第六十二話 「共鳴する魂:ファーストコンタクト」
冬の原宿は冷たい風が頬を刺し、街路にはクリスマスの飾りが煌めいていた。竹下通りやキャットストリートには観光客や買い物客が溢れ、賑わいの中で流れるポップなクリスマスソングが、冬の特別な雰囲気を演出している。そんな人混みの中、葵は妖気探知のタブレットを片手にパトロールを続けていた。
「原宿って派手だよね。毎回、どこかに妖怪が隠れてるんじゃないかって思うんだけど、今日は静か……かな」
装置には微弱な妖気反応が映っているが、特に緊急性を要するものはなかった。葵は通りを眺めながら、ため息交じりに装置を操作していた。
「……静かすぎると逆に怖いんだけどな」
ふと、通りの一角で、微妙に変化する妖気の反応を感じ取る。しかし、それが何なのか確信を持つ前に、突如として空が光に包まれた。
「な、なにこれ!?」
葵は頭上を仰ぎ、目を覆うほどの強烈な光に驚愕した。光は青白く、まるで空間そのものを切り裂くかのように広がり、周囲の喧騒が一瞬で止まる。人々が足を止め、空を指差して騒ぎ始めた。
光の中心には、人型の巨大な存在が浮かび上がっていた。その体は左右非対称のラインが走り、胸部には水晶のように輝く青いクリスタルが埋め込まれている。滑らかな銀色の肌に縁取られた赤い模様が、全身を覆うように配置されており、神秘的でありながら威圧感も感じさせた。
「え……何、これ……?」
葵は恐怖と驚きでその場に立ち尽くす。頭の中で危険だという声が響く一方で、目の前の存在にどこか引き寄せられる感覚も覚えていた。
その巨大な存在は、ゆっくりと降下しながら姿を縮小させ、地上に降り立った。最終的に現れたのは2メートルほどの背丈の異星人だった。体は銀色と赤の非対称な模様が走り、特に胸元の青いクリスタルが強い輝きを放っている。左右でデザインが異なる腕のラインが特徴的で、右手は少し長く、指先が鋭利に形作られていた。
異星人は静かに葵の方へ歩み寄ると、手を差し伸べた。その動きは決して敵対的ではなく、どこか穏やかさすら感じさせた。
「……怖がる必要はない。我々は敵ではない」
その声は直接耳からではなく、頭の中に響いてくるようだった。透明感のある声は、静かな冬の街並みに不思議なほど調和している。
「えっ……な、何?」
葵は震える声で問いかけた。タブレットを持つ手も自然と下がり、警戒と興味が入り混じった視線を送る。
異星人は答えるように静かに言葉を続けた。「私はこの世界を救うために来た。この地には、強大な力が集中しつつあり、それはこの星だけでなく、他の世界をも脅かす存在を生み出している」
「脅かす存在……それって、もしかして……黒羽根の女?」
葵の頭に浮かんだのは、これまで幾度となく彼らを苦しめてきた黒羽根の女の姿だった。
「正確には、その力の源だ。私はその源を封じるためにこの星を訪れた。しかし、私一人ではその力を止めることはできない。……君の力が必要だ」
「私の……力?」
葵は驚きのあまり声を詰まらせた。普段から妖気探知や分析を担当する彼女にとって、前線で戦うメンバーと比べ、自分が特別な力を持っているとは思えなかったからだ。
「君は特別だ。この星に流れる力と共鳴する能力を持っている」
異星人は葵を見つめ、静かに近づく。そのクリスタルが脈動するように輝き、柔らかな光が葵を包み込んだ。
「待って! 何をする気なの!?」
葵は身構えるが、その光には暖かさと優しさがあり、彼女の体の力を徐々に奪うのではなく、安らぎを与えていく感覚を生み出した。
「私たちは一時的に同化することで、共に力を発揮できる。恐れる必要はない」
「同化って……何それ!? 私、そんなこと聞いてない!」
パニックになりかける葵だが、異星人の声が再び彼女の心を落ち着かせる。
「これは君にとっても、この星にとっても必要なことだ。私は敵ではない。私たちは共に戦うことができる」
葵はその場で息を呑み、しばらくその瞳――瞳のように感じられる部分――を見つめた。言葉を超えた信頼感が少しずつ芽生え始めていた。
「……わかった。でも、約束して。私や仲間たちを裏切らないって」
葵は決意を込めた表情で異星人に言葉を投げた。
「その約束を守ろう」
光がさらに強まり、葵の体を包み込む。意識が揺れるような感覚と共に、彼女は異星人と一体となる新たな感覚に包まれていった――それが、全ての始まりだった。
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翌朝、原宿のカフェに集まった冥府機関東京本部のメンバーたち。窓の外では、冬の寒空の下、観光客がクリスマスのデコレーションを楽しみながら行き交っていた。温かいコーヒーや紅茶が運ばれる中、葵はカップを手に取りながらも、昨夜の出来事の余韻を引きずっていた。
「君と私の意識はしばらく繋がったままだ。これは必要な措置だ」
異星人の声が頭の中に響くたびに、葵は心の中で焦りの色を濃くしていた。昨夜、一時的に同化した異星人の意識が、完全には離れていないことを葵は感じ取っていた。
「……何とかして、バレないようにしなきゃ」
葵はカップを置き、仲間たちに気づかれないよう努めて平静を装った。だが、そんな様子を見逃さない男がいた。
「葵、大丈夫か? なんかぼーっとしてるぞ」
隼人が隣の席から心配そうに声をかける。彼の視線は真剣だったが、優しさがにじみ出ていた。
「え? あ、いや、大丈夫! 昨日のパトロールがちょっと長引いたからかな」
葵は慌てて笑顔を作りながら誤魔化したが、その笑顔はどこかぎこちなく、隼人は首をかしげた。
「……まあ、無理するなよ」
隼人はそれ以上追及しなかったが、その言葉にはどこか気遣いが含まれていた。
葵はホッと胸を撫で下ろしつつも、心中は混乱していた。「無理するな」なんて言われても、今の私は普通じゃない……。
会話が一段落した頃、凛がカップを置き、葵に向けてじっと視線を送った。彼の切れ長の目には鋭い光が宿り、葵の微妙な変化を見逃さない。
「葵、少し落ち着け」
「え、何のことですか?」
「お前の集中力が乱れている。このままだと、こちらの作戦にも影響が出る」
葵の胸が一瞬強く締め付けられるようだった。焦りを隠しつつ、彼女は何とか平静を装って答える。「……わかってます!」
だが、その声には緊張がにじみ出ていた。頭の中で異星人の声が響く。
「君の精神が乱れているようだな。だが、この状況で動揺は危険だ」
「分かってるよ!」
葵は心の中で叫びながら、目の前の状況を必死に乗り切ろうとしていた。
「葵、なんか疲れてない?」
亮が軽い調子で尋ねる。彼は空気を和らげるためか、ふざけた笑みを浮かべていたが、その目は心配そうだった。
「全然疲れてないよ! 昨日、ちょっと寝不足だっただけ!」
葵は笑顔で切り返したが、その返答がどこか大袈裟で不自然だったため、亮は少し怪訝そうに彼女を見つめた。
「へぇ、そうか。まあ、何かあったら隼人さんに相談しろよ?」
亮の言葉に隼人が反応し、「なんで俺なんだよ」と突っ込む。葵は二人の軽いやり取りに助けられ、何とかその場の空気を乗り切った。
そんな中、葵が手にしていたタブレット型の妖気探知装置が突然、微妙な異常反応を示した。画面には、通常では考えられない形状の波形が映し出されていた。
「ん? 今の反応はなんだ?」
真琴が興味を引かれたように葵の手元を覗き込む。
「えっ……! ただの誤作動だと思う! 最近、ここの街は電磁波が強いからかな?」
葵は焦りながら装置を操作し、わざと別の画面を表示してみせた。
「本当か?」
真琴が疑念を抱きつつも追及しないのは、彼が余計な波風を立てることを嫌う性格だからだと葵は感じ取った。
会議が進む中、葵はふと視界がぼやけるような感覚に襲われた。頭の中に、またしても異星人の意識が流れ込んでくる。
「君の中で、私の力が安定しつつある」
「ちょっと待って、今喋らないで! みんなにバレちゃうでしょ!」
異星人の意識と短いやり取りを交わしながら、葵は必死に平常心を保とうとした。
会議が終わりに近づく頃、凛がふと全体を見回し、最後に葵へと視線を固定した。
「葵、次の任務では気を抜くな。お前が探知役として崩れたら、俺たちは全滅することになる」
その言葉には、鋭い警告と同時に仲間への信頼が込められていた。
「……はい!」
葵はその場で背筋を伸ばし、全力で答えた。だが、心の中では異星人の存在が凛に感づかれているのではないかという不安が渦巻いていた。
「何とか、バレないように……」
葵は誰にも知られないよう、異星人との関係を隠し通すことを固く心に誓うのだった。




