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文化祭準備 黒白

登場人物

 黒白 麗音 : 音楽家の名家に生まれた天才。

       ピアノの先生の急用でレッスンがしばらく休みの為、文化祭実行委員に立候補した。

 寺崎 糸 : 黒白の親友と言える少女。

      黒白に誘われ文化祭実行委員に立候補した。

      自己肯定感が低いが、諦めの悪い努力家で割とハイスペック。

 星空 数多 : 勉強が苦手な少女。

      学校行事が大好きで、文化祭を盛り上げようと文化祭実行委員に立候補した。

 闇空 覆 : 少し不真面目な雰囲気のある星空の親友。

     星空に誘われて文化祭実行委員に立候補した。

 新月 虚 : 黒白の腐れ縁。

      才色兼備の優等生。

      期末テストの準備で忙しいため、文化祭実行委員にはならなかった。



注意

- この物語はフィクションです。

 実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。

- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。

- このepisodeには以下の要素が含まれます。

  - 百合

  - シリアス

  - いじめ

- 当たり前の事ですが悪い事をした人間だからといって、酷いことをしてもいい訳ではありません。

私刑は認められていません。

- episode9までと比べると重たい話になっています。

このepisodeのみでは問題が解決せず、後味が悪いため、

重たい話が苦手な方は2/22投稿予定のepisode11と一緒に読むことをおすすめします。

「1名揃っていませんが、時間が来たので、第1回文化祭実行委員会を始めたいと思います」

生徒会長黄道(おうどう) 極美(きわみ)の掛け声で文化祭実行委員会が始まる。

体育祭の余熱もまだ冷めきっていない中、放課後の空き教室に有志で募った実行委員たちが揃う。

その顔ぶれの中に、星空の姿も混じっていた。

星空の左には闇空が座る。闇空は元々実行委員になるつもりはなかった。しかし、星空の強引な勧誘に負けて実行委員になった。そのためか、頬杖をついてつまらなさそうに座っていた。

そして、星空の右は空席となっていた。何か用事があって遅れるみたいだ。その空席の右には寺崎が座っていて、寺崎は落ち着かない様子で辺りをきょろきょろ見ていた。

この時の星空は、自分の右にある空席について何も気にしていなかった……。


今日が実行委員会の初回と言うこともあり、張り詰めたいい空気が教室内を満たしていた。

教卓に立つ黄道が慣れ切った様子で文化祭実行委員会の概要説明を始める。

文化祭までの全体スケジュール、各段階でどのような仕事をしていくか、実行委員としての諸注意と言った項目を10分程で話していく。説明が進むたびに生徒たちの胸は期待に膨らんでいく。

概要説明が終わると、初回と言うことで生徒会と各実行委員が自己紹介をする流れになった。自己紹介では、クラスと名前、文化祭への意気込みを発表する。

先ずは黄道を含めた生徒会の面々から自己紹介をする。実行委員たちは、生徒会の自己紹介を聞きながら、自分が話す内容を整えていく。

生徒会の自己紹介の終わったタイミングで、前方の扉がそろそろと開いた。

「文化祭の開会式の事で先生とお話があって遅れました。申し訳ございません」

貴婦人のような上品な所作で1人の少女が入室する。

そんな少女の元へと黄道が駆け寄る。

「黒白さん。概要について話し終わって、今自己紹介をしているところです。

 概要はこのプリントに書いてあるので、後で読んでおいてください」

黄道は少女にプリントを差し出す。少女がプリントを受け取ると、黄道は実行委委員達の方を見て、少女の席を探し始めた。

星空の隣には空席があった。

「黒白さんの席はあそこです」

黄道はもちろん星空の隣の席を指す。

「あっ」

黄道の指す方向を見た黒白から思わず声が漏れる。

星空と黒白の目が合う。

星空の胸は期待でいっぱいいっぱいになっていた。これから文化祭に向けて、少し大変だけどそれ以上に楽しい日々が始まると思っていたのだから……。

去年同様親友の雅には実行委員を断られてしまった。でも、今年は雅と同じくらい大好きな闇空が実行委員になってくれた。闇空と一緒に文化祭を盛り上げられる。

きらきらとした青春の1ページが始まると期待していた。

なのに、そのかけがえのない1ページには、星空が一番嫌いな『黒白 麗音』の名も一緒に刻み込まれてしまうのだ。

星空には耐えられるはずがなかった。

風船に針で穴を開けた様に、星空の文化祭に対する期待がしぼんでいく……。

しぼんだ?

いや、違う。

水素で満たした風船に火のついたマッチを近づけたかのように爆発した。

しかも、大きく膨らんだ分だけ盛大に……。

バンッ。

大きな音を立てて星空が机に手を付いた。

「黒白 麗音」

ぐつぐつと煮えたぎる感情に耐えるような声をだし、星空は立ち上がった。

「ふざけないで!なんであんたがここにいるのよ」

押さえきることが出来ず、声がだんだんと大きく、ヒステリックに甲高くなっていく。

黒白は委縮し、細い声で「私なんかが参加してすみませんでした」と言う。

「本当よ。誰の許可とって、ここに来たのよ」

星空は黒白を睨みつける。黒白は視線を少し下げた。

星空から黒白を守るように、黄道が2人の間に入る。

「落ち着いてください」

黄道は黒白の目をじっと見つめる。

冷静さを欠いた星空は黄道をも睨みつける。でも、黄道は動じない。

教室内を火気厳禁のピリピリとした緊張感が支配する。

実行委員達は突然の事に呆然としながら、『大丈夫か?』と心配そうに2人を交互に見る。

「星空。落ち着け」

闇空が星空をなだめる。しかし、意味はない。

「落 ち 着 け ……」

闇空は星空の左肩に手を乗せ、無理に座らせようと体重をかけた。

「闇空。邪魔」

星空は闇空を睨みつける。

感情的になった星空は闇空にさえ敵意(トゲ)のある言葉を吐いた。

闇空は星空の肩から手を離した。代わりに星空の左手を両手で包んだ。

猛威を振るう感情とは対照的に、星空の指先は冷たかった。そんな指先から闇空の温かさが星空に伝わる。心が温められて、落ち着いてくる。

星空は負の感情を吐き出す様にため息をついた。やっと冷静になれた。

頭が冷えたことで、今まで背景になっていた周囲の人々がはっきりと見えるようになる。

周囲の実行委員達は星空の事を軽蔑するような眼で見ていた。

『どうして?』

星空のそんな疑問に答えるかのようなタイミングで、1人の少女が隣の娘に耳打ちをした。

「星空さんって、こんな理不尽にキレる娘だったんだ……」

隣の娘は唇の前で人差し指を立てた。

「しーっ。星空さんに聞こえたらキレられるよ」

まるで星空がヤバい娘か何かのような扱いである。

実際、今の星空は周囲からヤバい娘に見えていたのだ。

実行委員の目には、星空が突然、しかも理不尽にキレた様に映った。

何も悪いはずのない大人しい黒白を、星空が怒鳴りつけた。

星空は加害者で……。

黒白は被害者……。

星空は悪者になっていた。

星空の背中を一筋の冷や汗が背骨に沿って伝う。呼吸が、そして、鼓動も速くなる。体の末端が惨めに震えだす。

『全部黒白(あいつ)が悪いんだ。私は悪くない』

そう証明するように平然を装い、何事もなかったかのように堂々と椅子に座ろうとした。

しかし、星空を刺す数多の非難(しせん)がそれを許さなかった。

星空は周りを見ないように頭を下げて、さらし者として視線に耐える事しかできなかった。

黄道がそんな星空を着席させようと声を出そうとしたとき、

星空は「私は悪くない」という一言だけをなんと振り絞った。

そして、誰の顔も見ないように頭を下げたまま、後方の扉から逃亡した。


教室から出た星空は、生徒たちの目線から逃げる様に走った。

『悪いのは黒白』

自分を元気づけるために、その言葉を反芻する。

高校入学以来、心の奥底にしまい込んでいた黒白への憎悪が、中学時代の新鮮なままの強さで沸き上がる。

階段を降り、校舎を出た。正門から外に出て、気が付くと家の前にいた。

仕方なく家に入ると、外との関係を断つように鍵を閉めた。これで安全だ。

星空はそのままよろめくように後ろに下がり、玄関に座り込んだ。自分の部屋に行くだけの気力はなかった。

両親は仕事から帰っていないので、星空は1人だ。星空は独り重たい頭を抱え込んだ。

『悪いのは黒白。なのに、悪者にされるのは私』

重力に従って涙がぽたぽたと落ちる。

誰もちゃんと見てくれない……。

誰もちゃんと聞いてくれない……。

ただ見ただけの一瞬で星空を悪者にする。

黒白の日ごろの態度がいいから、それだけで黒白を信じる。

『だめだ』

星空は涙をハンカチで拭いた。

『親が返る前に笑顔の練習しなくちゃ』

星空は洗面台へ向かうために靴を脱ごうとした。

その時だった。

ピンポーンッ。

深く沈みこんだ今の情緒にふさわしくない間の抜けたインターホンの音が響く。

『誰?』

星空は重い腰を上げて立ち上がり、覗き窓から外を見た。

赤黒く染まる外の景色の中に、闇空が立っていた。

覗き窓(レンズ)ごしのせいか闇空が嘲笑(わら)っているように見える。

『闇空も私を悪者だと思っているんだ……』

星空は闇空と距離を取るようにドアから離れた。

闇空がもう一度インターホンを押す。星空は反応しない。闇空に会う気にはなれなかった。

『このまま居留守を決め込もう』

星空はそう決定して、その場にしゃがみこんで丸くなった。

そんな星空のブレザーの胸ポケットから振動と共にアップテンポの着信音が流れ出す。闇空からの電話だった。

着信音が止まると、「星空。いるんだろ。開けてくれ」という闇空の声が響く。着信音で中にいることはもうバレている。居留守は使えない。

星空はどんよりと重いため息をついて立ち上がり、玄関の灯りを付けた。

扉を開けると闇空は微笑んでくれた。


闇空を自分の部屋に通すと、お茶を入れるために1回に降りる。

電気ケトルに水を入れて電源を入れる。

電気ケトルがお湯を沸かしている間に、洗面台へと向かい、今更ながら顔を整える。

付け焼刃の顔を作り、お茶をもって自室へと戻る。

特に何も言わず闇空の前にお茶を置き、折り畳み式座卓の対面へと座る。

何も切り出すことが出来ず、自分の間を持たすために湯呑から上がる湯気を見る。

一方闇空はどう切り出すか考えつつ、お茶に口を付けた。熱いお茶を少しすすると湯呑を置いた。

「星空。なんで黒白に声を上げたんだ」

闇空が単刀直入に本題に入る。

星空は目線を下げる。

「ねぇ。闇空は今の私の事をどう思っている?止めようとした闇空を睨みつけたこと怒ってる?」

机の上へとぽたぽたとその言葉が落ちる。

「別に」

闇空のその言葉に星空は顔を上げる。闇空は優しい笑みを浮かべてくれた。

星空の目にたまった涙がもう一度溢れ出す。

「おいおい、涙拭け」

闇空が星空の隣に来て、しわ1つない純白のハンカチを差し出す。

「闇空は私を信じてくれる?」

星空は涙を拭きながら、弱々しくそう聞いた。

「ああ」

闇空はそう返してくれる。

「何で?」

星空は潤んだ目で闇空を見つめた。

「私は星空の側に半年以上もいるんだぞ。星空が理由(わけ)もなしにキレるような人じゃないことぐらいわかっているさ」

「なら、私の話、聞いてくれる?」

星空は闇空にもたれかかるように身を寄せる。

「ああ。そのために来たんだから……」

闇空はそう返して星空を受け入れた。

「ありがとう」

星空はそう言って闇空の肩に自分の頭を預けた。そして、自分と黒白の話を始めた。



星空が逃げ、闇空それを追いかけた後の教室。

その場にいた生徒たちはほんのわずかな静寂の後、星空について雑談(はな)し始めた。

「星空さんって、満月さんの陰に隠れているけど普通に可愛くていい娘だと思っていたんだ。

 なのに、あんな理不尽にキレる娘だったなんて……」

ある男子がそう言った。

「ほんとそう。急にキレられて、黒白さんが可愛そうだぜ」

別の男子が同意する。

「俺、星空さんのファンクラブに入っていたんだけど、もう抜けようかな……」

また別の男子が言う。

「私ね。星空さんには何か裏があると思っていたのよ」

「わかるわかる」

「星空さんっていつも満月さんと一緒にいるでしょ。あれって、満月さんが脅されていたんじゃないかしら……」

「さっきみたいにキレて?」

「そうそう」

「いやいや違うよ。

 星空さんは満月さんにだけは優しいんだよ。満月さんの地位に寄生するために……。

 でもね。新月さんが満月さんに勝ったら、満月さんを捨てて新月さんに乗り換えるんだよ」

「うわーっ。サイテー」

女子の一団が星空に対する憶測で盛り上がる。

「皆さん。静粛にお願いします」

悪い意味で温まってしまった場の空気を、黄道の良く通る声が切り裂く。黄道の一声で表面的ではあるものの場は静かになる。

「黒白さん。ずっと立たせてしまい申し訳ございません。どうぞ席についてください」

黄道は立ちっぱなしだった黒白に座るように促した。

「はい」

黒白は下を向いたまま抜け殻のような返事を返した。そして、星空の悪口を言っていた人々の横を俯いたまま通りすぎ、席に着いた。

「麗音ちゃん。大丈夫ですか?」

隣の席の寺崎が心配して声を掛けてくれる。軋むような音を立てて胸が痛む。

「はい」

黒白は魂の抜けた返事をする。

左側の空席から自分を非難するように冷たい風が吹いている気がする。

その空席に、いや星空を非難する人々に何か言ってやりたかった。でも、黒白はそれを言えなかった。

『私って本当に最低な人間ですわ』

黒白はスカートを両手で力一杯握る。

そんな黒白の右手の上に、寺崎が左手を重ねてくれた。

寺崎の手に黒白の右手の震えが伝わる。寺崎は黒白は怯えているのだと解釈した。

「麗音ちゃん。星空さんが来ても、私が守ります。ですので大丈夫です」

何も知らない寺崎が、黒白の手を守るように包み込む。寺崎は普段黒白や新月 虚の陰に隠れているようなタイプなのに……。本当に優しい良い娘だ。

「ありがとうございます」

黒白はやつれた声でそう返してしまった。


その後、黄道が生徒会長としての百戦錬磨の手腕を発揮して、実行委員会を何事もなかったかのように進めて行った。

実行委員会が進むにしたがって黒白の顔色はだんだんと悪くなっていく。寺崎はそんな黒白を支える様にずっと手を握ってくれていた。

実行委員会が終わりに近づき、黄道は本日のまとめに入った。

もう黒白に猶予なんてものはなかった。

星空 数多は今日の出来事で『理不尽にキレる娘』や『怖い娘』と言うレッテルを張られるだろう。

県内中の学級委員が集まるような真面目で大人しい校風の進学校だ。学内での喧嘩はおろか、誰かが声を荒げることすら稀である。宿題をたまに忘れたり、少し遅刻したり、校則に少し違反した位で不良扱いされることもある。そんな校内でそれらのレッテルは致命的であった。

それに、星空 数多は全校生徒の憧れの的満月 雅の親友と言うことで、全校生徒から一目置かれ校内の有名人になっている。そのため、星空のレッテルは話の種として学校中に広がりやすい。

これらのレッテルが広がってしまえば、周囲の星空を見る目が変わる。最悪の場合、星空がまた孤立する可能性すらあった。

そんな星空を守れるのは今の黒白 麗音だけだった。

今ここで星空の汚名を晴らさなければ、レッテルは噂と言う形で広がり、明日のうちに収集が着かなくなってしまう。

だから、黒白は、実行委員会が終わるまでに動かなければいけなかったのだ。

青白い顔をした黒白は寺崎の方を見た。

「麗音ちゃん?」

寺崎が心もとない声を出す。

黒白は寺崎に笑顔を見せた。どこかに陰の指しているただただ悲しい笑顔だった。

そして、もう二度と触れる事の許されないであろう寺崎の手を、1マイクロ秒でも長く感触を味わうかのように、未練がましくねっとりと解いた。

寺崎は黒白の手を握りなおそうとした。でも、黒白はそれよりも早く両手を机につけた。

『このままだと、星空さんが悪くなってしまいます。立つのです。私』

黒白は息を吸うと足ではなく、肩に力を込めて立ち上がった。

「どうされました?黒白さん」

立ち上がった黒白に黄道が声を掛ける。

「あの……」

黒白は消えそうなほど弱々しい声を上げる。

実行委員の皆が黒白の事を見る。

足はガクガク震え、勝手に着席しようとする。自身の体を腕で支える。

きっと今の黒白は惨めで滑稽な格好をしているのだろう。

黒白は目線を一通り泳がせた後、寺崎の方を見た。寺崎は上目使いで黒白を見る。寺崎はまだ黒白を心配してくれていた。何も知らないのだから当然だった。

黒白は寺崎から目を離し、黄道の方を見た。

上手く声が出ない。

緊張……?

そんな綺麗なものではない。自分のずるがしこさが喉を押さえつけている。

黒白は両こぶしをギュッと固め、ためらいを振り払う。

「皆さん。……私の(はなし)を聞いてください」

喉の抑えがとれ、つまっていたものが一気に出る様に、大きな声が出た。

そのせいで周りの目線が更に黒白へと集まる。緊張からか恐怖からか変な笑いが漏れそうになる。

「今日の 星空さんの事 悪いのは すべて 私なんです。

 私は 星空さんに 決して 許してもらえないことを したんです。

 星空さんに 罵倒されて 当然な 人間 なのです」

黒白は区切り区切りにそう言った。泣いているのか笑っているのか自分ですらわからない声で……。

周りはまだ敵意ではなく好奇心に満ちた目を向けていた。

黒白は法廷に立つ被告のように自分の罪を告白し始めた……。




「中学時代の私は俗にいう高嶺の花の様な存在でした。ピアノはもちろんのこと、成績は学年1位、運動だけは得意ではありませんでしたが、容姿もトップクラス。今の満月さんのような全校生徒の憧れの的でした。

 私はそれを誇りに思い憧れの的として多大な努力をしていました。その分、他人と関わる時間が(すく)なく、そのために友達はいませんでした。ですが、私を慕い従ってくれる取り巻き達が幾人もいました。


 2年時の秋の事です。

 私の通っていた中学校では、この頃に新しい生徒会長を決めるための生徒会長選挙が行われます。

 私の取り巻き達は、私を生徒会長に推薦しました。

 ピアノと勉強と生徒会。三つを掛け持ちするのは至難の業です。そのため、悩みました。

 友人のいない私にとって、取り巻き達は大切な存在でした。彼らの尊敬の的であり続ける事だけが、私にとって唯一の人とのかかわり方だったのです。

 だから、彼らの期待に応えたかった。

 そのために、私は生徒会長選挙に出馬しました。


 そんな私の前に強力な対立候補が現れます……。

 それが星空さんだったのです。

 当時の星空さんは今のような落ちこぼれではありませんでした。

 成績は学年10位内には必ず入っていて、真面目で先生からの信頼も厚く、おまけに今の星空さんのような人当たりの良さを兼ね備えていました。

 そんな星空さんの周りには、取り巻きではなく本当の友達が多くいて、隣のクラスの中心人物でした。

 ただ努力と才能だけで構成されたきらびやかなだけの私。広い人脈をも兼ね備えた星空さん。

 私は取り巻きから尊敬されるために生徒会長選挙に出ました。

 星空さんは学校をよくするために生徒会長選挙に出ていたそうです。

 どちらが生徒会長になるべきかは明白でした。


 それは他の生徒達も分かっていたのです。

 私は可もなく不可もなくのテンプレートのような公約を掲げていました。

 対する星空さんは粗削りですが自分で考えた公約を掲げました。

 私は作り物の笑顔でみんなに接し、評判のためにみんなの前では善行をしました。

 星空さんはみんなのために陰で善行をしていました。

 そんな私たちの違いを全校生徒(みんな)は見抜いていたのです。


 だから、選挙が近づくにしたがって、星空さんの方が優勢になっていきました。


 そんな状況に愚かな私は納得できなかったのです。

 当時の私は、視野が狭く、自分の基準でしか人を評価できませんでした。

 星空さんは私と違いピアノが弾けません。

 かと言って、他の芸術的な才能があるわけではありません。

 勉強はできていましたが、学年1位の私と比べれば劣っています。

 容姿も星空さんが可愛いのは認めますが、私の美しさには及びません。

 そうやって、星空さんを自分よりも完全に劣っているものだと判断していたのです。

 そもそも当時の私の基準では星空さんの良さを測ることなんてできなかったのに……。


 だから、当時の私はこう思ってしまいました。

 『ピアノも学業も頑張って来た私。

  そんな私が何の努力もせずに友達に囲まれて毎日笑っているだけの星空さんなんかに負けていいはずがない。

  私の方がすべてにおいて優れているのだから、生徒会長になるべきは私なんだ。

  だから、どんな手を使ってでも勝たなければいけない……』


 あろうことか、私は勝つために星空さんを蹴落とすという選択を取ってしまったのです。

 

 私は星空さんの(わるいうわさ)を流したんです。

 私自信が信用されていたこと、取り巻き達が頑張ってしまったこと、それらのおかげで(わるいうわさ)は面白いようにすぐ広がり、あたかも真実のように扱われたのです。

 そのおかげで、私は無事生徒会長に当選しました。


 そして……星空さんは私の流した(わるいうわさ)が原因で周囲から孤立してしまったのです」


黒白は言い終わると、乾いた笑みを浮かべた。

そんな黒白に1人の少女が言葉(いし)をなげる。

「つまり、自分が生徒会長になるために、星空さんを孤立させたの?」

黒白は下を向いたまま「はい」と認めた。

「それって、いじめとやってること変わらないよね」

少女は冷たい言葉を浴びせる。

黒白は皮膚に爪がめり込みそうなほど強く両拳を握り締めた。そして、静かに息を吸う。

「はい。私は中学時代に星空さんをいじめてしまいました」

黒白は喉を、全身を振るわせて、流すことさえおこがましい涙を落した。

「麗音ちゃん。嘘ですよね」

寺崎は揺れる心境(ひとみ)で黒白の事を見た。

「ごめんなさい」

黒白は寺崎の顔を見れなかった。

周囲は敵意のある視線を投げながら、わざと聞こえる声でヒソヒソ話をする。

「星空さんって実は寛容なのね。私なら手が出ていたわ」

「黒白さんってこんなに真っ黒だったんだ」

「自分は選ばれた人間で、ピアノと勉強さえできていれば何しても許されると思っていそう」

耳がイタイ……。

全身がイタイ……。

黒白は口元を抑えて悔恨の涙を落とす。

呼吸が不規則に速くなっていく。吸っても、吸っても肺に空気が入らないように苦しい。

知らず知らずのうちに口と肩で息をしていた。

耳鳴りがして周囲の声が聞こえなくなる。視界から明瞭さが失われ、視界がコンタクトを外しているかのようにぼやけて来る。

そんな中で下唇を必死に噛み、周囲の敵意に身をさらした。


黒白は気が付けば座らされていた。風邪でも引いているかのような青白い顔をして、寒気を堪える様に震えていた。

黄道が中断していた文化祭実行委員会を進める。

皆黄道の方を向いているように見える。しかし、時折黒白の方をチラチラとみる。

文化祭実行委員会が終わると、黒白と一緒にいたくないとでもいうかのように実行委員達は早々と教室を出た。

黒白は立つことが出来ず座って震えていた。寺崎はどうすればいいか分からなかった。

黒白に話しかけられるのを待つように、わざとゆっくり片づけをし、自分の片づけが終わると、黒板の掃除や机の列の点検と言った生徒会の雑務(しごと)を手伝った。

その間も黒白は何も反応を示さず、とうとう寺崎は声もかけられずに帰ってしまった。



次の日の朝。

星空は心なしか常時よりも重たい掛け布団をめくり起き上がった。重たいのは布団だけではない。頭も脚も重たい。

昨日は夕食を終えるとすぐに布団に入った。でも、今日の事を考えると眠れなかった。そのため、肉体的にもしんどい。

「学校行きたくない」

星空の口から自然とその言葉がこぼれた。

『今日からの私は悪者だ』

昨日の文化祭実行委員会での出来事を知らない星空はため息を溢す。

重たい足取りで冷たい廊下を歩き、リビングへと向かう。

「おはよう」

星空はリビングへの重たい扉を開ける。

「数多。どうしたの?

 目が腫れているわよ」

娘の顔を見た母が心配そうに駆け寄ってくる。

「昨日、アニメを見ていたら朝になってた……」

娘はとっさにそれっぽい嘘をつく。母はため息をつく。

母が何かを言おうとするのを遮るように、娘はキッチンへと向かう。

星空はキッチンの棚から8枚切りの食パンを2枚トースターにセットし、ダイニングのテーブルに着く。パンが焼けるまではブログを見て過ごす。

星空は、実は少年漫画原作のアニメをよく見る。面白いと思ったものは単行本を揃えたりもする。

ただ、雅も闇空もアニメに(そもそも娯楽に)興味がないので、学校ではそんな素振りさえ見せないようにしている。

本当は誰かとアニメの感想を共有したい。そんな願いの代替品として、アニメ感想ブログを見ている。

「最近どうだ?」

そんな星空に父がコーヒーを差し出す。

「普通」

星空は目線をブログに向けたまま、コーヒーを受け取る。

「そうか」

父は星空の体面に座り、経済紙を広げる。

銀行員である父は職業的なこだわり故か、新聞を複数種類取っている。最近は殆ど電子版にしているのだが、経済紙だけは紙でとり、朝食後のコーヒータイムに読む。

父は新聞、娘はブログと何も会話がないまま時間が流れる。

そんな静寂を破るトースターの音が響く。

星空はキッチンへと向かい、皿の上にトーストを乗せる。冷蔵庫からマーガリンを取り出しバターナイフで薄く塗る。マーガリンは意外にカロリーが高い。だから、欲望を許してはいけない。

マーガリンを冷蔵庫にしまうと、代わりにサラダを取り出す。今は?(※6月ぐらいからずっと言っている)減量中なので、ドレッシングはかけない。

席に着くと少し冷めたコーヒーに角砂糖をポトッポトッポトッと入れて飲む。甘いけど苦い。

トースターにかじりつく。当り前だがマーガリンが足りていない。

サラダを食べる。無味。微かに素材の味がするが無味。やっぱりドレッシングは欲しい。

食べ終わると食器をシンクへ運び、洗面台へ向かう。

先ずは体重計に乗る。体感的には重たい体も、物理的には昨日とほとんど変わっていなかった。

歯を磨き、顔を洗い、寝ぐせを直し、化粧をする。

鏡に映る自分は目元が赤く、目の下が青黒く、肌に張りがなく、何時もより醜い。そんな自分の嫌な部分を1つ2つと塗りつぶしていく。

及第点の自分になれたが、学校へと向かう。


廊下ですれ違う人々は昨日までと変わりない様子で普通に横を通りすぎていく。

星空は、自分が雅の親友と言う理由で全校生徒に認知されていることを知っていた。そして、そう言う人物の不祥事は話題性が高く噂として広がりやすいことも知っていた。だから、最悪の事態として朝学校に来た時から、ヤバい娘としてみんなから避けられることも覚悟はしていた。

でも、まだ噂は広がっていなかったみたいだ。

ただそれは時間の問題だった。

星空の不祥事は休み時間に花を添えるおしゃべりの種として広がっていく。

1限目、2限目、……と休み時間を挟むごとに血が滲むように広がっていく。

広がってしまえば真実になる。一度真実になればもうひっくり返せない。

星空がキレた場面は何人もの人が見ていた。でも、黒白がしたことを知っている人間はこの学校にいない。

真実を話しても、言いがかりと言われれば意味がない。その上、黒白がそれで嘘泣きでもすれば、星空が嘘をついて黒白を貶めようとしたことにされる。

もう星空に打つ手はなかった。

でも、まだできることはある。雅だけは星空の話を信じてくれるはず。

雅の側にさえいられれば、人気者の雅に守ってもらえて、あからさまに非難されることはない。だから、雅の耳に昨日の出来事が入る前に雅を味方につけなければ……。

「おはよう」

星空は教室に入ると真っ先に雅の方を見た。雅はいつも通り自席にいた。そして、何時もと違い数学の参考書を見ていなかった。

星空と雅の目が合う。

雅は何故か星空に微笑んだ。星空はいつもと違う雅に動揺する。

星空は(しんゆう)の事を警戒しながら雅の席へと向かう。

『大丈夫。雅は私を見捨てられない』

心の中でそう唱えながら歩く。

「星空。おはよう」

今日は雅から挨拶をした。

「おはよう。雅」

星空は前の椅子に雅と向かい合う様に座る。

「昨日はたいへんだったわね」

雅がそう切り出した。星空の眉が自然と上に上がる。

やはり雅は何らかの経路で昨日の出来事を知っていた。昨日あの場にいた誰かが雅に告げ口したんだ。

どんな伝わり方をしているか分かったものではない。

ただ、星空が一方的に悪いように伝わっている可能性が高かった。

雅は星空の話を聞いてくれるし、信じてくれる可能性もある。

そのため、星空は弁解を試みた。

「昨日の事だけど……。

 理不尽にキレたわけじゃなくって……」

動揺にしどろもどろになって上手く言葉が出ない。

「星空。知っているわよ。闇空からすべて聞いたから……」

雅は柔らかく微笑んだ。

「良かったぁ」

星空から安堵の息が漏れる。闇空から聞いたのであれば悪意のある伝わり方はしていないだろう。

張り詰めた顔が緩む。

そんな星空とは対照的に雅は眉間に皺を寄せた。

「良くないわよ。

 星空。このままだと全校生徒(みんな)に星空が誤解されるわよ。

 昨日キレてしまったのは星空の非だから、仕方ない部分があるとは思うわ。

 でも、恐らく全校生徒(みんな)はその部分だけを見て、星空を理不尽にキレる恐い娘と勘違いするわ。

 実際、昨日あの場に居合わせた人はそう思っているでしょうし」

「……」

星空はなにも言わず目線を下げる。

「星空。弁解する方法を考えましょ」

雅はアンニュイに右手で額を押さえた。

「雅。ありがとう。

 でも無理だよ」

星空は机の上の木目調を見たままそう返した。

星空の頭の中には中学時代のトラウマがよみがえる。中学時代の星空は、黒白が自分の噂を流したこと、それが生徒会長選挙の妨害戦略だということを突き止めた。自分の汚名を晴らすべく黒白にその事実を突きつけた……。

すると黒白は嘘泣きを始めた。それを見た黒白の取り巻き達が星空を攻め、そのまま周りが感情に流されていった。

気が付いた時には星空が黒白に濡れ衣を着せようとしたことにされていた。

下手に動くと今度も同じようになるかもしれない……。

「そんなことないわよ」

ダメな方へダメな方へと落ちていく星空の思考を雅の言葉が止める。でも、止めるだけで引き上げることまでは出来ない。

「無理だよ」

「無理じゃないわ」

「無理だよ」

「無理じゃないわ」

……。

延々と続きかねないそんな不毛なやり取りをしていると、2人の間に1人の少女がやって来た。

満月 雅と並んでも色褪せることのない美しさを持つ少女。生徒会長黄道 極美だった。

黄道に対して星空は身構えた。雅は星空を守るように視線で黄道を牽制する。

「文化祭実行委員に私のような理不尽にキレる人間はいらないと言いに来たんですか?それとも黒白に頭を下げろとでも言いに来たんですか?」

星空は黄道の目を睨みつける。

黄道はまっすぐと星空の瞳を見る。黄道の瞳には奥底にさえ星空への敵意が無かった。

「私は生徒会長として有志で集まっていただいた実行委員を解任するようなことはしたくありません。

 黒白さんには声を荒げたことは謝っていただけると助かります。

 ただ、星空さんの感情的に難しいでしょうし、本題に入りましょう」

黄道は濁りのない澄んだ声を出す。星空は自分を責めようとしない黄道の考えがわからない。

そんな星空へ黄道は言った。

「昨日。星空さんが帰った後、黒白さんがすべて話してくれました」

「すべてって、何を……ですか?」

星空は恐る恐るそう尋ねた。黒白がどんな嘘をどんな話し方で話したか分からなかった。

「すべては、すべてです。例えば2人の中学時代の話。黒白さんが生徒会長になるために、嘘をついてあなたを貶め孤立させた話とかです」

黄道は淡々とそう語った。

それは星空の記憶と矛盾しない真実だった。だから、星空は困惑した。

星空の知る黒白 麗音は自分の利益の為なら、他人を貶めても平気な人間だった。そして、誰かのために不利益を被るようなことはしない人間だった。

そんな黒白 麗音が自身の秘密を話した。星空はそこに何かを邪推せざる負えなかった。

「なんでだ」

星空は口元に手を置いて難しい顔をした。

黄道がそんな星空に補足をする。

「私は新月さんと親しいので、その関係で黒白さんと会う機会が多いのですが、黒白さんは初めて会った時と今では雰囲気が変わっています。

 恐らく高校に入ってから黒白さんは変わったのだと思います」

黄道の言葉に星空は特に反応を示さなかった。納得は出来たが、納得したくなかった。黄道の言葉に何か合理的ないちゃもんを付けたかった。

黄道は難しい顔をしたままの星空の目を見て、自分の話へと引きずり戻す。

「黒白さんが話してくれたので、私達は星空さんが一方的に悪いとは思っていません。星空さんは黒白さんに相当の事をされたので、攻撃的になるのも仕方ない部分があるとは思います。

 ただ、昨日の行動はそれを踏まえたとしても星空さんにも非があるので謝罪はして欲しいです。

 まぁ、難しいと思うので今すぐにとは言いません」

黄道はそこまで言うと一息ついた。そして、本題へ話を繋げる。

「先ほども申し上げましたが、私は実行委員を解任するような真似は致しません。それは黒白さんについても例外ではありません。

 ですので、これからも黒白さんと一緒に文化祭実行委員として活動してもらう様になります。

 ただ、(わたくし)としてもできる限りの事は致します。

 先ず、2人の席は遠くなるように席替えを行います。また、グループ活動などの際には2人が同じグループにならないように配慮します。他にも何か要望がございましたら、可能な範囲で対処いたします。

 ですので、文化祭実行委員会の中では、黒白さんを責めないようにしてください」

「はい」

星空は心ここにあらずと言った返事をした。

「では、明日の第2回実行委員会で会いましょう。失礼します」

黄道は一礼をして教室の出口へと向かった。黄道が教室から出ると、雅が口を開いた。

「安心したわ。星空が一方的に悪者にされることはもうなさそうね」

「うん」

星空は気のない返事をした。そして、視線が下がる。

星空の胸にはエスプレッソの様に苦い苦い後味が残り続けた。



体育祭の余韻が残り、文化祭の足音が聞こえ始まる時期。

生徒の心は浮ついている。

しかし、体育祭は何度も噛んだガムのように味が薄くなり、文化祭はまだほど遠く感じる。その為、生徒たちはちょっとした出来事に飢えていた。

昨日の出来事はそんな生徒たちの願っていないご馳走だった。

池の鯉が投げ入れられた餌に音を立ててむさぼりつくように、昨日の出来事に生徒たちが集まってきた。

星空の予想通り、昼休みには昨日の出来事は学校中へ広がっていた。

ただそこに、星空のヒステリックな行動への非難はあまりなかった。それでも、大半は星空にも非を認めていた。が、星空に同情もしていた。

そして、全校生徒のほとんどが黒白の過去の行いに対して非難の目を向けていた。


昼食を食べ終わると星空は席を立った。

雅や闇空はもちろん、クラスの生徒たちが星空を気遣ってくれた。星空にはそれがかえって居心地悪かった。

だから、急いで昼食を食べ、小説をもって廊下へと出た。

暖房の効いている教室と違い、廊下は腕を組みたくなるほど寒かった。寒い廊下を通り、図書室へと向かう。

隣のクラスの前を通る時、黒白の姿が目に付いた。黒白は独りで俯いてお弁当を食べていた。黒白の後ろでは、新月 虚、高薙、寺崎の3人が話しながらお弁当を食べていた。

暗い顔でお弁当をつつく黒白の姿に昔の自分が重なる。

星空の胸に黒くて苦いものが広がる。

『黒白は私を苦しめた。

 だから、これからたくさん苦しめばいいんだ』

星空は心もとない黒い自分を精一杯引っ張り出した。中学時代の自分から離れて行った友達(やつら)の様に、見て見ぬふりをして通り過ぎる。

そんな星空の視界の隅に立ち話をする3人の少女が映った。少女たちの会話が自然と耳に入ってくる。

「やっぱり裏があったわね」

「当然だよ。だって、ピアノだけじゃなくて勉強もできて、おまけに優しいなんておかしいでしょ」

「でも、残念だな。黒白さんのピアノ私は好きだったのに……」

「せっちゃん。しょうがないんだよ。

 外見とか人の目に映る部分ばかり気にして白くしていたから、一皮めくるのと中が真っ黒になっちゃったんだよ……」

嬉々とした陰口。

ルサンチマンが出来物の様に顔にまで浮き出して醜い。あの3人は黒白の何を知っているのだろう。

星空はわざと不機嫌そうな顔で3人の前を通りすぎた。

3人は星空を気にせず話を続ける。

通り過ぎたのが黒白だったなら、3人は話を辞めたのだろうか?



『朝から視線が痛いですわ』

黒白は教室で独り本を開いた。

何時もなら寺崎と2人でおしゃべりをしている頃だった。でも、もうそのいつもには戻れない。

第1回文化祭実行委員会が終わってから、寺崎とは話せていない。

寺崎は黒白を拒絶するようなことはしない。代わりに、昨日までの様に寺崎から寄ってくることもない。

寺崎は黒白と接するべきかを迷っているのだ。それでいい。

黒白は自分の立場も罪もわきまえている。自分の側にいると、自分への非難が寺崎にも流れる可能性があることも知っている。

だから、黒白は自分から寺崎へ近づくことが出来なかった。

そうやって、2人の間には大きな溝が出来上がったのだ。

今朝、寺崎が登校したときに、2人は目が合った。寺崎は挨拶をするべきか迷ってしまった。そして、寺崎の中の薄情な部分がそれを許さなかった。

黒白は僅かな希望を込めて寺崎を見た。2人は3秒ほど見つめ合い、寺崎の方から目を逸らし、別々の朝を過ごすことになった。

『それでいいのですわ』

独りになった黒白は自分にそう言い聞かせる。そして惨めな罪人(じぶん)の顔を隠すために本を開いた。


黒白が孤立してから、まだ1日さえも経っていなかった。それなのに、孤立するのはやっぱり辛い。

教室の中にいる自分が場違いに思えて来る。ここにいる資格がないのに自分はここにいる。

教室の中は暖房が効いているのに、寒気を感じてしまう。それなのに、手のひらは汗で濡れている。体が操り糸で動かしているようにぎこちなく動く。

おまけに周りの人の雑談がすべて自分への陰口に聞こえてしまう。周りの皆が石を投げるような眼で自分を見ている。

でも、今の黒白には、それだけのことを自分がしてしまったんだという自覚はあった。そのため、歯を食いしばれば我慢できた。

しかし、中学時代の星空は違う。星空は何も悪くないのに、自分の理不尽な行動で孤立した。

そのことを考えると、黒白の思考は間違った自罰的な方向へと引き寄せられて行ってしまう。そうやって負の感情の中へとどんどんどんどんと飲み込まれていく。

「おはよう。黒白」

唐突に投げ込まれた新月 虚の言葉がそんな黒白を引き留める。

黒白は目を大きく見開いて新月 虚を見た。

そして、呆然とした。

今の自分なんかに声を掛ける人がいるなんて夢にも思っていなかった。

黒白が、自分なんかが挨拶を返していいのかわからず、固まっていると、

「挨拶ぐらいは返しなさい」

と言い残して新月 虚は自分の席へと向かった。

新月 虚の後ろを歩く高薙は、何時もの様に黒白を睨みつけた。高薙の目がいつもより特別鋭いと言ったことはなかった。



「皆さん揃いましたので、第2回文化祭実行委員会を始めます」

黄道の声と共に第2回文化祭実行委員会が始まった。

星空と闇空は一番前の席に、黒白と寺崎は一番後の席に座っていた。約束通りの黄道の配慮で、2人の席が対角になるように席替えが行われた。因みに、星空の席が最前列なのは、黒白の後姿を見なくてもいいようにと言う計らいからであった。

席の再配置のおかげで、表面上は2人に何事もなく、実行委員会が進んでいった。

しかし、黒白が発言をする度に、石を投げるような悪意(トゲ)のある眼差しが黒白に向けられた。

黒白はそれを何もなかったかの様に、受け流そうと努めた。しかし、声も動作も無理に動かしているぎこちなさがあった。それを裏付ける様に、黒白は会議中に2回もシャーペンを落とした。

星空はそんな黒白の様子が痛々しくて見ていられなかった。そのため、黒白の発言時に黒板をずっと見ていた。

しかし、その態度は良くなかった。皮肉なことに、自称星空の味方達は、『顔も見たくないほどに嫌いなのだろう』と解釈した。そして、それを黒白を更に叩くための燃料にした。


文化祭実行委員会が終わると、星空はすぐに立ち上がり黒白の方を見た。そこに黒白の姿はなかった。

黒白は視線から逃げる様にそそくさと教室を出ていた。

「闇空。ごめん。急ぎの用事があるから……」

闇空にそう伝えて星空は教室を飛び出した。階段を急いでおり、廊下を走り、校舎の外へと出る。

黒白は、赤黒い夕闇の中を照らす、校門前の街灯の光へと入るところだった。星空はローファーと地面が面でぶつかる喧しい音を立てながら黒白の方へと走り出した。

「黒白。待って……」

星空の言葉に黒白は振り返る。そんな黒白を街灯の光がサーチライトの様に照らす。

黒白は目を細めながら夕闇の中を覗く。星空が息を整えながら夕闇の中から出る。

街灯の光に照らされ、呼び止めたのが星空だと分かると、黒白は細めた目を一気にパッと開いた。

「私なんかに……何か用でしょうか?」

黒白は何時もの優しい笑顔を浮かべる。

街灯はそんな黒白の顔に隠した苦悩(かげ)をもしっかりと照らす。

星空は言葉に詰まる。

黒白は中学時代の自分の様だった……。

星空は孤立したから、黒白の苦しさがわかる。あの時の星空は、だれでもいい、一人でもいいから味方が欲しかった。

きっと今の黒白も同じなんだ。

でも、黒白の周りを囲い込む同調圧力はそんな味方の存在を許さない。

今の黒白の味方になれるのは、同調圧力に抗える強い人間か、同調圧力の中に飛び込める勇気ある人間、そして、同調圧力の影響を受けない人間だけだった。

いずれにしても珍しかった。

黒白の被害者である星空は、同調圧力の影響を受けない人間であった。黒白に手を差し伸べられる数少ない人間の1人だった。

星空は黒白(むかしのじぶん)を助けられた。それなのにできなかった。

星空の感情がそれを許せなかった。

星空は少年漫画の王道展開である嘗ての敵と手を取り合う展開が好きだった。主人公がしがらみを乗り越え手を差し伸べ、相手も手を取り協力する。胸に響くようなあの熱さが好きだった。

でも、現実では(こくびゃく)の手を握れなかった。

星空は物語の主人公になれるような性格ではなかったのだ。

そんな自分が嫌になる。

「星空さん。そんな顔をしないでください」

黒白が心汚い星空に優しい声を掛ける。

今の星空はどっちの顔をしているのだろう。

怒りに歪んだ顔だろうか?

それとも、悲しみに歪んだ顔だろうか?

どちらにしろ歪んだ顔のまま、黒白には脈絡なく聞こえるであろう言葉を振り絞った。

「ごめん。あんたのこと許せない」

黒白は影の濃い笑顔を浮かべた。

「分かっています。

 私は星空さんに許していただきたいなんて、恐れ多いことは思っていませんわ。

 ただ、星空さんには私のせいでこれ以上苦しんで欲しくないんです。

 星空さんはただ私の事を嘲笑(わら)ってくれればいいんですわ。

 愉快でしょう。自分を嘗て苦しめた人間が同じように苦しむのを見るのは……」

黒白はただそう言った。そこに皮肉の意はなく、本心であった。だから、より一層痛々しく、星空の瞳に映った。

星空は強く唇を噛んで、自分の醜さを呪った。普段は心もとない自分の黒い部分がこんな時だけ都合悪く大きくなる。

黒白にどんな言葉であってもかけられなかった。

そんな星空をこれ以上苦しめないように、黒白が歩き出した。

「では、次の委員会で会いましょう」

黒白は夕闇の中へと飲まれていった。

街灯(スポットライト)の下、星空は誰にも聞こえない声で、『ごめんなさい』と言った……。



家に帰る途中、黒白はふと空を見上げた。

今日は快晴だった。

頭上には星の少ない町中の星空が浮かんでいた。

星空を構成する数多の星々。その中の1つ1つの星の光は小さい。

太陽でもなければ、月でもない。かといって惑星でもない。

有象無象の中のたった1つでしかない……。

価値のない星……。

そう思っていた。

でも、そんな(かのじょ)も恒星なんだ。

近くに行けば太陽の様に輝いている……。

愚かな自分は、それに気づくことが出来なかった。

気づけたときには遅かった……。

読んでくださりありがとうございました。

面白いと感じて頂いたのであれば、次回も読んでいただけると助かります。

次回は2月22日に投稿する予定です。


[次回予告]

次回も引き続き文化祭の準備を行っていきます。

黒白の話を引き続き書いていきます。

次回で黒白の話に区切りがつきます。

ただ、文化祭の準備は合計4episodeあるので、まだ終わりません。


~~以下感想(※微量のネタバレがあります。)~~









[感想]

今回は今までのepisodeと違いかなり重たい内容になってしまいました。

この物語はepisode1の投稿時から[シリアス]と[残虐な描写あり]のタグが付いていました。

元々はepisode3以降はこれくらいの重さで物語が進んでいく予定でした。


ですが、新月 虚という登場人物のおかげで[重い]よりも[熱い]よりの話が増えていき、今まで重い話を書くことがありませんでした。

物語中の時間軸で3年に上がるまでに物語を完結させる構成のため、そろそろ重たい話を消化しないと行けなくなり、このような形になりました。

文化祭自体は箸休めの軽めの話にする予定ですが、文化祭準備は重めの話が続きます。


私は重めの話自体は好きですが、最終的には登場人物たちに幸せになって欲しいので、

必ずハッピーエンドにはします。

足掻いて苦しんだのなら、その分は報われるべきだと思っています。

その点だけは安心して読んでいただければと思います。

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