第六十三話 「共鳴する魂:巨大怨獣の出現」
原宿の竹下通りは、普段の賑わいが嘘のように静まり返っていた。突如として上空に黒い霧が立ち込め、街全体を異様な妖気が包み込んでいる。買い物を楽しんでいた人々は次第に立ち止まり、空を見上げながら不安そうにざわつき始めた。
「なんだ……あれ? 空が……」
最初は小さな囁き声だったが、霧が濃くなるにつれて、パニックが連鎖的に広がっていく。誰もが直感的に、この現象がただの自然現象ではないことを理解していた。
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その頃、冥府機関東京本部では、日常業務の合間に突然の緊急警報が鳴り響いた。凛を中心にメンバーたちは即座に作戦室に集合する。モニターに映し出されたのは、原宿一帯を覆う黒い霧の映像だった。
「……ただの霧じゃない。これ、妖気が集まってる」
麗奈がモニターを見つめながら低い声で呟いた。その表情には深刻な色が浮かんでいる。
「街全体が完全に包囲されてるな。こんな規模の妖気、見たことがない」
真琴が腕を組みながらモニターを凝視し、情報を整理している。
「斎藤、何か映像データは?」
凛が斎藤に指示を飛ばすと、彼は既にドローンから送られてきた映像を解析していた。
「……霧の中心に何かがいる。それもただの妖怪じゃない。動物の霊気が異常な速度で集まってる」
斎藤の画面には、霧の中心で渦を巻くように動き回る無数の小さな霊体が映し出されていた。その動きは次第に激しくなり、やがて一つの巨大な影を形作り始めていた。
「これは……!」
亮が目を見開きながら叫ぶ。「動物の怨霊だ! しかもただ集まってるだけじゃない、融合してる!」
「融合……?」
葵が驚きと恐怖の入り混じった声を漏らす。その時、映像の中に浮かび上がったのは、まさしく黒羽根の女だった。
黒羽根の女は霧の中に現れ、薄く微笑みながら手を広げていた。彼女の姿は遠目にも明確に確認できるほど妖気に満ちており、その存在感だけでモニター越しにも威圧感を与える。
「動物たちの怨念を感じるか?」
彼女の声は街全体に響き渡るように届き、人々はその言葉の意味を理解する間もなく恐怖に包まれていた。
「この街で命を落とした者たち――その苦しみ、その叫び。その全てがここに集う。今こそ、貴様ら人間にその痛みを刻み込む時だ」
その言葉と共に、動物の霊気は次第に巨大な一つの存在へと姿を変えていく。霧が渦を巻き、動物の頭や翼、尾を持つ異形の巨大な怨獣がゆっくりと形を作り始めた。その大きさはビルを超えるほどであり、その歩み一つ一つが街路を揺らし、建物を崩壊させる。
「……なんだあれは?」
隼人が戦斧を握りしめながらモニターを睨みつける。普段は冷静な凛ですら、その規模に驚きを隠せなかった。
「見たことがない。こんなもの……ただの妖怪や怨霊の類じゃない」
麗奈が震える声で言葉を漏らす。その一方で、凛は冷静を保ちながら、状況を整理していた。
「黒羽根の女の仕業だろう。あの怨獣は霊気の集合体――だが、ただの霊気じゃない。動物たちの恨みが凝縮されている」
「全員、準備しろ。」
凛が短く指示を飛ばすと、全員がそれぞれの武器を手に取り始めた。しかし、その一方で、凛は胸の中に不安を抱えていた。
「これほどの妖気を抑え込むには……俺たちだけでは足りないかもしれない」
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一方、現場では怨獣の巨体が街を破壊し始めていた。その頭部は獅子のように大きく開かれた口を持ち、牙が不気味に光る。背中には鳥のような巨大な翼があり、その一振りで周囲の建物を吹き飛ばすほどの風を巻き起こしていた。
「うわ、こいつ……でかすぎだろ!」
モニターを眺める葵が驚愕の声を上げる中、怨獣の足が道路を踏み砕き、パニックに陥った人々が次々と逃げ惑っていた。
「このままじゃ街が壊滅する!」
亮が叫ぶが、誰もその言葉を否定できなかった。
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「急げ、霧がさらに広がる前に現場に到着する!」
凛の指示で全員が本部から出動する。彼らが現場に向かう間、黒羽根の女の影響はさらに広がり、竹下通りを超えて表参道や明治神宮の方へも侵食を進めていた。
「現場で何とか食い止めるしかない……!」
凛の瞳には強い決意が宿っていたが、その裏には、この規模の脅威に対する焦りも滲んでいた。怨獣と黒羽根の女との対峙は、彼らにとって過去最大級の試練となることが確実だった。
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怨獣の巨体が原宿の街を踏み荒らし、わずか数分で竹下通りは瓦礫と炎の地獄と化していた。その巨躯が一歩を踏み出すたびにアスファルトが砕け、建物が振動で崩壊する。鳥のような翼を広げると、巨大な風圧が発生し、逃げ惑う人々を吹き飛ばしていった。
「緊急事態だ! 至急、現場へ出動しろ!」
航空自衛隊の指揮所では、隊員たちが慌ただしく動き回り、スクランブル発進の準備を進めていた。映像モニターには、街を破壊し尽くす怨獣の姿が映し出されている。
「ただの妖怪ではない……こんなもの、初めて見た」
隊長が眉間に深い皺を寄せながら呟く。指揮所の空気は張り詰め、緊張感が全員を包み込んでいた。
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数分後、航空自衛隊の戦闘機が現場上空に到達。最新鋭のF-15J戦闘機が編隊を組み、高度を保ちながらターゲットを確認する。
「目標は、巨大な動物型の怪異。……優先的に頭部を狙え」
指令を受けたパイロットたちは、それぞれの戦闘機から精密誘導ミサイルを発射した。空気を切り裂くような音と共に、ミサイルは怨獣の頭部に命中する。
だが、次の瞬間――爆発音は派手に響いたものの、怨獣はその場で僅かに頭を揺らしただけで、何の損傷も受けていないようだった。
「命中確認……しかし、目標に効果なし! くそ、化け物め……!」
パイロットの声が通信回線を通じて響く。
怨獣は反撃するかのように翼を大きく広げ、黒い霧を巻き上げた。その霧が空中に漂い、戦闘機の電子装置が一瞬ノイズに包まれる。
「電子機器が……! これ以上は危険だ、離脱する!」
指揮所からの撤退命令により、戦闘機は一旦上空から距離を取る。しかし、その間にも怨獣は地上の破壊を続けていた。
一方、陸上自衛隊の戦車部隊が原宿の明治通り付近に展開していた。隊列を組んだ10台以上の戦車が一斉に砲撃を開始する。重低音の砲声が街に響き、砲弾は怨獣の胴体や脚部に着弾していく。
「全車両、集中砲火! 目標を一箇所に集中させろ!」
隊長が力強く命令を飛ばす。戦車部隊の砲撃は次々と怨獣に命中し、轟音と共に黒い煙が立ち上がった。
しかし――。
煙の中から姿を現した怨獣は、少しのダメージも受けていないように見えた。それどころか、怨獣の目は戦車部隊に向けられ、不気味な光を宿していた。
「こっちを見たぞ……! 全車両、退避!」
隊長の声が響くが、その直後、怨獣は獅子のような大きな口を開き、凄まじい咆哮を放った。その衝撃波が地面を揺るがし、戦車のいくつかが横転する。
「くそ、化け物が!」
一人の隊員が叫ぶ中、瓦礫に埋もれた戦車の乗員たちは必死に脱出を試みていた。
事態の深刻さを受け、在日米軍も緊急出動を決定。横田基地から飛び立った攻撃ヘリ「アパッチ」が現場に到着し、高出力のロケット弾と機関砲を用いて怨獣に攻撃を加える。
「Engage the target! Fire at will!」
パイロットたちの冷静な声が通信回線を通じて響く。ヘリのロケット弾が怨獣の背中に次々と命中し、巨大な爆発が起きる。しかし、その爆発が収まると、怨獣の体にはわずかな焦げ跡しか残っていなかった。
「No effect! The target is resisting all conventional weapons!」
報告が上がると同時に、怨獣は翼を広げて黒い霧を巻き上げ、空中のアパッチに向かって突風を放つ。その衝撃で数機のヘリがバランスを崩し、一部は地面に墜落して炎を上げた。
「なんて奴だ……!」
陸上自衛隊の隊長が、目の前で展開される光景に言葉を失う。ミサイルも砲撃も、すべてが怨獣の前では無力だった。
「化け物め!」
歯を食いしばりながらも、隊長は撤退を命じざるを得なかった。これ以上の被害を出さないために、地上部隊は一旦後退する。
怨獣の巨体は再び動き出し、崩壊した街路をさらに踏み荒らしていく。その背中から放たれる黒い霧は、周囲の空気を濁らせ、建物を腐らせるように侵食を広げていた。街全体が破壊の嵐に飲み込まれつつあった。
「……もう、どうすればいいんだ?」
誰もがその光景を前に立ち尽くしていた。しかし、その時、遠くから一筋の光が現れた。それは、冥府機関のメンバーが到着したことを知らせる希望の光だった。




