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セレス編③

それからというもの、アルト・ヴァレンシュタインとは中庭や廊下ですれ違うたびに、挨拶と、一言程度会話するようになった。

そして学院の廊下を歩いていると、アルト・ヴァレンシュタイン伯爵令息とすれ違うことが多いことに、最近気づいた。背が高く、赤い髪が印象的な彼は、いつも穏やかな表情で廊下を行き交っている

アルトは管理統治学科のセレスティアとは異なり、彼は後継者育成学科に籍を置きながら、選択科目として騎士訓練も受けているらしい。学院では選択科目を受ける生徒は多く、学院内では行き来する生徒も多い。彼もそのうちの一人らしい。これまで知らなかったが、意識してみると学院のさまざまな場所で彼の姿を見かける。教室から訓練場へ向かう姿はいつもどこか飄々としているようだった。

昼休み、アルトが騎士訓練場から戻ってくる姿を目にした。制服の上から軽く汗ばんだ様子の彼は、騎士としての鍛錬がしっかりと身についているのを感じさせた。その姿に、セレスティアは何気なく目を留める。

彼女の中で、アルトに対する印象が少しずつ形を成し始めていた。



ーーー



「グレイ嬢」

今日も廊下ですれ違う際に声をかけられた。彼はいつものように、微笑みながら立っていた。その微笑みの背後に、彼の端正な顔立ちが際立つ。長い赤髪が風に揺れ、ヘーゼル色の瞳が優しさを宿している。最近は彼にこうして声をかけられても、以前より自分の心に警戒心は感じられなかった。それどころか、どこか安堵のような気持ちを感じる。もちろん、彼のことを完全に信頼しているわけではない。だが、彼が見せる優しさや気遣いには、どこか純粋なものを感じることができた。

「偶然ね」

私は素っ気なく答える。アルトは無理に会話を続けることなく、ただ静かにその場に立っている。少しだけ、私の周りに空気が緩やかに流れたように感じる。

「最近、調子はどうですか?」

アルトが言ったその一言。彼が気にかけてくれるのは、単に友人としての好意からだろうか? それとも、他に理由があるのか。

「別に。普通よ」

「そうですか」

彼の表情は、変わらず穏やかだ。目の前で彼の温かなヘーゼル色の瞳が私を見つめると、どこか胸が温かくなる。心の中で不安な気持ちが少しずつ溶けていくのを感じる。

それから数日が経つごとに、私たちの関係は少しずつ変化していった。以前の距離感ではなく会話の中に自然な流れができるようになった。アルトは依然として、私に対して優しさを示してくれたが、決して過剰に接してくることはなかった。その距離感が、私には心地よく感じられた。彼が私に求めているのは、ただの友人としての関係であり、見返りを求めるような感じはない。

「何かあったら、また話してもいいですか?」

アルトがふと提案することもあったが、私はすぐに答えを出すことなくただ頷いた。

「分かりました」

そう言ってアルトは微笑んだ。相変わらず穏やかで、何の期待も持っていないかのようだった。彼の赤髪が太陽の光を浴びて、鮮やかに輝く様子がふと目に浮かぶ。彼が何か特別な存在であるかのように見える瞬間だった。端正な顔立ちも、魅力的だと思う。あの整った鼻筋、真っ直ぐな眉、優雅でさりげない微笑み。

彼の優しさが私の心に響く時、そのたびに、私はほんのり不安な気持ちを感じながらも、少しずつ心が軽くなるのを感じていた。


ーーー


それからアルトとの関わりはますます自然になった。私は彼が見せる優しさや気遣いに、次第に心を許し始めていた。しかし、それは決して弱さの表れではない。むしろ、アルトに少しずつ頼るようになってきたことに、どこか誇りを感じていた。貴族としての見返りを求めないということは、私に対して純粋な好意を持っているということだろう。そそう思われる自分はやはり素晴らしい女性なのだと自信を取り戻しつつあった。

最近ではアルトを見かけると自分のほうからも声をかけるようになっていた。

「また会いましたね、アルト」

「ええ、グレイ嬢」

アルトの声はいつもと変わらず穏やかだが、私はその響きに彼の自分に対する特別な思いを感じとっていた。

(ああ、彼はやっぱり私に女性としての好意を持っているのかしら。)

少しだけ心の中で意識しながら、私は自信に満ちた微笑みを浮かべていた。

「最近、調子はどうですか?」と、アルトが尋ねられ、私は少し考えた後に答えた。

「順調よ。あなたに心配されるほどでもないわ」

その言葉を言うと、アルトはほんの少し目を細めて微笑んだ。その視線は甘いような気がする。彼の好意に、つい心を許しすぎているのではないかと思うと同時に、やはり私に対して特別な感情を抱いているのだという思いが湧いてくる。

「そうですか。それなら、よかった」

アルトはそう言って、私の隣に座る。配慮してか一人座れる程度のスペースが二人の間には空いている。その距離感が心地いい。

「ねえ、アルト。最近、私を気に掛けすぎてないかしら?」

アルトは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り答えた。

「そうですか? ただ、グレイ嬢が元気を取り戻してくれたことが嬉しいだけです」

そしてにこっと笑いかけてきた。その笑顔はこれまで見てきた彼の笑顔より、更に親しみを込めたものに感じた。

私は胸の奥で甘酸っぱい何かが弾けるような感覚を覚えた。

(彼は私に女性としての好意を持ってるんだわ。アルトが私に寄せている思い思いに応えてあげるべきかしら…。ふふふ、それとも気づいてないフリでもしようかしら?)


しかし、冷静に考えれば、彼の家系はただの伯爵家であり、名門というほどのものでもない。

「アルト」

思わずその名前を口にした。彼は少しだけ顔を上げ、いつものように微笑んでくる。その微笑みが、また少しだけ私の心を揺さぶる。

「あなたの家は、普通の伯爵家よね」

ふと、その思いを口にした。アルトの家がどれほどの力を持っているか、それを知っているからこそ、少しだけ気にかかるのだ。

伯爵家と言っても、名門貴族の家柄に比べれば、どうしても見劣りがするように思える。私はその点を忘れることなく、どこか高貴な存在である自分と、アルトのような家柄の違いを、心の中で意識している。

「まあ、私の家は名門とは言えませんが…」

アルトが少しだけ困ったような表情を浮かべながらも答える。

「でも、あなたのことは嫌いじゃないわ。私の事、セレスティアと呼ぶのを許すわ」

アルトはその言葉に少しきょとんとしたが、再び微笑んだ。


「……ありがとうございます、セレスティア」

その一言に、私は満足する。

彼は華やかさの足りない伯爵家に過ぎないが、嫡男だ。この私も侯爵家の後継者。


(彼と私は後継者同士。決して結ばれることはないわ。……ああ、今ならユージン様の真実の愛も分かるかも。貴族と平民という障害が二人の恋を燃やしたのね…。)

セレスティアがアルトにちらりと意味ありげな視線をやると、彼は「それでは。移動ですので。」と言い、すたすたと廊下を歩いていった。

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