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東京幻怪録  作者: めくりの
三章

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第五十一話 「首無しの影、渋谷を駆ける」

 深夜の渋谷、交差点は異様な熱気に包まれていた。

週末の夜、人々が交差するネオンの海。若者たちの笑い声、スマホを構える観光客、そして車のクラクション。だが、その光景に突然、異質な空気が漂い始める。遠くから聞こえるバイクの轟音。それはただの暴走行為ではない。音が近づくたび、人々のざわめきが悲鳴に変わり、瞬く間に交差点は混乱の渦に飲み込まれる。


「来たか……」


ビルの屋上でスコープを覗く斎藤義明は、静かに呟いた。眼下には、首のないライダーが漆黒のバイクを駆り、群衆の中を暴れ回っている。その姿はただ異形というだけではなく、どこか底知れない恐怖を感じさせるものだった。彼のライフルに妖気が込められ、銃身が微かに冷たい光を放つ。


斎藤は冷静に呼吸を整えながら、スコープ越しにライダーの動きを追う。そのバイクは異常な速度で人混みを縫うように走り抜け、体のない首元から漏れる妖気が周囲に黒い霧を広げていた。その霧に触れた人々は次々に倒れ、動けなくなっている。


「群衆を盾にするとは厄介だな……」


彼の指がトリガーに触れた瞬間、ライダーが急に方向を変え、視界から外れる。スコープの先に映るのは混乱する人々だけだ。だが斎藤は焦ることなく、ライダーが逃げる先を冷静に予測する。


遠くで再び轟音が響く。渋谷センター街を抜け、首無しライダーはスクランブル交差点の中央へと戻ってきた。その動きには、まるで挑発するかのような余裕がある。斎藤はその意図を見抜き、屋上から素早く移動を開始する。


「位置取りを変えなきゃならないか」


彼はビルの間を駆け抜け、迅速かつ無駄のない動きで新たな狙撃ポイントを探す。人々の悲鳴が遠ざかる中、斎藤の目はその混乱を冷静に見据え続けていた。


ようやく交差点を見下ろすビルの縁に腰を落ち着けた斎藤は、再びライフルを構える。首無しライダーの動きは速く、そのバイクは人間離れした機動力を持っている。だが、斎藤の射撃はそんな状況にも対応できる訓練の積み重ねだった。


スコープ越しにライダーの動きを正確に捉え、タイミングを計る。数秒後、銃声が夜空を切り裂き、妖気を帯びた弾丸がライダーの肩口を捉えた。その衝撃でバイクがわずかによろめき、ライダーは一瞬速度を落とした。


「効いているな」


だが、ライダーはすぐに体勢を立て直し、今度は斎藤がいるビルの屋上を目掛けてバイクを急加速させる。その姿は、まるでスナイパーの位置を察知しているかのようだった。


_______________________________________________


屋上に轟音が迫る。バイクが壁を駆け上がり、凄まじい勢いで斎藤に突進してくる。斎藤は冷静にライフルを抱えたまま身を翻し、ビルの構造を活かして死角に潜り込む。近接戦はスナイパーにとって不利だが、斎藤はこの状況にも慣れていた。


「近づくのも計算済みだ」


素早くビルの屋内に入り、階段を駆け下りながらライフルを再び構える。狭い廊下を突進してくるライダーの姿が見えた瞬間、彼は素早く撃ち抜き、そのタイヤを破壊する。バイクは激しい火花を散らしながら横転し、ライダーの体が地面に叩きつけられた。


だが、首無しライダーは立ち上がり、失ったタイヤをものともせず、足で大地を蹴りながら再び斎藤に迫る。そのスピードと力はもはや常軌を逸しており、斎藤も徐々に追い詰められていく。


「バイクなくても走れんのかよ」


彼はライフルを再び妖気で満たし、狙いを首無しライダーの胸元に定める。そこには、かすかに光るコアのようなものが見えていた。それがこの妖怪の弱点だと直感した斎藤は、息を整え、狙いを定める。


「これで終わりだ」


引き金が引かれ、妖気弾が放たれる。その弾丸は正確にコアを貫き、首無しライダーの体が一瞬硬直する。その後、全身が激しく揺らぎ、黒い霧を巻き上げながら消滅していった。


_______________________________________________


交差点に静けさが戻る。混乱していた群衆も、次第に正気を取り戻し、渋谷の喧騒が再び戻り始める中、斎藤はライフルを静かに下ろした。彼の顔にはわずかな疲労が浮かぶが、冷静さを失うことはない。


「これでまた、少しは平和になるか」


彼は屋上に立ち尽くしながら、深夜の街に漂うネオンの光を見つめた。どこか遠い昔を思い出しながら、彼は次の戦いに向けて静かに歩みを進めた。


渋谷の街に再び喧騒が戻り始めた頃、斎藤義明はビルの屋上から静かにその光景を見下ろしていた。スクランブル交差点の中央には、首無しライダーの残骸すら残っていない。ただ、人々の恐怖に染まった叫びが消え去り、代わりに安堵のざわめきが広がっていく。


斎藤はライフルを慎重に背負い、煙草を一本取り出すと、火を点けた。夜風に乗って漂う煙が、彼の疲れた顔に影を落とす。


「どこまで続くんだろうな……この戦いは」


その独り言に答える者はいない。だが、彼の表情にはどこか達成感が滲んでいた。彼にとって、この仕事はただ妖怪を討つだけではなく、過去の自分と向き合い続けるためのものだった。守るべき人々がいる限り、彼は迷うことなく引き金を引き続けるだろう。


ふと、背後で通信機が鳴る。特務機関本部からの呼び出しだ。斎藤はため息をつき、通信機を手に取った。


「こちら斎藤だ」


「無事か、斎藤。現場の状況は?」


冷静な声が通信機越しに響く。凛の声だ。斎藤は煙草を指で弾き、短く答えた。「敵は排除した。被害者は出たが、最悪の事態は避けられた。そちらは?」


「こちらも準備が整ったところだ。だが、渋谷だけでなく、他のエリアにも異常が広がっている。次の任務がすぐに始まる」


「わかった。今から戻る」


斎藤は通信を切り、再び夜の街を見下ろした。渋谷の交差点には人々が行き交い、ネオンがきらめき続けている。だが、彼の目にはその背後にある見えない影が映っていた。魑魅魍魎たちはどこかで潜み、再びその姿を現すだろう。


「休む暇もないか……だが、それが俺たちの仕事だ」


独りごちると、斎藤は屋上の縁を離れ、特務機関本部へと足を向けた。彼の背中には無骨なライフルが揺れ、街の明かりの中に彼の影を薄く映している。その歩みは重く、それでいて確固たる決意に満ちていた。

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