる気満々である。
星空はそのことに頭を抱えた。
クラスの男子たちは信用できない。
始めの3時間ぐらいは真面目にやってくれるだろう。でも、4時間目に突入したあたりから集中力が切れてふざけ始める。その中で、実験と称してフードやドリンクに科学的な変なものを入れかねない。
そんな男子たちをキッチンに入れたくない。
しかし、男子たちをキッチンに入れないいい理由が見つからない。
「そこまでして、雅のメイド服姿が見たいの?」
頭を悩ました星空は呆れた様にそう吐いた。
「当たり前だ。
それに星空さんのメイド服姿も見たい!」
藻部が力強く答える。
「そんなに私を笑いものにしたいの」
星空は眉間に皺を寄せて、ドスの効いた声を出す。
「いやいや、星空さんは普通に可愛いから……」
藻部はナチュラルにそう言いかけて、急にせき込んだ。ほんのり頬が赤くなる。
星空は反応に困る。その上、メイドカフェもいいかもと思い始めてしまった。
そんな星空の肩に黒白が手を置いた。
ほだされそうな星空と入れ替わり、闇空が前に出る。
藻部は闇空を警戒気味に眺める。学年3位の秀才は手強く、どんな絡め手を使ってくるかわからない。
「女の子たちにちやほやされたくないのか?」
闇空はそんな藻部にそう言い放った。
「どういうことだ」
藻部は顔色と声色を二段階真剣なものにして聞いた。
「執事になって、女の子と触れ合いたくないのか?」
闇空はそう答える。藻部は生唾を飲み込む。クラスの世論が傾き始める。
そこにとどめのもう一押しと闇空が口を開く。
「知っていると思うが、G城前駅を挟んだ反対側には女学校にルーツを持つ、女子高が存在する。毎年うちの文化祭にそこから生徒たちが遊びに来ているらしい。
それに、うちの高校は文化祭に力を入れているため、他の高校からも女子達が遊びに来る。
つまり、執事喫茶にすればそんな他校の女子高生たちと手軽に触れ合うことが出来るんだ」
男子達はお互いの目を見合ってコンセンサスを取った。
「しかたないなー。
今年は特別に執事喫茶でもいいや」
藻部を中心とした男子たちが折れた。
クラスの出し物が執事喫茶に決まった。
闇空はハイタッチをする様に、星空からチョークを受け取り、黒板の『執事喫茶』大きく丸を付けた。
土曜日の午後。
星空は1人で温泉街へ向かっていた。
午前中は1人でG城の近くの文化地区に行った。文化地区には植物園、博物館、美術館、水族館が併設されてある。その中で、今日の星空は水族館に入った。オープン直後に入り、午前中最後のイルカショーを見て外に出た。
その後でG城前駅から路面電車に乗り、温泉街へ向かった。
今日の星空は1人であった。
雅には期末テストに向けて勉強をしたいと言う理由で断られた。期末テストまではまだまだ期間があった。中間テストで新月 虚と同率1位だったことに危機感を覚えたのだろう。
闇空は今日はどうしても外せない用事があるということで断られた。
仕方ないので1人で遊びに行くこととなった。1人旅と言うやつである。
温泉街駅に着き、路面電車の扉が開くと硫黄の匂いが漂ってきた。
電車を降りると目の前に温泉街のシンボル?である謎のモニュメントとその隣にある足湯が出迎えてくれる。モニュメントは金属を曲線上に折り曲げたもので、恐らく現代彫刻と言われる部類のものだろう。
温泉街は山の中腹にあり、標高が高く寒い。
その為、星空は目の前の足湯に吸い寄せられそうになる。でも、それは一旦我慢する。
今日の星空の目的は足湯カフェである。ここで足湯に入らなくてもいい。
足湯を無視して温泉へと続く商店街の中へと入る。温泉は駅から更に高い場所にあり、その為温泉と駅を結ぶ商店街は上り坂になっている。温泉街に汽車が通った頃の技術水準では温泉まで線路を伸ばすことが出来なかったらしく、その為温泉まで1km近く坂を上らないといけない。
といっても、今日の星空は温泉まで行く必要はなかった。目的地は温泉街の中腹辺りにある足湯カフェだからだ。
目的地に向かって真っすぐ歩き始める……。
が、観光地でもある温泉街には誘惑が多い。
温泉饅頭に温泉肉まん、温泉蒸しパンに、温泉プリン……。
商店街の店々は各々の商品を店先で販売している。
各食べ物の蒸し器の中から湯気と共に匂いが漂ってくる。すごくいい匂いがする。その上、どの食べ物もすごくおいしそうに見える。
それらを片っ端から買い食いしたくなってくる。
そんな欲望に耐えながら足湯カフェを目指す。
少しくらい買い食いしてもいいかと思ってしまう。そんなときは自分の横腹を掴んでみる。
やっぱり3カ月前よりも少し贅肉がついている気がする。
今日はパフェを頼むのだからと自分に言い聞かせて我慢する。
我慢した分だけパフェが美味しくなると自分に言い聞かせながら歩みを進める。
そうこうしているうちに足湯カフェに着く。
外装は木を主体とした和モダンと言った感じだ。
中は和紙を張った電灯の優しい光の元、板張りの床に60cm×3m程の長方形の穴が規則正しく空いてあり、その中が足湯になっている。足湯の側には臙脂色の座布団が並び、足湯の上には四角い木のテーブルが覆いかぶさっていた。
星空は一番奥の席に通された。
席に着くとふぅと一息ついた。
寒い中を歩いて来たのだ。その分足湯は格別に温かかった。ふくらはぎが温まり、それが血に乗って、全身が温かくなる。
このまま、とろける様に机に伏せたい。でも、それをしてしまうと動けなくなるので、先に注文だけは済ませようとメニューを手に取った。お目当てのパフェは3種類あった。
季節のフルーツパフェ(イチゴ)、珈琲パフェ、抹茶パフェ。
星空はどれも魅力的で選べなかった。悩めば悩むほど眠たくなってくるので、目をつむって指をさして決めた。
結果、抹茶パフェになった。
注文を済ませると、星空は机に伏した。水溶性の元気がお湯に解け出るようにい抜けていく。
そんな心地の良い惰性をむさぼりながら、今日取った写真を確認していく。
水族館の写真。暗い中、青い水槽の中を泳ぐ魚達。温かな足湯につかり、意識が浮くような感覚を抱いているためか、自分が魚と泳いでいるような錯覚を感じる。その錯覚を面白く思いながら次の写真、次の写真とスライドショーの様に写真を変えていく。
そうこうしているうちに抹茶パフェが来た。
抹茶パフェは1番したがコーンフレーク、その上が抹茶のわらび餅、抹茶カステラでその上にバニラのソフトクリームが乗っている。ソフトクリームの上には抹茶がたくさん振ってある。雪の積もった林道と、雪の間から覗く苔の様で風情があって美しい。
『こういうのをわびさびと言うのかな』
星空はカメラを向けた。下からのアングルで1枚だけ写真を撮った。
撮った写真を見ると撮り直したくなり、何回も取り直しているとソフトクリームが解けてしまう。だから、食べ物の写真は1枚だけ撮り、撮った写真は見ないようにしている。
シャッターを押すとすぐにカメラをスプーンに持ち替え、ソフトクリームを掬った。
土曜日のおやつ時。
新月 虚が温泉街駅に来るとすでに1人の少女がいた。ちなみに、待ち合わせ時間の15分前である。
新月 虚は少女の姿にため息をつきたくなる。しかし、それをぐっと飲みこんだ。
闇空 覆が制服で来るのは何時もの事である。
「待ったかしら」
「今来たところです」
闇空はスカートから覗くふくらはぎをすり合わせながら答える。
「寒いでしょ。行きましょ」
新月 虚が温泉街の中へと歩き始める。闇空もそれについて行く。
2人はメイン通りを1本逸れた場所にある足湯カフェの中へと入った。
寒さの厳しくなるこれからの季節にぴったりの新月 虚のおすすめのお店だ。そして、新月 虚と初めて休日に一緒に遊んだ時に紹介された闇空のお気に入りのお店だ。
足湯に足を入れた瞬間から闇空はだらけ切った顔をした。新月 虚はそんな闇空の前にメニューを出す。
闇空はどうでもよさそうにメニューを見て、温泉コーヒーと温泉プリンのセットにした。新月 虚も背伸びをしてそれにする。
「虚様。コーヒー飲めましたか?いつも頼む季節のフルーツフロートでなくて大丈夫ですか?残念ながらみかんフロートは来月からみたいですが、今月のぶどうフロートも美味しそうですよ」
机に頬を付けた状態の闇空がからかう様にそう言った。
「コーヒー飲めるわよ」
新月 虚はそう言いつつも、呼び鈴を押す指が一瞬止まった。ぶどうフロートへの迷いが出た。
闇空がニヤリと笑う。
それに対して、新月 虚は迷いを振り切るように勢いよく呼び鈴を押した。
「虚様。最近の黒白の様子はどうでしょうか?」
闇空は店員が下がるとそう切り出した。
「心配かしら?」
「はい。友達ですから」
闇空はそう答える。
「あなたは友達だと思っているのね」
新月 虚は優しく目を細める。
「何ですか?
その含みのある言い方をして……まさかですが、黒白は私の事をなんとも……」
闇空の顔が不安に染まる。
「そう言う意味じゃないわ。
黒白はあなたの友達の星空さんに酷いことをしていたのよ。
それでも、あなたは友達でいてくれるのね」
「……」
闇空は黙って顔を下げた。
新月 虚は意識的に水を飲んだ。
「私は薄情なのでしょうか?」
闇空はそう溢す。
「逆よ。情に厚いのよ。だから、自分の評価が周りに依存しない。
星空さんが受けた苦しみよりも、自分が黒白にしてもらったことの方が大事なのよ」
「そうですか?」
「そうよ。でなきゃ、満月 雅の友達でありながら、ライバルの私とこうしてお茶しないでしょ」
「はい」
闇空も意識的に水を飲んだ。
「闇空。
話が逸れたけど、黒白は今あなたの想像通り孤立しているわ。
私と糸、後嫌々高薙が一緒に居て表面上は普通よ。でも、クラスメイト達はどことなく黒白の事を心の中で拒絶しているわ」
「……そうですか」
闇空は周りから孤立することがどれだけ苦しいか知っている。だから、黒白の苦しみに共感するようにそう吐き出した。
「友達だと思うなら偶には声を掛けてあげなさい。
黒白、今ピアノの先生が急用で海外にいるらしくて、ここ2カ月ぐらいは予定がないらしいのよ。だから、休日にでも誘ってあげなさい」
「はい」
しばらくすると、店員がコーヒーとプリンのセットを持ってきた。
「虚様のクラスは文化祭の出し物どれくらいまで進んでいますか?」
闇空は温泉コーヒーに口を付けた。温泉コーヒーと言ってもただのコーヒーに感じる。
「全く進んでいないわ。まだ何をするかも決まっていない。
月曜のホームルームで決めると思うわ」
新月 虚も温泉コーヒーに口を付ける。そして、口内の苦みを消すためにプリンへとスプーンを伸ばす。温泉プリンはしっかりと弾力のある固めのプリンで、上からカラメルソースがかかっている。プリン自体は甘さ控えめで卵風味が強く、カラメルソースは良く焦がしたほろ苦系だった。新月 虚は甘くないプリンのために水を飲んだ。
「そうですか。
私達のクラスは執事喫茶をすることになりました」
闇空もプリンを口へと運んだ。そして、「甘いですね」と言った。新月 虚も同様にプリンを口に入れ「甘いわね」と言う。
「執事喫茶ということは……満月 雅は裏方なのかしら?」
新月 虚はスプーンを置いて不満げにそう聞いた。雅が表に出ないと手加減されている気がして全力を出せない。
「満月さんも執事の姿でホールに立つことになています」
闇空はそう答えながらコーヒーへと手を伸ばす。
「安心したわ。まぁ満月 雅は表にだすわよね」
「後、陽光さんもホールに立ちます」
「そうなの。珍しい」
新月 虚の目が鋭く光る。球技大会のときから新月 虚は欠の事を警戒していた。
「はい。陽光さん針とか刃物とかが苦手らしくて、その為裁縫も料理も苦手らしいです」
闇空はヒソヒソ話の様に声のボリュームを落とした。
「そうなのね。大変ね」
そう流しつつも新月 虚の頭の中は陽光 欠に支配されていく。
「後は特にないかな。衣装デザインやメニューとかは決まり次第報告します」
闇空はそう言ってコーヒーカップとソーサーをテーブルに置いた。
「闇空。いつもあなたの情報提供には感謝しているわ。
でも、大丈夫なの?」
新月 虚は不安げにそう聞いた。
「何がですか?」
「あなたがしていることってスパイ見たいでしょ。満月 雅の側にいて、ライバルの私に情報を流すなんて……」
「スパイみたいですか……」
闇空はそう言って下を向く。コーヒーに自分の顔が映る。情けない顔をしている。
「こんな所満月 雅にでも見つかったら、距離を置かれかねないわよ。せっかく仲良くなれたのだから、こういうことはもうやめなさい」
新月 虚の言葉にコーヒーの中の闇空の目に涙がたまる。闇空はギュッと目をつむって涙を堪えた。
「虚様。私の友達は虚様たちだけです。
満月も星空も友達ではありません。
私は虚様と別のクラスだから、球技大会も運動会も文化祭も虚様の直接的な力にはなれない。だから、せめてスパイとして情報を渡すことで役に立ちたかったんです。
2人とはその為に仲良くしているにすぎないんです。
ですから、虚様への情報提供を辞めてしまえば2人といる意味さえなくなってしまうんです」
闇空はそう言い終わると、コーヒーカップに口を付け、口元を隠す様にカップを傾けた。
「……それなら、仕方ないから甘えさせてもらいましょう」
新月 虚はそう言いながら、甘さを求めてプリンを口へ入れた。やはりカラメルソースは苦かった。
「でも、もし2人との付き合いの方が大事になったら、その時はいつでもやめていいからね」
新月 虚はそう言って苦みを水で流した。
読んでくださりありがとうございました。
面白いと感じて頂いたのであれば、次回も読んでいただけると助かります。
次回は3月29日に投稿する予定です。
[次回予告]
次回も引き続き文化祭の準備を行っていきます。
次回は星空と闇空の2人の話になります。




